愛恋の呪縛

サラ

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第42話

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 それから、雪は毎日来るようになった。
 時には遊び道具を持ってきたり、時には絵本を読み聞かせてくれたり。
 いつもやりたいことを自由にやっているだけだったが、忌蛇は毎日その声を聞いていた。
 その度に、人間というものに触れていった。
 今まで知ることもなかった、不思議な感覚だ。
 毎日が濃く、2人の世界を彩っていく。





へびさん蛇さん!明日は何したい?」

「別に、なんでも」

「じゃあ、明日はお菓子持ってくるね!
 一緒に食べよ!」





 忌蛇は人間のことを、雪から教わっていた。
 文字は、本を読み聞かせてもらいながら覚えて、どんな風に過ごしているのかは話を聞いていた。
 忌蛇は、今まで知ろうともしなかった人間のことを雪から聞く度に、少しずつ人間がどういうものか、理解するようになっていた。
 そして、何かを覚えれば雪がたくさん褒めてくれた。



「雪、少し大きくなった?」

「だって私、もう12歳よ?お姉さんになったの~」

「子どもだけど」

「えぇ!少しは大人になったよー!」

「僕、200歳以上」

「うぐっ……」



 そうして、年月は流れていた。

 春は、距離をとって居眠りしたり、
 夏は、雪が氷を投げつけてきたり、
 秋は、落ちている紅葉で遊んだり……

 だがひとつ、疑問があった。




「まただ……」



 雪と出会って数年。
 いくつもの季節を過ごしてきた忌蛇と雪だったが、何故か雪は、冬になると忽然と姿を消す。
 初めて会った年の冬から、毎年だ。
 はじめは寒いから外に出たくないんだと思っていたが、冬になると決まったように毎年来なくなる。
 流石に気になってはいた。
 でも、聞こうとはしなかった。



「なにか、あるのかな……」



 季節は冬真っ只中。
 なぜ彼女は、冬になると会いに来ないのだろう。
 彼女が来ない代わりに、彼女と同じ名前の雪が、綺麗に降り積もっていた。



















「今日はね、物語を持ってきたのよ!」



 季節は巡り、春。
 いつの間にか、雪は16歳になっていた。
 綺麗な若い女性へと成長しながらも、未だにあの頃の幼さを残している。
 そして、2人はいつものように距離を取り、忌蛇は変わらず鬼の面をつけている。
 特に意味は無いのだが、外す理由も特に無かったため、雪と会う時はつけるようになっていた。



「最近見つけた恋愛ものよ!すっごくドキドキして、何度も読み直してるの。きっと蛇さんも気に入るわ!」

「恋愛……?恋愛って、どんなもの?」

「あ、そっか。
 恋愛はね……恋とか愛のこと!」

「……全然分からない」

「えぇ!?」



 年頃なのだろう。
 雪は、恋や愛に興味を持っていた。
 恋愛ものの本を買っては、何度も何度も読み返し、その度にときめいている。
 だが、忌蛇は全く分からない。
 そもそも、妖魔は感情そのものがあまり無い。
 そんな存在が、愛などわかるわけが無いのだ。



「今まで好きな子、いなかったの!?200年も生きているのに」

「僕、生まれてからずっと1人」

「じゃあじゃあ、この子可愛いなぁ!とか!」

「……興味無い」

「えぇ!勿体ない!長生きしてるんだからさ、素敵な恋しなきゃー!」

「必要ないよ……よく分からないし」



 忌蛇は、退屈そうに話す。
 素っ気ない忌蛇の態度に、雪はプクッと頬を膨らませていた。
 何となくは分かっていたことだが、やはり愛する気持ちは知って欲しい。
 それが雪の本音だった。
 その時、雪はあることを思い出す。



「ねえ蛇さん!ちょっと、お願いがあるの!」

「……なに?」

「実は、一緒に来て欲しい場所があって!まだ行ったことないんだけど、1人だと寂しくて」

「……どこ?」



 忌蛇が首を傾げると、雪は森の奥を指さした。



「この森にね、とっても大きなクスノキがあるの。そこに行きたい!」

「クスノキ……?なんで?」

「理由は、着いてから教えてあげる!」



 雪は、明るい笑顔を浮かべていた。
 忌蛇は指さした方向を見ると、確かに大きな木が見える。
 忌蛇もあまり行ったことのない場所だった。
 なぜそんなところに行きたいのかが不思議だったが、クスノキがある方角を見つめる雪の目が、キラキラと輝いていた。
 その姿がどこか美しく見え、忌蛇はどうしてか断る気になれなかった。



「……わかった、行くよ」

「やったぁ!じゃあ、これ持って!」

「え?」



 そう言うと、雪はなにやら紐を取り出した。
 片方の端を手に巻き付けると、もう一方の紐の端を、忌蛇の前に置く。



「蛇さんには触れられないから、これで!はぐれないように、繋ぐの」



 雪は、紐を巻きつけた手を見せて微笑んだ。
 いわゆる、手を繋ぐ代わり、というわけだ。
 忌蛇にはひとつも分からなかったが、雪の真似をする感覚で、同じように紐を手に巻き付ける。
 幸い、紐は物なので、毒に犯される心配は無い。
 忌蛇が紐を巻き付け終わると、雪は軽く手を揺らす。



「これで、何があっても離れない。迷子にならなくて済むわ」

「こんな事しなくても、雪が迷子になったら僕が見つけるのに」

「いいの!私がこうしたいんだから!ほら、行こ!」



 雪はそう言って歩き出した。
 忌蛇は半ば強引に引っ張られ、雪の後をついて行く。
 長くもなく、短くもない。
 適度な長さに伸ばされた紐は、2人の距離を保っていた。
 ゆらゆらと揺れる紐を見つめながら、忌蛇は雪の背中を追う。



「どれくらい大きいのかなぁ?」

「さっき見えてたけど」

「もう!夢がないなぁ蛇さんは!さっき見えたからこそ、近くで見る楽しさが増えるんじゃない!」

「……そういうもの?」

「そういうもの!覚えておいて!」

「……わかった」



 忌蛇は、少し納得が出来ないまま返事をする。
 感情とは、凄いものだと思っていた。
 いつも笑顔の雪が、クスノキひとつでこんなにも喜んでいる。
 楽しさや嬉しさ、その明るい感情は、これほど人の心を揺れ動かすのだろうか。 
 そしてなにより、忌蛇は雪の笑顔を何度見ても飽きなかった。
 いつも浮かべる笑顔にも、色々な感情が含まれていて。
 他には、どんな表情をするのだろうか。
 もっと、知らない表情を知りたい、と。



 (いつの間に、こんなに大きくなってたんだろ)



 出会ってから10年ほど経った。
 人間の成長とは、随分と早いものだ。
 


「ん?どうしたの?蛇さん」



 雪に声をかけられ、忌蛇は我に返る。
 どうやら、見つめすぎたようだ。
 忌蛇は少し戸惑い、なんでもないと言うように視線を逸らす。
 だが。



 (あれ、なんで逸らしてるんだ……?)



 つい反射で逸らしてしまったが、別に逸らさなくてもいいのでは。
 頭と行動が一致せず、忌蛇は驚いている。
 今、自分がなぜこんな行動を取ったのかも理解できない。
 戸惑いながらも、「別に」と言葉を漏らす。



「ふふっ、変な蛇さ~ん」



 案の定、変だと言われた。
 不本意でしかないが、引かれずには済んだようだ。
 雪は笑いながら、再び前を向く。
 
 しばらく歩き続けていると、なにやら開けた場所が見えてきた。
 雪と忌蛇が気づくと、少し足早に向かう。
 そして……



「わぁ!見て!」

「っ!」



 2人の前に現れたのは、
 圧巻の大きさを誇る、立派なクスノキだった。
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