愛恋の呪縛

サラ

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第6話

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 それから日が経ったある日のこと。



「おっ!これも食べられるやつだ!」



 日向は1人、森の中にいた。
 今日は瀧と凪が任務に行っているため、日向は留守番。
 そのはずだったのだが、日向はじっとしていられる性格では無い。
 外に出たい衝動に耐えられず、森の中まで来た。

 片手には分厚い書物、反対の片手には山菜。
 書物の情報を頼りに、食べられる草を採取しているところだ。



「これは天ぷらに使えるんじゃね?あ、漬物もあり!あっはは、腹減ってきたなぁ!」



 新しいことが大好きな日向は、初めての山菜採りを心の底から楽しんでいる。
 好奇心旺盛な性格は、褒められたものだ。
 予め持ってきていたカゴいっぱいに山菜を詰めると、せっかくの機会だからと、更に森の奥へと向かった。



「そういや、森の中ってあんまり来たことないかも」



 来た道を忘れないように、日向は慎重に進む。
 幼い頃、森で迷子になるのは危険だからと、森の中に入ることを仁に止められていた。
 確かに、日向がいるこの森は、無駄に広い。
 子どもが1人で来る場所では無いことは確かだ。
 だが今は成長したから大丈夫だと、謎の自信を持ったまま突き進む。
 これでも、日向は体力には自信がある方だ。



「ついでに木の実とかあったらいいなぁ」 



 呑気なことを考えながら、日向はただ歩いた。
 好奇心旺盛な性格は、褒められたものだが。
 稀に、それがあだとなる時がある。


















「あれ?僕、どれくらい歩いてた?」



 気づけば、辺りは少し暗くなっていた。
 山菜採りを始めたのは朝。
 一目で分かるほど、空は朝の色をしていない。
 感覚で推測するに、もう夕方から夜の時間帯だ。
 森の中を、それほどまでに集中して歩いていたということだろうか。



「まあでも、来た道は覚えてるし。大丈夫だろ!でもそろそろ帰らないと、仁おじさんが心配するな」



 日向は立ち止まってグッと伸びをすると、クルッと振り返って歩いてきた道を戻る。
 日向がそうして、1歩踏み出した時だった。



「っ……?」



 そよ風が、森の奥から流れてきた。
 頬を撫でるような優しい風。
 その風の中に、なにやら匂いが混じっていた。
 日向はその匂いに反応し、背中を向けたばかりの方向へと振り返る。



「なんだろう、すげぇ好きな匂いがする」



 風に乗って漂ってきた香りは初めて嗅いだというのに、まるで一目惚れしたかの如く日向の心を一瞬で鷲掴みにした。
 気になってしまっては、そのまま無視なんてできない。
 日向は自分の好奇心に従い、帰ろうとした道に再び背を向けて、更に奥へと進んだ。
 
 歩けば歩くほど、辺りは光を通さなくなる。
 その代わりに、気に入った香りは強くなる。



「………………」



 物語の主人公になったような気分で、日向は歩く速度を落とすことなく進んだ。
 なにか、とてもいいことが起きるかもしれない。
 そんな浮かれた期待をしながら。

 そう思っていたのも、束の間……。







「わあっ……」



 木だらけだった森の中。
 日向が進み続けた先にあったのは、ほかの木よりも大きく太い樹木と、その樹木を中心にひらけた場所。
 なぜかここだけは木が1本もなく、円を描くように殺風景で草だけが生えていた。
 数匹の蛍が飛んでいて、どこか幻想的な雰囲気を感じる。



「……ん?」



 日向が辺りを見渡すと、樹木の根元に不思議なものを見つけた。
 大きくもなく小さくもない。
 それは簡単に言えば、祠のようなものだった。
 なにやら頑丈に作られていて、無造作に札のようなものも貼られていた。
 そしてその祠の前に、1本の植物が。



「これ……ハスの花?」



 まだ咲いていないのか、蕾に戻ったのか。
 そこには綺麗なハスの蕾が咲いていた。
 日向が感じた匂いは、この蕾から漂ったものだ。
 だが不思議だ、まだ花ではないというのに、なぜこんなにも香りが漂っていたのだろうか。
 日向が感じ取ったのも、ここより少し離れた場所だった。




「珍しいハスの花なのかな?すっげぇや」



 日向の好奇心は、祠よりもハスの蕾に向けられた。
 日向は昔から花が好きだ。
 知識もそれなりにあるため、興味を持つのも無理もない。
 じっとそのハスの蕾を見つめた後、日向は祠へと視線を移した。
 



「つーか札だらけの祠って……趣味悪ぅ」



 誰がどう見ても、危険なものと認識できる。
 一体、なんの祠だと言うのだろうか。
 眉間にしわを寄せて睨みつけたあと、日向は再びハスの蕾に視線を移した。
 ずっと、ずっと、蕾が気になって仕方がない。



「とりあえず、調べてみよっかな」



 ただのハスではない。
 そう感じた日向は、ゆっくりと手を伸ばした。
 まだ花開いていない、可愛らしい蕾に。

 そして、日向の手が蕾に触れた。





 バーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!





 それは、あまりに突然だった。
 日向の前にあった祠に雷のようなものが落ち、凄まじい音が轟いて、同時に地響きが起きる。
 その音と地響きは、森を超え、眠りに落ちようとしていた町にまで届いた。
 
 祠のすぐ近くにいた日向は、衝撃で弾き飛ばされて背後にあった木に激突した。
 幸いなことに、怪我はしていない。



「ってぇ……なにっ?」



 雷のせいか、目の前が一瞬だけ真っ白になった。
 だから、日向も何が起きたのか理解していない。
 手元を見るが、触れたハスの蕾は無かった。
 ただ、弾き飛ばされただけ。



「一体何が起こっ、て……………………」



 何が起きたか理解しようと、顔を上げた。
 だが顔を上げた先には、先程見ていた景色とは少し変わっていた。 
 いや、付け加えられたと言うべきか。
 立派な大きな樹木、それを中心に広がる草、先程の雷で真っ二つに割れた祠と砂埃に近い煙、消えたハスの蕾。

 そして、黒い衣を纏った男がいた。
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