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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)

EP153 灼炎

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「うぅぅわぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!」

 征夜は天空を仰ぎながら、真っ逆さまに落ちていった。
 踏みしめていた大地が崩落し、魔法によって封印された火口が姿を現した。
 そして征夜は今、剥き出しとなった火口に向けて落下を続けている。

 煮えたぎった溶岩に接触する直前に、征夜は体を大きく捻った。そしてその結果、なんとか溶岩に落ちる事は避けられた。
 火口内部の、螺旋状に形成された足場に、両足をついて着地した。
 落下の衝撃が足裏から直接伝わり、尋常じゃない激痛を彼に伝える。

(あの叩きつけ攻撃は・・・僕じゃなくて地面を狙ったのか・・・。)
「イテテテテ・・・まさか底が抜けるとは・・・・・・うわぁ・・・。」

 よろめきながら立ち上がった征夜は、眼下に広がる光景に恐怖した。

(あんなのに落ちたら・・・ひとたまりもないや・・・。熱中症が心配だし、体温を下げとこう・・・。)

 精神を集中し、肺の体温を下げる呼吸を行う。そして、肺から血液中に染みこむ酸素によって、全身の体温を下げていく。

(灼炎竜は、きっと溶岩に落ちたんだ。・・・本当にそうか?)

 眼下で煮立っている溶岩の中に、巨大な竜の影は見えない。
 しかし、火山の底辺から頂点までを見通しても、灼炎竜は居ないのだ。

(登るしかない・・・足場を伝って、頂上まで登るんだ・・・。)
「はぁ・・・安心できる時間が無い・・・。」

 今にも崩れそうな足元のプレートを見下ろしながら、征夜はため息を吐いた。

~~~~~~~~~~

(下を見るな・・・下を見るな・・・下を見るな・・・。)

 自分に暗示をかけながら、征夜は少しずつ山頂へと登っていく。
 彼は高所恐怖症ではなかったが、流石に溶岩に落ちるのは嫌なのだ。

 山肌に体を這わせ、足場が崩落しない事を祈りながら、息を殺して進む。今の征夜に出来ることは、本当にそれだけなのだ。
 幸いにも、彼を急かす者はいない。素早く上る必要はなく、自分のペースを維持すれば良い。



 と、思っていたのだが――。

ガアァオォォンッッッッッ!!!!!

「うわぁっ!?なんだっ!?」

 足元から響いた咆哮に対し、征夜は即座に火口を見下ろした。
 よく目を凝らすと、溶けて沸騰している溶岩から、何かが這い出そうとしている――。

「アイツは・・・溶岩でも死なないのか!?」

 徐々に頭頂部が溶岩から浮き出て来る。体に傷はなく、溶かされた様子はない。
 あっという間に溶岩から脱出すると、征夜を目掛けて壁を登り始めた。

「ま、マズいッ!!!急いで登らないと!!!」

 ”彼を急かす者”が復活したことにより、状況は一変した。
 力の限り走り続け、足場の崩落を気にする余裕もない。

 だが、それでも竜の方が早かった。
 足場を駆け上る他に道が無い征夜と違い、竜にとっては壁面の全てが道なのだ。
 征夜を目掛けて直角に駆け上ってきた竜は、その勢いのままに彼を噛み殺そうとした――。



(・・・一か八か!賭けるしかないっ!!!)

 このままでは死ぬ。そう判断した征夜は、決死の覚悟を決めた。
 走っていては追いつかれる。ならば、絶対に追いつかれない場所に、退避するほかに無い。

 この場合、それは竜の背中だった――。

「だぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!」

 足場から跳び上がり、火口へと落下していく。
 しかしそんな中でも、殺意に満ち溢れた灼炎竜は、彼を食い殺そうと首を伸ばす。

「掛かったな!アホがッ!!!」

 竜の緩慢な動きを見切ると、鼻頭を蹴り下して攻撃を回避した。
 そして、更に下方へ滑り降りると、突き刺さったままの剣にしがみついた。

「おおお!融けて無かったのか!偉いぞッ!!!」

 無生物であるはずの剣に対し、思わず誉め言葉を発してしまう。
 正直なところ、融けている可能性が高いと思っていた。しかし、一切の傷も無く残っているのだ。

 上機嫌に興奮した征夜に対し、竜は不機嫌そのものだ。
 背中に取り付いた征夜を振り払うために、背中をうねらせて暴れまわる。

 そして、そのうねりが上面に向いた瞬間、征夜は剣を引き抜いた――。

~~~~~~~~~~

 支えとなっていた剣が引き抜かれ、しがみ付いていた征夜は上部へと放り出された。
 そして彼は、山頂に現存している残り少ない地面に着地した。

 しかし、まだ警戒は解いていない。竜を討ち取ったわけでは無いのだ。
 征夜はすぐに立ち上がると、背後に広がるクレーターへと視線を移した。

「アイツを殺さないと・・・・・・ハッ!!!」

 竜の動きは、想像の何倍も速かった。
 振り向いた征夜の視野には、既に竜が映っていたのだ。

 そして何より、発射直前の火炎放射が口の端より漏れ出ている。
 避けれない。走り続けていた足は限界に近く、今の彼に火炎放射を回避できる余力はない――。

(防ぐしかない!アレをやるんだ・・・今、ここで!!!)

 死中に活を見出した征夜は、成功率の極めて低い技を放つ準備を始めた。

(何度もイメトレしたんだ!絶対に成功させる!!!)

 大きく息を吸い、呼吸を整える。
 火山の山頂と言う高温地帯に、征夜の使う技は相性が悪い。
 だがそれでも、やらなければ死ぬ。だからこそ、限界まで集中できた。

<<旋風狼剣・竜巻!疾風!疾風斬!竜巻斬!>>

 刹那の合間に繰り出される連斬が、舞のように繋がった。
 そうして作り出された偏圧空間に、最後の一撃を叩き込む――。



<<<雹狼神剣・金剛霜斬!!!>>>

 炸裂した吹雪が放射線状に飛散し、青白い粒子を放出しながら氷の凶器を生成する。
 氷柱や雹、霰などの巨大な氷塊が四方八方に飛び散り、灼炎竜へと向かっていく。

 灼炎竜は征夜の放ったを相殺するため、自らの持てる最大威力の火炎放射を行なった。

 青白い閃光と、紅蓮の爆炎が正面から衝突した。
 その接続面から七色の光が迸り、土色の山頂を美しく彩る――。

(まだ・・・互角・・・!)
「押し切れぇぇぇッッッ!!!!!!」

 全身全霊の叫びと共に、肺を燃え上がらせる。毛細血管の隅から隅まで使い、調気の極意を限界まで開放する。
 照闇之雪刃に込められた魔力も、極限まで放たれる。まるで、持ち主の意思に共鳴するかのように、限界を超えた魔力が放出されているのだ――。

ガアァァオォォン!!!!!

「いっけぇぇぇッッッ!!!!!!」

 お互いの全力と全力をぶつけ合い、二つの光は混ざり合った。
 限界を超えた光を放ちながら、渦は更に輝きを増した。
 少しずつだが着実に、赤と青が紫へと染まる。その紫は、やがて”青紫”へと染まった。



 死闘には、遂に決着が着いた――。

ギャアァァァオォォン!!!!!!

 悲痛な叫びが木霊し、大気を振るわせる。
 人間を圧倒できる戦闘力を持つ巨竜は、断末魔と共に崩れ落ちたのだ――。

 仰向きになって火口へと落下する竜の腹部には、大穴が開いていた。鱗は剥がれ、皮膚には氷塊が突き刺さり、肉が抉れている。
 それは、真の実力を発揮した金剛霜斬の威力だった。この技には、氷塊を発射する他にも、驚異的な力が込められているのだ。

(氷だけじゃ・・・無い・・・?まさか、空気が爆発したのか!?)

 前回の金剛霜斬とは、威力も精度もまるで違うのだ。
 間髪を入れずに放たれた気圧のうねりが、渦の中に込められた水蒸気を急激に膨張させた。

 吸熱反応の狭間で発熱反応が起こり、それに熱せられた水分が、””を起こす。それこそが、金剛霜斬の誇る本当の威力だった――。

 溶岩にも耐えきる程の耐熱性を誇る竜の鱗も、爆破されては意味が無い。
 マグマの海へと落下した灼炎竜は腹部から融解し、数秒の後に絶命した――。



「か、勝った・・・のか?」

 紛れもない勝利だ。しかし、疲労が重すぎて喜ぶことも出来ない。
 それに追い打ちを掛けるように、晴れやかな空に黒雲が立ち昇った。
 そしてゆっくりと、冷たい粒が鼻先に降りて来る。

「これは・・・雪・・・?」

 間違いなく南国だと思われる島に、どうして雪が降るのか。
 眼下に広がる熱帯林の海も、不思議に思っているだろう。

(この格好だと、流石に寒・・・・・・あっつ!!!!!)

 寒さに抵抗するために、彼は震えようとした。
 しかし、震えれば震えるほど、体温が過剰に上がりすぎてしまう。
 全身が火照り、むしろ熱くなって来る。

(まさかこれ・・・オーバーヒートか・・・?ま、マズい・・・体温の調節が・・・出来ない・・・!)

 全身の体温を乱高下させ過ぎた影響で、体温調節機能が暴走している。
 少しでも震えれば、体温が一気に向上するのだ。

 資正と死闘を繰り広げた試験でも、彼はオーバーヒートを起こしていた。しかし今回は、それとは話が違うのだ。
 完全に成熟した金剛霜斬は、その分だけ副作用も大きい。それは彼だけでなく、周囲の環境まで変えるほどに、危険な力を持っている。

 彼は気付いていないのだ。今降っている雪は、自分が放った技による影響だ。
 尤も、調気の極意による影響だけではない。この異常気象には、魔力と魔力の衝突による特殊反応も含まれている。

 とは言え、調気の極意が無ければ、ここまでの事にはなっていない。
 それほどまでに、金剛霜斬の威力は絶大だった。

(あ、熱い・・・クラクラして来た・・・マズい・・・熱中症に・・・。)

 完全に体調を崩した征夜は、山道をフラフラとした足取りで下り始めた。

~~~~~~~~~~

 一方その頃、海を挟んだ向こう岸では――。

「はぁ・・・蘇生作業は疲れる・・・。魔法ってのは、これだから嫌いなんだ・・・。」

 黒衣を身に纏った男が、珍しく愚痴をこぼしながら海岸へと向かっていた。
 そして、異常な進化を遂げた”5メートル級のプランクトン”を見下ろしながら、腰に差した刀を抜いた。

「まぁ、ストレス発散も大事だろう。」

 冷淡な口調で独り言を呟くと、大きく息を吸った。
 すると、握りしめた刃の刀身に、鮮烈な緋色の炎が宿る。

「悪いが、絶滅してくれ。」

 男は刀を大きく振りかぶると、海面に向けて直角に振り下ろした――。

<<<超・新・星>>>

 男が小さく呟くと、果てしなく広がる海洋が爆炎に包まれた。
 燃える筈の無い海が燃え上がり、水面から深海に至るまで、全ての生物を一瞬にして焼き殺す。

「・・・よし、気分も晴れたし、作業を再開しよう。」

 男が再び呟くと、燃え上がった炎は即座に鎮火された。
 そうして、食物連鎖の最底辺プランクトンが見た”夢”は、幻のように消えた――。
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