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第45話
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「……ん……さん……蛇さん?」
「っ!」
ふと、忌蛇は我に返った。
前を見れば、花かんむりを作っている雪がいる。
「大丈夫?ぼーっとしてたけど」
「あ、うん。なんでもない」
クスノキを見に行ってから、数日後。
2人は変わらず会っていた。
病気のことを話したというのに、雪は変わらず元気で、笑顔も絶やさない。
1年以内に死ぬなど、信じられなかった。
「ねぇ、蛇さん。聞いてもいい?」
「なに?」
「もし、もしね……
私が死んじゃったら、蛇さんはどうするの?」
「えっ……」
花かんむりを作りながら、雪はそんなことを聞く。
そういえば、忌蛇は考えたことなどなかった。
死ぬ時がいつかは分からなくても、いつか雪は忌蛇と離れて、死んでいくのだ。
忌蛇が今ここにいるのは、居心地が良く、雪との待ち合わせ場所にもなっているから。
雪が居なくなれば、ここは待ち合わせ場所では無くなる。
忌蛇は顎に手を当て考えると、少しぼんやりとした未来を想像する。
「どうだろ……まあ、ここから離れるかな。別の町や、別の国に行ったり……とか?
妖魔は基本、縄張りがなければどこにでも行けるから。まあ、その時考えるよ」
「……そっか」
雪が死んでいなくなったら。
いつか必ず来る未来なのに、こんなにも考え無いものなのだろうか。
どうやら、この日々が当たり前だと認識してしまったようだ。
決められた運命は変えることが出来ないのに。
妖魔はいつだって、人間が生まれて死ぬまで、変わらない日々を過ごしていく。
そこに意味はなく、ただ過ぎていく時間に身を委ねるだけ。
「ひとつ、蛇さんにお願いしたいことがあるの」
忌蛇はボーッと考えていると、花かんむりを作り終えた雪が、ふと口を開く。
忌蛇が雪を見ると、雪は自分の前に花かんむりを置いて、優しい眼差しを忌蛇に向けた。
「私が死んだ後、あのクスノキを守って欲しいの」
「……え?」
雪の言葉に、忌蛇は片眉をあげる。
守る、とはどういうことだろう。
しかも、木だ。
疑問を通り越して、理解が出来なかった。
「え、なんで。ただの木なのに」
「ふふっ、そう言うと思った。でも、お願い。
私の思い出のクスノキを、守って欲しいの。誰にも傷つけられないように、枯れ果てるまで」
「どうしてそんなことを?」
「……忘れないで欲しいから」
「なにを?」
「……私のこと」
「だから、雪のことは忘れないと思うよ。雪以外の人間と関わったことないから。この先もないし」
「うん……でも……
あのクスノキがあれば、蛇さんがひとりぼっちにならないかなって」
「……?」
雪は、そう言いながら目を伏せた。
一体、彼女は何を気にしているのだろう。
忌蛇からすれば、クスノキが無くても雪のことを忘れはしないと自信がある。
ざっくりでも、500年近くは覚えられるだろう。
そして、ひとりぼっちにならないか心配、なんて忌蛇には不要だった。
この200年を1人で生きてきたのだから。
今さら1人になった所で、苦労などしない。
「妖魔は基本1人だから、元に戻るだけ」
「……うん……」
だが、この時の忌蛇は知らなかった。
なぜ雪がそんなことを口にしたのか、なぜ忌蛇の心配をしているのか。
忌蛇はまだ、人間というものがなんなのか、しっかりと理解出来ていなかったのだ。
「ねぇ、蛇さん。実は……もうひとつお願いがあるの」
「ん、なに?」
忌蛇が顔を上げると、雪は優しい笑みを浮かべる。
だがその笑顔は、今まで見た事がないくらいに儚い。
いつもと違う、忌蛇は直感で思った。
「私、誕生日が12月18日の、冬なの。
その日の夜、私の部屋に来て欲しい」
「……え?」
クスノキといい、今日の雪は不思議なことを言う。
クスノキ以上に疑問を抱えるお願いに、忌蛇は考える頭も追いつかない。
そもそも、なぜ雪の部屋なのだろうか。
「なんで?僕、妖魔だから追い出されるよ」
「大丈夫。その日は部屋に近づかないでって婆やたちにも伝える。追い出す人はいないわ」
「……なんでそこまで?」
「誕生日に、貴方に会いたい。冬は外に出られないから、貴方にも会えないし……」
(そんなの、今までもそうだったけどな……)
冬に会えないのは、毎年の事だった。
今更な話に、忌蛇は首を傾げる。
考えてみれば、忌蛇は今まで雪の誕生日を知らなかった。
冬だから会えなくて、知らなかったというのが1番だが、忌蛇にとっては当たり前に過ぎる日々。
いつの間にか大きくなってて、いつの間にか歳をとっていた。
それだけのこと。
だが……なぜ今年なのだろうか。
「……わかった。それに冬はあっという間に来るから、忘れることもないだろうね」
「……ふふっ、うん」
忌蛇が頷くと、雪は喜んで笑った。
それから忌蛇は、雪から家の場所と部屋の位置を教えてもらい、当日を待った。
結局、雪が考えていることは、最後まで分からなかった。
それからは、いつも通りの日々。
春は、距離をとって居眠りしたり、
夏は、雪が氷を投げつけてきたり、
秋は、落ちている紅葉で遊んだり……
でも、違うところはあった。
今までは毎日会いに来ていた雪も、時々来ない時があった。
体調を崩したり、家の用事で来れなかったなど、理由は様々だったが。
(今日も、来ない日か……)
今思えば、忌蛇は雪と出会う前は、どんな日々を過ごしていただろうか。
冬はいつものように1人だが、それ以外の季節は、必ずと言っていいほど雪がいた。
毎日違うことを教えてくれて、毎日違うものを見せてくれて。
今までの200年では経験することのなかった、人間との日々。
それが、こんなに濃いものだとは、今までの忌蛇ならば想像もしなかっただろう。
(もうすぐ冬か……)
気づけば、冬はそこまで来ていた。
10年以上動くことのなかった居心地のいい場所で、忌蛇は約束の日を待っていた。
そして……
「そろそろ……かな」
12月18日、約束の日が来た。
当日は、雪が部屋の窓を開けているらしく、そこから入って欲しいとのことだった。
しんと静まり返った人間の町、誰もいないことを確認すると、忌蛇は雪の家を目指す。
人間の町に来たのも、これが初めてだった。
「ここ、かな」
たどり着いたのは、他の家よりも少し大きな屋敷。
召使いがいる時点で、雪はお嬢様なのだろう。
そんなことを思いながら屋敷を見て回ると、2階の少し離れた部屋の窓が、冬場ではありえないほどガッツリと開いている。
間違いなく、雪の部屋だろう。
(あれじゃあ、寒くて仕方ないでしょ……)
分かりやすくしてくれたのは有難いが、もう少し自分の体のことも考えて欲しい。
忌蛇は触れても問題ないところを渡り歩き、2階へと向かう。
そしてようやく、部屋の窓の前まで来た。
「……雪?」
忌蛇は小声で、中に雪が居るか確認する。
すると、少し遅れて声が聞こえてきた。
「入っていいよ、蛇さん」
雪の声だ。
忌蛇は雪の声が聞こえると、軽々と窓のさんに飛び乗った。
「こんなに開けてちゃ、体が冷えっ………………」
いつもの調子で雪に声をかけようとした忌蛇だったが、忌蛇は部屋の中の様子を見た瞬間に言葉を失った。
灯りもなく薄暗い、少し広い部屋の中。
その部屋の寝台の上で、雪は横になって待っていた。
だが、雪はどうしてか、少し痩せ細っていた。
美しさを残したまま、力のない笑顔で。
「待ってたわ、蛇さん……こっちに来てくれる?」
「っ!」
ふと、忌蛇は我に返った。
前を見れば、花かんむりを作っている雪がいる。
「大丈夫?ぼーっとしてたけど」
「あ、うん。なんでもない」
クスノキを見に行ってから、数日後。
2人は変わらず会っていた。
病気のことを話したというのに、雪は変わらず元気で、笑顔も絶やさない。
1年以内に死ぬなど、信じられなかった。
「ねぇ、蛇さん。聞いてもいい?」
「なに?」
「もし、もしね……
私が死んじゃったら、蛇さんはどうするの?」
「えっ……」
花かんむりを作りながら、雪はそんなことを聞く。
そういえば、忌蛇は考えたことなどなかった。
死ぬ時がいつかは分からなくても、いつか雪は忌蛇と離れて、死んでいくのだ。
忌蛇が今ここにいるのは、居心地が良く、雪との待ち合わせ場所にもなっているから。
雪が居なくなれば、ここは待ち合わせ場所では無くなる。
忌蛇は顎に手を当て考えると、少しぼんやりとした未来を想像する。
「どうだろ……まあ、ここから離れるかな。別の町や、別の国に行ったり……とか?
妖魔は基本、縄張りがなければどこにでも行けるから。まあ、その時考えるよ」
「……そっか」
雪が死んでいなくなったら。
いつか必ず来る未来なのに、こんなにも考え無いものなのだろうか。
どうやら、この日々が当たり前だと認識してしまったようだ。
決められた運命は変えることが出来ないのに。
妖魔はいつだって、人間が生まれて死ぬまで、変わらない日々を過ごしていく。
そこに意味はなく、ただ過ぎていく時間に身を委ねるだけ。
「ひとつ、蛇さんにお願いしたいことがあるの」
忌蛇はボーッと考えていると、花かんむりを作り終えた雪が、ふと口を開く。
忌蛇が雪を見ると、雪は自分の前に花かんむりを置いて、優しい眼差しを忌蛇に向けた。
「私が死んだ後、あのクスノキを守って欲しいの」
「……え?」
雪の言葉に、忌蛇は片眉をあげる。
守る、とはどういうことだろう。
しかも、木だ。
疑問を通り越して、理解が出来なかった。
「え、なんで。ただの木なのに」
「ふふっ、そう言うと思った。でも、お願い。
私の思い出のクスノキを、守って欲しいの。誰にも傷つけられないように、枯れ果てるまで」
「どうしてそんなことを?」
「……忘れないで欲しいから」
「なにを?」
「……私のこと」
「だから、雪のことは忘れないと思うよ。雪以外の人間と関わったことないから。この先もないし」
「うん……でも……
あのクスノキがあれば、蛇さんがひとりぼっちにならないかなって」
「……?」
雪は、そう言いながら目を伏せた。
一体、彼女は何を気にしているのだろう。
忌蛇からすれば、クスノキが無くても雪のことを忘れはしないと自信がある。
ざっくりでも、500年近くは覚えられるだろう。
そして、ひとりぼっちにならないか心配、なんて忌蛇には不要だった。
この200年を1人で生きてきたのだから。
今さら1人になった所で、苦労などしない。
「妖魔は基本1人だから、元に戻るだけ」
「……うん……」
だが、この時の忌蛇は知らなかった。
なぜ雪がそんなことを口にしたのか、なぜ忌蛇の心配をしているのか。
忌蛇はまだ、人間というものがなんなのか、しっかりと理解出来ていなかったのだ。
「ねぇ、蛇さん。実は……もうひとつお願いがあるの」
「ん、なに?」
忌蛇が顔を上げると、雪は優しい笑みを浮かべる。
だがその笑顔は、今まで見た事がないくらいに儚い。
いつもと違う、忌蛇は直感で思った。
「私、誕生日が12月18日の、冬なの。
その日の夜、私の部屋に来て欲しい」
「……え?」
クスノキといい、今日の雪は不思議なことを言う。
クスノキ以上に疑問を抱えるお願いに、忌蛇は考える頭も追いつかない。
そもそも、なぜ雪の部屋なのだろうか。
「なんで?僕、妖魔だから追い出されるよ」
「大丈夫。その日は部屋に近づかないでって婆やたちにも伝える。追い出す人はいないわ」
「……なんでそこまで?」
「誕生日に、貴方に会いたい。冬は外に出られないから、貴方にも会えないし……」
(そんなの、今までもそうだったけどな……)
冬に会えないのは、毎年の事だった。
今更な話に、忌蛇は首を傾げる。
考えてみれば、忌蛇は今まで雪の誕生日を知らなかった。
冬だから会えなくて、知らなかったというのが1番だが、忌蛇にとっては当たり前に過ぎる日々。
いつの間にか大きくなってて、いつの間にか歳をとっていた。
それだけのこと。
だが……なぜ今年なのだろうか。
「……わかった。それに冬はあっという間に来るから、忘れることもないだろうね」
「……ふふっ、うん」
忌蛇が頷くと、雪は喜んで笑った。
それから忌蛇は、雪から家の場所と部屋の位置を教えてもらい、当日を待った。
結局、雪が考えていることは、最後まで分からなかった。
それからは、いつも通りの日々。
春は、距離をとって居眠りしたり、
夏は、雪が氷を投げつけてきたり、
秋は、落ちている紅葉で遊んだり……
でも、違うところはあった。
今までは毎日会いに来ていた雪も、時々来ない時があった。
体調を崩したり、家の用事で来れなかったなど、理由は様々だったが。
(今日も、来ない日か……)
今思えば、忌蛇は雪と出会う前は、どんな日々を過ごしていただろうか。
冬はいつものように1人だが、それ以外の季節は、必ずと言っていいほど雪がいた。
毎日違うことを教えてくれて、毎日違うものを見せてくれて。
今までの200年では経験することのなかった、人間との日々。
それが、こんなに濃いものだとは、今までの忌蛇ならば想像もしなかっただろう。
(もうすぐ冬か……)
気づけば、冬はそこまで来ていた。
10年以上動くことのなかった居心地のいい場所で、忌蛇は約束の日を待っていた。
そして……
「そろそろ……かな」
12月18日、約束の日が来た。
当日は、雪が部屋の窓を開けているらしく、そこから入って欲しいとのことだった。
しんと静まり返った人間の町、誰もいないことを確認すると、忌蛇は雪の家を目指す。
人間の町に来たのも、これが初めてだった。
「ここ、かな」
たどり着いたのは、他の家よりも少し大きな屋敷。
召使いがいる時点で、雪はお嬢様なのだろう。
そんなことを思いながら屋敷を見て回ると、2階の少し離れた部屋の窓が、冬場ではありえないほどガッツリと開いている。
間違いなく、雪の部屋だろう。
(あれじゃあ、寒くて仕方ないでしょ……)
分かりやすくしてくれたのは有難いが、もう少し自分の体のことも考えて欲しい。
忌蛇は触れても問題ないところを渡り歩き、2階へと向かう。
そしてようやく、部屋の窓の前まで来た。
「……雪?」
忌蛇は小声で、中に雪が居るか確認する。
すると、少し遅れて声が聞こえてきた。
「入っていいよ、蛇さん」
雪の声だ。
忌蛇は雪の声が聞こえると、軽々と窓のさんに飛び乗った。
「こんなに開けてちゃ、体が冷えっ………………」
いつもの調子で雪に声をかけようとした忌蛇だったが、忌蛇は部屋の中の様子を見た瞬間に言葉を失った。
灯りもなく薄暗い、少し広い部屋の中。
その部屋の寝台の上で、雪は横になって待っていた。
だが、雪はどうしてか、少し痩せ細っていた。
美しさを残したまま、力のない笑顔で。
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