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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)

EP179 最後の夜

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「ただいま、ミサラ。」

「おかえりなさい少将!・・・ちゅ♡」

 夜分遅くに帰宅した征夜を、ミサラは廊下で出迎えた。
 そして、まるで当たり前のように彼の頬へとキスをする。

 他人から見ると、その光景は恋人同士のようだ。
 征夜が彼女の口付けを拒んでいない事も、その誤解を加速させている。

(まぁ、まだ子供だしキスぐらいするよね。)

 征夜にとって彼女のキスは、"親に対するキス"と同じ程度の物であった。
 その認識は、ハッキリ言って間違っている。彼女は明確な恋愛感情によって、征夜への好意を示している。

「今日の夕飯は何かな?」

「鳥の唐揚げです!」

 以前なら恐怖の対象であったミサラの料理も、最近では人並みの味になっていた。
 花やセレアとは比較出来ないが、不味すぎる事もない無難な味である。

「セレアさん帰って来た?」

「いえ、まだ帰ってませんね・・・。」

「そっか・・・じゃあ、先に食べちゃおう。」

 普段なら3人で卓を囲む事が多いが、昨日の朝からセレアは行方不明なのだ。
 彼女の事なので心配はしていないが、少し寂しい気持ちもある。

(まだ花に会えてない・・・心配だ・・・。)

 征夜はセレアよりも、私の恋人に対する不安を感じずに居られなかった――。

~~~~~~~~~~

「待ちなさいシン!また出かけるの!?」

「うるさいなぁ・・・。」

 一方その頃、花たちは口喧嘩をしていた。
 元々反りが合わない面も多かった二人だが、最近では衝突が特に増えている。

「今日はもう遅いわよ!12時を回ってるわ!セレアさんと寝るのは良いけど、この時間に外出するのは危ないわよ!」

「なんとでもなるさ。」

「分かってるの!?教団が狙ってるのよ!?」

 セレアと会う事も、彼女の部屋に泊まる事も花は容認している。
 だがやはり、日が沈みきって人通りの少ない深夜に出かけるのは、狙われる者としては不用心な気もする。

「朝から晩まで飲むのも、健康に悪いわよ!持ってるお酒も置いて行きなさい!」

「うるせぇなぁ・・・。」

 酒を煽りながら夜の町を練り歩く事が、シンの日課となっていた。だがやはり、それでは健康に悪い。
 花は薬剤師としての職業病か、世話好きな性格ゆえか、他人の健康には口を挟まずにいられないのだ。

 それを優しさと捉えるか、お節介と捉えるかは、人それぞれである。

「アルコール依存症は、一度なると簡単には抜け出せないのよ!今は若いから良いけど、後からツケが回って・・・。」

「Thank you mom.」
(ありがとなお母さん。)

 シンは一言だけ皮肉を呟くと、花の制止を張り切って夜の町に飛び出して行った――。

~~~~~~~~~~

「セレア~居るか~?」

 真夜中にホテルの戸を叩いたシンは、少し酔った調子で声を上げた。他の客に対する迷惑など、何も考えていないようだ。

 昨晩はずっと、部屋で彼女の帰りを待っていた。しかし結局、彼女が帰ってくる事は無かった。
 シンとしても、少しだけ心配になる。彼女の強さは知っているが、だからこそ帰ってこないのは変だ。

(何かあったのか・・・?)

 戸口の前で腕を組みながら彼女を待っている中、ゆっくりとドアが開いた。
 ギシギシと軋む音を立てながら、埃まみれの扉が開放される。

「いらっしゃい、シン・・・♡」

 部屋から出て来たのは、薄いレースのネグリジェを纏ったセレアだった。
 普段ならば部屋着と寝巻きの区別をしない彼女だが、いざ着用してみると非常に似合う。艶やかな雰囲気が増大し、まるで貴族の令嬢のようだ。

「昨日は何かあったのか?帰って来なかったが。」

「心配しないで大丈夫よ。・・・さぁ、中に入って・・・。」

 セレアは静かな口調で彼を部屋へと誘い込んだ。そしてすぐに片付けを交わし、お互いを抱き締める。

「お風呂にする?それとも夜食?それとも・・・?」

 彼女の様子は、はっきり言って変だ。
 普段ならば、もっとフランクな調子で応対する筈なのに、これでは夫の帰りを待つ妻なのだ。

「どうしたんだセレア?今日のお前、なんか変だぞ。」

「・・・あなたに、伝えたい事があるの。」

 唇を彼の耳元に近付け、吐息を耳たぶに吹き込む。
 ゾクゾクとした感触が全身を駆け巡るシンに対し、彼女は満を持して思いを告げた――。

「あなたの事が好きよ・・・シン・・・。友人ではなく・・・恋人になってほしいの・・・!」

 シンは少しだけ驚いた顔をしたが、即座に返事を出した。

「俺も好きだよ・・・お前の事が・・・!」

 セレアをまるでお姫様のように優しく押し倒すと、その優美な姿を見下ろした。
 普段着では伝わらない魅力を、今の彼女は寝巻きと共に纏っている――。

「本当に・・・綺麗だ・・・。」

「気合い・・・入れたから・・・。」

 再びキスをした二人は、互いに服を脱がせ合った。
 それは普段からしている事なのに、今日の雰囲気は全く違って思える。

「あなたに・・・お願いがあるの・・・。」

「なんでも言ってくれよ。お前の為なら、何だってするさ。」

「・・・うん。」

 "何だってする"という、何気ない言葉。
 普段から多くの客に言われる一言が、こんなにも自分の心を穿つと彼女は思わなかった。

 彼女は既に、心を決めていたのだ。

 死ぬのは怖くない。だが、自分に生きてほしいと願う人もいる。こんな事は言い訳にすぎないと、彼女は分かっていた。
 シンも花も、誰かに望まれて生きている。そこに区別は存在しない。だがそれでも、やらねば先に進めないのだ。

 それでも彼女は、シンが好きだった。
 こんな事、本当はしたくない。もし彼を差し出すとしても、"最大限の恩返し"をしたいと思っていた。

 これもまた、言い訳かもしれない。
 彼女は、彼の"形見"が欲しかった。それを見るたびに、彼を思い出したかったのだ。

 自分に出来る"最大の恩返し"と、恋人の"形見となる物"。
 その両方を満たす物は、古来より一つしか存在しない――。

「私を・・・"妊娠"させて・・・!」

 シンは正直、かなり面食らった。"行為"と"子作り"では、全く意味が違うのだ。
 確かにこれまでも避妊していなかったが、心構えが全く違う。

「淫魔と人間じゃ、出来ないんじゃないのか?」

「あなたなら出来る・・・そう信じてる・・・。」

 彼女は根拠も自信もなく、ただひたすらに期待している。
 その様子は真剣そのもので、浮わついた気持ちで望んでいる訳ではないと分かる。

 シンは理解した。セレアは何かに悩んでいる。それも、自分との関係について。
 彼の第六感が告げている。彼女と過ごせる時間は、もう残されていないのだと。

「・・・俺で良いのか?」

「私には、あなたしか居ないのよ・・・。」

 泣き出しそうになる彼女を見て、いよいよ覚悟を決めた。
 彼女が望むなら、自分はそれに応える。子供を作りたいのなら、作ってやらねば男ではない。

 二人で過ごせる甘い時間は、もうすぐ終わる。
 最後にして最高の夜を、彼女は生涯忘れなかった――。
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