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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)
EP147 海中
しおりを挟む飛び掛かった征夜は、額に向けて刀を勢いよく振り下ろした。
まずは小手調べ、ここで倒せるとは微塵も思っていない。
(さぁ・・・どうする!)
予想は躱される、もしくは鱗に刃が通らないという展開だった。
そうであっても、打つ手は幾らでもある。そうでなければ肩透かしも良いところだ。
だが、破海竜の行動は予想を遥かに超えていた――。
カシャーンッ!
甲高い金属音が響き、征夜の刃は弾かれた。しかし、その刀身は額に届いていない。
高速の斬撃は額よりもさらに下、口の前で何かに阻まれ弾かれた。。
「”牙”で受け止めたか・・・面白い!」
頬のにやけが止まらない。相対している海竜は、”自らの持つ刃”を以って征夜の斬撃を受け止めた。
驚異的な硬度を誇るその牙を見ると、叩き折ってやりたくなる。
滑らかな牙を伝って、刃が滑り落ちていく。征夜は海中に落ちるのを避ける為に、体をねじって落下位置を変えた。
足元でとぐろを巻いていた海竜の頭に着地し、両手を広げてバランスを取る。
(一筋縄じゃ行かない・・・鱗が無い腹を狙いたいけど、外したら落水する。
それだけは避けたい・・・なら、首を狙うしかない!)
頬を伝う海水と汗をぬぐい、刀を力強く握りしめる。
そして戦闘の方針を決めた征夜は、再び破海竜に飛び掛かった。
「デヤァッ!!!」
狙うは後頭部の少し下、うなじの部分である。
幸いにも破海竜の鱗はそこまで硬くはない。全力の斬撃を以ってすれば、辛うじて断絶できるだろう。
当然、破海竜としても簡単に殺されたくはない。
鎌首をもたげるようにして征夜を弾こうとするが、彼はそれを躱して斬撃を加速させる。
<<疾風斬!!>>
高速の刃がうなじを削いだ。しかし太すぎる首を落とすには、僅かに重みが足りない。
生暖かい鮮血を背に浴びながら、征夜は再び海竜の頭部に着地した。
(やはり簡単にはいかないか・・・。だが、やるしかない!)
口を広げた海竜を踏みつけると、征夜は自分を奮い立たせた。
~~~~~~~~~~
その後も征夜は、20分以上に渡って破海竜と死闘を繰り広げた。
基本的な戦術は変わらず、海竜の頭部を踏み台にして虎視眈々と首を狙っていた。
肩や腕、足などに切り傷や擦り傷を多数負っているが、致命傷になる物はない。
むしろ問題は、長時間の戦闘による疲労の方だった。
「はぁ・・・はぁ・・・お互い・・・決定力が無いな・・・!」
傷だらけだが致命傷の無い征夜と同様に、破海竜も大きな傷を負っていない。
腹部やうなじなどに切り傷が多少出来ているが、やはり決定打にはなっていないのだ。
足元の海竜は脳震盪を起こしており、もはや完全に足場と化して海面を漂っていた。
揺れ動かないために安定してはいるが、浮力が低下している為に少しずつ沈みこんで行く。
息を切らせた征夜は、破海竜を見上げる姿勢で僅かに静止してしまった。
その隙を見逃すほど、教団の兵器は甘くない――。
ヒュオォォォンッッッ!!!
「うわっ!?なんだ!?」
猛烈に嫌な予感が全身に迸った。その咆哮を、征夜は数日前に聞いた事があったのだ。
動体視力が追い付かない速度で、致命的な大技が繰り出される――。
(ヤバいッ!逃げないと!うわぁっ!!!)
巨大な牙が生え揃う口から、膨大な量の水が発射された。
その水圧は凄まじく、口内で凝縮された海水が一直線上に炸裂した。
征夜は咄嗟に、その攻撃を刀で受け止めた。しかしそれでも、全てを受け止めることは出来なかった。
海竜の頭部から押し出された征夜は、そのまま海中へと落下してしまう。
(ま、マズいッ!!!ここは、奴のテリトリーだ!!!)
状況は一気に、最悪へと転落した。
まず第一に征夜は泳げない。長期間の鍛練により数分間息を止めることは出来るが、それでも自由に泳ぎ回ることは難しい。
そして次に、そもそも水中こそ海竜たちの本領なのだ。そこに入り込んだ人間にとって、泳げるか否かはもはや問題ではない。
それだけではない。征夜の全身から溢れ出る血液が、周囲を泳いでいた海竜たちを引き寄せてしまう。
30頭から40頭以上の大小様々な海竜が、征夜を取り囲むようにして旋回し始めた――。
(ヤバい!これは流石に・・・いや!ここは冷静になるべきだ・・・。)
冷静に自分を取り囲む状況を分析し、活路を見出そうとする。
(何故、アイツらは襲ってこない・・・?僕なんて、獲物にすぎない筈なのに・・・。
もしかして・・・恐れているのか?僕の力量を計ってる・・・?)
生物の本能は、敵対者の実力を計ろうとする。
特に征夜に関しては、この一時間以内で50頭以上の海竜を討伐している。そうなれば、警戒するのは当然だ。
(渦を巻いて・・・僕を巻き込もうとしてる・・・。そもそもコイツらは、血におびき寄せられて・・・そうか!)
渦潮の中心に巻き取られた征夜は、残り少ない酸素を全て脳に送り、全力で思考を回転させる。
そうして、そこにあるたった一つの活路を見出した。
(まずは・・・賭けに勝つ必要がある・・・そこに勝てさえすれば・・・勝機はある!)
破海竜を討ち取り、自分も生存する。それはかなり難しいだろう。
だが、これは躍進のチャンスでもある。ここを突破できれば、自分は更に成長できると彼には確信できた。
思考を完全に停止し、酸素の消耗を抑える。
それだけでなく全身の運動神経を脱力し、水流に身を任せる。
そこで遂に、海竜たちの動きに変化があった。
(・・・来た!)
海竜の作り出した渦潮に、大きな亀裂が生まれた。そしてそこから、巨大な頭部が入り込んで来る。
警戒を解いた破海竜は、その巨大な牙で彼を噛みちぎろうとしている。
征夜はその時、自らが賭けに勝った事を悟った――。
(・・・今だ!)
意識と感覚を瞬時に覚醒させた征夜は、水の抵抗に負けない勢いで刀を振るった。
彼を再び警戒すべき対象として認識した破海竜は、刀を避ける為に全身を逸らせて回避する。
海竜たちにしてみれば、後は消耗戦なのだ。無防備な獲物の酸素が枯渇するのを待てば、何のリスクもなく捕食できる。
そう考えれば、破海竜の行なった回避行動も、一種の余裕からくる物だと納得できる。
だがそれは、油断でもあった――。
(かかったなッ!!!)
征夜はこの瞬間、勝利を確信した。
全身が海水に浸り、大量の海竜に取り囲まれていても、自然と笑みが溢れて来る。
彼の理論はただ一つだった。
周囲を旋回する大量の海竜が生成した渦潮。それは巨大なうねりとなって、近海の水流を強引に変化させている。
そして、その中央をかち割って渦潮の中に侵入した破海竜もまた、大きく水流を変化させた。それぞまさしく、”海を破る竜”と呼ばれる所以であり、最大の武器でもあった。
これは見方を変えれば、周辺の水流が凄まじく不安定な状態にあるという事だ。
もしも一点に新たなうねりを流し込めば、全く異なる水流を作り出せるだろうと、征夜は考えた。
そこで征夜は一つの大きな賭けに、自らの命を預けた。
その賭けとは、”破海竜が自ら攻撃してくる”という事。もしも間合いに入って来れば、確実に勝てる自信があったのだ。
そしてその賭けに、征夜は勝った――。
左右上下縦横無尽にうねる波が、征夜の体を押し潰そうとする。
しかしその中には、確かな勝利の息吹が感じられた。
(動きは竜巻斬と同じ・・・喰らえぇッ!!!)
全身全霊を刀を振るう腕に込め、大量の水流を巻き込む。
しかしその斬撃は、破海竜には届かない。最後の一撃となるはずだった技は、当たらなかったのだろうか――。
否、それは間違っていた。
征夜は元から、首を狙っていたわけでは無く、むしろ回避される事を見込んでいた。
(さぁ・・・どうだ!)
全力で刀を振るった征夜は、そのまま水中で回転した。
水の抵抗が斬撃の勢いを奪おうとするが、それに負けない勢いで刃を加速させる。
視点が360度回転した時、そこにあるのは”勝利”か”敗北”の一方である。
もしも思惑通りに事が運んでいたなら、その勝利は確実だった――。
破海竜は、征夜の間合いに”引き寄せられていた”。
誰に引っ張られるわけでも無く、ただ雄大な自然の暴力によってその身を拘束されている。
その巨体を拘束しているのは、”征夜の生み出した波”だった。
刀が巻き込んだ水流は、そこに膨大な量の波を引き寄せた。そしてそれは、周囲を旋回する渦潮さえも巻き込んでいた。
引き寄せられた破海竜の首は、征夜の放った”斬撃の軌跡”に固定されている。
そこがまさに、勝利と生存に至る希望であった――。
(さぁ・・・終わりだ!)
強烈な渦潮を巻き込んだ斬撃によって、破海竜は微動だに出来ない。
最大の隙を見せた怪物の首に、水圧によって圧倒的に加速した刃が直撃する。そしてその技に、征夜は咄嗟に名前を付けた。
<<<海転斬・うず潮>>>
破海竜の首は、一刀のもとに両断された――。
~~~~~~~~~~
その後はまさに、地獄絵図だった。
征夜の予想した通り、海竜たちは血に引き寄せられて征夜を狙っていた。
それは逆を言えば、最も多くの血を流している物を狙うという事だ。
当然ながら、破海竜が討伐された後に最も血を流しているのは、他ならぬ破海竜である。
四方を完全に取り囲まれていた征夜は、押し寄せる海竜の”壁”を避けながら、窒息の前に浮上する必要があったのだ。
「ぷはぁっ!!!はぁ・・・はぁ・・・!死ぬかと思ったぁ・・・!」
息切れしながらも何とか浮上出来た征夜は、溜息を吐きながら乗っていた小舟に乗り込んだ。
正直な話、破海竜よりも浮上を遮った雑魚海竜の方が、彼にとっては脅威だった。
生きている事を実感できた征夜は、四つん這いになりながら息を整える。そして、”最後の仕上げ”をする為に立ち上がった。
「よし・・・これで・・・終わりだ・・・。」
刀を握りしめ、その本来の力を開放する。これまでの戦闘で、征夜は意図的に”冷気を放つ特性”を封印していたのだ。
この数日間で分かった事だが、新たなる姿に覚醒した彼の愛刀は、使用者の意思に応じて冷気を放つか否かを選択出来るらしい。
では何故、特殊効果を開放しなかったのか。
それは勿論、水中では使い勝手が悪いという理由もある。しかし何よりも、この一瞬の為に温存していたのだ。
「三段階・・・すべて開放だ・・・はぁッ!!!!!」
三回分の冷気を一気に開放するように念じた征夜は、海面に向けて刀を垂直に突き刺した。
そして、その白い刃を中心にして冷気の波動が拡散していく――。
一瞬にして、辺り一面の海水が凍り付いた。
当然ながら、海面下にて破海竜の残骸を貪っていた雑魚海竜たちも、その中に含まれている。
「あぁ・・・疲れた・・・。」
全力を出し切り、満身創痍となった征夜はそのまま崩れ落ちてしまった。
そしてそのまま寝そべって疲労を回復した後に、再び島へ向けて漕ぎ出した。
魚竜の討伐数71、海竜の討伐数35、そして破海竜の討伐。
これは後に、”シャノン大海戦”と呼ばれる海竜掃討作戦における、個人での最大戦果であった。
シャノンの町に数百人が集結し、今なお戦死者が増え続ける海兵たち。
彼らにとって、最大の討伐対象であったマスターウェーブ。それは一人の名も無い冒険者の手によって、人知れず討伐された。
その事実が明るみに出るのは、彼が伝説となった未来の事だ――。
~~~~~~~~~~
征夜が島へ向かってから数分後、一筋の蜃気楼が天空より舞い降りた。
そして、水中で食い荒らされていた破海竜の残骸を、魔法によって引き上げる。
「おやおや可哀想に・・・人間如きに倒されてしまうとは・・・!
ケケケケケ!なっさけねぇなぁっ!!!お前、それでもドラゴンかよ!!!イワシの方がもう少しマシな働きをするぜぇ?あっひゃひゃひゃ!!!自分が弱すぎて、お前自身も笑っちまっただろ!!!」
「ボクガアンナニヨワカッタナンテ!ビックリダヨ!」
「だよなぁ!?」
同情するような声を掛けた後に、突如として豹変した。そして、もはや息の無い肉塊に向かって、強烈な罵声を浴びせる。
そして切り飛ばされた頭部を掴み上げると、大声でがなり立てる。そして顎を自らの手で動かし、腹話術のように”一人二役の会話”をする。
「もう一度命をやるよ!攻撃対象は、アトランティス周辺にいる奴らだ!
良いか?殺さずに連れて来い!特に女だ!美味そうな雌牛だが、傷一つ付けるなよ?この手で嬲り殺しにしなきゃ、気が済まねぇからな!」
「ミタメハドンナカンジナノ?」
「髪は緑。乳と尻がデカくて、脂が乗ってる美味そうな奴だ。いいか?食うなよ?」
「ワカッタ!」
「トカゲの癖に聞き分けが良いじゃ無いか!よしよし!そう言う奴は好きだぞ!
そういやぁ、奴も丁度この辺に来てたか・・・ヒヒヒ!こりゃ、面白れぇ事になりそうだ!!!」
破海竜との腹話術を使った一人二役の会話を終えると、その存在は再び笑い始めた。
誰がどう見ても狂っており、とてつもない不気味さを感じさせる。周囲には邪悪な気配が漂い始めた。
「お前一匹じゃ無理だな。・・・まぁ、100も居れば少しは変わるだろうが!」
恐ろしく突飛な発想に至ったその者は、黒魔術の詠唱を始めた。
するとすぐに、100頭の破海竜が空中に生成され、海へと落下して活動を開始した。
「行ってらっしゃい♡頑張ってね♡絶対に逃がすなよ。」
愛嬌に満ちた声を出したかと思えば、急激に冷淡な声を出した。
そしてその後に、握りしめたオリジナルの破海竜も蘇生させる。
突如として放たれた101頭の破海竜艦隊は、情緒不安定な飼い主から逃げるようにして、海兵の部隊へと向かって行った――。
応援ありがとうございます!
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