97 / 251
第三章 シャノン大海戦編
EP86 父親 <☆>
しおりを挟む遡ること、二時間ほど前――。
(冗談じゃないぜ!今のアイツなら勢いで脱ぎかねないぞ!!アンコールはダメだ!)
シンは割と失礼な事を考えながら、一心不乱に舞台袖へ向けて走っていた。
途中で電源コードに足を引っ掛け、転ぶ事もあった。しかし花がアンコールを始める前に、何とか舞台袖の裏口に着く事が出来た。
「花!この扉を開けろ!!」
シンは扉を力任せに叩くと、ドアノブを回した。しかし、中からは何の返事も無い。
「入るぞ!」
そう言ってドアを開けた瞬間、観客席から大歓声が聞こえて来た。
(ちっ、遅かったか!)
シンは急いで中を確認したが、やはり花は既にステージへと出ていた。
心配で仕方がないシンは、ステージと舞台袖を仕切るカーテンの隙間から、ステージで踊る花の様子を眺める事にした。
(あれは・・・制服か?てか、ヘッドホンにエレキギター・・・まさか!)
シンは花の明らかに異質な格好を見て、すぐに”ロック”を始めようとしている事を察した。
そして、その推察は見事に的中した。
(だ、大丈夫かぁ・・・。あの高い声で、ロックは絶対ヤバいと・・・・・・低ッ!!!
何だあれ!?あんなに低い声出せんのか!?てか、普通に上手いな。)
彼女の見事なライブ姿に、驚嘆と興奮の入り混じった感情を浮かべるシンだった。
そんな時、急に背後から肩を叩かれた。
「あそこで踊ってるの・・・誰?」
その人物は震える声で、シンに質問する。
「あぁ・・・新人にしてこの世界の初代アイドル、楠木は・・・な!?」
振り返ったシンは、驚きで腰を抜かしそうになった。
そこには、”居るはずのない人物”がいた。いや、”既に居る人物”がいた。
「わ、私・・・ここにいるんだけど・・・。」
花は恐怖と驚愕によって真っ青になり、全身の震えが止まらない様子で呆然と立っていた。
「な、何でお前がここに!?あの女は誰だよ!?いつから居たんだ!今まで何してたんだ!」
「わ、私にも分かんないよ!椅子に座ったときに、意識が朦朧としちゃって・・・。気が付いたら、ベッドで寝てたの・・・。
え?これって・・・まさか本番なの!?私、もしかして一日中寝ちゃってたの!?悪戯されてない!?」
「落ち着け。衣装が変わってないから、多分脱がされてない。
さっきのダンスを見る限り、花ーtype2は女だ。って事は多分大丈夫だ。うん。」
雑な論理で、花を納得させようとする。
しかし、彼女がそんな事で納得するはずがない。
「さっきのダンスって何?私見てないんだけど・・・。」
花は怪訝そうな顔でシンを見る。
そんな花の耳元に、シンは出来るだけ小さい声で伝えた。
「物凄くエロい踊りだったな。うん、観客はめっちゃ喜んでた。」
それを聞いた花は、自分でも驚くほどに頬を紅潮させた。
しかしシンは彼女と違い、この事実を好意的に捉えていた。
(よし、アイツを身代わりにしよう。)
そう思い立った瞬間、舞台上の花の歌は終わり、観客たちは帰って行った。
シンは本物の花を漁師たちに預けると、密かにもう一人の花の事を追いかけた。
~~~~~~~~~~~~~
(やべぇっ!見失った!!でも、行き先はやっぱり・・・。)
シンは人混みに阻まれて、二人を上手く追いかける事が出来なかった。
しかし大方の見当は付いていたので、男の為に予約したホテルの部屋へと、急いで向かった。
階段を駆け上がり、廊下を走り抜ける。そして遂に、男の部屋に着いた。
(や、やっと着いた・・・。)
シンはマスターキーを取り出し、音を立てないようにゆっくりと扉を開ける。
そして扉の僅かな隙間から、中の様子を覗いてみる。
「掃除が大変だな・・・。エントランスの大理石は、ツルツルしてて楽だった。・・・この部屋ごと変えるか?」
それは恐ろしい光景だった。酒場で出会った男が”何者かの腕”を握りしめながら、誰かに話しかけている。
白いベッドや壁は赤一色に染まり、紫色のカーペットには肉片が飛び散っている。
シンは数々の凄惨な場面を目撃してきたが、これはその全てを凌駕している。
「やり過ぎです、マスター。反省の為の掃除だと思いましょう。」
男の脇に立った金髪の女性が、険しい表情で男の事を見つめている。
「確かに、やり過ぎたかもな・・・。これでも説得は試みたんだ。お前だって傍で見てたろ?」
「しかし・・・。」
女性はまだ不服そうにしている。しかし、男は気にせずに掃除を続ける。
「その破片取ってくれ、記憶を植え付けるのに使う。」
このように悲惨な現場でも、のんびりと会話を出来る男。シンは彼に対し、底知れない不気味さを感じた。
「うわ・・・これは悪いことしたなぁ・・・。」
渡された肉片に触れた男は急に悲痛な声を上げた。
女性の方も同じようにして、申し訳なさそうな表情になった。
「どうやら、悪いのはシンのようですね・・・許せないですあの男!デリカシーって物が無いですよ!本当に信じられません!!!・・・制裁しますか?私がやりますが!」
シンは背筋が寒くなるのを感じた。
丸腰の状態で撮影を行っているが、たとえ武装しても彼らには敵わない事が分かる。
そんな存在が、明確に自分に対して敵意を示したのだ。
数多の修羅場を潜って来たシンであっても、死の予感を感じずには居られない。
「まあ、落ち着くんだ。」
それを聞いたシンはホッと、胸を撫で下ろした。どうやら、即座に殺される訳ではないらしい。
「あのクズ、一度殺したぐらいでは気が済まないな。」
「大してハンサムでもないのに、凄い自信でしたね。」
「・・・お前にハンサムっていう判断基準があった事が、驚きなんだが?」
「こんな歳ですが・・・まだ、男性に興味はありますので・・・。
け、結婚も・・・諦めてないので・・・。いつか素敵な旦那様と、結婚出来るかも・・・。」
女性の顔はかなり曇った。どうやら、まだ独身のようだ。
「良い男が見つかったら、いつでも結婚していいからな。
家事も完璧だし、性格も良いし、精神年齢も若いままに設定してる。
まさか100億歳だなんて誰も・・・。すまない、女性に年齢の話をするべきじゃないな。」
シンはその発言を聞いて絶句した。
どう見ても女性の容姿や声は10代後半の物であるが、男曰く何億倍も歳を重ねているらしい。
「あ、ありがとうございます・・・。でも、なかなか出会いが無くて・・・。」
「好きな男のタイプとか無いのか?お前が望むなら、お見合いを取り付けて来るぞ?」
男は、明らかに死体を片付けながらする話では無い話題を続けている。
「そうですね・・・優しい男性よりかは強気な男性の方が好きです。
ただ、”シンみたいな軽い男”は嫌いです。あとは・・・刺激的な方が良いですね!
そうなってくると、私よりも強い男性かもしれません!」
シンは名指しで否定されて、思わず笑いそうになった。
「要するにサディスティックな男が好きな訳だな。」
「そ、そうなんでしょうか?あんまり、男の人自体に会ったことが無いので・・・。
でも、大切にしてくれる人が良いですね・・・。一心に愛してくれるというか・・・。」
どうやら彼女の注文は、かなり難しいようである。男の方も頭を抱え始めた。
「う~ん・・・。果たして、Sな奴なんて見つかるかどうか・・・。大体の男は、私を前にすると恐縮するしな。
サムはどうだ?成長したらイケメンな気がするが、寿命の問題があるしなぁ・・・。」
「お気遣いは感謝いたしますが、婚活に関しては後からでも出来ます。
それに、私がマスターの”娘”だなんて恐れ多いです・・・。”ペット”とか、”搭乗機”とかの方が・・・。」
「お前が嫌なら娘扱いしないが・・・。でも、式神よりは娘に近い存在だとは思ってる。
お前が恋をしたなら、いつでも家を出て良いから、遠慮せずに言ってくれよ。
・・・というか、私がお前の好みに合う男を、錬成すればいいのか。」
男は急に何かを閃いたかのように、体をピクっと揺らした。しかし、女の方は不満なようである。
「そ、それは駄目です!そんな事したら、”主君に迷惑をかける無能”って言われちゃいます!!
それに、”自分で男も探せない売れ残り”って、今までより強く言われるように・・・ハッ!わ、忘れてください!!!」
女はある程度言ってしまってから、急に我に返った。そして、男の方を見つめなおす。
「なるほど・・・虐めか。理由は分かるのか?」
男は急に声が震え始めた。
それが恐怖によるものでは無い事は、シンにも分かる。
「いや・・・あの・・・気にしないでください!!」
女は急に慌てて、男から距離を取り始めた。何かを恐れているように見える。
男は静かに立ったまま、女の方を見下ろしている。
<命令・思っている事を話せ。>
男が不思議な声でそう呟くと、女は赤裸々に本音を話し始めた。
「マスターにお仕えすることが出来て、羨ましいって言われました・・・。
”最高の主君”に仕えているお前が・・・妬ましいって・・・。
悪口言われて・・・友達も出来なくて・・・男の人も寄り付かなくなって・・・。
折角、お友達を呼べるように、大きなお家も建てたのに・・・。誰も・・・友達になって・・・くれなくて・・・。」
女は終盤に差し掛かると、いよいよ感情が抑えられなくなった。そして僅かな嗚咽を漏らし始める。
「名前を教えれば、制裁を加えに行くが・・・お前の評判が落ちるだけだな・・・。
みんな、お前が優秀だから嫉妬してるんだ。こんなに頭が良くて、可愛い式神は他に居ないさ。
雷夜、お前は私の自慢の娘だよ。何があっても、私だけはお前の味方だ。」
男はそう言うと、雷夜を力強く抱きしめた――。
~~~~~~~~~
「そろそろ、サムは帰してもいい頃か?」
冷静さを取り戻した雷夜に、男は別の話題を振った。
「はい、魔力暴走の心配は無いです。
ただ魔力の消費が激しくなって、以前ほど無尽蔵に連射できる訳では無いです・・・。どう致しましょうか?」
雷夜は判断を、信頼できる主君へと委ねた。
「追々考えよう。お前も一応、当日は花の護衛を中心にやってくれ。サムはシンの指示に任せる。」
「マスターは当日、どういたしますか?」
「私は当日、奴が現れないか見張る。あわよくばケリを付けたいが・・・。」
「畏まりました。では、サムをここへ連れきましょう。」
「いや、私が連れて来る。この部屋の後始末を頼む。」
男はそう言うと、瞬時に姿を消した。
(・・・取り敢えず、花のところへ帰るか。)
シンはそう思い、カメラを畳んで振り返った。
「私が気づいてないと思ったのか?」
「うわあぁぁぁッッッ!!!???」
シンの背後に、いつの間にか男が回り込んでいた。
腰を大きく曲げ、しゃがみ込んだシンの顔を覗き込む。
「ぐほぁっ!!!」
男に鼻頭を強烈に殴打され、シンは後頭部から床に倒れ込んだ。
「私も悪かったが、お前にも反省してもらいたいものだ。」
その言葉を最後に、シンは気を失った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「いやぁ~、良いコンサートでしたよ!
では、これでサーペントと貴殿の組織は”協力関係”という事ですね。
二週間後に合わせて、大規模実戦部隊を派遣いたしますね。」
「ありがとうございます。査察も取りやめにして頂いたようで、助かりました。」
「いえいえ、何てことありませんよ。それでは!」
これからサーペント総監と呼ばれる事になる、顔立ちの良く似た”別人”。
彼はシンとの会談を終えて、馬車に乗って去って行った。
(意外と、気前の良いおっさんだったな・・・。あんな人を陥れようとしたのか・・・。
まぁ、取り敢えず上手くいって良かった!)
男が行なった強烈な催眠は、シンに完璧な効能を発揮していた。
気分が良くなった彼は廊下をスキップして、酒場へ戻ろうとし始めた。
しかし曲がり角で、自分の腰ほどの背丈しかない少年と衝突した。
「うぅ~ん・・・ま、前を見てよぉ~・・・。」
「わ、わりぃ。はしゃぎ過ぎたか・・・って、おわぁっ!サムじゃねぇか!」
シンは驚きで、腰を抜かしそうになった。
一か月間、完全に消息不明な状態だった少年と廊下でぶつかったのだ。
「た、ただいま・・・。あのさ・・・。」
サムは急にモジモジと体を揺らし始めた。
「何だよ?」
シンはサムが帰ってきたことが嬉しくて、その後に繰り出される言葉を微塵も予測できなかった。
「たくさん悪い事して、ごめんなさい!!」
サムは年相応に思いつく限りの謝罪を述べると、頭を深々と下げた。
シンは今となっては、サムがどんな事をしていたのか思い出せなかった。
しかしその様子から、本気で反省している事は感じ取れる。
「俺だけじゃなく、花や他のみんなにも謝らないとな。
・・・よし!アイドル計画の成功も祝して、今夜は宴会だ!」
シンはそう言うと、サムを肩車して皆が待つ酒場へと連れて行った。
海竜のひしめく水平線に沈んでいく夕日が、活気を取り戻した港町を煌々と照らしていた――。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
30
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる