桜色の女神 -S.A.K.U.R.A. Android records-

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最終話 誰も知らない物語

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 ジンは気付けば、サクラを抱き起し、とにかく叫んだ。
 視界に表示されたアラートは、先程とは変わり過渡期を超えた事を表示しており、もう何もかもが遅い、と無理にでも悟らされる空気になっていた。
 プロテクターも羽根も消え、いつもの素朴な服、桜色の髪、いつものサクラがそこにいた。
 先程のDBA-03Aでは、もうなくなっていた。
 とにかく呼びかけるジンの声に、サクラは夢うつつのような、静かな、どこか虚空な笑顔を浮かべていた。より一層の悲壮感が周囲を漂う。

「置いていかないでくれよ・・・」

 ジンは増々、悲痛な声は願い、祈りになっていた。
 かつてこれ程までに、願う事はあったのだろうか。
 祈る事はあったのだろうか。
 人間だった頃の記憶が全てが霞む程に、ジンは項垂れた。
 6000年生きて、初めて辛いと思った。

「これで、良かったんだよ」

 サクラは、しっかりとジンに話しかけた。
 熱放散がなくなり、攻撃的な雰囲気はまるでなくなっている。

「オトギリソウも最期は、凄く穏やかだったよ。
 ああでしか自分を表現出来ないから、こうなるしかなかったけど、最期には、報われたと思う」

 サクラの笑顔は、薄かった。アザミの薄い笑顔とは同じように見えるが、まるで意味が違う。
 感じ取れる空気がまるで別物だった。
 常に眩しかった笑顔が、これ程までに薄いとは。
 ジンは気付けば、涙を流していた。
 慟哭する事もないが、事実を突きつけられ、とにかく状況を見つめる事しか出来ない。何も出来ないもどかしさが極まった結果に、ジンは静かに涙を流し続けるだけだった。
 サクラは、薄い笑みのまま、ジンの頬に手を寄せ、軽く触れた。


「ごめんね、ジン。もっと」


 サクラの笑顔が、あの眩しい笑顔になった。
 だがいつもの眩しさが通り越えて、ジンには神々しくも見えた。
 サクラの目から一筋の涙が溢れ、笑顔のままサクラはそっと呟いた。






一緒にいたかったよ





 それだけが聞こえた。
 ゆっくり手が離れた。
 ジンは呆然と、涙を流したまま、サクラを見つめあ。
 ジンの腕の中で、サクラが静かに横たわっている。
 お伽話の眠りについた姫のように静かではあるが、眩しい笑顔のまま、サクラは止まった。
 アンドロイドにあるまじき雰囲気、目を閉じて眠っている。
 ジンは人間だった頃の記憶を辿ると、このサクラの状態を、眠っていると捉えた。
 今までも、アンドロイドにしてはとても感情豊かではあったが、この寝顔にはもっとも感情が込められているように感じ取れていた。
 満たされたような笑顔。何も思い残す事はないと言う意思表示。

「・・・今まで出会った中で、お前が一番人間らしかったよ」

 ジンは静かに涙を流していた。
 震えるでもなく、息を荒げる事もなく。
 受け容れてしまった。否、受け容れざるを得なかった。
 ジンの視界のアラートには、DBA-03A LOST と、濃いグレーの文字で静かに表記された。

「ここで寝るのは違うだろ、・・・お前の好きだったところに」

 ジンはサクラの体を抱き起し、持ち上げた。

「連れて行ってやる」





 サクラの好きだった場所。
 荒れ果てたこの世界の唯一の癒しとも言えるこの場所。
 自然が僅かに残された湖にジンはサクラを連れて来た。
 ジンはサクラを抱きかかえ、湖の中央まで、ホバリングでやって来た。
 二人で作った“家”が、少し遠巻きに見える。
 今思えば、サクラの眠る為の場所だったんだと、ジンは今になって思えて来た。

「眠るならここで眠れ」

 ジンはサクラを抱きかかえたまま水面に浸かる。
 サクラの体も、少し着水する。

「もう誰も邪魔するのはいないから、ずっとここにいろよ」

 ジンの手からサクラの体が離れる。
 一度水面に軽く浮いたサクラは、安らかな笑顔のまま、湖水の中にゆっくりと沈んでいった。
 ジンはまだ涙を流しながら、沈み行くサクラを見つめていた。
 サクラの顔が水の奥底に消えたのを確認して、ジンは再び浮遊。
 岸辺まで戻った。

「サクラはもうこのままにしてやれ。ここには一切、何もするな」

 すぐにジンは、突然何かに話しかけた。
 どうにも気配が不快な存在だったのだろうか、顔を大いに顰めている。
 そして何処からともなく、あの不快な声が、ジンに聞こえて来た。

「DBAー03Aは活動を停止したか、わかった」

 ただそれだけだった。マスターは冷淡にそれだけ告げた。

「貴様、それだけか?」

 余りにも冷徹な答えに、ジンは怒りを覚え、低く唸った。
 オトギリソウ以上に、どうにもマスターの存在が許せなかった。

「何もしないし、もう何もする事がない。サイボーグ・ジンに何か求める事もない」

 マスターの声だけが湖に響いた。

「我は、最後にはDBA-02Cにも、GA-Xにも、何も指示を与えなかった。
 ただ最後に伝えたのは、好きにしろ。
 それだけだ。
 その結果、こうなっただけだ。
 我は我で、何よりも分かった事がある。
 だが、貴様に教えたところでどうにもなるまい。
 我は、もう貴様の前には現れないし、声をかける事もないだろう。
 仁加山正よ。貴様も好きにすれば良い」

 マスターの声が最後にそう響き、すぐに静かになった。

「・・・何だったんだ、ヤツは」

 ジンは一瞥した。しかし、皮肉に感じた事があった。
 ジンは、人間だった頃の名前で、初めて呼ばれた。
 6000年前にその名前は捨て、以来ジンと仮で名乗り、千年生きてから、サイボーグとして生まれ変わり、それからもジンと呼ばれ続けた。
 仁加山正だった頃の記憶はあるが、実際にはまるで、自分の記憶と言うより、聞かされて思い描いた光景、のようにしか捉えられなかった。
 だが結局は、ジンにとっては、どうでもいい事と結論付け、これ以上本来の名前で呼ばれた事を考えないようにした。

 改めて湖に向き直るジンは、周囲を見渡した。
 ただ綺麗だと思っていた湖も、この残された僅かな自然も、今ではまるで別物のように見えた。
 大事な者が眠り続ける場所。
 壊しに来る脅威はもう、存在しない。
 ジンは最後の目的を、改めて見つける事が出来た。

「俺も動ける限り、ずっとここにいるぞ」

 静かにそう言った。ただ言っただけでなく、決意を深めたような言い方だった。

「お前を絶対に一人にはさせない」

 これからジンは、二度とIRT-044と接触する事はなかった。





 ジンはそれからもずっと、湖畔に留まり続けた。
 どこかに行く事もなく、ただ留まり続けた。
 “家”はこの時に都合よく、睡眠の必要なジンには、ただ永い時をここで過ごすにはうってつけ、とも言えた。

 しかし、どれぐらいの時が経ったのか、普通ならわからない。
 気付けばサクラと二人で建て直した“家”も、長年の劣化で、最後には柱すらも残らなくなった。
 維持するのが難しくなっていた事もあるが、それでも200年は保たせた事でも十分であろう。
 ジンに移殖されたクエルの演算処理のおかげで、正確な時間経過が分かっていた。
 しかし、留まり続けて五百年経った時から確認しなくなった。普通なら気が狂うかと思えるような時の流れだが、ジンにとっては時を確認するのは、意味がないように思えていた。
 クエルの記憶が残っていても、話し相手になれるわけでもない。
 しかし正気を保てていたのは、サクラへの一方的な約束とも云えるだろう。

 そして湖の辺りが初めて緑に覆われ、ジンの昔の記憶と大差なく、自然が回復した風景が広がり始めた頃に、ついに時が来た。
 腕部や脚部の動作にキレがなくなり、異音を発し出していた。
 それだけでなく、視界にノイズが走り、視界不良になり出している。

 ジンの身体も保たなくなっていた。

 “家”がなくなって以来、ジンはずっと外で過ごしていた。
 サクラがいた時にはなかった、天候の変化も起こるようになり、“家”がなくなってからずっと、雨曝しとなっていた。

「俺も寿命か、随分長かったな」

 ジンは初めて朗らかな顔になった。サクラには向けていた、しかし他の誰にも向ける事のなかった表情であり、感情だった。

「そうか・・・、あれからもう千年は経ってたのか」

 クエルの自動計算機能で、ジンは久しぶりに確認した。
 ざっと千年は経過していた。
 今では意味を成さなくなった西暦では9000年と言う途方もない刻。
 永かった、と聞く人は思うだろうが、ジンにはその苦痛に大して意味を持たず、むしろここまでサクラを見守り続けれた事に嬉しさすらも感じていた。
 ジンは湖に目をやる。

「俺もいく、待っててくれ」

 ジンはゆっくり立ち上がる。
 やはり限界であったのだろう、立ち上がる姿が弱々しく、関節部からショートを起こしていて火花が散ったのか、着衣から煙が噴き出していた。
 この状態では、サクラを湖に沈めた時のようにホバリングで一気に中央部まで進む事は出来ないだろう。湖底を歩くしかない。
 ゆっくりとした足取りで、ジンは湖に入って行った。
 体の重みでジンは浮く事なく、歩きながら徐々に沈んでいった。
 湖底をひたすらに歩み進め、水面から届いていた光が徐々に遠退く。
 着水した時点でジンの視界は暗視スコープに切り替わっていたが、ノイズの頻度が多くなり、視界が不明瞭であった。
 辿り着くまでは保ってくれ、そう身体に鞭打ち、ジンは必死に、ひたすらに歩いた。


 そして辿り着いたのはおそらく湖底の最深部であろうか、だだっ広い場所に出た。周囲はひたすらに薄暗い。
 その場所で、ジンは遂に見つけた。
 サクラはあの時と変わらず、眠った顔で湖底に横たわっていた。
 永い刻の中で息を吹き返した水草の中に囲われ、最期の時に見せた、お伽話の眠り姫と言ったところだろうか。
 今なら、ジンはお伽話を信じる気になれていた。
 あの頃と変わらず、朽ちる事なく保っててくれていた。
 ジンは朗らかな顔のままだった。
 サクラの頬に手が触れた時、ジンの視界に赤いアラートが表示される。
 動力炉が水に浸かり過ぎて作動しなくなったようだ。
 もう体を動かせるだけのエネルギーが少ししか残っていない。だが、サクラに触れたまま最期を迎える事が出来る。
 人間だった頃、こんなに満ち足りた事はここまであっただろうか。


 だが、せめて。

 せめて、触れて死にたい。

 ジンは何も触れていない左手を、辛うじて動かした。

 おそらく、これが最後だろう。

 視界がノイズだけではなく、時折ブラックアウトが繰り返されるようになった。

 ジンはゆっくりと、サクラの右手を握った。

 右手で頬を触れ、左手で手を握り締める。

 これで満足だ。

 もう思い残す事はない。

 サクラ、俺もいくよ。待っててくれ。

 同時にジンの視界が全て真っ暗になり、何も映らなくなった。

 ジンはサクラに触れたまま、力なくサクラに被さり、そして動かなくなった。




 どれぐらいかぶりに、桜は花を咲かせ、誰もいない世界を彩っていた。
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