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第二十四話 はて
しおりを挟む壊す足音が、強くなった。
これに真っ先に気付いたジンは、“家”から飛び出した。
サクラもジンを追う。
すこし距離はあったが、異質な気配の持ち主がわかった。
オトギリソウだった。
顔を上にだらしなく上げ、さならが屍人のような歩む、当てもなくさ迷い歩くその様は、かつて見せた攻撃的な、良く言って精悍な姿は見る影もなかった。
両腕は元あった角度でついておらず、肘と掌が同期していない。
足もそれぞれ長さが変わったのか、随分とアンバランスに感じる。
あの目も、眼球から瞳がなくなっており、あのマスターと同じ真っ黒なままだった。だが、二人にはまだ気付いていないのか、接近してくる気配はない。
「サクラ、ここにいろ。あいつ、何か変だ」
ジンはすぐさまオトギリソウと理解したが、何もして来ない様相に気味の悪い感覚を覚えていた。
今までなら、接触したらすぐに攻撃してくるタイプだった。
なのに今回はどうにも違う。
実際、人間だった時に同じような人間を見た事がある。
これは人間に例えると、発狂している。
ジンはサクラから少し離れ、じわじわと、オトギリソウと距離を詰める。
オトギリソウはただ何も考えずだらしなく歩き、ただ上を空虚に見ていた。
「お前もある意味、人間らしかったな。
こうにまでなってしまっては、哀れとしか思えない」
ジンは静かに呟いた。まだ構えは解かない。
オトギリソウは何も答えない。
ただ屍人然としてだらしなく歩いている。
何度か二人を視界に捉えている筈なのに、何もして来ない。
突如、オトギリソウの上向いた顔を突如ジンの方に向けた。
異様な角度のまま強引に曲げている為、不気味な様相がより深まった。
「サクラ、離れろ!」
ジンの叫び声と共に、ジンとオトギリソウの戦闘が再開された。
ジンが駆け出し、同時にオトギリソウはジンの気配を捕捉し、狂いきった笑みを浮かべ、けたたましい笑い声を上げながら突進した。
ジンが殴りつけようとするが、オトギリソウは身体がさながら布のような、予測が掴めない形容し難い動きで躱しながら手を鞭の様にジンの横っ面を殴りつける。
ジンは怯むが、追撃してオトギリソウはひと回転加えてもう一度腕を撓らせて殴りつけた。
ジンは地面に叩きつけられるが、更に再び撓る腕で追撃するオトギリソウの連撃に気付き、すぐに躱して再度立ち上がった。
立ち上がった刹那、オトギリソウは勢いままに再び薙ぎつけてくる。ジンはいきなり防戦一方に追い込まれた。
「何だ!?コイツ本当にオトギリソウか!?」
思わずジンは疑問を叫ぶ。以前の洗練された、とにかく相手を破壊する事に集中した確実な一撃ではなく、全てが乱雑。
ただとにかく、人間的に狂っている。
ジンの過去の記憶でも、似たような人間は戦場で何人も見て来たが、ここまで振り切れた人間は流石にいなかった。
アンドロイドならば行動パターンがあり、まだ対処方法は考えられる上、自身もサイボーグ化している為自身の記憶から対処法を即座に構築出来る。
それを以てしても、今のオトギリソウを止められそうにない。
ジンは攻撃を躱したり受け止めるだけで精一杯だったが、時折見えるオトギリソウの身体に、違和感を覚えていた。
手足が壊れた人形のように、力なく垂れ下がっている。
立っていられるのが有り得ない程、人の形を成していない。
瞳のない真っ黒な眼球は、瞳孔がない為目線がどこを向いているのかはわからないが、ジンは常に自分を捉えていると感じていた。
「ちぃ、デタラメな事すんじゃねえよ!!」
苛立ったジンは、両手を地面で咄嗟につき、両足でオトギリソウの腹を蹴り上げた。相当に重量のある一撃だったのか、オトギリソウはだらしなく身体をくねらせたまま、街の方角にまで飛ばされた。
おそらく着弾したのであろうか、思しき場所から黒煙が巻き起こっている。
「サクラ、ここにいろ!
もうここにいるのはバレたようなものだから、ケリをつけてくる!」
ジンの叫びに、サクラは制止しようと口と手を上げるが、何かを言う間もなく、ジンは跳躍して猛スピードでオトギリソウの飛ばされた方向へと向かった。
サクラは、何かを言いかけた口をキュッと閉じ、目を見開いた。
飛ばされた先、旧商業区と郊外の境界辺りに着いたジンは、黒煙を上げた場所を睨み付けた。
予想通りと言うか、やはりオトギリソウは壊れていなかった。
それどころか、あのダレた姿のまま、黒い稲妻のようなものを全身に走らせていた。顔は狂った笑顔のままである。
ジンは、これは良くて相打ちかも知れないと、覚悟した。
再び再開。
ジンは迷わずオトギリソウを殴りつける。
今度は交わされる事無く、呆気なくオトギリソウの顔を吹っ飛ばした。
しかし、どうにも空を切るような感覚で、どこか手応えがない。
何もさせまいと、ジンは殴蹴連打を無呼吸で浴びせる。
全ての一撃が容赦なくオトギリソウを痛めつける、ように思えたがどれも手応えがない。
僅か数分で数先発は打ち込んだであろうと思われた時、オトギリソウは不意にジンの右腕を無造作に掴み取った。
まずい!と思ったジンは咄嗟に振り払おうとした刹那、オトギリソウの眼球から何かが光ったのを見て、崩れ落ちた。
オトギリソウが以前ジンに撃ち込んだ怪光線だった。
今度は光線自体に発光がなく、不可視の破壊線で撃ち込まれたのだった。
「く、ぬかった・・・」
可視化されていたら躱せただろうが、不可視な光線となるといつ放たれているのか全くわからず、対処方法がない。
以前よりマシでも、また戦闘出来るには厳しい、圧倒的不利な状況に再び追い込まれた。
ここまでか、と思い、ジンは咄嗟に、悔しそうに目を瞑ったが、何かが轟音と共にオトギリソウにぶち当たり、オトギリソウが吹き飛ばされた。
ジンは目を開けた。愕然とした。
サクラが追って来たのだ。
再び、戦闘用のプロテクターを身に纏っているが、明らかに以前と様相が違う。全身から紅に染まった蒸気がサクラの全身から揺らめくように吹き上げている。
そして見た目で大きく変わったのは、背中から二対の、金属質の、桜色の羽根が生えていた。
「ジン、いつもありがとう。でも、ジンにはいなくならないで欲しい。もう」
サクラの周囲から、無数の機銃や小砲など、筒状の兵器が無数に出現した。
いや、サクラが発現させた。
「死ぬ目を見るのはいやだ」
サクラの決意が、ジンに鋭く突き刺さった。
クエルの情報表示がジンの視界に出る。
DBA-03A OverHeat DANGERと赤く、忙しなくアラートと共に点滅している。
しかもサクラの顔は笑顔でも悲しい顔でもなく、果ては怒りでもなかった。
何かを悟りきったかのような、澄んだ無表情。
これは、止められない。
でも、いかないでくれ。
もう俺を一人にしないでくれ。
そう願うジンの表情は、サクラに見えなかった。
「これより殲滅を開始。
対象はGA-X、コードネーム・オトギリソウ。
作戦目標は殲滅対象の完全破壊」
サクラの無機質な、無感情な声が響いた。
初めて見せた、機械としてのDBA-03Aがそこにいた。
オトギリソウは瓦礫から再び立ち上がって来た。
先程のサクラの鈍重な一撃が相当効いたのか、左腕が欠損、右足も後方に捻じ曲がっており、無理に立ち上がったようである。
頭部も真横に傾いており、しきりなしに目がブルブルと震えている。
ようやく自身の殲滅対象が現れた事に、興奮を隠しきれていないようだった。
オトギリソウが跳躍、サクラにノーガードで飛び掛かるが、サクラの一斉射撃を真正面から喰らい、押し戻された。
ジンの殴蹴でやっと表層をへこませるのが関の山だったのに対し、サクラの銃撃でいとも容易く表層が穴だらけになっていた。
文字通りの蜂の巣である。
それでも構わずオトギリソウは乱雑に立ち上がり、サクラに再度飛び掛かる。
どちらかが壊れるまでのつもりのようだ。
しかし、サクラの一方的な銃撃の嵐で何度も地面に叩きつけられるオトギリソウ。
もはや恨みだけが原動力ではない、とジンは思えて来た。
自分を壊して欲しいのか?
そんな言葉が過ぎった。
一方的なサクラの銃撃が続くと思ったその時、オトギリソウが攻撃パターンを変えて来た。
全身に纏った黒い稲妻を無作為に放ち始めた。
直接の攻撃では何も出来ないと悟ったのだろう。
とにかく乱雑に黒い雷を振り回した。
しかし、サクラの周囲には自動で発現したバリアフィールドが展開されている為、雷すらも当たらない。
オトギリソウの攻撃は実質、全て無効化されていた。
オトギリソウは狂ったけたたましい笑い声を上げ続けている。
サクラと戦闘になってから、その笑い声は増々大きくなっている。
どれ程銃撃を行ったのだろうか、サクラの実弾兵装全てが弾切れを起こしたようで、実弾兵装のみが消え、後はレーザーなどの光学兵装に切り替わった。
これは流石に当たるまいと、オトギリソウは本能的な動きのように徹底的に回避し続けた。
巻き込まれまいと、ジンはその場から退避して少し離れたところで様子を見守った。
ジンは、再び何も出来ない事に腹立たしく思った。
しかし、ジンはそのサクラの姿を見て、何処か懐かしいような、でも見た事ない光景に目を奪われてしまった。
ジンには、サクラの姿が、兵器に囲まれている事を除けば、天使か、いや、女神のように思えた。
6000年前の記憶、何の本だったのかもう記憶にないが、その時の一ページに記されていた挿絵。
戦の女神の挿絵と、サクラの今の姿がとてもよくダブった。
徹底的に躱され続けた事により、光学兵装全て、焼き切れたのか銃身が溶融していた。サクラの発現させた兵装が全てなくなった。
これに好機を得たとばかりに、オトギリソウは反撃に転じようとサクラに急接近。
ジンを嬲り続けたように、残った右腕を撓らせてサクラの顔を殴打しようとしたその時。
衝撃波が一瞬走ったのか、殴打する直前でオトギリソウの動きが止められた。
サクラは両手を広げて、オトギリソウに対して、ただ無表情な、否、慈しむような薄い笑みを浮かべた。
オトギリソウは呆気に取られたのか、どういうわけか正気に戻ったように、狂気の笑みが消え去っていた。
ただ、声を上げずに驚いている。
「これで・・・」
サクラは静かに、優しげに言った。
この意味を察したのか、ジンは叫ぶ。
「やめろ!!もうやめろぉぉぉ!!!」
ジンの叫びは届かなった。
もう終わりにしよう
サクラの胸に、光が収束するような現象が起きる。
何度も光輪がサクラの胸に吸い込まれ、サクラの全身が発光した。
光輪が連続で現れては全てサクラに吸い込まれ、サクラの全身が胸の発光に包まれて見えなくなり、放たれた。
オトギリソウはその放たれた光に呑み込まれ、強烈な熱量に耐え切れず、全身が溶融していった。
その時に、何かが聞こえた気がした、とジンは思った。
向き合ってくれて、ありがとうね
オトギリソウの声質で、狂気を帯びていない、満足げに和んだ柔らかな声が聞こえた。
発光が消え、その場にはサクラだけが残されていた。
背中から生えた羽根が粒子化して消えた時、サクラは仰向けに、ゆっくりと倒れた。
ジンは全てが止まったように見えた。
時の止まった、本当に何もない世界に来たような気がした。
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