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第22話
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(う、動かねぇ……)
力は入らないまま。
目の前に魁蓮がいると言うのに、体を動かすことが出来ない。
小さく唸りながら体を動かそうとする龍牙を、魁蓮は冷たい眼差しで見つめた。
「まだやるか?」
「………………」
声も出ない、何も出来ない。
そう思っていると、ふと魁蓮が口を開いた。
「一つ一つの狙いがあからさまだ。実につまらん」
「っ……」
「こうも見え見えな攻撃など、避けてくれと言っているようなもの。遊戯にでも付き合わされた気分だ」
その言葉は、龍牙に大きく突き刺さった。
圧倒的強さを目の当たりにし、龍牙は為す術も無かった。
妖力は使い切ってしまい、肉弾戦でも勝てない。
勝てる道は、与えられていなかった。
だがそれよりも、龍牙の心は深く抉れていた。
「……くそっ……」
「……?」
龍牙は、目に涙をためていた。
久々に感じた感覚。
何も出来ず、ただ怯えていただけの頃を思い出してしまった。
強くなってからは、負けた事がなかった。
優越感にも浸り、ただひたすらに自分の力を振りかざしてきた。
というのに、結果このザマだ。
「なんでだよ……なんで俺は、弱いままなんだっ……
なんでっ……変わらねぇんだよっ……」
弱い、弱者。
そう罵られ続けていた時期を消し去ろうと、今まで力をつけてきた。
だが結局は、過去の自分を消すことは出来ない。
今のこの力も、過去の自分の上で成り立っている。
それが悔しくて、龍牙は自分の弱さを再び呪った。
「履き違えるな」
「っ!」
悔しがる龍牙に、魁蓮は一言言い放つ。
龍牙は驚いて、バッと顔を上げた。
すると魁蓮は、はぁっと小さなため息を零し、言葉を続けた。
「何故、己を信じない。お前は自分の全てが、負の面でしか成り立っていないと考えているのか?」
「っ……」
「そも、己を信じぬ者が強者になどなれるか」
魁蓮はそう言うと、腕を組む。
そして、真っ直ぐな眼差しで龍牙を見つめた。
「弱者は皆、己が強くあろうとするあまり、成長過程ではなく、その努力する己の姿に酔いしれていく。だが1度でも望み通りに叶わなければ、何も出来なかったと都合よく投げ出し挫折する。
そして、今まで酔いしれていた姿は嘘だった・無駄だったと言い、全て捨て去る。悲劇を憂う小者のように、何故自分だけなんだと。実に愚かでくだらない」
魁蓮は低く、しかしどこか優しく語りかける。
龍牙は魁蓮を見つめ、その言葉を聞いていた。
「だが、お前はどうだ。強くあろうとして努力を重ね、上り詰めてきた結果が今の姿だろう。道半ばで折れることなく、成し遂げたはずだ。
なぜ努力した自分を信じない、1度の結果で全てが決められるほど、お前の頭は利口にできているか?ならば、ここまで己を鍛えてはいないだろう。お前は伸びしろがある、弱いのでは無い。まだ足りていないだけだ」
すると魁蓮は、龍牙に背中を向けた。
そして、後ろで待っていた司雀の元へと歩き出す。
魁蓮が司雀と合流すると、魁蓮は再び龍牙へと振り返った。
「強さ。それがなんなのか、お前はまだ理解出来ていないことが多い。解釈違いのまま目指しても、それがお前の成長の邪魔をする。それではいつまでも変わらん」
「………………」
「だが……」
「……?」
「久々に良いものを見た、まだ惜しいがな。
それでも、お前に送ろう。今の姿だけではない、今の姿へと歩みを進めた第一歩の時も含めてな」
その時、雲に覆われていた空から太陽が姿を現す。
薄暗かった森を照らし、魁蓮を照らした。
魁蓮は目を細め、少し柔らかい表情を浮かべる。
「天晴れな強さだ、龍牙よ。
自分の力を悔やむな、お前は強い。己に誇りを持て」
「っ…………………………」
「まずは己を信じてみよ。さすれば、自ずと見えてくる」
その瞬間、龍牙は視界がぼやけた。
涙が溢れて、前が見えなくなっていた。
抉れていた心を埋めるような、魁蓮の言葉。
それは、龍牙が心のどこかで欲していた証明。
「うっ……くっ……」
ボロボロと、涙がこぼれ落ちる。
これが何なのか、ハッキリとはわからない。
石を投げつけられ、痛めつけられ、その度に溢れていたもの。
でも今は、どこも痛くないのに溢れてくる。
これは一体何なのか、龍牙には分からなかった。
そんな龍牙の姿を見ていた司雀は、優しく微笑んでいる。
「良かったですね、魁蓮」
「ん?なにがだ」
「ふふっ」
司雀には分かっていた。
笑顔なんてものは無い、優しさなんてものは理解していない。
そんな魁蓮だが、彼は他者をよく見ている。
思ったことを口にしているだけなのだろうが、彼の言葉には、救いを感じるのだ。
そして今、龍牙が涙を流している理由も分かっている。
でも、妖魔は感情の意味をハッキリと理解できない。
だから、魁蓮も龍牙が泣いている理由が分からない。
(自分の言葉のおかげだと、思ってないんでしょうね……)
その時、泣き続けていた龍牙はあることを思いつく。
「なあ!アンタ!」
「ん?」
涙を拭い、立ち去ろうとする魁蓮に声をかけた。
いつの間にか体にも力が入り、声も出せる。
龍牙はゆっくりと立ち上がると、魁蓮を見つめた。
「俺、もっと強くなる!アンタに負けないくらい!
でもこれからは、ひとりじゃ強くなれないと思う。だから……
アンタについて行かせてくれ!アンタの背中を追って、もっと強くなりたいんだ!頼む!!」
「………………」
無茶なことは分かっていた。
それでも、こんなことは初めてだった。
妖魔には、仲間意識がない。
そんな中で、龍牙は彼について行きたいと思った。
そして知ってしまった、強者だけが感じる孤独。
その苦しさを、もし魁蓮も抱えているとしたら……
(独りは……苦しい)
彼は同じ苦しみを、味わって欲しくない。
だから強くなって、独りにはさせない。
そう、龍牙は考えた。
魁蓮は暫く龍牙を見つめ、そして背を向けた。
やはりダメなのだと、龍牙が諦めていると。
「好きにしろ」
「……えっ……えっ!」
小さく聞こえた声に、龍牙は笑顔になる。
司雀へと視線を移すと、司雀はニコッと微笑んでいた。
龍牙は満面の笑みを浮かべ、魁蓮の背中へと走り出した。
それが、魁蓮と龍牙の出会いだった。
それからというもの、龍牙は魁蓮と同じ強さになる為にと、日々の鍛錬を怠らなかった。
強者の孤独を感じさせないために、ずっと己を鍛えてきた。
ただずっと、彼だけを追い続けて…………。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
【くだらんな、お前は】
だからこそ、この言葉は龍牙にとっては毒だった。
頭を埋めつくし、忘れようとしても忘れられない。
意味を理解しようと思考を巡らせても、納得がいかなかった。
悪い意味ではないと、そう思いたい。
悪い意味ならば、分かりたくは無い。
色んな考えが頭を埋めつくし、昔感じた苦痛を呼び起こしてしまう。
「っ……」
ふと、龍牙の顔が歪んだ。
足の怪我の激痛が、増しているのだ。
普段なら、怪我などは気にしない。
だが今回の怪我は、何かがおかしかった。
(くっそ……)
ビリビリと、痺れるような痛み。
龍牙は涙を拭い、痛みに耐えながら廊下を歩いた。
力は入らないまま。
目の前に魁蓮がいると言うのに、体を動かすことが出来ない。
小さく唸りながら体を動かそうとする龍牙を、魁蓮は冷たい眼差しで見つめた。
「まだやるか?」
「………………」
声も出ない、何も出来ない。
そう思っていると、ふと魁蓮が口を開いた。
「一つ一つの狙いがあからさまだ。実につまらん」
「っ……」
「こうも見え見えな攻撃など、避けてくれと言っているようなもの。遊戯にでも付き合わされた気分だ」
その言葉は、龍牙に大きく突き刺さった。
圧倒的強さを目の当たりにし、龍牙は為す術も無かった。
妖力は使い切ってしまい、肉弾戦でも勝てない。
勝てる道は、与えられていなかった。
だがそれよりも、龍牙の心は深く抉れていた。
「……くそっ……」
「……?」
龍牙は、目に涙をためていた。
久々に感じた感覚。
何も出来ず、ただ怯えていただけの頃を思い出してしまった。
強くなってからは、負けた事がなかった。
優越感にも浸り、ただひたすらに自分の力を振りかざしてきた。
というのに、結果このザマだ。
「なんでだよ……なんで俺は、弱いままなんだっ……
なんでっ……変わらねぇんだよっ……」
弱い、弱者。
そう罵られ続けていた時期を消し去ろうと、今まで力をつけてきた。
だが結局は、過去の自分を消すことは出来ない。
今のこの力も、過去の自分の上で成り立っている。
それが悔しくて、龍牙は自分の弱さを再び呪った。
「履き違えるな」
「っ!」
悔しがる龍牙に、魁蓮は一言言い放つ。
龍牙は驚いて、バッと顔を上げた。
すると魁蓮は、はぁっと小さなため息を零し、言葉を続けた。
「何故、己を信じない。お前は自分の全てが、負の面でしか成り立っていないと考えているのか?」
「っ……」
「そも、己を信じぬ者が強者になどなれるか」
魁蓮はそう言うと、腕を組む。
そして、真っ直ぐな眼差しで龍牙を見つめた。
「弱者は皆、己が強くあろうとするあまり、成長過程ではなく、その努力する己の姿に酔いしれていく。だが1度でも望み通りに叶わなければ、何も出来なかったと都合よく投げ出し挫折する。
そして、今まで酔いしれていた姿は嘘だった・無駄だったと言い、全て捨て去る。悲劇を憂う小者のように、何故自分だけなんだと。実に愚かでくだらない」
魁蓮は低く、しかしどこか優しく語りかける。
龍牙は魁蓮を見つめ、その言葉を聞いていた。
「だが、お前はどうだ。強くあろうとして努力を重ね、上り詰めてきた結果が今の姿だろう。道半ばで折れることなく、成し遂げたはずだ。
なぜ努力した自分を信じない、1度の結果で全てが決められるほど、お前の頭は利口にできているか?ならば、ここまで己を鍛えてはいないだろう。お前は伸びしろがある、弱いのでは無い。まだ足りていないだけだ」
すると魁蓮は、龍牙に背中を向けた。
そして、後ろで待っていた司雀の元へと歩き出す。
魁蓮が司雀と合流すると、魁蓮は再び龍牙へと振り返った。
「強さ。それがなんなのか、お前はまだ理解出来ていないことが多い。解釈違いのまま目指しても、それがお前の成長の邪魔をする。それではいつまでも変わらん」
「………………」
「だが……」
「……?」
「久々に良いものを見た、まだ惜しいがな。
それでも、お前に送ろう。今の姿だけではない、今の姿へと歩みを進めた第一歩の時も含めてな」
その時、雲に覆われていた空から太陽が姿を現す。
薄暗かった森を照らし、魁蓮を照らした。
魁蓮は目を細め、少し柔らかい表情を浮かべる。
「天晴れな強さだ、龍牙よ。
自分の力を悔やむな、お前は強い。己に誇りを持て」
「っ…………………………」
「まずは己を信じてみよ。さすれば、自ずと見えてくる」
その瞬間、龍牙は視界がぼやけた。
涙が溢れて、前が見えなくなっていた。
抉れていた心を埋めるような、魁蓮の言葉。
それは、龍牙が心のどこかで欲していた証明。
「うっ……くっ……」
ボロボロと、涙がこぼれ落ちる。
これが何なのか、ハッキリとはわからない。
石を投げつけられ、痛めつけられ、その度に溢れていたもの。
でも今は、どこも痛くないのに溢れてくる。
これは一体何なのか、龍牙には分からなかった。
そんな龍牙の姿を見ていた司雀は、優しく微笑んでいる。
「良かったですね、魁蓮」
「ん?なにがだ」
「ふふっ」
司雀には分かっていた。
笑顔なんてものは無い、優しさなんてものは理解していない。
そんな魁蓮だが、彼は他者をよく見ている。
思ったことを口にしているだけなのだろうが、彼の言葉には、救いを感じるのだ。
そして今、龍牙が涙を流している理由も分かっている。
でも、妖魔は感情の意味をハッキリと理解できない。
だから、魁蓮も龍牙が泣いている理由が分からない。
(自分の言葉のおかげだと、思ってないんでしょうね……)
その時、泣き続けていた龍牙はあることを思いつく。
「なあ!アンタ!」
「ん?」
涙を拭い、立ち去ろうとする魁蓮に声をかけた。
いつの間にか体にも力が入り、声も出せる。
龍牙はゆっくりと立ち上がると、魁蓮を見つめた。
「俺、もっと強くなる!アンタに負けないくらい!
でもこれからは、ひとりじゃ強くなれないと思う。だから……
アンタについて行かせてくれ!アンタの背中を追って、もっと強くなりたいんだ!頼む!!」
「………………」
無茶なことは分かっていた。
それでも、こんなことは初めてだった。
妖魔には、仲間意識がない。
そんな中で、龍牙は彼について行きたいと思った。
そして知ってしまった、強者だけが感じる孤独。
その苦しさを、もし魁蓮も抱えているとしたら……
(独りは……苦しい)
彼は同じ苦しみを、味わって欲しくない。
だから強くなって、独りにはさせない。
そう、龍牙は考えた。
魁蓮は暫く龍牙を見つめ、そして背を向けた。
やはりダメなのだと、龍牙が諦めていると。
「好きにしろ」
「……えっ……えっ!」
小さく聞こえた声に、龍牙は笑顔になる。
司雀へと視線を移すと、司雀はニコッと微笑んでいた。
龍牙は満面の笑みを浮かべ、魁蓮の背中へと走り出した。
それが、魁蓮と龍牙の出会いだった。
それからというもの、龍牙は魁蓮と同じ強さになる為にと、日々の鍛錬を怠らなかった。
強者の孤独を感じさせないために、ずっと己を鍛えてきた。
ただずっと、彼だけを追い続けて…………。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
【くだらんな、お前は】
だからこそ、この言葉は龍牙にとっては毒だった。
頭を埋めつくし、忘れようとしても忘れられない。
意味を理解しようと思考を巡らせても、納得がいかなかった。
悪い意味ではないと、そう思いたい。
悪い意味ならば、分かりたくは無い。
色んな考えが頭を埋めつくし、昔感じた苦痛を呼び起こしてしまう。
「っ……」
ふと、龍牙の顔が歪んだ。
足の怪我の激痛が、増しているのだ。
普段なら、怪我などは気にしない。
だが今回の怪我は、何かがおかしかった。
(くっそ……)
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龍牙は涙を拭い、痛みに耐えながら廊下を歩いた。
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