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第三章 シャノン大海戦編

EP86 父親 <☆>

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 遡ること、二時間ほど前――。

(冗談じゃないぜ!今のアイツなら勢いで脱ぎかねないぞ!!アンコールはダメだ!)

 シンは割と失礼な事を考えながら、一心不乱に舞台袖へ向けて走っていた。
 途中で電源コードに足を引っ掛け、転ぶ事もあった。しかし花がアンコールを始める前に、何とか舞台袖の裏口に着く事が出来た。

「花!この扉を開けろ!!」

 シンは扉を力任せに叩くと、ドアノブを回した。しかし、中からは何の返事も無い。

「入るぞ!」

 そう言ってドアを開けた瞬間、観客席から大歓声が聞こえて来た。

(ちっ、遅かったか!)

 シンは急いで中を確認したが、やはり花は既にステージへと出ていた。
 心配で仕方がないシンは、ステージと舞台袖を仕切るカーテンの隙間から、ステージで踊る花の様子を眺める事にした。

(あれは・・・制服か?てか、ヘッドホンにエレキギター・・・まさか!)

 シンは花の明らかに異質な格好を見て、すぐに”ロック”を始めようとしている事を察した。
 そして、その推察は見事に的中した。

(だ、大丈夫かぁ・・・。あの高い声で、ロックは絶対ヤバいと・・・・・・低ッ!!!
 何だあれ!?あんなに低い声出せんのか!?てか、普通に上手いな。)

 彼女の見事なライブ姿に、驚嘆と興奮の入り混じった感情を浮かべるシンだった。
 そんな時、急に背後から肩を叩かれた。

「あそこで踊ってるの・・・誰?」

 その人物は震える声で、シンに質問する。

「あぁ・・・新人にしてこの世界の初代アイドル、楠木は・・・な!?」

 振り返ったシンは、驚きで腰を抜かしそうになった。
 そこには、”居るはずのない人物”がいた。いや、”既に居る人物”がいた。
 
「わ、私・・・ここにいるんだけど・・・。」

 花は恐怖と驚愕によって真っ青になり、全身の震えが止まらない様子で呆然と立っていた。

「な、何でお前がここに!?あの女は誰だよ!?いつから居たんだ!今まで何してたんだ!」

「わ、私にも分かんないよ!椅子に座ったときに、意識が朦朧としちゃって・・・。気が付いたら、ベッドで寝てたの・・・。
 え?これって・・・まさか本番なの!?私、もしかして一日中寝ちゃってたの!?悪戯されてない!?」

「落ち着け。衣装が変わってないから、多分脱がされてない。
 さっきのダンスを見る限り、花ーtype2は女だ。って事は多分大丈夫だ。うん。」

 雑な論理で、花を納得させようとする。
 しかし、彼女がそんな事で納得するはずがない。

「さっきのダンスって何?私見てないんだけど・・・。」

 花は怪訝そうな顔でシンを見る。
 そんな花の耳元に、シンは出来るだけ小さい声で伝えた。

「物凄くエロい踊りだったな。うん、観客はめっちゃ喜んでた。」

 それを聞いた花は、自分でも驚くほどに頬を紅潮させた。
 しかしシンは彼女と違い、この事実を好意的に捉えていた。

(よし、アイツを身代わりにしよう。)

 そう思い立った瞬間、舞台上の花の歌は終わり、観客たちは帰って行った。
 シンは本物の花を漁師たちに預けると、密かにもう一人の花の事を追いかけた。

~~~~~~~~~~~~~

(やべぇっ!見失った!!でも、行き先はやっぱり・・・。)

 シンは人混みに阻まれて、二人を上手く追いかける事が出来なかった。
 しかし大方の見当は付いていたので、男の為に予約したホテルの部屋へと、急いで向かった。

 階段を駆け上がり、廊下を走り抜ける。そして遂に、男の部屋に着いた。

(や、やっと着いた・・・。)

 シンはマスターキーを取り出し、音を立てないようにゆっくりと扉を開ける。
 そして扉の僅かな隙間から、中の様子を覗いてみる。



「掃除が大変だな・・・。エントランスの大理石は、ツルツルしてて楽だった。・・・この部屋ごと変えるか?」

 それは恐ろしい光景だった。酒場で出会った男が”何者かの腕”を握りしめながら、誰かに話しかけている。
 白いベッドや壁は赤一色に染まり、紫色のカーペットには肉片が飛び散っている。
 シンは数々の凄惨な場面を目撃してきたが、これはその全てを凌駕している。

「やり過ぎです、マスター。反省の為の掃除だと思いましょう。」

 男の脇に立った金髪の女性が、険しい表情で男の事を見つめている。

「確かに、やり過ぎたかもな・・・。これでも説得は試みたんだ。お前だって傍で見てたろ?」

「しかし・・・。」

 女性はまだ不服そうにしている。しかし、男は気にせずに掃除を続ける。

「その破片取ってくれ、記憶を植え付けるのに使う。」

 このように悲惨な現場でも、のんびりと会話を出来る男。シンは彼に対し、底知れない不気味さを感じた。

「うわ・・・これは悪いことしたなぁ・・・。」

 渡された肉片に触れた男は急に悲痛な声を上げた。
 女性の方も同じようにして、申し訳なさそうな表情になった。

「どうやら、悪いのはシンのようですね・・・許せないですあの男!デリカシーって物が無いですよ!本当に信じられません!!!・・・制裁しますか?私がやりますが!」

 シンは背筋が寒くなるのを感じた。
 丸腰の状態で撮影を行っているが、たとえ武装しても彼らには敵わない事が分かる。

 そんな存在が、明確に自分に対して敵意を示したのだ。
 数多の修羅場を潜って来たシンであっても、死の予感を感じずには居られない。

「まあ、落ち着くんだ。」

 それを聞いたシンはホッと、胸を撫で下ろした。どうやら、即座に殺される訳ではないらしい。

「あのクズ、一度殺したぐらいでは気が済まないな。」

「大してハンサムでもないのに、凄い自信でしたね。」

「・・・お前にハンサムっていう判断基準があった事が、驚きなんだが?」

「こんな歳ですが・・・まだ、男性に興味はありますので・・・。
 け、結婚も・・・諦めてないので・・・。いつか素敵な旦那様と、結婚出来るかも・・・。」

 女性の顔はかなり曇った。どうやら、まだ独身のようだ。

「良い男が見つかったら、いつでも結婚していいからな。
 家事も完璧だし、性格も良いし、精神年齢も若いままに設定してる。
 まさか100億歳だなんて誰も・・・。すまない、女性に年齢の話をするべきじゃないな。」

 シンはその発言を聞いて絶句した。
 どう見ても女性の容姿や声は10代後半の物であるが、男曰く何億倍も歳を重ねているらしい。

「あ、ありがとうございます・・・。でも、なかなか出会いが無くて・・・。」

「好きな男のタイプとか無いのか?お前が望むなら、お見合いを取り付けて来るぞ?」

 男は、明らかに死体を片付けながらする話では無い話題を続けている。

「そうですね・・・優しい男性よりかは強気な男性の方が好きです。
 ただ、”シンみたいな軽い男”は嫌いです。あとは・・・刺激的な方が良いですね!
 そうなってくると、私よりも強い男性かもしれません!」

 シンは名指しで否定されて、思わず笑いそうになった。

「要するにサディスティックな男が好きな訳だな。」

「そ、そうなんでしょうか?あんまり、男の人自体に会ったことが無いので・・・。
 でも、大切にしてくれる人が良いですね・・・。一心に愛してくれるというか・・・。」

 どうやら彼女の注文は、かなり難しいようである。男の方も頭を抱え始めた。

「う~ん・・・。果たして、Sな奴なんて見つかるかどうか・・・。大体の男は、私を前にすると恐縮するしな。
 サムはどうだ?成長したらイケメンな気がするが、寿命の問題があるしなぁ・・・。」

「お気遣いは感謝いたしますが、婚活に関しては後からでも出来ます。
 それに、私がマスターの”娘”だなんて恐れ多いです・・・。”ペット”とか、”搭乗機”とかの方が・・・。」

「お前が嫌なら娘扱いしないが・・・。でも、式神よりは娘に近い存在だとは思ってる。
 お前が恋をしたなら、いつでも家を出て良いから、遠慮せずに言ってくれよ。
 ・・・というか、私がお前の好みに合う男を、錬成すればいいのか。」

 男は急に何かを閃いたかのように、体をピクっと揺らした。しかし、女の方は不満なようである。

「そ、それは駄目です!そんな事したら、”主君に迷惑をかける無能”って言われちゃいます!!
 それに、”自分で男も探せない売れ残り”って、今までより強く言われるように・・・ハッ!わ、忘れてください!!!」

 女はある程度言ってしまってから、急に我に返った。そして、男の方を見つめなおす。

「なるほど・・・虐めか。理由は分かるのか?」

 男は急に声が震え始めた。
 それが恐怖によるものでは無い事は、シンにも分かる。

「いや・・・あの・・・気にしないでください!!」

 女は急に慌てて、男から距離を取り始めた。何かを恐れているように見える。
 男は静かに立ったまま、女の方を見下ろしている。

<命令・思っている事を話せ。>

 男が不思議な声でそう呟くと、女は赤裸々に本音を話し始めた。

「マスターにお仕えすることが出来て、羨ましいって言われました・・・。
 ”最高の主君”に仕えているお前が・・・妬ましいって・・・。
 悪口言われて・・・友達も出来なくて・・・男の人も寄り付かなくなって・・・。
 折角、お友達を呼べるように、大きなお家も建てたのに・・・。誰も・・・友達になって・・・くれなくて・・・。」

 女は終盤に差し掛かると、いよいよ感情が抑えられなくなった。そして僅かな嗚咽を漏らし始める。

「名前を教えれば、制裁を加えに行くが・・・お前の評判が落ちるだけだな・・・。
 みんな、お前が優秀だから嫉妬してるんだ。こんなに頭が良くて、可愛い式神は他に居ないさ。
 雷夜、お前は私の自慢の娘だよ。何があっても、私だけはお前の味方だ。」

 男はそう言うと、雷夜を力強く抱きしめた――。

~~~~~~~~~

「そろそろ、サムは帰してもいい頃か?」

 冷静さを取り戻した雷夜に、男は別の話題を振った。

「はい、魔力暴走の心配は無いです。
 ただ魔力の消費が激しくなって、以前ほど無尽蔵に連射できる訳では無いです・・・。どう致しましょうか?」

 雷夜は判断を、信頼できる主君へと委ねた。

「追々考えよう。お前も一応、当日は花の護衛を中心にやってくれ。サムはシンの指示に任せる。」

「マスターは当日、どういたしますか?」

「私は当日、奴が現れないか見張る。あわよくばケリを付けたいが・・・。」

「畏まりました。では、サムをここへ連れきましょう。」

「いや、私が連れて来る。この部屋の後始末を頼む。」

 男はそう言うと、瞬時に姿を消した。



(・・・取り敢えず、花のところへ帰るか。)

 シンはそう思い、カメラを畳んで振り返った。

「私が気づいてないと思ったのか?」

「うわあぁぁぁッッッ!!!???」

 シンの背後に、いつの間にか男が回り込んでいた。
 腰を大きく曲げ、しゃがみ込んだシンの顔を覗き込む。

「ぐほぁっ!!!」

 男に鼻頭を強烈に殴打され、シンは後頭部から床に倒れ込んだ。

「私も悪かったが、お前にも反省してもらいたいものだ。」

 その言葉を最後に、シンは気を失った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「いやぁ~、良いコンサートでしたよ!
 では、これでサーペントと貴殿の組織は”協力関係”という事ですね。
 二週間後に合わせて、大規模実戦部隊を派遣いたしますね。」

「ありがとうございます。査察も取りやめにして頂いたようで、助かりました。」

「いえいえ、何てことありませんよ。それでは!」

 これからサーペント総監と呼ばれる事になる、顔立ちの良く似た”別人”。
 彼はシンとの会談を終えて、馬車に乗って去って行った。

(意外と、気前の良いおっさんだったな・・・。あんな人を陥れようとしたのか・・・。
 まぁ、取り敢えず上手くいって良かった!)

 男が行なった強烈な催眠は、シンに完璧な効能を発揮していた。
 気分が良くなった彼は廊下をスキップして、酒場へ戻ろうとし始めた。

 しかし曲がり角で、自分の腰ほどの背丈しかない少年と衝突した。

「うぅ~ん・・・ま、前を見てよぉ~・・・。」

「わ、わりぃ。はしゃぎ過ぎたか・・・って、おわぁっ!サムじゃねぇか!」

 シンは驚きで、腰を抜かしそうになった。
 一か月間、完全に消息不明な状態だった少年と廊下でぶつかったのだ。

「た、ただいま・・・。あのさ・・・。」

 サムは急にモジモジと体を揺らし始めた。

「何だよ?」

 シンはサムが帰ってきたことが嬉しくて、その後に繰り出される言葉を微塵も予測できなかった。

「たくさん悪い事して、ごめんなさい!!」

 サムは年相応に思いつく限りの謝罪を述べると、頭を深々と下げた。
 シンは今となっては、サムがどんな事をしていたのか思い出せなかった。
 しかしその様子から、本気で反省している事は感じ取れる。

「俺だけじゃなく、花や他のみんなにも謝らないとな。
 ・・・よし!アイドル計画の成功も祝して、今夜は宴会だ!」

 シンはそう言うと、サムを肩車して皆が待つ酒場へと連れて行った。
 海竜のひしめく水平線に沈んでいく夕日が、活気を取り戻した港町を煌々と照らしていた――。
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