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第三章 シャノン大海戦編

EP102 お仕置き <☆・♡・キャラ立ち絵あり>

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 雷夜は瞬時に死を悟ると、ギュッと目を瞑った。顔の前で手を交差させ、防御の構えを取る。

 しかし、彼女が想像していたほど、その呪文は凶悪な破壊力を持っていなかった。
 どうやら、雷夜の足元から岩盤が捲り上がっただけのようだ。

(もしかしたら・・・勝てる!!!)

 雷夜はこれが男の全力であると、愚かな勘違いをした。
 男の方も彼女の考えを見抜くと、「舐められては困る」と言わんばかりに、自分の本当の実力を教えた。

「まぁ、本気出したらの土地を丸ごと捲っちまうしな。」

「・・・え?きゃあっ!!」

 垂直に捲り上げられた岩盤に、雷夜は引力魔法によって吸い付けられた。
 頭頂から足先まで、彼女の肉体の全てが岩壁に接着し、微塵も体を動かすことが出来ない。

(これくらいの魔法なら、全然打ち破れ・・・!?
 え?あ、あれっ?動か・・・ない・・・?本当に動けない!?)

 雷夜はそれまで、男と自分では魔法力に圧倒的な差があるとは言え、逃げおおせて自らの主君と合流出来るだけの余裕はあると思っていた。

 しかし、それは愚かな勘違いだった。
 魔法力に関してある程度の自信と、それに違わぬ実力を持っている雷夜だが、その彼女の全力を持ってしてもその体が自由を取り戻す事は無かった。

「よそ見しない方がいいぞ。」

 男は自らの体を驚いた表情で眺めることしかできない雷夜に対して、短い忠告をした。
 男の声で我に帰った雷夜は、再び視線を男の方に向けた。



 雷夜はその光景を見て、今度こそ死を覚悟せずにいられなかった。

 数十メートル離れた場所から、男が雷夜に向かって猛スピードで近づいて来ている。
 迫ってくる男は拳を雷夜に向けて、何らかのエネルギーを指先に収縮させていく。それが、攻撃の威力を増す為の助走である事は誰の目にも明らかであった。

 そして、それは恐らく雷夜にトドメを刺す為の物であり、彼女自身も体のどこかに喰らえばたとえ急所でなくとも、致命傷になる事が察せられる。

(う、嘘ッッ!!??ちょっと待ってッ!!)

 雷夜は懸命に拘束から逃れようとするが、指先さえも動かせない。

(ど、どうしよう!?本当に、本当に殺されちゃうッッ!!!)
「ま、待ちなさい!やめなさい!や、やめてっ!!!やめてくださいっ!!!待って!待ってぇっ!!!待ってくださいぃ!殺さないでぇっ!お願いしますからぁっ!!!」

 雷夜の中で死への恐怖が増幅して行き、男の前では常に保ってきた気丈な態度を、遂に崩してしまった。

 そして――。



ドォォーンッッッッッ!!!!!!

 男の凄まじい威力の拳が、壮絶な衝撃音と共に炸裂した。

「きゃああぁぁぁっっっ!!!!!!」

 雷夜はその可憐な外見に見合った、可愛らしい叫び声を上げてしまう――。



 しかし、男の拳は雷夜に命中していなかった。
 彼女が聞いた衝撃音は骨が砕ける音ではなく、背後の岩盤が粉砕された音だったのだ。

「あっ・・・あぁっ・・・わ、わた、私・・・まだ・・・い、生きて・・・ひくっ・・・こ、怖かっ・・・怖かったよぉ・・・。
 ケガ・・・してないよね・・・?雷夜・・・どこもケガしてないよね・・・?うぅっ・・・ひくっ・・・良かったぁ・・・殺されてない・・・まだ・・・まだ私・・・生きてるよぉ・・・。」

 雷夜は自分の瞼が次第に、安堵から来る涙で濡れていくのを感じながら完全に戦意を喪失して、虚空を見つめたまま放心した。

「壁ドンで腰抜かすのか・・・。」

 男は雷夜を見下ろしながら、嘲笑を匂わせる表情を浮かべる。

「ビビリな式神にはが必要だよな。初対面?の奴に、突然攻撃するのも言語道断だろ。」

「へ?・・・え?・・・あっ、・・・え?
 あっ・・・あっ・・・やめ・・・嫌・・・!やめれ・・・やめれくらさ・・・やだ・・・離してぇ・・・!」

 男は意地悪く笑うと、何処からか粗目の縄を取り出して来たーー。

~~~~~~~~~~~~~~

「うぎゅっ!?こ、これくらいで私が屈すると思わない事ね・・・!!!」

 数分後、戦意を喪失した雷夜は男の手によって縛り上げられていた。四肢を拘束された状態で、近くにあった縦長の岩に捕縛されている。
 粗目の縄が谷間や股ぐら、肩や脇腹に食い込み、締め上げていく。

 周辺一帯がバリアで覆われているためか、魚の類は侵入して来ず、それどころか水さえも恐らく遮断されている。
 言わば、の感覚と言えば分かり易いだろう。

「強情な奴だなぁ・・・謝れば許してやるのに。」

 男は苦痛に悶えながらも、気丈に振る舞っている雷夜を面白がっているようだ。

「誰がお前なんぞに謝るもん・・・ぎゅぅぅっっ・・・!!!ぜ、絶対に許さないから!覚悟しときなさい!」

 男は更に、締め付けを強くする。
 形式上、強気に振る舞っている雷夜だが、その内情は完全に屈服し、苦悶に喘ぐ情けない声と共に瞼に涙が溢れてくる。

「もっとキツく締めてみようか。」

「きにゃぁぁっっっ!!??・・・ど、どんなにキツく縛っても、拷問には屈しない!!!殺す!絶対に殺してやる!」

「いや、だから拷問じゃ無いって。謝れば許すのに。」

 男は少し面倒くさそうに諭すが、同時にまだまだ雷夜で遊べる事を、喜んでいるようにも見える。

「そんなの嘘でしょう?どうせ、私を嬲り殺しにするんですよね。
 早く殺したら良いと・・・あっ!ウフフ・・・残念ですが、そうは行きませんよ!」

 雷夜の表情は何かに気が付いて、突然180度変わった。自暴自棄な泣き顔はいまや、安堵と余裕に満ちた笑顔に変わっている。

「へぇ?何でだよ。」

 男の方も面白そうに聞き返す。

「式神は使役下にある場合、使役者が死なない限りは生きれますから。
 そして、私のマスターは不死身です。なので貴方に私は殺せませんよ。」

 雷夜は今更になって重要な事を思い出し、勝ち誇ったように笑みを浮かべているが、両手を頭上で拘束されているままでは格好が付かない。

「う~ん・・・頭の硬い奴だ。何で失礼のお詫びも出来ないのか・・・。」

「先に仕掛けて来たのは貴方ですよ!何で私・・・あぎゅぅっっっ!!??」

「いやぁ~、俺は単に身体測定をしてただけなんだけど・・・。」

「くひゃぁっ!?息が・・・できにゃ・・・。くりゅしぃっ!!!首がひまりゅ・・・。ちょっと・・・ゆりゅめてくだしゃ・・・。
 くりゅひいよぉ・・・。ゆりゅめてぇ・・・。こ、これ・・・息・・・できまひぇんのでぇ・・・。折れりゅ・・・これ・・・首・・・折れひゃうよぉ・・・!
 降参・・・こーさん・・・!ぎ、ギブアップ・・・ぎぶあっふしまひゅからぁ・・・!!!
 ゆりゅひて・・・ゆりゅひてぇ・・・こわいぃ・・・!あやまゆから・・・あやまいまひゅ・・・らからぁ・・・!」

 雷夜の肩を締め付けていた縄が、誤って首を絞めてしまった。雷夜は防衛本能によって、助けを乞うように敬語になってしまう。
 恐怖で歯が震えてしまい、情け無い声しか発音出来ない。

「い、痛いよ・・・これ、痛いよぉ・・・!お、おねが・・・お願いしま・・・やめてくらさ・・・!ら、雷夜の首、締まってまひゅ・・・締まってまひゅ・・・!
 くりゅひぃ・・・!これ・・・やめれ・・・やめれくらひゃ・・・息・・・できな・・・ご、ごめ・・・ごめ・・・なひゃ・・ごめ・・・。
 いや・・・いや・・・嫌ぁ・・・まだ・・・死に・・・たくな・・・いよぉ・・・ゆるし・・・てぇ・・・!」

 謝罪の言葉が、涙と共に自然に溢れ出してきた。
 しかし、どうしてもハッキリと言葉に出来ない。

 負けたくない。こんな拷問に屈したくない。
 今すぐにでも降参したい。拷問をやめて欲しい。

 正反対の感情がぶつかり合い、ただ耐える事しか出来ない。

「ぐるじ・・・ぐるじぃ・・・ひくっ・・・ぐずっ・・・動けな・・・うごけにゃひ・・・つぶれぢゃぅ・・・!
 ごみぇんなざ・・・あやまゆ・・・あやまいまひゅ・・・らから・・・ゆるじでぇ・・・!まけまひ・・・負け・・・りゃいやの負・・・おねが・・・ゆるじでぇ・・・!いきできな・・・これりゃと・・・あやまいぇないかやぁ・・・!」

「おっ、悪い悪い。」

 男はそのまま首を締め続ける事も可能だった。
 むしろ、実質的に不老不死の雷夜を、痛めつける事が目的なら、締め続ける方が遥かに合理的だろう。しかし、男は首の縄を解いたのだ。

「はぁ!はぁ!はぁ!んっく、ぁあ!げほっげほっ!うぅっ・・・ぐひゅっ・・・ひっく・・・!」

「いや、ホントすまん。マジ大丈夫か?」

「ゆ、許しませ、げほっ!」

「わかったわかった、もう無理すんなって。」

「うるさ、げほっ!」

 雷夜にもこの事実は伝わっている。しかし、その真意が分からない。
 そうなると自然に湧いて来るのが、"男が馬鹿である"と言う結論だ。これなら一応説明が付く。

「けほっ、げほっ・・・ぜ、絶対に、私は拷問には屈しないから!は、早く諦めなさい!早く諦めて!!早く!
 も、もう良いから!もう良いからぁっ!!も、もう虐めてもしょうがないから!は、早く縄解いて!離してっ!離してよぉっ!!」



 気力を少しだけ取り戻した雷夜は、再び気丈な態度を装った。
 しかし、目には溢れんばかりの涙を湛えてしまっている。ガタガタと震えながら、完全に怯え切っている彼女に、もはや年長者たる風格は無い。
 
「随分と持ち堪えるねぇ~。」

 気丈に振る舞う雷夜の声が演技の体を為していないように、男の声にも熱が篭っていない。
 その光景は誰がどう見ても茶番に過ぎないのだ。

「あ、当たり前だ!私は、恐怖には屈しない!お、お前のような奴に!言いようにされて・・・屈したりしない!こ、怖くなんて無いんだから!!!」

「なら、まだまだ続けるか。もっとキツくしとく?」

「え?あ、あぇ?な、なんりぇ?」

「だって、キツくないんだろ?」

「そ、そうです!これ以上しても、意味無いです!」

「いやいや、キツくなるまですれば良いじゃん。」

「え?あ、あぁっ!ま、待って!待ってください!ち、違うんです!そ、そんなつもりで言ったわけじゃ!!!」

 雷夜としては、耐え忍ぶ事で男を諦めさせるのが目的だった。
 だが、完全に逆効果。むしろ男は責めを苛烈にしようとする。

「どういうつもりで言ったんだよ。」

「い、いや・・・あの・・・その・・・。」

「よし、もっとキツく絞めるぞ。」

「や、やだっ!やだぁっ!無理!待って!待ってぇっ!!!お願いやめてっ!やめてぇっ!やめてよぉっ!!!ギュッてするのやだぁっ!!!
 お願いだから・・・お願い・・お願いぃ・・・!さっきのはやめて・・・さっきの・・・ギュッてするのは・・・やめて・・・やめてほしいんです・・・!お願いします・・・意地悪するのは・・・もう・・・やめてぇ・・・!
 苦しいって言ったら、やめてくれるの!?み、認めたら!やめてくれるんですか!?怖くて、嫌だって言ったら、もう許してくれますか!?」

「何?キツいの?このくらいで根を上げるのか?」

「ち、違います・・・!ら、雷夜は・・・が、我慢強い女の子です・・・マスターに恥じない・・・凄い子です・・・こ、こんなの・・・耐えれます・・・!
 で、でも・・・や、やめてくれるなら・・・い、いえ・・・やめても良いんですよ?い、今なら許して差し上げますので・・・な、なので・・・今すぐやめなさい・・・。」

「我慢強いのか。偉いねぇ~それじゃ、もっとキツくしとこうか。」

「やだっ!ま、待って!待ってぇっ!!!待ってくださいぃっ!!!乱暴するの待って!
 ち、違うの!ちが!違うんです!ほ、本心は違くて!!!あ、あの!分かってください!わ、私!素直になれないだけで!ほ、ほんとは!!!」

「なに?本心とかよく分かんない。」

「い、意地悪言わないで・・・ひくっ・・・ぐすっ・・・ら、雷夜が・・・大丈夫じゃないの・・・み、見れば・・・分かると思うんです・・・!
 お、お願い・・・察してよ・・・ら、雷夜に・・・意地悪しないでよぉ・・・!痛い事して・・・虐めるの・・・そんなの・・・あんまりだよぉ・・・うぅっ・・・ぐすっ・・・!」

「う~ん?説明されないと分かんないなぁ~。」

「えと・・・えと・・・そ、それは・・・!」




 ザーッ、ザザッ、ザーーッッ・・・

 雷夜を囲う気泡魔法に、何者かの通信が入る。

「聞こ・・・らい・・・?」

 声の主は雷夜の主君だ。
 音声に酷い雑音が入っている。しかし、雷夜はその声を聞くとかなり安心したようで、堰を切ったように本音を上げ始めた。

「マスタぁッ!助けてくださいっ!!私、とっても怖い人に襲われていますっ!!痴漢さんに負けちゃって、捕まって拷問されているんです!
 とっても痛い事されてます!!お願いします!助けてください!!!もっと酷い事されちゃう前に、早く来てくださいっ!!!こ、怖いよぉっ!本当に怖いんですっ!一生のお願いです!!は、早く!早く助けに!!!
 怖い人なんですっ!ほ、ほんとに!ほんとに怖い人なんです!お願いします!早く来てぇっ!乱暴されちゃうよぉっ!!!」

「エリ・・・殺す・・・本気・・・使役を解除・・・急い・・・逃げ・・・。」

 無線越しに聞こえる男の声は、途切れ目が目立っているが、雷夜にはその意味が伝わったようだ。
 無線を聴き終わった彼女の顔からは、完全に血の気が引いている。

「ま、まままっ!待ってください!待ってよぉ!た、助けてっ!助けてぇっ!!!ら、雷夜を!み、見捨てないでぇっ!!!
 捕まってごめんなしゃい!忙しい時に迷惑かけてごめんにゃしゃい!次かりゃは失敗しません!おねがいじまずっ!マスターっ!!!あっ・・・。」

 雷夜は男が、使役権を一時的にのを第六感で感じた。
 それは即ち、彼女の不死性は完全に失われたと言う事だった。

「ま、マスタ・・・マスター・・・応答・・・応答してくださ・・・目の前に・・・怖い人が・・・とっても怖い人が・・・ら、雷夜の事を・・・狙っています・・・。
 おねが・・・お願いします・・・使役権・・・再び、使役権を・・・お願いします・・・お願いします・・・じゃないと、死んじゃいます・・・!お願いします・・・お願いします・・・お願いします・・・どうか・・・どうか・・・使役を・・・!」

 顔が青ざめ、頬の赤みが消える。歯の震えが止まらなくなり、涙が止めどなく溢れ出してくる。

「これで殺せるようになったわけだが。」

「あ、あぁ・・・あの、あの・・・待って・・・待ってくださ・・・!今は・・・今は・・・本当にダメなので・・・おねが・・・お願いしま・・・。
 手荒な事・・・しないでくらしゃ・・・わらひ・・・今は・・・ただの女の子なので・・・か弱くて!ほ、本当にか弱くて!全然強くなくてぇ・・・!さっきとは!さっきとは違うの!全然・・・違うんですっ!!!」

 許しを乞う上目遣いで、懸命に訴えかける。

「お願い・・・お願いします・・・!
 今・・・マスターに・・・お願いしてるんれひゅ・・・!
 使役を戻してもらえるように・・・頼んでるんれひゅ・・・!
 だから・・・おねがいだから・・・やめて・・・ちょっとだけ・・・待ってぇ・・・!いまはだめ・・・いまはほんとにだめなんです・・・やめてぇ・・・おねがいぃ・・・!」

 しかし男は、そんな事を言われても止まらない。

「さーてと、どうしよっかなぁ?」

「や、やめ・・・やめて・・・やめてくださ・・・!ら、乱暴しないで・・・あっ、あのっ・・・待ってくださ・・・!い、今は・・・本当に・・・!
 武器も・・・持ってません・・・!魔力は・・・残ってません・・・!私は今・・・何の抵抗も出来なくて・・・!こ、降参・・・降参します・・・しますので・・・!あっ、あぁっ!ま、待って・・・!やめてぇっ・・・!乱暴しないでくださいっ・・・!」

 雷夜を押さえ付け、上からのし掛かる。
 体重をかけてはいないが、雷夜は微塵も動けない。

「悪い子には、タップリとお仕置きしてやらないとな。」

「ち、ちが・・・違・・・!ま、ま、待って・・・ま、待ってくらひゃ・・・!
 あ、あ、あ、ああ、あの、あの!わ、わらひ!ふ、普段は!すごく!良い子です!め、メイドひゃんに!ピッタリですっ!
 ご、ごめ・・・ごめ・・・にゃひゃ・・・ごめ・・・にゃひゃい・・・!ひゅ、ひゅごく!い、良い子なのれ!きゃあぁっ!!!」

 あと少しのところでプライドが邪魔して、謝罪の言葉を言い切る事が出来ない。
 そうこうしている間に、男の腕は肩にのし掛かった。もう、微塵も動けない。そんな状態で、少しずつ顔を近づけて来る。

「い、いや・・・!やだ・・・来ないで・・・お願い来ないで・・・!ね、ねぇ・・・やだ・・・やだから・・・!
 も、もう、これで終わりに・・・!止まって!ね、ねぇっ!止まってよぉっ!!!や、やめてぇっ!!!も、もう!満足したでしょ!?ら、雷夜を虐めるの、もう終わり!終わりだから!
 や、やめてぇっ!待って!止まってぇっ!わ、私!私、不死身じゃないっ!ふ、不死身消えちゃった!き、きえちゃったの!い、今の私、普通の女の子なの!ひ、酷いこと、酷いことしないで!い、一度冷静に!は、話し合いを!
 こ、怖いよぉっ!怖いです!認めます!怖いです!とっても怖いんです!だ、だからぁっ!もう、やめてよぉ!や、やだっ!やだぁっ!止まってぇ!酷い事しないでぇっ!!!
 こ、降参っ!お、お願いっ!降参します!雷夜、降参します!させて下さいっ!!!降参しますので!負けを認めますので!あなたの要求を飲みますのでっ!!!そ、それで終わりにっ!!!
 乱暴するの!もう終わりにっ!!!終わりにしてぇっ!!!雷夜もう怖いの無理!無理なんですっ!許してぇっ!!!やぁらっ!嫌らぁっ!!!来ないでぇっ!!!お願いぃッ!もう!雷夜に酷い事しないでよぉっ!!!怖い!怖いですっ!!!ぱ、パパぁ!ママぁ!助けてえぇぇぇッッッ!!!!!」

「だらしない奴め・・・!」

 愛おしい物を見る目で雷夜を見つめながら、男は笑う。口調は厳しいが、声色は優しい。間抜けな姿を晒す彼女の姿すら、可愛いと認識しているのだ。

「一般人なんです・・・戦う女の子じゃないんです・・・た、たた、ただの、タダの・・・メイドさんなんです・・・!
 私・・・覚悟も何も出来てません!やめてっ!やめてお願いっ!殺す価値も無いよッ!だって私・・・あんよも・・・おてても・・・細いんですっ!
 お願いやめて・・・やめて・・・やめてぇ・・・!雷夜は・・・貴方が想像してるような・・・勇敢に戦える女の子じゃないんです・・・!ただの・・・ただの一般人の女の子なんです・・・怖がりな女の子なんです・・・お願い・・・殺さないでぇ・・・!」

 不敵な笑みを浮かべながら、顔を近付けて来る男に対し、もはや勇敢さを取り繕う余裕はない。

「負けちゃった!まげぢゃっだぁ"!ら、雷夜!もう!まげぢゃっだよぉ"!!!乱暴じないでぇっ!まげだがら!らいらのまげだがらぁ!!!ふぇっ!えぐっ!ぐずっ!らいやのまげで!いいでずがらぁ"っ!!!」

 男に怯え切った雷夜は、今度こそ完全に心が折れてしまった。

~~~~~~~~~~

「・・・へ?入れ代わってくれるの?・・・・・・ありがとう!頼んだよ!!!・・・むぐぅっ!?」

 自分の陥った危機的状況を理解すると、雷夜は何やら独り言を呟いた。しかし――。

「チェンジは禁止な。クールな女に雌の顔にするのも楽しいけど、今は時間が無いからな。
 扉を開いて、さっさと解析を進めないと。」

 終始、余裕な雰囲気を漂わせている男だったが、その表情に影が出来た。
 焦っているような、恐れているような、悲しんでいるようにも見える表情だ。

 男は何やら呪文を呟いて、雷夜の行おうとした秘策を封じた。
 雷夜の心はそれによって、いよいよ限界に近くなって来た。男の方も、それを感じ取ると雷夜への責めを強くすることで、心からの屈伏へと畳みかけていく。

「もっときつく締めてみようかなぁ・・・?」

「うっ・・・くぅ・・・も、もう良いです・・・!」

「なに?」

「き、きつく締めても、いいわよ・・・。どうせ、屈したり、しないから・・・。で、でも一つ、お願いがあるんです・・・。」

「何だ?」

「私の弟子が・・・サムっていう男の子が・・・あっちで苦戦してるんです・・・。このままだと死んじゃうかも知れません・・・。
 あの子、悪戯好きだし・・間の抜けたところも有るけど・・・とっても良い子なんです・・・。
 あの子を助けさせて下さい・・・。お願いします・・・。あなたへも謝罪します・・・。本当に、申し訳ありませんでした。」

 雷夜は全身を拘束された状態ながらも、懸命に体を動かして頭を下げた。
 その姿に心を打たれたのか、それとも話の内容に驚いたのか、男は数秒間何もできずに立ち尽くしていた。

「死んでるよ。」

 男は突然口を開いた。

「・・・え?」

「もう死んでるよ。」

「・・・え?そ、それって嘘ですよね・・・?」

「本当だ。今が12時半だから・・・三十分くらい前に死んだよ。」

「嘘!嘘よ!!そんなの嘘に決まってる!!!」

「まぁ、そんな泣くなって。見ての通りピンピンしてるし、そもそも自爆だからあんま痛くなかったし、むしろ死んで正解だった説さえある。」

「何を言ってるのか分かりません!!!ごめんなさいサム・・・ごめんなさいマスター・・・。私、ダメな式神でした・・・。この前の地震の正体も分からなかったし・・・。」

「あっ、それは俺が起こしたから。マスターにも伝えといてくれ。」

「そ、そうなんですか!?・・・あの・・・私、あの子の遺体を回収しに行っても良いですか?ふやけると可哀想なので・・・。」

「いや良いよ。俺が許すから。」

「すぐ行って帰って来るので・・・。どうか、一瞬だけ縄を解いて頂けませんか・・・?」

「逃げられると困るから無理。」

「うぅっ・・・酷いよぉ・・・サムが可哀想です・・・。」

「泣かれると困る・・・こっちは嫁を助ける為に必死だってのに・・・。まぁ、お前のそう言う甘いところが好きなんだけどな。」

 男は、少し湿っぽくなっていた空気を吹き飛ばすように、不敵な笑みを浮かべてこう言った。

「お前の事、食べたくなって来たわ。」

~~~~~~~~~~

「え?・・・え?食べるってどう言う意味ですか・・・?」

「”そういう意味”だよ。」

 男はよく分かっていない雷夜に対して、少しぼかした表現で諭す。彼女を捕食したいわけでは無く、”そういう事”だと。
 男はそう言うと、口元を大きく開けて不敵な笑みを浮かべた。すると彼の口内で、一本の長い牙が光った。



 しかし、雷夜の方には彼の真意が伝わらない。

「え・・・?そういう意味って・・・?・・・ッッッ!!!???」



 その時、雷夜は何かに気が付いた。
 顔から一切の血の気が無くなり、体はぶるぶると震えだし、それまで静かに零れていた涙は洪水のように溢れ出していく。

ショワアァァァ・・・

 膜で覆われて、一切の水気を外部から取り入れない筈の彼女の体、特に股ぐらの辺りが、彼女の恐怖心に呼応するかのように、ジンワリと濡れていく。

 彼女は極度の恐怖と緊張によって、失禁・・してしまったのだ。

「ご、ご×ん××い・・・。」

 ボソボソと呟いたせいで、よく聞こえない。

「え?何だって?」

「ご、ごめ、ごめんなさい・・・!や、やめて・・・ください・・・!食べないでぇ・・・!
 ぱ、パパ・・・ママ・・・だれか・・・お願・・・たす、助け・・・た、食べられ・・・雷夜、食べられちゃぅ・・・!」

 今度はハッキリと言う。しかし声が震えており、男にはよく聞こえない。

「いや、よく聞こえないんだけど。」

 聞き返す為に顔を近付けると、雷夜の顔に恐怖の色が現れる。

「はっ・・・あ・・・!イヤアァァァァッッッッッ!!!!!!!ま、待って!待ってぇ!待っでよぉっ!!!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなしゃいっ!謝るっ!あ、謝りますっ!謝りますからぁっ!い、嫌ぁッ!!!ごめんなさいっ!
 知らなかったの!し、知りませんでしたぁっ!あ、あなた様が、そのようなだと!肉食様だと!し、知らなかったんですッ!!!
 お許しください!許してっ!ごめんなさいっ!!!ちゃ、ちゃんと謝るのでっ!ごめんなさいっ!た、でぇっ!!!ちゃんと!謝るからぁっ!!!
 攻撃してごめんなさい!生意気言ってごめんなさい!素直に謝らなくて!本当にごめんなさい!!!だ、だからぁっ!食べないでぇっ!!!」

「うん・・・?あぁ、文字通りに捉えたのか。」

 男の方はより直球に自分の真意を伝えようとするが、雷夜はそれを遮るように泣き続ける。

「許してほしいか?」

「許してください!お願いします!もう許して!ごめんなさい!本当にごめんなさい!私が全部悪かったです!もう許してください!
 お願いします!お願いします!お願いします!もうやだ!やめて!やめてくださいっ!ら、乱暴しないでぇっ!!!本当に怖いからぁっ!!!」

「さてさて、どう食べてやろうか。」

「い、イヤぁっ!!!イヤあぁぁぁッッッ!!!!!!私美味しくないです!!!本当においしくないです!!!筋肉も全然ないです!!!だ、だからぁっ!!!食べないでぇっ!!!」

「いや、無い方が俺は美味いと思うぞ。」

「で、でも・・・食べる場所が無いんです!!!私、骨と皮しかありません!!!お肉がありませんっ!!本当ですっ!!!信じてくださいっ!!!」

「そうか?胸も尻もめっちゃ肉付き良いじゃん。」

 男は、服の上から分かるほど、たわわに実った雷夜の胸と尻を褒めた。

「嫌りゃあぁぁぁッ!!!嫌れしゅ!!!ごめんなひゃいっ!!!食べないでください!!!食べにゃいでぇっ!!!
 わ、私の負けです!負けましたぁっ!あ、あなた様の勝ちですっ!み、認めます!あなたの方が強くて、正しいです!私が悪かったですっ!!!
 素直に謝まらなくてごめんなしゃいっ!!!ごめんなしゃいっ!ごめんなしゃいぃっ!!!食べないでっ!お願いします!お願いします!食べないでくださいっ!!!
 怒らせてごめんなさいっ!ご、ごめんなしゃいっ!!!私、不快な事をしてしまい、本当にごめんなさいっ!!!埋め合わせをします!ば、挽回します!な、なので!怒らないでくださいっ!乱暴しないでっ!!!」

 男の方も、ここまで命乞いされると悪乗りしたい気分になって来る。

「まずは腹を柔らかくするか・・・。」

 男はそう言うと、男は雷夜の臍を服の上からなぞった。

「ひにゃぁっ!?♡」

 雷夜は一瞬、下腹部を襲った感覚に苦悶の声を上げた。
 しかし、わざとらしく拳を振り上げた男を見ると、すぐに元の命乞いに戻った。

「ま、待って!!待ってください!!!お願いやめてぇっ!お腹殴らないでぇ!!!死んじゃう!!!死んじゃいます!!!
 私、腹筋とか全然ないの!本当に、お腹に穴が開いてしまいます!ご、ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!謝るので!謝るのでぇっ!怒らせてごめんなさいっ!不快にさせてごめんなさいっ!素直に謝らなくてごめんなさいっ!わ、私が全て悪かったです!ら、乱暴しないで!雷夜に、乱暴しないでぇっ!!!」

「大丈夫、死なない程度に加減するから。」

 男は、本気で殴る気などサラサラ無いが、反応が面白いのでそのまま続ける。

「ダメぇっ!!!本当にダメなんですっ!!!赤ちゃん産めなくなっちゃう!!赤ちゃん欲しいんです!!!わ、私の赤ちゃん・・・!未来の旦那様との、か、可愛い赤ちゃんがぁ・・・!
 お嫁に、行けなくなっちゃうよ!ど、どうか、お腹はやめて!おにゃかは嫌!おにゃか以外のところにして!せ、せめて手加減して!お、お願いっ!雷夜は降参しましたので、どうか手加減してくださいっ!普通の!ごく普通の!どこにでもいる女の子なのでっ!お、お願いらから!お腹に傷がつかないように!ちゃ、ちゃんと手加減して!
 マスターにお願いするから!お、お願いするから!ブラックホールから助けていただき、ありがとうございます!な、なので!あ、あなた様に、政府高官のポストを、お約束しますからっ!!!」

「要らね。」

「やめでえ"っ!やめでよぉ"っ!!!お嫁にいげなぐなっじゃうっ!赤ちゃんできなぐなっぢゃうっ!!!ず、素敵な旦那ざまにっ!娶って!もらえなぐなっぢゃうがらぁっ!!!
 お、お願いじまず!約束じまず!偉い人になれまず!雷夜に乱暴しなければ、絶対にいいごどがあるんでず!!!お願いっ!待っで!お願いじま!きゃあぁぁぁッッッ!!!!!!」

 ヒュンッと音を立て、男の拳は雷夜を拘束していたを粉砕した。
 それは要するに雷夜が拘束から逃れた事を意味しているが、完全に腰を抜かしてしまった為に、思考を実行に移せない。

「はぁっ・・・はぁっ・・・!んくっ!・・・はぁ・・・はぁ・・・!わ、わた、私、生きてる?怪我してない・・・?お、お腹、お腹傷ついてない・・・?
 よ、良かった・・・。良かったよぉ・・・。ま、まだ、お嫁に行ける・・・。良かったぁ・・・。うぅっ・・・ひぐっ・・・。」

 雷夜は過呼吸になりながらも、何とか自分の無事を実感し、安堵している。

「壁ドンで二回もビビってんのな。」

「だ、だだ、だって・・・!ほ、ほんとに・・・とっても・・・怖くてぇ・・・!」

 男は面白そうに笑っているが、そもそも両手足を拘束されていると、それは壁ドンではない。ただの脅しである。

 面白そうに笑っている男がよそ見をしている隙に、雷夜は一瞬のチャンスを見つけた。

(に、逃げなきゃっ!逃げにゃきゃダメっ!!殺されちゃうっ!本当に、食べられちゃうよぉっ!!!早く逃げないと!)

 腰が抜けたまま、無様にも四つん這いでソロソロと逃げていく。
 その心に反撃の意思は一切なく、完全に男に屈服してしまっている。自分では勝てないと、自覚させられているのだ。

 幸いにも、男は雷夜が逃げ出す様子に気付いていない。ゆっくりだが、着実に平たい地面を伝って、男から逃れていく。

(逃げれるっ!わ、私!助かった!!良かったよぉ・・・!!あ、あとちょっと!あとちょっとだわ!)

 雷夜はそのまま、バリアの縁に向かっていく。そもそも、自分がバリアを通らない事を雷夜はパニックで、完全に忘れている。

(もう・・・ちょっと・・・!あと、ちょっとで・・・!!!)

 しかし、彼女はバリアに触れる事さえできなかった。

「・・・へ?・・・あ、あぇ?にゃ、にゃんでぇっ!!??」

 雷夜の体は突然、後ろに引っ張られて動かなくなった。手足を掴まれているわけでは無い、しかし何故か動けない。
 恐る恐る背後を確認した雷夜は、思わず叫んでしまった。

「きゃぁぁぁぁッッッッッ!!!!!?????は、放してぇっ!!!放してよぉっ!わ、私の尻尾!千切れちゃうよぉっ!!!」

 男はよそ見をしながらも、しっかり雷夜の可愛らしい尻尾を掴んでいた。これでは、逃げられるはずがない。

「お、お願いじまひゅっ!お願いじましゅっ!!わ、私の尻尾が!だ、大事な尻尾が取れちゃうよぉっ!千切らないでぇっ!!!」

 男は尻尾を掴んでいるだけで、引っ張っているのは雷夜本人であるが、そんな事さえ今の彼女には分からない。

「お願い!お願いお願いお願いお願いお願いッ!!!
 千切っちゃダメ・・・千切ったり・・・しないで・・・!お願い・・・やめて・・・!それだけはしないで・・・!雷夜の可愛い部分・・・取らないでぇ・・・!」

「おっ、悪い悪い。肌触りが良かったもんだから。・・・いや、お前逃げようとしてるじゃん。」

「へっ!?あ、あやぅっ!!??こ、これは違うのっ!こ、これは違うんですっ!!こ、これはっ!これはちがっ!ちがくてっ!・・・ごめんなしゃいっ!!!
 べ、弁解させてください!あなた様を軽んじていた訳ではありません!そ、そうではないんです!こ、これは!これは!畏怖の表れなんです!あ、あなたの事を!尊敬して!こ、怖がっていたからこその行動です!
 け、決して!決して!あなた様から逃げられるなど考えていた訳ではないんです!ご、ごめんなさい!ごめんなさい!信じてっ!信じてぇっ!雷夜は、あなた様から逃げられるなどと、考えていた訳ではぁっ!!!」

「お前もう普通の人間だから、中にいた方が安全だぞ?外は地獄だし。」

 男は優しく諭すが、パニック状態の雷夜には聞き入れられない。

「尻尾放してっ!わ、私の尻尾放してくださいっ!だ、大事な尻尾なんです!!!」

 雷夜はそう言いながら、非力な自分を呪いつつも、必死になって尻尾を掴む手をこじ開けようとする。
 当然であるが、細い腕と体に魔力ゼロの雷夜と、細いとは言え、力強い腕力に魔力が乗っている男では、話にすらならない。

「お、お願い放してっ!私の尻尾返してぇっ!!取れちゃったら、二度と生えて来ないよぉっ!!お願いだから返してぇっ!!!
 チャームポイントなの!わ、私の!数少ない可愛い部分なのっ!無くなったらお嫁に行けないよぉっ!!!お願いしますっ!おねがいっ!何でもするからっ!千切らないでぇっ!!!
 良い子にするからっ!抵抗しないからっ!だから!だから放してよぉっ!尻尾!尻尾取れちゃうからぁっ!」

 雷夜は涙ぐみながら、上目遣いで男に懇願する。焦りとパニックで、顔はグシャグシャである。

「良い子にします!何でも言う事聞きます!あ、あなたに従順な女の子ですっ・・・!
 許してください・・・尻尾・・・握らないでください・・・私の尻尾・・・ほんとに取れちゃう・・・!
 お嫁に行けなくなっちゃうよぉ・・・!尻尾がない式神は・・・結婚なんて出来ません・・・お願いします・・・情けを・・・情けを下さい・・・!」

「そうだな、千切れても困るし。」

「きゃぁっ!?」

 男は突然、雷夜の尻尾を放した。その反動で彼女は仰向けにつんのめってしまう。

「う、うぅっ・・・ご、ごめんなしゃい・・・。ごめんなしゃい・・・許してください・・・。に、逃げようとしてごめんなしゃい・・・!
 もう二度と、こんな事しません・・・!もう二度と、あなた様の、ご機嫌を、損ねないと、約束しますので・・・。ごめんなしゃい・・・。ゆ、許して・・・!食べないでぇ・・・!今の私、普通の女の子だから・・・か弱い女の子だから・・・!酷い事しないでぇ・・・!」

 崩れ落ちた雷夜は男のズボンの袖をつかみ、必死に懇願する。

「雷夜は・・・真面目に頑張ってきました・・・!こ、これまで・・・一生懸命に頑張って来た式神なんです・・・!
 マスターにも・・・お仕置きされた事・・・一度もありません・・・!毎日・・・すごく頑張ってるって・・・褒められてます・・・!
 わ、私の事・・・タダで許してとは言いませんので・・・!ふ、普段の私に免じて・・・どうか・・・お、お願・・・ごめなさ・・・!」

 これ以上の苛烈な加虐を恐れているのか、小刻みに震え、よだれが出ている事も気にせずに上目遣いのまま泣いている。

「お願いします・・・!お願いします・・・!どうかお願いです・・・!た、食べないでください・・・!ら、雷夜は、か弱い女の子です・・・!食べたら、ほんとに死んじゃう女の子です・・・!式神ですが、使役が無いんです・・・!い、痛みも感じるんです・・・!
 お、お願いします・・・!一生のお願いです・・・!あ、あなたに、ご奉仕をします・・・!そ、それで許してください・・・!あなた様の満足のいくご奉仕をすると、神様に誓いますから・・・!す、すごく満足度の高いご奉仕を、提供しますから・・・!
 あ、あの!ほんとにごめんなさい!謝罪させてください!も、申し訳ありませんでした!た、食べないで欲しいというのは、虫のよい話であると、分かっています!わ、分かっていますが!分かっていますがぁ・・・!
 そ、それでも、ほんとに怖くて・・・!ほんとに、ほんとに・・・!や、やめて欲しくて・・・!"肉食様"には分からない怖さなのでぇ・・・!」

「やめろやめろ、何か心が痛くなって来る。別に、お前を傷つけに来た訳じゃ無いんだし。」

 男の頭の中にDVという単語が思い浮かび、少し心苦しくなったが、どうせなら楽しもうという、真逆の思考も浮かんだ。

「・・・まぁ、この際だし、解析にも時間かかりそうだしな。よいしょっと。」

「へ・・・?な、なに・・・?きゃあっ!ご、ごめんなしゃいっ・・・!降ろして・・・降ろしてぇぇ・・・!
 あ、謝るのでぇ・・・降ろしてほしいよぉ・・・!ごめんなしゃいぃ・・・!持ち運ばないでぇ・・・怖いよぉ・・・!
 持ち帰ろうとしないでぇ・・・!お家で・・・食べようとしないでよぉ・・・!美味しくないの・・・雷夜、ほんとに・・・美味しくないの・・・!
 ごめんなしゃい・・・!ごめんなしゃいっ!!!謝ります・・・謝ります・・・謝ります・・・!ごめんしゃい・・・反省してます・・・ごめんなさ・・・申し訳ありませ・・・申し訳・・・申し訳・・・!」

 男はズボンにしがみつく雷夜を持ち上げると、水中に天蓋付きの豪華なベッドを生成した。生地も柔らかく、普通に快適である。

「な、何するんでしゅか?な、なんでも・・・雷夜はなんでも・・・嘘じゃなく、本当になんでも・・・ご奉仕します・・・!おねが・・・やめでぇ・・・許しでぇ・・・!
 ご、ごめんなさ・・・ごめんなさ・・・雷夜は、反省してます・・・ごめんなさい・・・乱暴しないで・・・お、お願いです・・・!ごめんなさ・・・ごめんなさ・・・きゃあぁっ!!!」

 雷夜は四肢を掴まれ、男によって押さえつけられてしまう。当然雷夜は暴れるが、彼の強靭な腕力は一切の抵抗を許さない。

 傍から見れば、その姿はまるで"牝馬を捕らえた狼"のようであり、獲物を押さえつけ、今にも食らいつこうとしているように見える。
 雷夜えものにしてみれば、最も守るべき腹部を無防備にも捕食者に晒しているのだ。その恐怖は計り知れないーー。

「きゃあぁぁぁっっっっっ!!!!????やぁっ!!やだっ!やだぁっ!離してっ!離してぇっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!!!ごめんなさいっ!!!
 食べないでっ!食べないでぇっ!やだやだやだぁっ!離してぇっ!ほんとにやだっ!ほんとにごめんなさいっ!本当にごめんなさいっ!!ごめんなしゃいぃっ!!!ごめんにゃひゃいぃぃっっっ!!!」

 押さえつけられた雷夜は、泣き叫びながら必死に首を横に振る。
 震える歯に邪魔されながらも懸命に謝罪をし、男と目を合わせ、拒絶の意を示しているが、それでも男は微動だにしない。

「式神なんですっ!雷夜っ!ただの式神なんですぅっ!!!召使いの女の子なの!ただのメイドさんなのっ!草食で大人しい、ただのメイドさんなんですぅっ!
 勘違いさせてごめんなさいっ!わ、私!ヒラヒラの巫女服着て、戦う女の子に見えますよね!?ごめんなさいっ!これ、飾りなんですっ!可愛いから着てるだけなんですっ!戦う為に着てる訳じゃなくて!ただの飾りなんですぅっ!!!マスターに貰った大切な服だから!だから来てるだけなのっ!!!
 うぅっ!ひくっ!食べないでぇっ!ごめんなさいぃっ!私!私は!ただの女の子!ただのメイドさんっ!食べても美味しくないよっ!お肉も全然無いよっ!やめてっ!やめてぇごめんなさいぃっ!」

 涙ぐみながら懸命に、命乞いをする。
 恐怖で握りしめた拳は、白いシーツを掴んで離さない。ヒト耳の上を伝い落ちる涙が、美しい金髪を濡らす。

「戦闘員じゃない自覚があるなら、あんまり前に出て来るなよ。でしゃばったら危ないだろ?怪我とかしたらどうすんだよ。」

「だ、だだっ、だってぇっ!今日は危なくないと思って!今日は安全だと思ったから、マスターのお手伝いがしたくて!!!
 お魚ドラゴン倒して!ご主人様を助けて!サムを助けて!そ、それで終わりだって思ったから!それで終わりだって言われたから!!!こ、こんな怖い目に遭うなんて、私!聞いてませんでしたぁっ!!!」

「あちゃー、残念だねぇ。
 運が悪かったせいで食べられちゃうねぇ。」

「ひっ、ひゃぁだっ!いやぁだぁっ!ひゃめてぇごめんなざいぃっ!!!」

 男が露骨に気色の悪い口調で捕食を仄めかすと、雷夜は絶叫しながら許しを乞う。傍から見れば茶番である事は一目瞭然なのだが、本人としては恐怖でしかないのだろう。

「何でもします!何でもしましゅっ!!!なんでもじまずのでぇっ!!!だべないでぇっ!か、顔近い!顔近づけないでぇっ!き、牙!す、鋭い牙やだっ!怖いよぉっ!!!
 爪も仕舞って!お、お願いっ!そ、それ!危ないの!それ、ほんとに危ないんです!草食さんの体、簡単に切れちゃうからっ!ら、雷夜の体!ほんとに柔らかいからぁっ!ご、ごめんなさいっ!やめてくださいっ!!!刺さったら、血が出ちゃうよぉっ!!!」

「別に良いじゃん。」

 男としては彼女を傷付ける気は全く無いのだが、見ていて面白いので煽ってみた。

「な、なんでっ!?良いわけ無いっ!良いわけ無いよぉっ!雷夜、本当に死んじゃうのっ!あ、あなたが思ってるより、ずっとか弱いんです!嘘じゃないの!ほ、ほんとに、簡単に死んじゃうのっ!だ、だから!やめてっ!お願いっ!やめてよぉっ!
 チャンスですっ!お、女の子に好きな命令をする、チャンスですっ!!!何でも言ってぐだざい!な、何でもします!ほんとに何でもしますっ!!!だ、だからっ!お願いだからぁっ!
 お願いじまず!お願いじまず!命令じでぐだざい!ら、雷夜に、挽回のチャンスをぐだざいっ!お、おねがいじまず!おねがいじまず!おねがいじまず!一生の、お願いなんでず!!!
 一度だけで良いですっ!一回だけでも!チャンスをぐだざいっ!ら、雷夜が優秀な式神だって!証明し・・・いやらぁっ!!!たべないでぇぇぇぇっっっっ!!!
 して欲しい事言ってぇ!お、おねがい!教えてっ!雷夜に教えてよぉっ!!!言われなきゃ分かんないですっ!お願いじまず!お望みを、言葉で伝えてぐだざいっ!!!
 ど、土下座じまず!土下座じまずからぁっ!ほ、他にも!言われた事は何でもじまず!な、なので!なのでぇっ!!!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ど、どうか!この通りなんですっ!ほ、本当に反省してるんですっ!
 は、反省してます!二度と悪い事しません!普段はとっても良い子なんです!勤勉で!我慢強くて!頑張り屋さんなんです!!!す、凄く優秀でっ!模範的な式神なんです!」

「それ、自分で言うか?」

「・・・ハッ!ごめんなさいっ!ごめんなさいぃっ!!!わ、わた、私!自信過剰でごめんなさいっ!!!でも、でも本当なんです!アピールしたくて、必死だったんです!ごめんなさいっ!!!ふ、普段はこんな事言わないんです!い、いつもはもっと謙虚なんです・・・!こ、今回はパニックになってて・・・冷静じゃなくて・・・!
 し、信じてください!雷夜に、どうかチャンスをください!き、きっと、きっと気に入ってもらえます!さっき言った事も、嘘じゃないんですっ!!!マスターの!神様のお墨付きを頂いてるんです!!!本当です!本当なんですっ!!!信じてくださいっ!!!あ、や、やぁっ!ま、待って!待ってぇっ!!!」

 死の恐怖に引き攣った表情で、男の目を見つめ返す。
 顔を近づけてくるのが恐ろしく、無意識に顔を横へさらすが、目線はガッチリと合わせている。

「賢い式神なのっ!頭の良い女の子なのっ!お願いします!難しい命令も、理解できるんですっ!!!有能な式神です!す、すごく優秀なんですっ!!!働き者な女の子なんですぅっ!!!
 謙虚さが足りないと思うかも知れませんが、これはアピールの為に言ってるだけなんです!普段はもっと謙虚なんですっ!し、静かにしろって言われたら、静かにできます!お座りの命令をされたら、しっかりお座りします!やれば出来る子なんですっ!すごく能力が高いんですっ!
 あ、あのっ!待って!待ってくださいっ!!!わ、私にはまだまだ凄いところがあるんです!お願いしますっ!ごめんなさいっ!まだ食べないでっ!お願いしますから!まだ食べないでくださいっ!食べるの待ってくださいぃっ!!!!!」

 号泣し、絶叫しながら許しを乞う。もはやそこに、式神としての体裁は存在しない。
 外見にそぐわない実年齢も、もはや意味を成していない。今の彼女は、怯える少女そのものだ。

「あなたしゃま好みの!可愛いおんにゃの子になりまひゅ!髪型も、髪色も!あなたしゃまの理想通りにしましゅ!
 理想のおんにゃの子でしゅ!メイドひゃんにピッタリの、従順で家事の得意な、優秀なおにゃの子れひゅ!
 穏やかなおにゃの子れひゅ!食べちゃったら勿体ないれひゅ!お家に置いてくだひゃい!何れもひまひゅ!食費は要りまひぇん!どうか・・・どうかお側に置いてくだひゃいましぇ!!!」

 見苦しいとさえ感じる命乞いも、雷夜ほどの美少女が行えば話は別だ。ひたすらに謝罪し続け、許される道を模索し続ける様子さえも、可愛らしく思えてくる。

「そんなに叫ぶなって。すぐ済ませるから。身体計測が終わったら精神防御を崩して、魂形を計るだけだし。」
(う~ん・・・ビビってる顔も可愛いなぁ。)

 男はそう言うと、黒い帯のようなものを取り出して、雷夜の目に巻き付けた。

「あっ!あぁっ!やだっ!やだやだやだぁっ!!!これっ!これ怖いっ!やだよぉっ!誰か助けてぇっ!お目々見えないよぉっ!!!これ取ってぇっ!!!
 お願いしますっ!誰か来てください!誰かっ!誰かぁっ!恩返ししますっ!ご奉仕しますっ!身も心も捧げますっ!どうか助けてくださいっ!誰か!誰かいませんかぁっ!!!
 ゆ、許してくださいっ!肉食様ごめんなさいっ!食べないでくださいっ!何でもします!何でも言う事聞きます!どんな事でも言ってくださいっ!遊ばないでくださいっ!ご奉仕しますっ!あなた様に・・・一生懸命・・・ご奉仕・・・しますからぁ・・・!お目々の奴、取ってくだしゃいよぉっ!!!
 言う事・・・聞くから・・・!絶対に・・・逆らいましぇん・・・抵抗ひまひぇん・・・従順になりましゅ・・・!な、なのれ・・・なのれ・・・この・・・怖い目隠し取って・・・!お目々見えなくて・・・とっても怖いからぁ・・・!これ・・・取ってくだひゃいぃ・・・ごめんなひゃい・・・反省してまひゅ・・・してるのれ・・・良い子にしますのれ・・・!」

「そんなに取って欲しいの?」

「取って!取って取って取って!取ってぇっ!
 ふえぇぇぇぇんっ!ほ、ほんとに怖くて無理なんですっ!怖いって認めます!あ、あなたの方が強くて正しいって!もう認めてるんですっ!!!あ、あなたに従順な良い子になるって誓うのでっ!お願いだからコレ取ってぇっ!!!」

「だめ。」

「ふぇっ?な、なんれなのぉっ!?一生懸命お願いしてるのにどうしてぇっ!?ゆ、許して・・・もう・・・許して・・・許してくらひゃいよぉ・・・!
 お、お願!たひゅけて!ゆりゅひてぇ!りゃいや!良い子らからぁっ!!!普段は良い子なの!すごく良い子なの!あなたに逆らったりしないっ!約束するっ!一生あなたの物になるっ!だ、だからっ!酷い事しないれよぉっ!!!
 お願いひまひゅ・・・コンテストで・・・優勝経験も有るんれひゅ・・・!すごく・・・立派な女の子なんれひゅ・・・!こう見えても・・・優秀な・・・女の子なんれひゅ・・・!
 嘘じゃないよ・・・ホントだよぉ・・・雷夜はホントに・・・凄い子だよぉ・・・!お願いらから・・・雷夜・・・良い子だからぁ・・・もう・・・乱暴しちゃやだぁ・・・!お目々の・・・怖いの・・・取ってよぉ・・・!」

 雷夜はその後も延々と、謝罪と命乞いを続けた。
 男は必死になって身を守ろうとする雷夜を可愛いと思いながら、何らかの計測を始めた。

~~~~~~~~~~

「もうやだぁ・・・!何で・・・雷夜がこんな目にぃ・・・。おうちに帰りたいよぉ・・・。私で・・・ヒグッ・・・遊ばないでぇ・・・。もう、怖いです・・・。お漏らしするくらい、怖いのでぇ・・・。お願い・・・もう許してぇ・・・。雷夜、必死に謝ってるよぉ・・・!泣きながら・・・謝ってますからぁ・・・!
 もう、やめてください・・・。私を、解放して・・・。お目々見えないの怖いよぉ・・・。オモチャじゃ、無いの・・・。雷夜、オモチャじゃなくて、生きてる女の子なんです・・・!ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!!!
 ひゃあぁっ!?お、お尻・・・触らないでぇ・・・!わ、わた、私のお尻・・・測らないでよぉ・・・!美味しくないです・・・美味しくないです・・・美味ちくないんれす・・・!美味ちくない・・・ほんとに、美味ちくないの・・・!やだよぉ・・・ごめんなさぁいぃ・・・!なんれもひまひゅからぁ・・・!だ、だから、だからぁ・・・!」

 目隠しをされた雷夜はベッドに、仰向けで拘束されていた。
 全身を完全に固定され、彼女の生死は男に掌握されていると言っても過言では無い。雷夜をどのように弄び、嬲るのかも完全に男の自由である。

「はぁ・・・!はぁ・・・!もう・・・ゆるじでぇ・・・!良い子に・・・良い子にします・・・良い子にしますので・・・どうか・・・どうかぁ!!!」

「はいはい。大人しくしろ。」

 ただ、男は特に雷夜を虐める事はなく、強いて言えば尻を触ってサイズを測ったぐらいである。
 男にしてみれば、目的があって行なっている身体計測なのだが、雷夜にしてみれば獲物を品定めしているようにしか思えない。

「やだよ・・・やだよぉ・・・!お肉、全然無いよ・・・食べても・・・美味しくないよ・・・許してぇ・・・!」

「魔法使って逃げれば良いじゃん。」

「魔法はマスターの使役外でも使えますが、魔力がもうありません・・・!
 私、もう、ただの女の子です・・・!腕も細くて、むしろ普通の子より弱いんです・・・!こんな怖い事、女の子にしちゃだめだと思うんです・・・!
 お願いです・・・あなた様の、偉大さは・・・十分に理解しましたのでぇ・・・!
 す、すごく強いんですね・・・!ら、雷夜、とってもビックリしました・・・!か、カッコいいと、思います!す、素敵です・・・!」

 ガクガクと震えながら、自分と相手の力量差を示す。
 自分がどれだけ弱いか、無抵抗な存在かを伝える。その次に、相手を懸命におだてる。

「つ、強い人は雷夜も大好きです・・・!あ、あなたは、お顔もハンサムで・・・!ら、雷夜、惚れちゃ・・・きゃああぁっ!!!」

「ふぅ~・・・。」

 雷夜の顔に、男は"息を吹きかけて"みた。
 これは、どうやら効果覿面だったようだ。明らかに動揺し、頬を伝う涙の量が増えた。

「あっ!あぁっ!待って!待ってぇっ!ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!ごめんなさい!!!!ごめんなさい!!!!!
 調子の良い事言って!本当にごめんなさい!ら、雷夜、嘘ついてごめんなさい!おだてたら、許してくれるなんて思ってません!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!
 な、舐めた真似してごめんなさいっ!な、何でもするから!何でもするからぁっ!た、沢山!ご奉仕しますからぁっ!
 食べないでよぉっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!食べないでぇっ!本当に怖いのっ!あなたのような、に、"肉食さん"には分からないの!ほ、本当に!本当に!本当に!とっても!怖いんです!
 ど、どうか!どうかぁっ!食べないで欲しいです!!!雷夜には!たくさん出来る事があります!ごめんなさいっ!どうか!どうかぁっ!雷夜にチャンスをぉっ!!!ゆ、許してぇっ!」

 目を塞がれている彼女には、彼の吐息が捕食寸前の合図に思えたのだろう。
 より真に迫った命乞いをされ、男の方も興奮してくる。サディスティックな感情が刺激され、雷夜を弄びたいという欲が、更に増大する。

「で、どうして欲しいの?」

「チャンスが欲しいですっ!お願いしますっ!チャンスが欲しいよぉっ!謝るチャンスを下さい!挽回のチャンスを下さい!土下座して、ご奉仕して、償いをします!な、なのでっ!どうかチャンスを下さいっ!
 そ、それで、許して下さい・・・!お慈悲をください・・・!降参して、屈服いたします・・・!あなた様に反抗する気など、一切ございません・・・!
 この細い体では、あなた様に傷一つ付ける事も出来ませんので、どうかお許しください・・・!
 女の子は、体を触られると怖いんです・・・。反射的に攻撃しちゃったんです・・・。とっても、反省しましたので、どうか許してください・・・!お願いします・・・!!!」

「う~ん・・・。まぁ、正直俺が楽しんでるだけだし、許すとかは関係ないかな。」

「私は・・・もう、動物さんじゃ無いです・・・。体は人間の女の子なので・・・食べても美味しく無いです・・・。
 お料理が上手です・・・雷夜のお料理は・・・とても高い評価を得ています・・・。こ、これから一生、あなた様のためにご飯を作ります・・・。
 人畜無害な・・・ごく普通の女の子でしゅ・・・!趣味は園芸と、お料理れしゅ・・・!大人しい"草食さん"れす・・・!気性も穏やかで・・・テストも100点で・・・礼儀も弁えていましゅ・・・!コンテストも・・・SSランクなんれひゅ!!!
 も、もちろん、偉大なあなた様には、逆らいまひぇん・・・!あなた様に可愛がってもらえる、立派な式神に・・・!理想の女の子に、なります・・・!従者としての立ち振る舞いを・・・徹底しましゅ・・・!ど、どうか、お許しを・・・!あ、あなた様の!か、寛大なお心で・・・どうきゃ、お許ひくだひゃ・・・!」

「いや、胸触っただけで本気で殺しに来るのは、明らかに有害だろ。」

「ご、ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!は、反省しました・・・しましたので・・・許してください・・・!
 捕まえて、虐めて、食べちゃうのは残酷すぎると思います・・・。マスターに、許してもらえません・・・。特に嫌いだと思います・・・。」

「まぁ、状況が全く同じだしな。」

「多分、怒ってあなたの事を殺してしまうと思います・・・。誰も、マスターには勝てません・・・。
 今ならまだ、間に合います・・・。わ、私を助けてくれた命の恩人として・・・マスターには報告しますので・・・!」

「勝つ気も、戦う気も無いけどな。」

「そ、そんなぁ・・・。助けて・・・パパ・・・ママ・・・マスター・・・ご主人様ぁ・・・。私、ほんとに食べられちゃうよぉ・・・。誰かぁ・・・!」

「いや、マスターはともかく、ご主人様に助けを求めたらダメだろ。」

「だって・・・本当に怖くてぇ・・・。」

「これはお仕置き・・・・が必要だな。」

「ふぇ?お、お仕置きって何です・・・?
 にゃっ!?首、ペロペロしないでぇ!!!食べないでください!!!あっ、あぁっ、あぅぁ・・・味見、してる・・・わ、私、味見、されてる・・・た、食べら、食べられちゃっ・・・食べられちゃう、ほ、ほんとに、食べられちゃう・・・。
 や、やだっ、やめて・・・い、嫌、ほんとに嫌、だ、だれ、だれか、誰かたすけ、たすけ・・・。ママ・・・パパぁ・・・。
 こ、怖いよぉ・・・。ほんとに、怖いのでぇ・・・。ど、どうか、やめて下さい・・・!怖いです・・・それ!ほんとに、怖いです・・・!それ、そ、それ・・・怖いよぉ・・・。誰か助けてぇ・・・。パパ・・・パパ・・・パパァ・・・。た、助けて・・・!お願い・・・早く助けて・・・!ほんとに、雷夜死んじゃうよぉ・・・!」

 雷夜は視界を闇に閉ざされているが、男が自らの首を舐めている事は容易に想像できる。
 味わうようにして、首筋を舐められると、否が応でも齧り付かれる光景が頭をよぎってしまう。
 目隠しをされている事で、次に何をされるのか分からない事も、その恐怖を助長させている。

「ぱぱ・・・ますたぁ・・・まま・・・ごしゅじんさまぁ・・・たすけてぇ・・・おねがいぃ・・・!
 ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・わ、わたしが・・・わるかったです・・・!こうさんです・・・こうさんします・・・ゆるしてください・・・!」

 もはや恐怖で呂律が回らず、同じ言葉を繰り返してしまう。正常な思考も出来なくなり、考えている事は全て言葉に出てしまう。

「弱い者イジメ・・・良くないよぉ・・・!
 雷夜は草食さんで・・・大人しいメイドさん・・・か弱い女の子なんです・・・!
 肉食様には勝てません・・・私・・・私・・・!タダの女の子なんです・・・!お願い・・・乱暴しちゃダメだよぉ・・・!」

 ただ静かに、死の瞬間を恐怖しながら、天を仰いで命乞いをしている。大粒の涙が絶え間なく溢れ、恐怖で見開かれた目は閉じたくても閉じれない。

「あ、あぁ・・・し、死んじゃう・・・や、やだよぉ・・・。ご、ごめんなさ・・・ごめんなさ・・・。ゆ、ゆるして・・・ゆるしてくらさ・・・な、なんでもします・・・。なんでも・・・言うこと聞くので・・・従順なので・・・可愛くなれるので・・・お、おねが・・・やめ・・・ごめんなさ・・・ごめんなさ・・・旦那しゃま・・・ゆるひて・・・ゆるしてくらさ・・・。」

「う~ん、やっぱ甘いなぁ・・・。あっ、やべっ・・・。」

 男は雷夜を舐め回す最中に、誤ってその細い首筋に牙を突き刺してしまった。
 幸いにも頸動脈には刺さらなかったために、大きな出血は起こらなかったが、微量の血がポタポタと流れ落ちていく。

「あ、あれ?首、なんか、ヒリヒリして・・・?こ、これ・・・な、なんか・・・た、垂れて・・・?
 はっ、あっ、あぁっ・・・嫌あぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!食べないでっ!!!食べないでぇっ!!!雷夜のこと許して!もう許してよぉっ!!!!助けてくださいっ!お願い!何でもします!何でもしますので、どうか、許してください・・・!!!ほんとに何でもしますからぁっ!!
 雷夜は女の子です!ご飯じゃありません!ご、ご飯じゃ無いんです・・・!だからやめてっ!食べないでぇっ!!!何でも!本当に何でも!雷夜に出来る事なら!本当に何でもします!マスターに損害を加えない限りは!精一杯の奉仕をします!お願い!そ、それで!どうかそれで!雷夜を許してっ!もう怖いのやだぁ!」

 雷夜のパニックは頂点に達してしまった。いまにも気が狂いそうである。

「やめでっ!お願いやめでぇっ!!!やめでくだざい!お願いじまず!やめでぐだざいぃ"ッ!!!死んでじまいまずッ!このままだと雷夜ッ!ほんとに死んでじまいまずがらぁッ!!!許してぇッ!お願いゆるじでぇッ!旦那様って呼びますッ!旦那様ッ!ら、雷夜の!素敵な旦那様ぁッ!お願いらからッ!殺ひゃないれぇッ!!!」

「悪い悪い、本気で噛むつもりじゃなかった。・・・せっかくだし舐めとくか。」

 男は首筋の傷から出た血を、少しずつ舐めていく。
 本人には伝えていないが、微量の回復魔法も掛ける事で、同時に止血も行っているのだ。

「やでゃっ・・・嫌でゃぁっ・・・食べないれぇ・・・!ペロペロしないで・・・雷夜の血・・・飲まないで・・・ほんとに、死んじゃうから・・・。やめてぇ・・・もう、やめてよぉ・・・。
 な、何で、女の子が、怖いって言ってるのに、やめてくれないの・・・?たくさん、条件出してるのにぃ・・・。何でもするって・・・言ったのにぃ・・・。
 病院・・・連れてってぇ・・・。きゅ、救急車・・・呼んでよぉ・・・。ほ、ほんとに、死んじゃうからぁ・・・。し、止血しないとぉ・・・消毒しないと・・・す、すぐに・・・手当て・・・絆創膏・・・お、お願いしま・・・おねが・・・ごめんなひゃ・・・たひゅけてくらひゃ・・・ころさにゃいれくらひゃ・・・ゆりゅひてくらひゃ・・・やめてくらしゃ・・・しにたくないよぉ・・・。」

「我慢しろ。」

 男は不器用にも、「今止血してやるから。」という言葉をつけ忘れた。そのせいで、雷夜のパニックは更に膨張する。

「ま、ママ・・・ママぁ・・・。ママ、助けて・・・。助けてママ・・・死んじゃうよ・・・ママ・・・ま、ママ・・・。ママ、ママぁ・・・。怖いよぉ・・・助けてママぁ・・・。ママぁ・・・早く来て・・・ら、雷夜を、助けてぇ・・・お願いぃ・・・ママぁ・・・。」

 恐怖に屈服した雷夜にできる事は、もはや母親に助けを乞うのみである。
 無様にも"ママ"と連呼しながら、来ない助けを求め続けている。

「・・・このまま、全身の血を吸いつくしてやろうかなぁ?」

 さらに怖がらせようと、男は恐ろしい事を言ってみる。

「嫌だ・・・。嫌だぁ・・・。まだ、死にたくないよぉ・・・。親孝行できてないのに・・・。私、マスターにまだ恩返しできてないのにぃ・・・。
 け、結婚もしたいよ・・・か、可愛い赤ちゃんも欲しいよぉ・・・。それに・・・まだ・・・処女なのにぃ・・・!やだ・・・死にてゃくない・・・死にてゃくないです・・・。ごめんなしゃい・・・ごめんなしゃい・・・なんれも・・・なんれも・・・ほんとに・・・なんれもひまひゅからぁ・・・。
 メイドひゃん・・・らいや・・・ただの召使いの・・・メイドひゃんなんれすぅ・・・!戦う女の子じゃにゃいの・・・お掃除とお洗濯とお料理が・・・らいやのお仕事なの・・・!もう・・・酷い事しないれぇ・・・!」

 身も心も、完膚なきまでに死の恐怖に屈した雷夜は、命乞いのギアを一つ上げた。

「・・・私、美味しい料理作れます・・・。裁縫も上手です・・・。お掃除も、素早く、丁寧です・・・。
 式神として、マスターの名に恥じない最高の性能を誇っています・・・。
 食べたら勿体無いです・・・!あなた様のメイドさんとして働きます・・・。マスターのお手伝いをしながら、住み込みで働きます・・・!!賃金は、もちろん要りません・・・。
 何なら、私のお家に来てください・・・!とっても広い上に、綺麗なお花畑もあります!!!賞状とか!トロフィーとか!記念の宝石もあります!も、もちろん、全てあなた様の物です!雷夜は、マスターと暮らせれば、それ以外何も要らないんです!そ、それと・・・それと・・・!」

 自分ではなく、自分の持っている物もアピールする事にしたのだ。当然、自分の価値も主張する。

「メイドさんにして頂けたら、沢山ご奉仕します・・・。仕えさせて頂く栄誉に対して、お金も支払います・・・。
 だから、どうか・・・命だけは・・・。お、お願いします・・・。お願いします・・・本当に、何でもしますので・・・。
 雷夜に、好きな命令を、してください・・・。どんな、命令にも、完璧に応えて見せます・・・!お願いします、ほ、本当に、本当にお願いしましゅ・・・!ご奉仕させてください・・・お願いします・・・!」

「まずは手かな?・・・細すぎだろ・・・。」

 ボソボソと呟いた男は、雷夜の手を握りしめる。
 手の甲を舌でなぞり、指先を甘噛みしてみる。

「いでゃぁぁあッッッ!!!???いでゃあいぃッッッ!!!指が!わだじの大事な指があぁ!!!取れちゃう!やめでぇっ!それやだぁっ!いやぁでゃあぁっ!!!"まほーのおてて"!それは、あなたをマッサージしゅる、まほーのおててれしゅ!!!マシュターに、そう言われてまひたぁっ!
 "おりょーり"出来るおててれしゅ!"おはな"を育てるおててれしゅ!なんれも出来る、しゅごく器用なおててなんれしゅうっ!
 雷夜のおてて食べないれぇっ!食べれもおいひくないよぉっ!食べにゃいれぇっ!お願いぃっ!!!
 おねが・・・噛まないれ・・・パパも・・・マシュターも・・・褒めてたの・・・何れも出来て・・・ちっちゃくて・・・可愛いおてて・・・だって・・・言ってたの・・・。
 お願い・・・なんれも・・・このおててで・・・なんれもひまひゅ・・・なんれも・・・なんれも・・・あなた様のために・・・ご奉仕を・・・。」

 差し迫った危機に対し、雷夜は更に幼児退行した。
 手の事を"おてて"と呼び、明らかに子供っぽくなっている。

「痛いっ・・・!いだいっ・・・!いうぅっ・・・!ほんとに・・・もうやだよぉ・・・!いだい"れす・・・!ほんとにいだい"がらぁ・・・!
 言う事聞きます・・・何でもします・・・あなた様に抵抗しません・・・!今も・・・暴れてないでず・・・!されるがままになっでまず・・・!従順な女の子です・・・!お上品な女の子です・・・!降参・・・降参れず・・・!だから乱暴じないで・・・!お願いだがら・・・もう酷いごどじないで・・・!怖いごどじないでぇ・・・!!!」

 雷夜は手足を拘束され、手の指を噛まれている。
 普段なら痛くない甘噛みのはずだが、パニックに陥っているため痛覚が増幅しているのだ。

「う~ん・・・可愛い手だなぁ・・・舐め回したくなる・・・。」

「もうやめて・・・お願い・・・!ほ、ほんとに・・・おてて無くなっちゃう・・・!やだ・・・許してぇ・・・!旦那さまぁ・・・!あなたしゃまの為だけに・・・おてて使います・・・!ちっちゃいおててで・・・一生懸命頑張ります・・・!
 ひにゅっ!いやにゃっ!まってぇっ!小指っ!それ一番細い指っ!噛まないれ・・・お願い・・・ペロペロしないで・・・!一生懸命頑張るから・・・!何でも頑張るから・・・!食べないれぇっ!
 あっ、あぁっ!やめてぇっ!折れちゃう!取れちゃう!無くなっちゃうっ!!!ら、雷夜の指!食べちゃダメぇッ!!!一緒にお風呂入りますからっ!あ、あなたのお身体を洗いますからっ!マッサージだって!出来ますからぁっ!!!
 痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!許してぇッ!もう!本当にダメェッ!!!ごめんなさあいぃっ!!!指取れちゃうっ!死んじゃうっ!死んじゃうよぉっ!痛いぃっ!!!ふぇぇぇぇぇんっ!やめてぇぇぇっ!!!」

(さすがに、これ以上は骨が折れるか?)

 男が手を噛むのをやめると、一気に落ち着きを取り戻した。
 命の危機をひとまずは脱した事を悟り、少しだけ安堵したようだ。

「ひぎゅっ・・・ぐしゅっ・・・あいがとうごじゃいまひゅ・・・!た、たべないれくれて・・・感謝しかありまひぇん・・・!
 が、我慢してくれて・・・ありがとうごじゃいまひた・・・。こ、これから・・・あ、あなた様には・・・このおててを使って・・・ま、まっしゃーじをひまひゅ・・・。」

「いや、そんなんいいから。」

「そ、そう言わずに!ら、雷夜の!雷夜のまっひゃーじは!マシュターにも好評で!す、すごく気持ち良いって!受けて下しゃい!お願いひまひゅ!雷夜に!雷夜にアピールさせてぇっ!!!
 お願いしまひゅ・・・手先が器用なんれひゅ・・・!め、メイドさん検定・・・1級を・・・持ってるんれひゅ・・・!し、鍼灸師とか・・・お料理とか・・・他にも色々・・・資格があって・・・!」

「いらん。それより、これからどうしようかなぁ・・・?」

「苦しい事も・・・怖い事も・・・もう嫌です・・・!もう、やめてください・・・!あなた様の、勝ちです・・・。雷夜は・・・降参です・・・。敗北を認め・・・あなた様に、屈服します・・・!
 悪い事しません・・・良い子になります・・・!マスターに逆らった事は・・・一度もありません・・・!我儘も言いません・・・言った事ありません・・・!り、履歴を見て下さい・・・!雷夜が、とっても良い子だって・・・わかると思います・・・!す、すごく良い子なんです・・・!普段は、本当に・・・とっても良い子なんです・・・!普通の女の子なんです・・・!
 もう無理なんです・・・。本当に、雷夜はもう、限界・・・なんです・・・!ゆるして、ください・・・。もう、許して欲しいです・・・。ごめんなさい・・・。ごめんなさい・・・。本当に、ごめんなさい・・・。
 これ以上、雷夜に酷い事、しないでください・・・。今なら、まだ間に合います・・・!これ以上されると、雷夜は、本当に死んでしまいます・・・!
 あ、あなた様を・・・責める気は・・・ありません・・・!マスターにも・・・告げ口しません・・・!
 なので・・・もう・・・許してください・・・。許して・・・許してぇ・・・!酷いこと・・・しないでぇ・・・!ぐすっ・・・うぅっ・・・ひくっ・・・ふぇぇぇぇんっっっっ!!!!!」

「おいおい泣くなよ・・・。」

「一生物なんれすっ!しゅごく優秀なんれすっ!ずっと使えましゅっ!雷夜にはすごい能力がありましゅっ!あなた様に気に入ってもらえる、可愛い女の子になれまひゅっ!あなた様好みの女の子になりまひゅっ!可愛くて従順な女の子に、なりまひゅからぁっ!!!食べないりぇっ!お願いっ!ほんとに勿体無いよぉっ!
 うぇぇぇぇんっ!!!ごめんなしゃいぃっ!あ、あなたにチューセイをちかうからぁっ!たべないでぇっ!ひぐっ!うぅぅっ!ゆるひてっ!おねがいじまひゅっ!ごめんなひゃいっ!ごめんなひゃいっ!おねがいでしゅ・・・!おんなのこでしゅ・・・おんなのこでしゅ・・・!ほ、ほんとに・・・ほんとに・・・やめてくらさ・・・ごめんなしゃ・・・うぇぇぇぇぇんっ!!!!!」

 顔を左右に振りながら、本気で泣き叫んでいる。
 謝りながら泣いていた先程とは違い、泣きながら謝っている。

「時間をちょーらい!お願いしましゅ!どうか、雷夜に時間をくだしゃい!アピールの時間を!もっと!たくさん謝罪する時間をぉ!
 お願いちまひゅ・・・一生のお願いれひゅ・・・一生に一度の・・・大切なお願いれしゅ・・・!まだ、自己紹介も出来てないよぉ・・・おねが・・・まだ・・・食べにゃいれくらひゃ・・・!」

「うるさいなぁ、静かにしてくれよ。」

「は、はひっ!失礼ひまひたっ!ごめんにゃひゃいっ!言う事聞きまひゅ!雷夜は、旦那様の言う事を聞ける子です!し、静かにさせて頂きます!
 な、なので・・・た、食べ・・・食べないれ・・・!ひぐっ・・・ぐしゅっ・・・ふえぇぇぇぇぇんッッッッッ!!!!!」

「うわ、また泣き出した。」

 もはや微塵の余裕もなく、恐怖以外の感情が完全に欠落しているのだ。これしきの事で泣き止むはずがない。

「おウチ帰るっ!雷夜!もうお家帰るぅぅぅッッッ!!!!!うわあぁぁぁぁぁんっ!雷夜もう帰るの!お願い帰らせて!お家に帰らせてぇッ!!!
 雷夜!後でごめんなさいするっ!絶対ごめんなさいするから!おねがっ!おねがいひぃっ!お家帰らせてくださいよぉッ!!!」

「えぇ・・・。」

「おかーしゃ!おとーしゃ!たしゅけてぇっ!!!らいや、とってもいいこっ!おかーしゃのおてつだいするからっ!おとーしゃにまっさーじするからっ!
 とってもいいこだからぁっ!たしゅけてぇっ!たべられちゃうよぉっ!おとーしゃっ!おかーしゃぁっ!!!」

 父と母に助けを乞い、泣き喚く。
 実際にこの場所に両親が来たところで、彼女を救えるのかは別問題だ。
 しかし、一人寂しく捕食されるよりは、最期くらいは家族に看取られたいと思うのも理解できる。

「だんなさま!だんなさまぁっ!もうゆるしてぇっ!だんなさまぁぁぁ!!!!!
 おとーしゃとおかーしゃのことがだいすきな、ごくふつうのおんなのこなんれしゅっ!だからぁっ!たべないでぇっ!
 ふつうのおんなのこだからぁっ!かわいいおんなのこになって、おんがえしして、ごほうしして、ぜったいにまんぞくさせるからぁっ!!!
 ゆるしてっ!おねがいゆるしてぇっ!だんなしゃまのことすきっ!だいすきっ!おとーしゃと、おかーしゃと、ましゅたーと、ごしゅじんさまと、おにいちゃんと、おねえちゃんの、つぎにすきっ!だからっ!だからぁっ!ゆるしてぇっ!」

「・・・ちょっとやりすぎたか?」

 男は雷夜に聞こえないほど小さな声で、短くつぶやいた。



 その直後、雷夜の視界に光が差し込んだーー。

(た、助かったの・・・?私、許してもらえるの・・・?や、やったぁ!!こ、この人優しいっ!!!)

 目隠しを取ってもらった雷夜は、束の間の安堵をしたーー。



 しかし、一息つく間もなく、男に唇を奪われた。

「んむぅっ!?んぅっ!んんむぅっ!!??んっ!んっ・・・///ゴクンッ・・・///ふはっ・・・。」

 深く深く、貪るような口付け。
 必死に暴れて、振り解こうとする雷夜だったが、男が自らの意思で口を離すまで、それは続いた。

「ぁ・・・あぁ・・・ふぁ、ファーストキスが・・・!は、初めてのキスが・・・あっ・・・あぁ・・・!」

 男の眼をジッと見て、ワナワナと震える雷夜。
 突如として行われた言語道断の陵辱行為に対して、怒りと恐怖の入り混じった顔で困惑した。

「うっ・・・うぅっ・・・酷いよぉ・・・。はじめてのキスは結婚する人って決めてたのに・・・。
 ファーストキスは、一回しか無いのに・・・!返して・・・返してよぉ・・・!雷夜の、初めてのキス返してぇ・・・!
 お嫁に・・・ひくっ・・・行けなくなっちゃったぁ・・・。たくさん勉強したのに・・・たくさん、嫁入り修行したのにぃ・・・。私・・・もうお嫁に行けないよぉ・・・。ひくっ・・・ぐすっ・・・せ、責任・・・責任取ってぇ・・・。」

 ファーストキスを奪われた雷夜は、男に対して抗議する。
 ただ、本調子ではない為に、弱々しい声で泣く事しかできない。

 しかしその時、雷夜は自分の体に、経験した事の無い異変が起こっているのを感じた。

「あ、ありぇっ・・・?体が・・・熱い・・・?お腹が、キュンキュンしちゃってる・・・?頭がフワフワしちゃってるよぉ・・・?
 ・・・な、何か飲まされちゃったぁ!?わ、私に、何を飲ませたんですかぁっ!?」

 急激な体の変化に戸惑った雷夜は、それが男によって与えられたものだと考えた。

「いや、別に何も・・・実は、媚薬体が蕩ける薬を飲ませた。」

 実際のところ、男は何も飲ませていなかったが、反応が面白かったので勘違いを助長させることにした。

「ど、毒飲んじゃった!?か、体が熱い!?待って!待ってぇ!!もっと、体が熱くなってます!!お願いします!解毒薬・・・解毒薬を・・・。ふにゃっ♡!?ど、どうかお慈悲を下さい!!」

「嫌だ。」

「お願いしましゅ!!私、溶けちゃってます・・・。お腹がフワフワに溶けちゃってます!!あ、あちゅいっ!!お願いたしゅけてぇっ!!」

「助けて何になるのかなぁ?」

「こ、こんな・・・不思議な毒薬は・・・解毒薬も珍しくて・・・きゃっ♡!?・・・こ、高価だと思います・・・。
 私なんかに・・・使うのは・・・いぎゃっ!?・・・勿体無いと思う気持ちも・・・よく、分かります・・・ですが、絶対に、後悔は、させません・・・。メイドさんの将来への投資・・・と、思って、いただけないでしょうかぁ・・・!!!」

 雷夜は息も絶え絶えになりながら、必死になって存在しない毒薬の解毒薬を懇願する。

「お、お願!おねがいひまひゅ!ちゃ、ちゃんと!ちゃんとお薬くらひゃい!じゃ、じゃないと死んじゃうよぉ!
 ひぐっ・・・ぐずっ・・・い、良い子にします・・・に、二度と・・・逆らいませ・・・だ、だから・・・ちゃんと治療して・・・くれますよね・・・!?りゃ、りゃいやのこと・・・ころしゃないで・・・くらひゃいまひゅよね・・・!?
 え・・・あ・・・うっ・・・!な、何か言ってよぉ!お、おねが!おねがいひまひゅ!ちゃ、ちゃんと!治療!治療してくらしゃ!!!」

 涙でグシャグシャになった顔には、以前の凛々しさは欠片も残っていない。

「嫌だ。」

「お願いしましゅ♡!!どうか、お薬、くだしゃい♡!!わたひ・・・お腹が・・・溶けちゃってるのぉ♡!!死んじゃう♡!!私、溶かされて・・・死んじゃう♡!!お腹、トロトロになって、フワフワしてましゅ♡♡!!!お臍の下がキュンキュンしちゃってるのぉ♡♡」

 雷夜の声に段々と、不思議な熱が籠っていく。
 トーンが高くなり、吐息に本能のような物が剥き出しになっている。男はこの隙を見逃さなかった。

「まぁ、実は何も飲ませて無いんだけどな。」

「え?そんなわけないです!!だって、お腹、今もキュンキュンしてるのに・・・。」

「キスしただけなのに、バッチリ発情してんのな。流石に笑いそうになったわ。」

「私、発情なんてしていません!!そんなはしたない子じゃ・・・ふみゃんっ!!!♡♡♡」

 雷夜は突然、背をくの字に曲げて叫んだ。
 どうやら男が、彼女の下腹部を軽く揉んだようだ。

「発情してないなら、平気だよな?」

 男は雷夜の下腹部を指でトントンと小刻みに優しく叩く。
 しかし、実際のところ発情してしまっている雷夜には堪ったものでは無い。

「ひゃめてぇ♡♡!!しょこ、今弱くにゃってるのぉ♡♡!!!ほんとにダメなの♡♡!!!トントンやぇてぇ♡♡!!!
 こんにゃの知らにゃいっ♡♡!!私、分かんないよ♡♡♡!!やめ♡ひゃめて♡嫌だから♡♡!!」

「どこがダメなの?」

「そこです!今、あなたがトントンしてる所・・・!!」

 段々と、雷夜の声に覇気が無くなってくる。
 これまでは楽しみながら嫌がっている感じだった。
 しかし今はただ静かに、下腹部を揉み込まれる事を、"痛覚以外から与えられる苦痛"として感じているようだ。

「あ、あ、あの・・・やめて・・・!」

「なんでだよ。」

「こ、これ・・・なんか・・・怖いよっ・・・!やめてぇっ!」

 くすぐったいような、気持ち悪いような、それでいて脳が刺激される感覚。
 彼女には、そう言った経験がない。よって混乱してしまう。

「ま、待って・・・!な、何これぇっ・・・?し、知らないの・・・雷夜、こう言うの知らない・・・!」

「それは好都合だ。新鮮なリアクションが見れる。」

「や、やめてよぉっ・・・!く、苦しい・・・苦しいよぉっ・・・!やめてぇ・・・!許してくれるんじゃ・・・許してくれるんじゃ・・・!」

 新しいタイプの拷問を加えられた雷夜は、既に号泣している。
 捕食されないで済んだと思い安心した事が、より深く彼女を絶望させた。

「くすぐったいのが・・・頭に響いてるのっ・・・!や、やめてっ・・・!頭がフワフワして・・・こ、こんなの・・・女の子が・・・されて良い仕打ちじゃないよぉっ・・・!」

「ふむふむ、効果覿面だな。」

「わ、笑わないでっ!ら、雷夜!ほんとに、これやだよぉっ!許してっ!ご、ごめんにゃひゃいっ!!!
 な、何でもします!やめてくれるなら、私は何でもします!!!な、何でも・・・何でもするから・・・許して下さい・・・旦那様・・・だんにゃ様・・・!
 雷夜は、ご奉仕が得意です・・・お洗濯も、お料理も、お掃除も、しっかり出来るんです・・・ちゃんと愛してくれるなら・・・”結婚”します・・・。」

 雷夜はまだ、一度の結婚もした事が無いのだ。
 いつか現れる”結婚相手”の為に、彼女は日々を花嫁修業に費やしていた。その為に彼女の家事能力は、式神の中でも最高レベルに達している。

 ある意味で彼女が最も誇れる宝は、彼女自身と言えるだろう――。

「俺の嫁になってくれるのか。」

「は、はい!な、なりまっ、なりますっ!雷夜は独身です!い、いつでも結婚できますっ!
 だ、だからっ!お腹トントンやめっ!そ、そこっ!女の子の弱いところっ!あ、赤ちゃんのっ!ひぐっ!?」

「どうしよっかなぁ・・・。」

 男は別に迷っていない。ただ、必死になっている雷夜が可愛いので、それを眺めて楽しんでいる。

「は、早く決めて・・・早く・・・お願いします・・・!この拷問・・・とっても辛いんです・・・!お腹、触らないでっ!息が・・・苦しいからぁっ・・・。」

「う~ん・・・。」

「お馬鹿しゃんに・・・なっちゃう・・・!頭が壊れて・・・お馬鹿さんに・・・!許すなら早く・・・早く・・・決めてよぉっ・・・!」

 雷夜は必死に暴れて、抵抗をする。
 だがやはり、拘束を逃れる事は出来ない。

「お、おねがっ!お願いひまひゅからぁっ!これ以上、拷問しないでっ!し、しても、良い事無いよぉっ!
 お願いひまひゅ!旦那しゃま!だんにゃひゃみゃ!ごみぇんにゃひゃいっ!良い子にしましゅ!良い子に・・・なりまひゅからぁっ!
 結婚しましゅ!毎日一緒に"ねんね"しますっ!雷夜、抱き締めるのに・・・ちょうど良いサイズで・・・!寝相も良いので、一緒にねんね出来ます・・・!
 今の雷夜は、とっても弱いんれひゅっ!あなたしゃまの・・・全力の・・・1%でも・・・死んじゃうくらい・・・か弱い子なんれひゅっ!!!
 雷夜もう限界なんれひゅ!これ以上は耐えられないんれひゅ!お願いひまひゅ!体も強くないんれしゅ!これ以上は・・・ホントに壊れてしまいましゅっ!
 抵抗しましぇん・・・出来まひぇん・・・する筈ありません・・・あなた様に・・・逆らうなど滅相もございません!だ、だから・・・許してください!お願いしましゅっ!!!」

「ダメダメ、まだ許さない。」
(まぁ、許しても良いんだけどな。)

 ここだけの話、別に男は怒っていない。
 ただ、雷夜が怖がる事で出来る”精神防御の歪”が、彼には必要なのだ。

「まだ辞めてくれないのっ?な、なんれっ!い、一生懸命お願いしてるのに・・・なんれ辞めてくれないのぉ・・・!
 たくさん頑張ります・・・一生懸命にご奉仕しましゅ・・・みんなに自慢出来る・・・立派なお嫁しゃんになりまひゅのでぇ・・・!
 も、もっと・・・丁寧に・・・優しく扱ってくだひゃい・・・!ら、乱暴しないで・・・お願いしまひゅ・・・わ、私・・・すごく繊細なのれ・・・!」

「もっと可愛くアピールして見たら?」

 一辺倒すぎる命乞いでは、"効率"が悪い事を彼は知っていた。
 そして何より、もっと愛嬌のある彼女を見てみたいという私欲もあった。

「か、可愛く・・・えぇと・・・可愛いのは・・・にゃ、ニャン♡
 ニャンニャン♡や、やめて欲しいニャン♡旦那様の事が大好きな、ごく普通の猫ちゃんだニャ♡人畜無害な猫ちゃんだニャン♡」

 雷夜は”可愛いの具現化”とも言える猫を真似する、猫戦法を使ってみた。
 男はどうやら、今の彼女を気に入ったようである。

「おっ、良い感じだな。得意技はあるか?」

「せ、戦艦並みのビーム砲を持ってますニャン♡」

「そんなガ○ダムみたいな特技、あっても困るだろ・・・。」

 ”困る”という何気ない言葉が、雷夜に突き刺さった。
 これはアピールポイントにならない。そう思った瞬間、彼女は一気にパニックになってしまう。

「ほ、他にも!他にもあるんだニャン!ま、待ってニャン!まだある!まだあるんですニャン!な、何でも出来るニャン!ひ、酷い事しないでっ・・・ニャン!」

「落ち着け。そんなに慌てなくて良いだろ。」

「は、はい!も、ももも、勿論です!あ、慌ててませんっ!だ、だから!た、食べないでっ!食べないでぇっ!な、何でも!何でもするので!何でもしますのでぇっ!」

「おいおい、猫口調はどうした?」

 パニックに陥った雷夜は、思わず猫の真似を辞めてしまった。男は目ざとく、そこを指摘する。

「・・・ハッ!わ、忘れてないニャンッ!ごめんなさいニャンッ!にゃ、ニャンッ!ニャンニャンッ!」

「やっぱ、お前は猫じゃないよなぁ。・・・食うか。」

「きゃあぁぁぁッッッ!!!ま、待って!待ってくださいっ!もう一度!もう一度だけ!もう一度だけチャンスをぉっ!忘れてごめんなさいっ!ニャンって言うの忘れて、ごめんなさいっ!もう二度と忘れませんっ!許してッ!許して旦那様ぁっ!!!」

「ダメダメ、もう決めた。」

 男はそう言うと、不敵な笑みと共に牙を覗かせる。
 絶望と希望が次々に入れ替わり、感情が乱高下する感覚。そのせいで雷夜は、疲弊しきっている。

「や、やめてよ・・・もう・・・やだよ・・・許してよぉ・・・ひぐっ・・・ぐしゅっ・・・ふぇぇぇんっ・・・!酷いよ・・・こんなの酷いよぉ・・・!
 お嫁さんになるって・・・言ったのに・・・!何でもするって・・・言ってるのにぃ・・・!
 私って、魅力が足りませんか・・・?そ、そんなに、可愛くないですか・・・?た、たくさん・・・勉強してるんです・・・!花嫁修行は・・・完璧なのに・・・!
 お願いします・・・お願いします・・・!お嫁さんにしてください・・・食べる前に、雷夜をお嫁さんにしてください・・・!結婚もしないで、死にたくありません・・・!
 お父さんにも、お母さんにも、申し訳が立ちませんっ!まだ親孝行も出来てないのにっ・・・!!!」

 見苦しいとさえ思える生への執着だが、やり残した事が有る者にとって今はまだ、”死ねない時”なのだ。

「いきなり嫁とか言われても、普通に困るだろ。」

「だ、だってぇ!ファーストキスされちゃったんだもん!
 そ、それって……も、もう……お嫁さん決定って意味だと……思いまひゅ……!」

「え、えぇ……。」

「ち、違うの?ち、ちが、違うんれひゅか……?じゃ、じゃあなんで……意味も無くキスしたんですかぁ……!
 雷夜の初めてのキス……な、なんで……意味も無く……!うぅっ……酷いよぉ……あんまりだよぉ……私……ちゃんと良い子にしてたのになんでぇ……!」

「そうかそうか、良い子か。」

「は、はいっ!良い子です!雷夜をお嫁さんにすれば、きっと幸せになれますっ!お、お願いっ!良いお嫁さんになるからっ!たくさんご奉仕する、すごく従順なお嫁さんになるからぁっ!!!
 世界一の、いえ宇宙一のお嫁さんになりましゅ!誓います!神様に誓いましゅっ!あなた様にとって、完璧なお嫁しゃんになると誓うのでぇっ!お願いだから酷い事しないでぇっ!!!雷夜!良いお嫁さんになれるからぁっ!!!殺さないでぇっ!!!」

「”完璧な嫁”・・・ねぇ?
 別に従順なのが良いとも限らないけどな。」

 男は手先から温風を出し、彼女の履物を乾かし始めた。失禁により湿った布が、少しずつ温められていく。

「あっ・・・!あっ、あっ、熱っ!熱いっ!あっ!あぁっ!あのっ!ままま!待ってぇっ!これ止めてぇッ!熱いよっ!それ怖いよぉっ!やめてぇっ!!!」

「ただのドライヤーだろ。」

 だが雷夜からすれば、”下拵え”にしか思えない。自分を”調理”するための、下準備としか思えないのだ。

「や、やめて・・・許して・・・ごめんなさい・・・!料理しないで・・・!燃えちゃう・・・雷夜のお腹・・・燃えちゃうよぉ・・・!うぅっ・・・ひくっ・・・火傷・・・しちゃうよぉ・・・!
 ゆ、許してください・・・!私は・・・髪がサラサラで・・・ほっぺがぷにぷにで・・・お肌はスベスベで、モチモチです・・・!触り心地が良いです・・・美容には気を使っています・・・!
 私は老けません・・・ずっと若いままです・・・!血統も優秀です・・・!こう見えて・・・お嬢様なんです・・・!大切に育てられた・・・お嬢様なんです・・・!マスターも偉い人です・・・!最高神様なんです・・・!
 しょ、処女です・・・!交際歴も・・・ゼロで・・・!独身の・・・!凄く凄く・・・清楚な・・・おにゃの子れす・・・!」

「命乞いで結婚しようとする奴は、果たして清楚なのか?」

「ご、ごめんなひゃい・・・!わ、私・・・清楚じゃなくて・・・ごめんにゃひゃい・・・!
 で、でも・・・いつもは・・・!とっても良い子で・・・物静かな・・・おんにゃの子なんれす・・・!
 た、たまに、怒っちゃったりしますが・・・!ま、真面目で・・・勤勉な・・・女の子です・・・!」

「真面目な割には、堪え性が無いな。」

 尤もな意見である。勤勉なのは確かだろうが、流石に心が弱すぎる。

「が、我慢強くないおにゃの子で・・・ごめんにゃひゃい・・・!ノロマで・・・泣き虫で・・・怖がりなおんにゃの子で・・・ごみぇんにゃひゃい・・・!
 そ、それでも・・・!ら、雷夜には・・・ひくっ・・・!沢山・・・良いところが・・・あるのでぇ・・・!
 ごめんなひゃい・・・本当に・・・ごめんにゃひゃい・・・!期待はずれで・・・ごめんにゃひゃい・・・!強くて・・・可愛くて・・・お上品で・・・勇敢な女の子を・・・期待してましたよね・・・?
 ら、雷夜・・・そういう子じゃなくて・・・ごみぇんにゃひゃい・・・!ただの・・・ビビりさんで・・・ごめんにゃひゃい・・・!でも・・・一生懸命頑張ります・・・!たくさん勉強して・・・貴方様の理想に・・・近付けるように頑張るので・・・!」

「ビビりなお前が可愛くて好きだけどな。」

「き、気を遣ってもらわなくて・・・大丈夫です・・・!
 あなた様の・・・おめがねに敵わない・・・ダメなおんにゃの子だと・・・分かってまひゅ・・・!でも・・・どうか食べないでくらしゃい・・・!
 パパと・・・ママと・・・他のみんなで・・・一生懸命育ててくれた女の子です・・・!マスターと・・・ご主人様も・・・たくさんお世話してくれて・・・たくさん可愛がってもらった・・・女の子なんです・・・!
 まだ・・・恩返し出来てないの・・・!親孝行・・・出来てないんれひゅ・・・!あ、あなたを殺そうとした私が・・・言える事じゃありませんが・・・ひくっ・・・ぐずっ・・・ま、まだ死ねないんれひゅ・・・!
 バカで・・・ノロマで・・・おっちょこちょいで・・・ビビりで・・・ダメダメな女の子れひゅが・・・あ、あなたの温情を頂ければ・・・心からご奉仕します・・・!お嫁さんにしてくれるなら・・・"ご子息"だって・・・!」

「時間も無いし、手っ取り早く済ませるかな。」

 雷夜が自分を貶し始めるのを見て、男は少々不憫に思えて来た。そして逃げるように、作業を急ぎ始めた。
 大型のニッパーを取り出し、両手で構える。それを見た雷夜は、恐怖する事しか出来ない。

「す、済ませるって何?な、何をする気なの!?や、やめてくださいっ!
 ご、ごめんなさいっ!可愛くなるのでっ!お化粧も沢山するのでっ!立派なお嫁しゃんに・・・なりまひゅのでぇっ!!!
 ひ、酷い事しないでっ!い、言う事!なんれも聞きまひゅのれぇっ!乱暴しちゃ嫌ぁッ!怒っちゃ嫌ぁッ!も、もう!もう許してよぉっ!!!」

「お前はスッピンが一番だよ。変にケバくするよりも、自然体が一番可愛い。」

「やめてっ!やめてやめてやめてやめて!!!やめてぇっ!!!ごめんなひゃっ!
 あんよ切らないでぇッ!わ、私違うのッ!戦闘訓練とか!従軍とか!そ、そう言う事!した事ないんですっ!
 生まれつき、ちょっと強かっただけなのッ!お願いッ!無害な女の子だからッ!あんよ切っちゃやだぁッ!!!
 お仕事はメイドなんれひゅッ!おねがいじましゅぅッ!!!タダのメイドさんですからぁッ!!!りゃいやはただのっ!メイドさんなんですぅッ!!!
 言う事ちゃんと聞きました!可愛くしまひた!ニャンニャンできました!ちゃんと!あなたの言う事を聞いて!素直にニャンニャンが出来たんですッ!
 降参!降参してます!雷夜降参してるんですっ!!!降参してる女の子に!乱暴しちゃダメだよぉっ!!!お願い待って!降参してるから!抵抗しないから!もう酷い事しないでぇっ!!!
 あっ!あっ!あっ!待ってっ!待ってぇっ!死んじゃうっ!死んじゃうよぉっ!許してぇっ!!!あ、あなた様と戦おうなんて!微塵も思ってませんからぁッ!!!もう戦えないよ!抵抗も何も出来ないよぉ!逃げる事すら出来ないくらい、私は弱いんですぅ!!!ゆ、ゆるひっ、許ひてぇッ!ごめんなさいぃ!きゃあぁッ!!!」

パチーンッ!

 男はそう言うと、雷夜を縛り付ける四本の鎖を切断した。
 束縛から逃れた彼女は瞬時に姿勢を変え、両手足を畳んで頭を下げる。

「はっ、はぁっ!はぁっ!はぁっ!ご、ごめんにゃひゃっ!ごみぇんにゃひゃいっ!!!ごめんにゃひゃいぃっ!」

 雷夜に出来る唯一の事は、シーツの上で体を丸めてガタガタと震えながら、小動物のように怯えるだけだ。恐怖のあまり過呼吸になるが、それでも命乞いだけは休まない。

「ごめんにゃひゃいっ!ごべんにゃひゃいっ!ゆ、ゆるひてくらひゃいっ!
 ど、"土下座"ひていまひゅのれっ!女の子が、頭を下げていまひゅのれっ!ど、どうか!この通りれひゅのれっ!ゆるひてくらひゃいっ!一生のお願いれひゅっ!一生に一度の!大切なおねがいでひゅのでっ!お願いひまひゅっ!!!殺さないでぇッ!!!」

「いやいや、土下座とか良いから。」

 男としては、こんな物を見せられても、興奮するだけである。別に怒っていないのに、必死に謝罪する様子が可愛く思えて仕方ない。

「降参してまひゅ!抵抗ひていまひぇん!あ、あなたの物になりまひゅ!どんなご奉仕も、喜んでお受けいたしまひゅ!!!
 な、なのれ!どうか!い、命だけは!命までは取らないれくらひゃい!!!お願いひまひゅ!わらひは良い子なんれひゅ!
 言われた通りにひまひた!あ、あなた様に言われた通りに、しっかり謝りまひた!ちゃ、ちゃんと可愛くしまひた!
 りゃ、りゃいやは!言う事を聞く女の子らと!分かって頂けたと!思うのれひゅ!!!おねがっ!おねがいしますっ!おねがいしますごめんなさいぃっ!!!」

「従順なのも良いんだけど、お前は自然体でも可愛いんだから媚びへつらわなくて良いと思うぞ。」

 男の方は、もう包み隠さず本音を言っている。だが雷夜には、どうにも聞こえてないらしい。

「お願いします!お願いします!どうか・・・お願いします!!!可愛くするので!可愛い女の子になるので!い、今よりも、ずっと可愛くなれるので!!!お願いしますっ!ど、どうか!私をお嫁さんにしてくださいっ!!!
 雷夜には耳が!可愛い耳が付いてます!動物さんの可愛いお耳です!ピョコピョコ動く、柔らかいお耳ですっ!ら、雷夜の!数少ない可愛い部分ですっ!!!
 さ、触っても、良いですっ!コネコネしたり、フニフニしたり、しても良いれすっ!た、たくさん触って構いませんっ!!!
 ほ、他には!尻尾が!パタパタ動く、可愛い尻尾が付いてますっ!チャームポイントですっ!凄く可愛いですっ!ら、雷夜の一番可愛い部分ですっ!!!
 さ、さっき!触り心地が良いって!褒めてましたよねっ!?す、すごく、スベスベで!サラサラの尻尾でしたよねっ!?あ、あなたの物ですっ!雷夜の尻尾、あなたの物なので!好きなだけ触ってくださいっ!!!
 ほ、他にも!他にもたくさんっ!可愛い部分があるかもですっ!お、お願いしますっ!お願いしますですっ!可愛くするのでっ!たくさん可愛くするのでっ!いっぱい頑張るのでっ!精一杯!頑張りますのでぇっ!食べないでくださいませぇっ!!!」

(別に、耳とか尻尾以外も可愛いと思うけどな。)

 身長が低く華奢な体と、臆病で気弱な本性。それを覆い隠すように、必死に虚勢を張る態度。
 最高神の式神として、主君に恥じない従者でありたいと望み、毎回のように空回りする。そんな様子が、可愛くないはずがない。

「な、なんでもしますっ!なんでもしますっ!マスターと掛け持ちで、一生懸命に頑張りますっ!!!
 マスターに危害を加えたり、多くの人に不利益のある事以外は、誠心誠意頑張りますっ!!!」

「変な所まで真面目だなぁ。」

「はい!真面目!真面目です!雷夜は真面目な良い子です!良い子なんれひゅ!!!
 降参してましゅ!屈服してまひゅっ!み、見てくだひゃ!尻尾を見てくだひゃい!パタパタ振ってまひゅ!
 こ、これは!怖くて!屈服してる!合図なんれひゅ!心の底から、あなたを怖がってる証拠なのれ!!!」

「ふ~ん?で?」

「ゆ、ゆるし、許してくらひゃっ!お願いひまひゅですっ!一生に一度のお願いですっ!自分勝手だと分かってますっ!でも、まだ死にたくないよっ!許してっ!お願い許してぇっ!
 見苦しくてごめんなさいっ!生き汚くてごめんなさいっ!お上品で、清廉潔白で、強くて、カッコいい、そんな子じゃなくてごめんなさいっ!ただのビビリで、本当にごめんなさいっ!!!
 マスターに相応しくなくて・・・あなた様にも不釣り合いで・・・そんな・・・ダメダメな女の子ですが・・・良いところも・・・きっと・・・きっと・・・ありますからぁ・・・。」

「はいはい、もう終わり。そんなに卑下しても仕方ないだろ。」

 丸まったまま顔を上げない彼女を、男は仰向けにしようとする。すると彼女は、指をシーツに引っ掛けてまで、抵抗しようとする。

「やだ・・・やだ・・・死にたくない・・・死にたくないよ・・・やめてよぉ・・・もう許してぇ・・・!
 誰か助けて・・・誰か・・・誰か・・・誰か来て・・・お願いします・・・お願いします・・・誰か来てください・・・!」

「時間稼ぎすんなって、誰も来ないから。」

「ち、ちがっ!違うんですっ!これは違うんですっ!これは!これは違くてっ!時間稼ぎじゃなくてっ!!!
 ゆ、許してっ!ごめんなさいっ!怖くなっちゃっただけなのっ!!!違うんです待ってください!助けを呼んだりしてません!本当です!ごめんなさいっ!!!信じてくださ!雷夜!助けを呼んだりしてないんですっ!ホントです!!!」

 防衛本能で助けを求めていただけで、本当に助けを要請していたわけではない。
 決して、抵抗する気ではなかった。だが、相手には誤解されても仕方ない。

「うーん、これは許せないなぁ。お仕置きだなぁ。」

(どうしよう!どうしようどうしようどうしよう!!!ま、またっ!また怒らせちゃったぁっ!
 どうしよぉっ!ほ、ほんとに!ほんとに!ほんとに怒ってるっ!挽回しなきゃっ!な、何か言わなきゃ!す、好きになってもらわなきゃ!お嫁さんにしてもらえるように、ちゃんと可愛くしなきゃっ!じゃないと、食べられちゃうよぉっ!!!)

 そんな事を思っている間にも、男の手は彼女の背に伸びた。服を掴み、優しく持ち上げようとする。

「や、やだ・・・やめてぇ・・・!
 ごめんなさい・・・ごめんなさいぃ・・・!旦那様・・・お願い・・・やめてぇ・・・!
 女の子だから・・・か弱い・・・女の子だからぁ・・・!食べないでぇ・・・ごめん・・・ごめんぅ・・・!許してぇ・・・!
 りゃいや・・・りゃいや・・・良い子なんです・・・!一生懸命お仕事できる・・・まじめな・・・良い子なんです・・・!本当なんです・・・信じてください・・・!」

 もしもベッドから引き剥がされれば、彼女は再び男に腹を晒す事になる。そうなれば、捕食の危険性は非常に高くなってしまう。

「は、はぁ・・・はぁ・・・!ゆ、ゆる、ゆるし、許して、許してください旦那様ぁっ!大好きですっ!大好きですっ!カッコいいです!素敵ですっ!り、理想の!旦那様なんれひゅっ!だ、だからっ!だからぁっ!食べないでぇっ!
 欲しい物、なんでもあげますからぁっ!雷夜でも良いです!雷夜が欲しければ、結婚しても良いです!お願いします、他にも、なんでもしますからぁっ!!!
 あ、あぁっ・・・!や、やめてぇ・・・引っ張っちゃ・・・引っ張っちゃダメ・・・!怖いよ・・・やめて・・・やだぁ・・・!や、やめて・・・やめてぇ・・・!
 旦那様・・・旦那様ぁ・・・好きです・・・大好きです・・・殿方として・・・あ、あなたの事が・・・とっても・・・好きなのでぇ!あっ・・・う・・・くぅ・・・きゃぁっ!」

 必死に命乞いをするが、男はついに彼女を引き剥がした。上から押さえつけられた彼女は、いよいよ死を覚悟する。

「はっ、はぁっ、はぁっぁっ!こわ、怖いぃっ!怖いよぉっ!!!ごめんなさいぃ・・・!食べないでぇ・・・!お願いします・・・なんでもしますからぁ・・・!」

「どう可愛がってやろうかな?」

「やめて・・・もう・・・やめてよぉ・・・や、やめてください・・・!ゆ、許して・・・食べないで・・・!今なら・・・まだ・・・間に合うよぉ・・・!
 可愛くしますです・・・!今からでも・・・喜んで・・・結婚いたします・・・!身も・・・心も・・・あなた様の物です・・・!あなた様に捧げます・・・!
 人畜無害な・・・攻撃能力の無い・・・か弱くて・・・臆病な・・・!ただの・・・女の子なんです・・・!
 弱くて・・・大人しくて・・・素直な・・・草食さんの・・・女の子です・・・!良い・・・お嫁さんに・・・なれますのでぇ・・・!
 今日まで雷夜は・・・とっても・・・とっても・・・良い子にしました・・・!命令違反も・・・してません・・・!模範的な式神です・・・マスターの命令を聞く・・・凄く良い子なんです・・・!」

 恐怖で震える事しか出来ない雷夜は、消え入りそうな声で命乞いを続ける。

「しょ・・・処女です・・・ま、まだ・・・綺麗な・・・女の子です・・・!お嫁さんにしても・・・大丈夫な女の子です・・・!
 お、おねがい・・・お願いしまひゅから・・・な、なんでも・・・しますから・・・!
 ヒクッ・・・グスッ・・・ま、まだ・・・やり残した事が・・・たくさん・・・あるんです・・・!まだ・・・死にたくな・・・死にたくないです・・・!
 ご、ごめんなさ・・・た、たべにゃいれ・・・許してくださ・・・!お嫁さんに・・・なります・・・ならせてください・・・わ、私・・・良い奥さんに・・・なりますからぁ・・・!
 たくさん・・・勉強してるんです・・・!素敵な殿方に貰っていただく為に・・・花嫁修行を・・・たくさんしてます・・・!きっと、あなたに相応しいです・・・!お肉料理も作れるように・・・きっと・・・なりますからぁ・・・!
 ど、どうか!お嫁に貰ってください!キスまでされてしまったので・・・もう・・・お嫁に行けません・・・!こ、心の準備は出来ています・・・い、いつでも・・・お嫁に行けるんです・・・お勉強・・・いっぱいして・・・うっ・・・うぅっ・・・お願いぃ・・・お、お嫁さんに・・・してくださいぃ・・・!」

「結婚願望強めなお前が、可愛くて大好きだよ。」

 潤んだ瞳は縮こまり、瞼からは絶えず涙が溢れ出し、空いた口が塞がらない。
 男はもはや隠す気すらなく彼女の事を許しているのに、そんな事にも気づいていない。

「繊細で・・・か弱い・・・女の子なんれひゅ・・・!人間の女の子より・・・ずっと・・・弱いんです・・・!
 お願い・・・もっと・・・もっと大切にして・・・!お願いします・・・もっと丁寧に・・・お豆腐を触る時みたいに・・・優しくして欲しいです・・・うぅっ・・・!
 み、見返りは・・・必ずします・・・!あ、あなたの言うことを・・・何でも聞いて・・・たくさんのご奉仕を・・・しますから・・・!これ以上は・・・ほんとの・・・ほんとにっ・・・ひくっ・・・りゃいや・・・壊れ・・・ちゃうからぁ・・・!
 ひぐっ・・・ぐずっ・・・うぅっ・・・!良い子に・・・なるので・・・!あなた様専用の・・・良い子なので・・・!もう誰の物か分かってます・・・!あなた様です!雷夜はあなた様の物です!ちゃんと分かってます!マーキングしなくても大丈夫です!これ以上・・・酷い事しなくても・・・一生・・・あなたと一緒なのでぇ・・・!」

「食って肉にすれば俺の一部だし、一生一緒だな?」

「ひくっ・・・ぐすっ・・・や、やだっ・・・やだぁ・・・やめてぇ・・・やめてよぉ・・・やだよぉ・・・!許してください・・・お願いします・・・もう許してください・・・!
 お願い・・・お願いします・・・!あなたの物に・・・なりますので・・・!抵抗もしてません・・・降参して・・・負けを認めて・・・屈服しています・・・!
 草食だけど・・・ご飯じゃないの・・・!お願い・・・か弱い女の子だから・・・!せ、せめて・・・女の子として扱ってよぉ・・・!
 可愛くないって・・・分かってるんです・・・!雷夜・・・可愛くない子だって・・・みんなから言われるので・・・ちゃんと分かってます・・・!
 でも・・・手先は器用です・・・ご飯も掃除もお洗濯も・・・全部上手なんです・・・!花嫁修行・・・頑張ってるんです・・・!み、見た目は可愛くなくても・・・そう言った点で・・・凄く良いお嫁さんに・・・なれると思うのれひゅ・・・!」

「いっただっきまーす。」

「うっ嘘!嘘嘘嘘!ま、待って!待ってぇっ!!!ママ!ママぁっ!!!ママ助けてぇっ!ママぁっ!!!
 やめでっ!やめでぇ"っ!!!やめでっで!言っでるじゃん"っ!!!おねがぃ"っ!やだっ!やだやだやだやだ!やだぁっ!!!言う事聞いたのになんでぇ"っ!?りゃいや可愛くしたのにぃ"!可愛くごめんなさい出来たのになんでぇっ!!!
 お、おねが!やめでぐたざい"っ!頑張りまず頑張りまず頑張りまずっ!!!頑張りまずがらぁ"っ!!!お役に立ちまず!可愛くしまずっ!なんでもじまずっ!だから考え直してっ!!!ごめんなざいっ!ごめんにゃひゃいっ!ごめんにゃひゃいぃっ!!!」

 男はワザとらしく口を大きく広げ、雷夜の口元に近付けた。口の中で光る牙が恐ろしく、雷夜の思考が恐怖で埋め尽くされる。

「だ、ダメっ!ダァメぇっ!!!やめひぇぇっ!ダメぇっ!!!死んじゃう!死んじゃうっ!食べちゃやぁだぁッ!りゃいやいいこ!おねがひやめひぇっ!!!にゃんれもひまひゅからぁっ!!!
 ふぇぇぇぇぇんっ!!!怖い!怖いぃっ!怖いよぉッ!!!もういやぁっ!やだぁっ!怖いのもうやだぁっ!!!りゃいやもう!怖いの本当に無理だからぁっ!うわあぁぁぁんっ!!!
 負けました!負けましたッ!負けましたぁッ!!!りゃいやの負けですッ!降参しましゅからッ!してまひゅからぁッ!どんな事でもしますから!雷夜!頑張りまずがらぁ"っ!お願いだから許してぇッ!!!ごめんにゃひゃい!食べないでぇッ!!!
 死にたくないよッ!まだ死にたくないよぉッ!!!全部あげるから!大事な物全部あげるからッ!私の大切な物!全部あげるからッ!!!結婚するからぁッ!何でもじまず!ごめんなざいっ!なんでも頑張りまずッ!!!お願いだから殺さないでぇッ!!!」

 泣きながら顔を横に振り、上目遣いで泣きじゃくるケモ耳の美少女。

「怖がっだの"!怖がっだだげな"の"!いぎなり体触られで!ほんどにごわがっだのぉ"!!!だがら"攻撃じぢゃっだの"!
 いづもはじまぜん!いづもはじないんでず!!!いづもは!良いごなんでずぅ"!!!ごめんなざい"!ごめんなざい"ぃ"!!!
 良いから・・・からださわっでも・・・良いがらぁ"!!!お願い!お願いやめで!!!からだざわっても良いがらころざないでえぇ"!!!」

「お前さぁ、ビビり方が可愛いから虐められるんだよ……。」

 両手を胸の前で組み、必死になって命乞いする姿ほど嗜虐心を唆る物も他に無いと、男は確信していた。

「や、やややっ!やめ!やめでぇっ!もうやめでぇッ!な、なんでもっ!雷夜本当になんでもっ!何でもずるって神様に誓わせて頂きまずからァッ!!!
 言う事聞いだよぉっ!ちゃんと!ちゃんと言う通りに!可愛くしたのにぃっ!!!お願いじまひゅから許ひてぇっ!!!なんれも!なんれもする!なんれもずるのっ!!!だからぁっ!!!
 無害な女の子なのっ!安全な女の子なのっ!清楚で、お上品で、すごく従順な良い子でっ!お嫁ひゃんに・・・ピッタリなんれひゅっ!!!
 ご奉仕・・・ご奉仕します・・・わ、私にできるご奉仕なら・・・な、なんでも・・・させてください・・・!
 け、結婚してっ!結婚してくだひゃいっ!そ、そうすれば"初めて"あげまひゅ!た、大切に守ってきた雷夜の初めて!あなた様に差し上げましゅから!
 ふぇぇぇぇんっ!帰りたい!帰りたい!お家に・・・帰りたいよぉ・・・!お願いだから・・・お家に帰らせてぇ・・・お願いぃ・・・!
 お願い!お願いだからぁ!ひくっ・・・ぐしゅっ・・・ひっくっ!降参・・・もう・・・降参です・・・りゃいやの負け・・・りゃいやの・・・負けなんれひゅ・・・!
 お願い・・・ら、乱暴・・・乱暴しないれ・・・!もう・・・負けちゃったから・・・!ひぐっ・・・ぐすっ・・・あなたの物だから・・・お嫁さんだからぁ・・・!もう・・・乱暴しないれくらしゃ!・・・んむぅっ!?」

 暴れている雷夜を抱きしめ、男は再び強引なキスをした。
 彼女は観念したのか、それとも屈服したのか分からないが、ぐったりと脱力してしまう。

「んっ!んむっ!・・・ぅ・・・ふむぅ・・・ぷはぁっ・・・!あ・・・れ・・・?ま、また・・・キス・・・されちゃったぁ・・・///」

 飴と鞭の乱高下が、最大にまで達した。
 もはや訳が分からなくなった彼女は、ただ頬を赤らめ、瞳を蕩けさせる事しか出来ない。

「な、何が・・・したいのぉ・・・?ら、雷夜に・・・何を・・・したいの・・・?訳、分かんないよぉ・・・///」

「いや別に、可愛いからキスしたくなっただけ。」

「そ、そうですか・・・わ、私・・・可愛い・・・ですか・・・///」

 先ほどまでの絶叫が嘘のように、心が落ち着いて行く。
 甘い言葉で肯定される感覚が、彼女の心を溶かしたのだ。

「強引にキスされたのに、めっちゃ嬉しそうじゃん。」

「ごめんなさい・・・だ、だって・・・胸がドキドキしちゃって・・・///」

「変態だなぁ、お前・・・!」

「は、はい・・・雷夜は・・・へ、変態さん・・・です・・・///」

 まるで催眠にかかったように、彼女の瞳は男に向けて釘付けになっている。彼の言葉に逆らえず、従う事が幸せに感じられるのだ。

 これがどんな感情なのか分からないが、少なくとも彼女は"怖い"とは思っていない。

「も、もしかして・・・ら、雷夜のこと・・・許してくれるの・・・?」

「可愛いは正義なので許そう。」

「ほ、ほんとっ!?ほんとなのっ!?ありがとうっ!ありがとうございますっ!
 な、涙・・・涙が止まりません・・・!感動と・・・感激で・・・泣いちゃう・・・!
 ひくっ・・・ぐすっ・・・うぅっ・・・!ありがとうございます・・・ありがとうございます・・・!許してくれて、本当にありがとうございます・・・!」

 雷夜は安堵から来る涙で、瞼を濡らしてしまう。
 止めどなく溢れ出した安心感が、彼女の心を揺さぶるのだ。

「ただし、条件がある。」

「は、はいっ!何でもっ!何でもしますっ♡優しくて素敵な旦那様の為に♡雷夜はなんでもしますっ♡」

 今度は命乞いでは無い。自ら進んで尻尾を振り、恭順の意を示している。
 "マスターと呼び慕う男"とは別に、"この男"の事も主人として認めたようだ。
 元の主人への忠誠心は揺らがないが、新たな主人への敬意も確かに持っている。

 そんな中、男はある事を提案した――。

「初対面の男に興奮する変態には、お仕置きが必要だ。
 ”気持ち良いお仕置き”と、”痛ーいお仕置き”、どっちが良い?」

 男の方もどこか嬉しそうに笑いながら、二択を迫った。
 "痛い"の方を選んだなら、ここで終わりにしようと思ったのだがーー。

「え、えと・・・き、気持ち良いのが・・・良いです・・・///」

「言ったな?手加減は無しだぞ。」

「は、はい・・・///」

「それじゃ、まずは四つん這いになれ。」

 男の命令に、雷夜はどうしても逆らえない。
 心も体も支配されているような、服従の感覚が全身に纏わり付く。

 その中で彼女は、ある事に気が付いた。

(し、刺激的で・・・私より強くて・・・♡
 この殿方・・・もしかして・・・私の"理想の旦那様"かも・・・しれないわ・・・♡)

 少しだけ不安な気持ちもあったが、それ以上に大きな期待を男に寄せた彼女は、その身を彼に委ねる事にした――。


―――――――――――――――


R18シーン集で、その後を詳細に描写しているので、良ければ見に行ってみて下さい!

※練習も兼ねて、"一人称視点"で描いてみました。
慣れない文体なので、気持ち悪い表現もあるかも知れませんが、あまり気にしないで下さい。

※初見さんにも優しい設計になってますが、それもあまり気にしないで下さい(汗)
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