愛恋の呪縛

サラ

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第41話

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 次の日。



「お兄ちゃん、いるー?」

「……………」



 雪は約束通り、またやってきた。
 忌蛇は、本当に来るとは思っていなかった。
 だが、雪は昨日とほぼ同じ時間、同じような明るさで忌蛇に声をかける。
 もちろん、草木が邪魔をしているので互いに姿は見えないまま。



「ねぇ、君」

「雪だよ!」

「……なんでまた来たの?」

「お話するため!」

「……僕は、お話したくないんだけど……」



 そうは言っても、雪は全く聞いていなかった。
 せっかく見つけた絶好の場所。
 できればあまり動きたくはなかったが、こうも毎日来られると、さすがに滅入ってしまう。
 雪はドンッとその場に座ると、満面の笑みで草木の向こうにいる忌蛇に声をかける。



「お兄ちゃん!お話しましょ!」

「……話、聞いてた?」

「あたし、お兄ちゃんとお話したいの!」

「いや、だから」

「お兄ちゃんは、どこに住んでいるのー?」



 子どもの好奇心、本当に恐ろしい。
 これほど気が遠くなるのは、初めてだった。
 妖魔にとって、一日など感覚すらない。
 年単位で過ぎていく日々に、滅びるまで生きる。
 ただこれだけだ。
 だというのに雪と出会ってから、時間が長く感じる。



「ねえねえ、お兄ちゃんってばー!」




 雪は、答えてくれるまで諦めないつもりだ。




「はぁ……どこにも住んでいない」

「え?おうち無いの?」

「いらないだけ」

「えー!おうちいらないなんて、お兄ちゃん、変ー!」



 なんだろうか、この子どもは。
 雪はキャッキャと笑っている。
 妖魔は人間と違い、家を持つことはほとんどない。
 ほぼ当たり前のことを言っているのだが、雪はまだ幼いため知らないせいか、それをおもしろおかしく笑っている。
 忌蛇は既に疲れが出ていて、頭が痛い。



「じゃあお兄ちゃんは、いつもどこにいるの?」



 質問攻めは、止まってくれなかった。



「……歩き回ってる。ひとつの場所に留まることは無いから。いい場所を見つけたら、居座るけど」

「誰かと一緒に探すのー?」

「……いや、1人で」



 妖魔は、仲間意識がない。
 他者に興味を持たず、ただ生きるだけ。
 強い妖魔は仙人と戦い、人間を食らう。
 どうしようも無い、放浪とした存在なのだ。
 忌蛇もそのうちの1体、200年も1人で生きてきたのだ。
 今更誰かと関わろうなど、思うわけがなかった。



「でも、1人はさみしーよ?」

「寂しいと思ったことない」

「……あたしは、さみしい……」

「っ…………」



 その時、雪はそんなことを口にした。
 忌蛇が顔を上げると、草木の向こうで雪が話している。



「あたし、いつもお部屋で1人なの。お父様とお母様が、ヨウマって化け物に食べられちゃってから、ずーっと。
 だから、おうちは婆やと召使いさんたちだけ。でも、みんないつも忙しくて、誰も遊んでくれないの」

「………………」

「でも、今はさみしくないの!お兄ちゃんがいるから!」



 雪は、元気に笑っていた。
 だが、忌蛇は目を伏せていた。
 声からして、雪はまだ幼いはずなのに、既に両親を亡くしている。
 そして、その原因が妖魔。
 彼女が忌蛇は妖魔だということを知ったら、どんな顔をするだろうか。
 なんて、忌蛇が心配をするわけが無い。



「僕も、妖魔だよ」

「?」

「君の親を殺した妖魔、それと同じってこと。
 僕、人間じゃないんだよ」



 感情を持たない忌蛇は、雪がどう思うかなんてどうでもいい。
 何とかして、どこかへ行って欲しい。
 だから、わざと怖がることや、傷つくことを話す。
 そうすれば、きっと嫌って逃げていくだろう。
 そう思っていた。



「お兄ちゃん、妖魔なの?」



 案の定、雪は忌蛇の言葉に反応した。
 このままいけば、雪はきっと離れる。
 親を殺した妖魔と話しているなんて、胸糞悪いはずだ。
 やっと1人になれる。
 と、考えていたが。



「じゃあ、なんで食べないの?」

「……えっ」



 返ってきたのは、予想外の言葉。
 逃げ出すものだと思っていた忌蛇は、雪の言葉に間抜けな声が出てしまう。



「妖魔は、人間を食べるんでしょ?じゃあ、なんでお兄ちゃんは妖魔なのに、あたしを食べないの?」

「……僕は、食べなくても死なない。そもそも、人間が死のうとどうでもいいから。興味無いし」



 妖魔といえど、皆同じでは無い。
 人間を食べないと死ぬ妖魔もいれば、何も口にしなくても死ぬ事がない妖魔もいる。
 体の作りは各々異なり、皆自分にあった生き方で生きている。
 それでも、全ての妖魔は人間を食べることが出来る。
 食べるか食べないかは、個々の判断。
 忌蛇は、何も食べなくても生きていける体だった。
 だから、彼が人間を食べたことはほとんどない。
 もちろん、襲う理由も無い。

 忌蛇にとっては当たり前の事だった。



「じゃあ、大丈夫だよ!」



 その時、雪は元気よくそう言った。
 忌蛇がポカンとしていると、雪はそのまま言葉を続ける。



「お兄ちゃんは、悪い妖魔じゃないってことでしょ!あたしのこと、食べないもん!婆やが言ってた!悪い妖魔は人間を食べるって。
 きっと、お兄ちゃんは優しい妖魔なのね!」

「っ………………」



 なぜ、そう考えるのだろうか。
 妖魔はいつの時代も、人間の天敵だった。
 誰一人として、妖魔を良いものとして見ない。
 それなのに。



「……嫌じゃないの?」

「嫌じゃないよ!お兄ちゃんは、お話してくれるもん!だから、とっても優しい妖魔なの!それに……
 お兄ちゃんのおかげで、今のあたし1人ぼっちじゃない!それが嬉しい!」

「っ………………」

「1人は寂しーよ?お兄ちゃん。だから、あたしがお兄ちゃんとお話して、お兄ちゃんを1人にしない!
 あたしは、お兄ちゃんと一緒にいたい!」



 (そんなの、初めて言われた……)



 こういう時、どうすればいいのか分からない。
 他者と関わりを持たない忌蛇は、相手との会話でさえ戸惑うことが多いのだ。
 それに、今話しているのは人間の女の子だ。
 言っていることはめちゃくちゃだが、本心でありのままを伝えてくれる。
 真っ直ぐな子なのだろう。



「寂しくなったら、あたしを呼んで!お話する!」

「……僕は、別にっ」

「約束なの!指切りげんまんもする!
 お兄ちゃんとあたしは、もうお友達だから!」

「……おともだち?……なに、それ」

「え!知らないの!?
 お友達ってのはね、家族と同じくらい大切な人ってことだよ!」

「…………」

「だから、お兄ちゃんは友達!」



 家族も友達も、忌蛇はいない。
 そんなもの、知ることもなかった。
 そして、妖魔と人間、このふたつは永遠に隔たる。
 決して、交わらない……許されていない……。



「……ねぇ、君」

「ん?なぁに?」



 何も知らない、何も分からない。
 人間のことは、これっぽっちも。
 そんな存在から、友達と言われた。

 忌蛇は、興味を持ってしまった。



「ひとつだけ、約束して」

「やくそく?なになに!」



 こんなこと、意味は無い。
 分かっていても、忌蛇も好奇心には逆らえない。
 ただ時が過ぎるのを待つだけだった、何も求めず、求められず。
 そんな中で見つけた……少しばかりの、息抜き。



「絶対に、僕には触れないって約束して」

「え、どうして?」

「僕の体には、強い毒がある。触ったら、死んでしまうから。だから、お願い」

「毒?じゃあ、お話はしても大丈夫?」

「……うん。だから、約束してくれる?」

「もちろん!約束する!」



 雪の返事を聞くと、忌蛇はゆっくりと立ち上がった。
 退屈な人生を彩る、退屈しのぎの存在。
 忌蛇にとっては、その程度の感覚。
 それでも、今までとは違うものに、惹かれてしまうのも事実だ。
 手元に置いてあった鬼の面を取ると、忌蛇はそのまま顔につける。
 視界は狭まった、でも外すつもりは無かった。
 そして……



「っ!」



 草木に触れないように、忌蛇はまっすぐ進む。
 自分の前で待ち続ける、彼女の元へ。
 突然現れた忌蛇に、雪は目を見開いていた。
 自分が贈った鬼の面を被った、少年のような姿。
 それが、ずっと話していた相手だとわかると、雪は抱きつきたくなる衝動を押えて、ニコッと笑う。

 友達とは何か、家族とは何か。
 寂しいとは、何か……
 忌蛇は、全て知りたくなってしまった。



「お兄ちゃん!お名前、教えて!」

「忌蛇だよ」

「き、きや……きゃ、きぃ……」

「……へびでいいよ」

「蛇さん!かっこいい!」



 時に、世の中では不思議なことが起こるもの。
 妖魔を友達として迎え入れる人間と、人間に歩み寄った妖魔。
 こんな光景、どれだけ時代を辿っても希少なものだろう。

 だが……新たな出会いは、全てが良いこととは限らない。
 出会いと並行して、というものは訪れる……。
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