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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)

EP170 既視感

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「お待たせしました~ショコラケーキです!」

「美味しそう♪いただきますっ!」

 冒険者の酒場、通称ギルド食堂は今日も大盛況だ。
 まだ日は高いのに、多くの人が集まって酒を飲んでいる。

 花は昼食を取り終え、デザートに突入していた。

「お前、そんなに食って太らないのか?」

 シンと花のテーブルには、大量の皿が並んでいる。
 シンが頼んだステーキ、カレーライス、ピザ、コンソメスープ、ブラックチョコ。花が頼んだグラタン、エビ入りサラダ、かぼちゃスープ。
 それらの皿は、既に空となっていた。

「平気♪太腿以外は太りにくい体質だもの♪それに、食事量はあなたより少ないわよ?」

 花は幸せそうな笑みを浮かべながら、ケーキを頬張る。
 彼女の論理としては自分は太りにくい上に、シンよりも食べている量は少ないという理由だ。

 それを聞いた彼は、まるで「何言ってるんだお前?」とでも言いたげな表情を浮かべ、ゆっくりと花に諭した。

「俺は毎朝、15キロランニング・懸垂100回・腕立て200回・ぶら下がり腹筋300回こなしてるけど・・・。」

 人間は自分の事になると、途端に頭が回らなくなる生き物である。彼女とて、それは例外でなかった。
 普通に考えれば常人でも気づく事だが、カロリーは人が生きていく上で消費する物。その消費量は、本人の運動量によって大きく増減する。

 彼女の頭には、消費カロリーの概念がなくなっていた。
 薬学部を主席で卒業した彼女が、普通に考えて初歩的な健康理論を見落とす訳がない。

 そう、普通に考えれば見落とす筈がなかった――。

「・・・嫌な予感してきた!ケーキあげる!」

「お、おう。」

 一口だけ食べたショコラケーキを、花はシンに押し付けた。そうしてすぐに、席を立ち上がる。

「どうした?」

「わ、私・・・ほ、ホテルで・・・体重測ってくる・・・!」

「おう、いおうええあ。」
(おう、気をつけてな。)

 口全体にケーキを頬張ったシンは、モゴモゴと言葉を発した。それを聞いた花は、すぐさまホテルに戻って行った。



 翌日から二人は、完全自炊を始めた。
 そのため彼らは、食事時にギルドへ来る事は無くなった。

~~~~~~~~~~

「二人とも来ないなぁ・・・。」

 シンが酒場を出て行った後、征夜たちは入れ替わるようにして酒場に来た。
 食事をしながら周囲を見渡すが、二人の姿はどこにもない。

「ほんとに、ここで待ち合わせなんですか?」

「間違いない。半年後、ここで会おうって決めたんだ。」

「でも、ちょっとだけ過ぎてますね。・・・私のせいで。」

「いやいや!君のせいじゃないよ!無理をさせた僕が悪いんだ!」

 ミサラの意見は半分正解で、半分は不正解だった。

 彼女が高速移動魔法を使ったおかげで、征夜はオルゼへと速やかに到着できた。その点に関しては、彼女なしでは出来なかった事だ。

 しかし、彼女が赤魔法によって魂に傷を負った事が、2週間の遅延を招いた。もしも昏睡を起こさなければ、高速移動は無理でも徒歩で到着できた。

 難しい問題だ。ただし結果論から言えば、今日まで毎食欠かさず来ていた花たちが、今日からは食べに来なくなる。
 その分だけ出会える可能性は減るし、何より今日中に合流できたかも知れないのだ――。

(私のせいで・・・。)

(僕のせいで・・・。)

 二人の間に、重い空気が流れ始めた。
 お互いに自己を卑下し、仲間と合流出来ない不満を溜め込んでいる。

 そんな中、煌びやかで芳醇なオーラが、突如として二人を包み込んだ――。



「お待たせー!待ったぁっ!?」

「あっ!花っ!・・・じゃなかった、セレアさんですか。」

 背後から抱きつかれた征夜は、一瞬だけ花との再会を期待した。しかし、背後にいたのはセレアだった。

「もう!明らかにテンション下がった!」

「す、すいません!彼女かと思ったもので・・・。」

「反応が素直でよろしい!若い子は素直が一番!」

 セレアは、若干引いているミサラを他所に、"バリバリの陽キャムーブ"を展開し始めた。
 しかしおかげで、ピリついた二人の雰囲気は一瞬で消し飛ばされる。

「それよりどうよ!?似合ってる!?征夜君の服!」

 彼としては普段の服の方が好きだと思ったが、男用の服も良く似合うものだと感心した。
 ただ、やはり少しキツいのだろう。彼女の豊満な体は押さえつけられ、かなり着痩せている。
 女性の魅力は肉付きで決まるものでは無いが、彼女に限っては色気が減っている気もする。

「えぇっ・・・あぁ・・・まぁ、多分・・・?」

「もう!お世辞でも可愛いって言うの!社交辞令よ!」

「あっ、すいませんでした!似合ってると思います!」

 征夜は、どうにもデリカシーが足りないようだ。
 よく言えば純粋で、悪く言えばガキっぽい。思った事を包み隠さず言ってしまう癖がある。

「すぐ謝るの禁止!なんで、そんなにペコペコするのよ!シャキッとしなさい!男の子でしょ!」

 セレアは次々と征夜の態度を見定め、良い意味で批判する。
 自信過剰なほど強い自己を持った彼女には、征夜の持つ潜在的な自己卑下の意識が理解出来ないのだ。

「分かりました!シャキッとします!」

 セレアの叱咤に感化された征夜は、背筋を真っ直ぐと伸ばした。

「よろしい!じゃあ、まずは奢って!」

「はいっ!・・・・・・はっ!?」

 彼女の圧倒的な話術に、征夜は簡単に嵌められた。
 客に物をねだる時にも、彼女はよく同じ手を使う。

「えっ!?お、奢りですか!?」

「ありがとね征夜君!」

 自尊心を高められた征夜は、よく確認せずに返事をしてしまった。こうなってはもう、否定することは出来ない。

「まぁ、お金はあるので良いですが・・・先ほど稼いだお金は、どうされましたか?」

「えぇっと・・・賭けに使っちゃった!」

「はいぃっ!!!????」

 征夜だけでなく、ミサラも驚いて声を上げた。
 あんなに稼いだというのに、セレアはギャンブルに使ってしまったというのだ。

 実際のところ、これは全くの嘘である。
 彼女が稼いだ金額は全て、子供たちの新しい孤児院へと寄付されていた。
 これは、誰がどう見ても立派な行為だろう。彼女としても、恥ずべき行為だとは微塵も思っていない。
 ただ、やはりその事を知られるのは照れくさいようだ。

(まぁ私には返ってこないけど、ある意味で賭けみたいな物よね!)

 あれは、子供たちの将来への”投資”である。
 彼らがどんな人生を送るかによって、渡した寄付金の価値も変わってくる。
 その点では”リターンの無い賭け”のような物だと、彼女は考えていた。

(何とか、幸せになって欲しいわね・・・。)

 セレアが虚空を見つめながら物思いに耽っていると、ウェイターがやって来た。

「ご注文は在りますか?」

「リブロースステーキ、海藻サラダ、チャーハン、スパゲッティ、サーモンのムニエル、ロブスターのボイル、食後にブラックマウンテンパフェを頂戴!」

「合計で3ファルゴになります。」

「大丈夫よ!」

(大丈夫じゃないっ!)

 支払うのは征夜である。それなのに彼女は、日本円で3万ほどの出費を独断で許可した。
 今更辞めさせるのも忍びないので、征夜は彼女を止められなかった。

「畏まりました。すぐにお持ちします。」

 そう言うと、ウェイターは去って行った。

~~~~~~~~~~

「美味しかった~♪ありがとね征夜君♡」

「あ、アハハ・・・お安い御用です・・・。」

「安心して♪あとで返してあげるから♡」

 口に着いたミートソースを上品な所作で拭き取りながら、セレアは征夜に笑いかけた。
 手元には空になった大量の皿が積み重なっている。

「お二人とも、そんなに食べて太らないんですか?」

 完全に蚊帳の外となっていたミサラは、なんとか会話に加わろうとする。
 当たり障りのない話題を振って、関心を自分に向けた。

「僕は元から痩せ型だし、たくさん修業したからね。」

 征夜は正直言って、少しだけ慢心していた。
 アレほど長く厳しい修業をしたのだから、どれだけ食べても構わないと思っていたのだ。
 一応は戦闘職な為、一般人よりも運動量は多い。しかし彼は最近、素振りなどの鍛練はサボっていた。明らかに弛んでいる。

「セレアさんは・・・。」

「ヨガとかシャドーボクシングをやってるわよ。健康に良いし、体作りになるからね♪」

 それに引き換え、セレアは鍛錬に余念がない。
 彼女目的はあくまで”ボディラインの維持”ではあるが、魔装拳士としての修練にも繋がっている。

「体作り・・・。」

 ミサラは静かに俯いてしまった。
 ”胸囲の格差社会”と言う単語が、脳内を旋回する。

「ミサラちゃん、何か悩んでるの?」

「え、あ、いや・・・胸が多くて良いなぁって・・・ハッ!すいません!つい本音が・・・。」

「ウフフ♪良いのよ、気にしないで。ミサラちゃんは成長期なんだから、まだまだこれからよ!」

「そ、そうですよね!」

 基本的に巨乳な女性を信用していないミサラだったが、何故かセレアだけは信用できる気がした。
 彼女の優しさが十分に伝わったことで、少しずつ心を開かれていく。

 セレアもそれを感じ取り、自然と嬉しくなる。

(笑ってる方が可愛いわね♡子供は笑顔が一番!)

 彼女がそんな事を思っていると、ミサラの顔に”何かの面影”が重なった。

(あれ?この笑顔・・・前に何処かで・・・?)
「ねぇ、ミサラちゃん・・・?」

「どうされましたか?」

「前にどこかで・・・会ったことあるかしら・・・?」

 セレアは首を傾げながら、ミサラに質問する。しかし彼女には、そんな思い当たりは無い。

「・・・?いえ、無いと思います。」

「そうよねぇ・・・。」

 セレアは、一度会った客の名と顔を完璧に覚えるほど記憶力が良い。
 そんな彼女が覚えていないなら、おそらく本当に初対面なのだろう。
 しかしそれでも、何かに似ている気がする。

「セレアさん、あの子と会った事があるんですか?」

「う~ん・・・。あるような・・・ないような・・・。」

 おぼろげに思い出せるが、完璧には思い出せない。
 過去に置き去ってしまった記憶は、深くに埋もれてしまっていた。

「まぁ・・・いっか。よし!そろそろホテルを取りましょうか!」

「はい、そうしましょう。」

 三人は荷物を持ち上げると、ギルドの宿泊受付所へ向かった。

~~~~~~~~~~

「セレアさん、どうして二部屋も取ったんですか?連れの方でも?」

「用途に合わせて使い分けようと思って!一部屋余分に取った方が、音も聞こえないだろうしね♡」

 セレアは最上階の角部屋と、その隣を取っていた。
 ミサラがその横、征夜はミサラの横に泊まっている。

「・・・?」

 征夜には、彼女の言う意味が分からなかった。
 しかしミサラには、十分に伝わったようである。

「せ、セレアさん・・・///」

「それに、プライベートと仕事は分けたいしね♪」

 赤面しているミサラを他所に、セレアは木の板に何かを書き始めた。

「・・・これでよし!大通りで宣伝もしたし、ガッポリ稼ぐわよ!」

 セレアはそう言うと、自らが取った角部屋の扉に看板を吊り下げた。

――――――――――――――

娼婦セレアのお部屋です♡

(営業時間)
・10:30~9:30(居ないとき有るけど許して!)

(料金)
・1時間3ファルゴ(7時間以上なら、下の方がお得よ!)
・一晩20ファルゴ(死なないように気を付けてね!)

(注意!絶対守ってね!)
※ホテルに迷惑をかけれないので、シーツは持参してね!
※ゴミの類は持ち帰ってね!あと、完全禁煙よ!
※お酒は良いけど吐かないでね!

☆「基本的にNGはありません♡心ゆくまで楽しんでね♡」

(予約欄)←前日までに書いてね!





――――――――――――――

 征夜は驚いた。
 なんて事のないホテルの一室が、看板一つで"危ないお店"に豹変した。
 ただ、ホテル側に一切の迷惑を掛けないという、彼女なりのポリシーが徹底されているようだ。その点で、征夜は少し見直した。

「よし!ホテルも取れたわね!何をしようかしら・・・?」

「じゃあ、僕は食料を買ってきます。」

「あっ、私もついて行きます!」

「なら私は、お客さん用のお菓子でも作ろうかしら?」

 セレアと別れた二人は、市場へと買い出しに出た。

~~~~~~~~~~

 大荷物を抱えて戻って来た二人の元に、エプロン姿のセレアが近づいて来る。

「見てみて二人とも!お菓子作ってみた!味見してみて!」

 セレアの手には二つの皿があり、その上にはフランス料理のようなデザートが載っている。

「良いんですか!?頂きます!」

「私も頂きます!」

 二人は皿を受け取り、その場でデザートを食べた。
 口の中に甘酸っぱいイチゴの味が広まり、二人の心を満たしていく。

「お、美味しいです!」

「ほんとですね!こんなに美味しいデザート、私初めて食べました!」

 二人とも大絶賛である。セレアは貴族への奉仕を想定した教育を受けているため、料理の腕は超一流なのだ。

「ウフフ♡ありがとね♡でも、明日からは忙しいから、ご飯は作れないかも。」

「大丈夫です!少将のご飯は、私が代わりに作ります!」

 ミサラは自信満々に胸を張って宣言し、セレアと張り合うように夕食の準備を始めた。

「ミサラの手料理かぁ!楽しみだなぁ!」



 その翌朝から、征夜は完全外食をする事にした。
 花たちと会うなら、食事時に待っているのが一番だと思ったのだ。
 そして何より、セレア以外に"まともな料理"を作れる者が居なかったのだ。ミサラの作った物は、もはや料理ではなかった。

 食事時以外にギルドで待つ花たち。食事時のみにギルドで待つ征夜。
 かくして両者は、驚くほど完璧にすれ違い続ける事になった――。
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