愛恋の呪縛

サラ

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第66話

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 一方、その頃。
 日向たちが居なくなった食堂では、司雀が食器などの片付けをしていた。
 料理を中心とした、家事全般を趣味としている司雀は、洗い物でさえも至福の時間だ。
 食器、調理器具、洗い場などの片付けが終わると、ふうっと息を吐く。



「もう少し大きな台所があったら、料理ももっと楽しくなりそうですねぇ」



 満面の笑みでそう言う司雀は、完全に主婦の姿だ。
 着ていた前掛けを脱ぐと、今度は机を拭こうと台拭きを手に取る。
 その時。



 バタン。



「おや」



 司雀が机に向かっていると、食堂の扉が開くと同時に魁蓮が食堂に入ってきた。
 手にはいくつか巻物や書物と、文字を書くための筆が握られている。
 魁蓮は司雀に気づくも、何も言うことなくいつもの席へと向かった。



「作業ですか?甘味など、ご用意しましょうか」

「甘味は後だ、茶だけ頼む」

「わかりました」



 司雀は浅く一礼すると、台所へと引き返す。
 司雀がお茶を用意している間に、魁蓮は席へと座った。 
 大きい机を大胆に使うように、持っていた巻物や書物を適当に並べていく。
 あらかた置き終えると、司雀がお盆に乗ったお茶を持ってきた。



「こちらに置きますので、お手元に気を付けてください」

「あぁ」



 魁蓮は声だけで返事をすると、並べられた巻物を手に取りじっと読んでいく。
 司雀は邪魔にならないように、台所へと向かった。

 この光景は、よく見る光景だ。
 魁蓮は自室で作業をすることが多いが、少しばかりの息抜きとして、こうして自室以外の場所で作業をすることもある。
 そしてそれは、決まって司雀がいる場所なのだ。
 司雀はその理由を知らないが、基本司雀が何をしても、魁蓮が怒ることは無い。



「おかわりが必要でしたら、お呼びください」

「ん……」



 視線をあげることなく、魁蓮は小さく返事をする。
 集中しているのだと気づき、司雀はふふっと小さく笑うと、作業終わりの魁蓮に出すための菓子の準備を始めた。
 最小限の音で菓子作りをする司雀と、魁蓮が巻物を広げたり、筆で何かを書く音だけが響く。



「小僧らは、どこへ行った」



 ふと、魁蓮が口を開いた。
 巻物に文字を書きながら尋ねると、司雀も手を動かしながら答える。



「修練場に向かわれたかと。日向様の稽古でしょうね」

「…………………」

「魁蓮も、見てきては?」

「必要ない」

「教えるのは得意でしょう?日向様のためにも、協力してみてはいかがです?」

「面倒」

「おやおや、ふふっ。相変わらず冷たいですね」

「ふん………………」



 龍牙たちは知らないが、魁蓮と司雀が2人の時は、堅苦しい雰囲気はまるで無いのだ。
 口調は変わらないが、一切壁を感じない空気。
 完全に互いに心を開いている証拠であり、魁蓮が司雀のことを認めている証拠でもある。
 それ故に、司雀は鬼の王に認められた妖魔として、一目置かれている存在なのだ。



「今日は、どのような内容のものですか?」

「要宛てだ」

「おや。手紙ではなく、直接会えばよろしいのでは?」

「勘弁してくれ」

「ふふっ」



 何気ない日々。
 何気ない会話。
 いつもと変わらない、穏やかな日々のもの。

 と、思っていたのはここまでだった。



「司雀」

「はい?」

「ひとつ、問いたいことがある」

「ん?なんでしょうか」



 珍しく、魁蓮が尋ねたいと言っている。
 司雀は菓子作りを止めて、洗った食器を拭こうと手に取った。
 ふきんで食器の水気を拭き取りながら耳を傾けると。



、とは……具体的にどうするのだ?」



 ガシャン!!!!!!!



「あ?」



 台所から聞こえた割れる音に、魁蓮は作業の手を止める。
 グッと前かがみになって台所を覗くと、持っていた食器を地面に落とし、目を見開いて固まっている司雀の姿があった。



「騒々しいぞ、なんだ」

「え、あ、そのっ……」



 司雀は言葉が出ない、そんなの当然だ。
 あの魁蓮から、あの鬼の王から、「誰かを守る」という言葉が出てくるなど、誰が予想できるだろう。
 司雀は咳払いをして自分を落ち着かせると、ササッとほうきとちりとりを持ってきて、素早い動きで割れた食器を片付ける。
 直後、慌てた様子で机の方へと寄ると、魁蓮の隣に立った。



「お待たせしました、いかなる問いでもどんとこいですよ ♪」

「……急になんだ、お前」



 司雀は、満面の笑みだ。



「だって、珍しいではありませんか。魁蓮がそのようなことを聞くなんて」

「あぁ……
 小僧との誓約でな、万物から守ると誓ったのだ」

「っ!!!!!!!!!」



 魁蓮の言葉に、司雀はガシッと魁蓮の手を掴む。



「なんだ」

「魁蓮!素晴らしい約束です!もう本当に!」

「はぁ?」

「日向様を万物から守る……素晴らしいです!
 ぜひ、精進してくださいませ!私も、そのための助力ならば、お手伝いっ」

「気味が悪いぞ、司雀……殺されたいのか……?」



 魁蓮の手を掴んで熱弁する司雀に、魁蓮は眉間に皺を寄せる。
 内心、ブチギレる寸前だ。
 司雀はそれに気づくと、ハッと我に返る。



「も、申し訳ございません……取り乱しました……」

「はぁ……らしくないぞ、急にどうした」

「いえ、その……嬉しかったので……」

「あ?」

「魁蓮が、誰かを守ることを考えるなんて……今まで無かったことですし。
 私は、できれば日向様と仲良くなって欲しかったので」

「……正気か?」

「大真面目です」

「……………………」



 司雀の真っ直ぐな瞳に見つめられ、魁蓮は何も言えなくなってしまう。
 司雀は心から願っていたことだった。
 互いに結んだ呪縛の内容がどうであれ、これからこの城で一緒に暮らす仲なのだ、少しは交流を重ねて欲しい。



「……はぁ……座れ」



 司雀の圧に押され、魁蓮は隣に座るよう促す。
 司雀はニコニコしながら座ると、再び咳払いをして改まった。



「それで、日向様を守るには、具体的にどうすればよろしいか……でしたね?」

「誓約を結んだ以上は、実行するのが筋だろう」

「そんなの簡単ではありませんか。いつも龍牙が日向様にしていますよ?」

「龍牙が?……」



 魁蓮は、龍牙の行動を思い出している。

 龍牙は以前ならば毛嫌いしていたが、今となっては日向にべったり。
 どんなことがあろうと、日向が危険な目に遭わないように守ろうとしている。
 力を使うなり、頭を使うなり、やり方は様々。
 あれほど「守る」という内容についての手本となる人物は居ないだろう。
 そう思った司雀は、理解しやすいように龍牙を例に出したのだが……



「四六時中、小僧を抱擁しろというのか……?
 気色悪い、不愉快だ」

「あ、いや、そちらではなくて……
 すみません、例える人物を間違えましたかね……」



 どうやら、魁蓮が思い出した龍牙の姿は、日向に抱きついている姿だけ。
 このままでは、魁蓮が違う意味で捉えてしまう。
 司雀は慌てて止めると、自分の言葉で伝えることにした。



「深く考える必要は無いかと。
 日向様が危険な目に遭わないようにする、というのも一つの手です」

「小僧は、怪我をしても己の力で治せる。死ななければどうでもいいだろう」

「そんなことはありませんよ。守ると言っても、意味は様々です。
 ですが、1番は日向様が笑顔を絶やさないこと。それが最優先。龍牙が日向様を守るのは、日向様を大事に思っているから。大好きだからこそ、笑顔になって欲しいと思う結果なのです」

「………………………」



 あの龍牙でも、守るという意識が芽生えたのだ。
 ならば、魁蓮にも芽生えるはず。
 司雀は、そう期待していた。

 ずっと、司雀は考えていたことがある。
 日向という人物が来てから、何もかもが明るい方向へと進んでいる気がするのだ。
 今まで少し壁を感じていた肆魔も、日向が現れたことで時間を共にすることが多くなった。
 日向という存在が、彼らに大きな影響を与えている。



 (貴方にも知って欲しい……誰かと生きる幸せを)



 いつも孤独に立ち尽くす魁蓮を、司雀は見てきた。
 手を差し伸べても、どこか遠くへ行ってしまう魁蓮を。
 だから傍にいると誓った。
 でも、それにも限界というものがある。
 ならば……



「いずれ分かります、貴方にも」

「……?」



 司雀は、優しい笑みを浮かべた。
 今全てを話すのは、勿体ないだろう。
 司雀が教えるよりかは、日向から教えてもらった方が、彼にとってはいいかもしれない。
 司雀は、そう判断した。

 と、その時。



 バタン!



 突然、食堂の扉が大きな音を立てて開いた。
 食堂に入ってきたのは、忌蛇だった。



「忌蛇?どうしたのですか?」



 司雀が首を傾げて尋ねると、忌蛇は口を開く。



「すみません!少し来ていただけませんか!?」
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