偽聖女はもふもふちびっこ獣人を守るママ聖女となる

第四章 恋の身支度

１０６．偽聖女、感情のジェットコースターに乗る

「お前何言ってるんだ？　俺達貴族を治すのがお前の仕事だろ」

「そうよ！」

　この人達は何を言っているのだろうか。

　私は自分が蒔いた種を回収しているだけで、医者でもなんでもない。

「ここは公爵令嬢である私が話をつけるわ」

　彼らの後ろから聞いたことのある声が突き抜ける。

「グシャ公爵令嬢！」

　生徒達は縁によると一筋の道ができる。

「あっ……」

　前に出てきたのは、以前貴族街であった頭の弱い令嬢だった。

　医療用語と難しい言葉で畳み掛けたら、全く理解をしていないほどだ。

「早く私達を治しなさい！」

　結局、前に出てきて言うことは同じようだ。

「貴女の知能指数ＩＱはまだ上がってないのかしら。ここは孤児院なのをバカな頭海馬に叩き込んで言っていますか？」

「なっ！？」

　彼女はまた同じように言われて戸惑っているようだ。

「おい、ＩＱや海馬ってなんだ？」

「私にわかるわけないでしょ。でも、グシャ公爵令嬢ならわかるわよ」

　他の生徒達からのプレッシャーがかかっている。

「早く治療をしなさいよ！　公爵家に逆らったらどうなるのか知らないのかしら？」

　そこまで言われて引くことが出来なくなったのだろう。

　結局は貴族という地位に頼っている。

「私は先ほど言いましたが、治療を受ける気がない人はお帰りくださいと」

「だから治療すると言っているじゃないの！」

「それが治療をしてもらう人の態度ですか！　子ども達に手まで出して私は許しません。呪いで死ねばいいのよ」

　病院で働いて給料をもらうという形なら、ある程度は我慢はできる。

　ただ、今回は報酬を受け取るために治療をするわけではない。

「嫌だ……まだ死にたくないわ」

「俺だってやっと婚約者が見つけたばかりだ」

「あなた達黙りなさいよ！」

　後ろにいる生徒達は"死"という言葉に実感が湧いてきたのだろう。

　目の前にいる彼女も少し冷や汗を流している。

　ここまで元気ならそこまで治療しなくても済みそうだ。

　今後を担う貴族ならしっかり勉強してもらうことも大事だ。

　ただ、そうもいかなくなった。

「貴族法に則り、あなたを処罰します！」

　彼女は剣を抜いた。

　きっと死に対しての恐怖感が勝ったのだろう。

「はぁー」

　彼女は取り返しのつかないことをしてしまったようだ。

　私には誰よりも騎士としての志を持った可愛い子供がいる。

「ママ先生はオラが守るんだ！」

　クロはすぐに駆け寄り、彼女の手を蹴り上げた。

　剣が宙を舞うとクロはそれを掴む。

「あっ……」

　一瞬にして剣を奪い、彼女の喉元に剣を向けた。

　成長したクロに拍手を送りたいが、そこまでやってしまったら本当に私達の身が危ない。

「マミイモ、おじさんを逃してしまった――」

　またしても悪いタイミングであの男が帰ってきた。

　この状況を見てバッカアは驚いた顔をしている。

　第一騎士所属の騎士にまで見られてしまった。

　どうしようか戸惑っていると、怒った顔でバッカアは近づいてきた。

「お前は何をやってるんだ！」

　やっぱり怒っていた。

　ただ、怒っていたのは私達に対してではなかった。

「おっ……お兄様！？」

「えっ……」

　どうやら目の前にいるグシャ公爵令嬢はバッカアの妹だったようだ。

　バッカアはクロに剣を下げるように伝えると、そのまま妹を掴み地面に叩きつけた。

　あまりにも素早い行動に驚いて言葉も出ない。

　そして、初めに文句を言っていた生徒達は震えていた。

「デートもできないのに、お前のせいで俺様が嫌われたらどうするんだ？　はぁん？」

「お兄様、私は――」

「俺に殺されたいのか？　お前なんて喉元に剣を突き刺せば一瞬にして――」

「ちょちょ、本当にあなたはバカ野郎になるつもりですか」

　私は急いでバッカアを止める。

　このままだと嘔吐や下痢よりも大変なことになる。

　大量の血が孤児院に流れるような気がした。

「今バカ野郎って俺に言ったか？」

「あっ……」

　咄嗟に出た言葉だが、バッカアには聞こえていた。

　ただ、彼の表情はニヤリと笑っていた。

「やっと俺の愛称を呼んでくれたな！」

「へっ！？」

　何が起きているのだろうか。

　バッカアは喜んで私に抱きついてきた。

　バッカアの愛称って"バカ野郎"で良いのだろうかと疑問に思ってしまう。

　さっきから言い合いになったと思ったら、目の前で殺人が始まりそうになり、感情の起伏が追いつかない。

「バカ兄ちゃん、ママ先生を離せよ！」

「嫌だ！」

「オラも頑張ったもん！」

　クロは私とバッカアの隙間に入ると、バッカアを遠ざける。

「あの血沼の暴君を手懐けていますわ」

「学園一制御ができないって言われていた先輩ですよね……」

　うん、バッカアくんは学生の時に何をやらかしたのだろうか。

「マミイモ、もう一回バカ野郎って呼んでくれないか？」

「バカ野郎……」

「クァー！　これで一歩近づいたぜ！」

　バカ野郎と呼ばれて目をキラキラしている彼に何も言えなかった。

　もう貴族達にはついていけないわ……。