上 下
96 / 251
第三章 シャノン大海戦編

EP85 無力 <☆>

しおりを挟む
「あれ?花ちゃん、その人は誰?」

 男に手を引かれ、強引に連れて行かれる花。それを見て、多くのヤジ馬たちが集まって来る。

 町は訪問者でごった返し、概算してもドゴル復興バザーの5倍は客が来ているだろう。
 その殆どが、花のコンサートを目当てに来ているのだ。男と共に歩いている花など、観衆の目を引かない方が不自然である。

「大丈夫、気にしないで。」

 花は無理矢理に笑顔を作ると、男に手を引かれるがままに着いて行った。
 観衆たちは心配になって後を着けようとしたが、雑踏を掻き分けて進んでいく二人は、すぐにその影を埋もれさせていった。

~~~~~~~~~~~~

「ここが私の部屋か、ど田舎にしては良く出来てるな。」

 男はそう言うと、開け放ったホテルの一室へと花を連れ込んだ。

「えぇっと・・・ご飯の材料が無いのですが・・・。」

 花は笑顔が張り付いたまま剥がれない。その声は怯えでは無く、激しい怒りで震えている。

「まだそんな事言ってるのか?早くシャワーを浴びて来い。
 俺は気が短いんだ、何をするか分からないぞ。」

 男は稲妻を纏わせた拳を花に向け、脅した。

「あの・・・何を言っているのか・・・んぐっ!?」

 花は手足を押さえつけられて、そのままベッドに押し倒された。口を手でふさがれて、悲鳴を上げると事さえ出来ない。

「なるほど・・・強引にされるのが好きってわけか。その望み叶えてやる。ありがたく思えよ。」

 そう言うと、男は花の服を脱がそうと胸元に手を伸ばして来る。
 ボタンをはずし、艶やかな下着を外そうと、ワイシャツの下を弄る。

「まずは、そのエロい乳を見せてもらおうか!孕むまで犯してやる!」

 ステージの上で踊る花の巨乳は、艶やかに揺れながら観客の欲情を誘っていた。
 刺激された性欲を、無抵抗の美女で発散しようとする男の頭には、もはや花を妊娠させる願望しかない。

 しかし、あと少しでブラジャーに触れられるという時になって、花が突如として口を開いた――。



「お前のような喋る生ゴミが、この美少女の裸体を拝めると、まさか本気で思ったのか?頭に乗るなよ、クソガキが。」



 その恐ろしい声は、”花本人”から発せられた物だった。
 可憐な顔立ちに似合わない、凄まじい憎しみを帯びた声だ。
 無機質さの中に荒々しい殺意が混流し、この世のものでは無いかのような声を形成している。

「え?」

 男は迫力に圧されて花から飛び退いた。
 花が発した言葉は、あらゆる点でチグハグなのだ。
 男の齢は既に40を回り、とても”クソガキ”と呼称されるような年齢ではない。
 それに、花は自らを”美少女”と名乗れるほど、極端に低年齢というわけでも無いのだ。

 困惑する男をよそに、花は訳の分からない話を続ける。

「私が入れ替わって正解だったな。嫁入り前の愛娘を、こんなゴミに触れられるのは堪らないからな。
 女装なんて滅多にしないもんだから気合が入りすぎた。それとは別に、アンコールを受けた時にキレそうになったのは自分でも驚いた。昔から思っていたが、私は独占欲が強いんだろうな。」

 花は虚空を見つめながら淡々と喋り続けている。
 男はその様子に得体の知れない恐怖を感じて、本能の赴くままに魔法を放った。

<<<マスターライトニング!!!>>>

 男の放った魔法は、確かに花に直撃した。
 彼女の全身を青白い閃光が包み、電流が頭頂から足先へと駆け巡っていく。

「そもそも、私は完全な異性愛者だ。たとえ同性愛者でも、貴様のような奴はお断りだ。そんな奴に、大切な女の裸を見せるわけが無いだろう。」

 花は、身じろぎもせずに、男が放った雷撃を耐えきった。
 体が焦げる事も、悶えながら泣き叫んでもいない。男は花の平然とした様子により一層、恐怖した。

「さて、どうした物か・・・殺すか?いや、人格を破壊して・・・・・・おい、貴様何をやってんだ?
 ・・・まさかと思うが、”魔法使い如き”が俺にかなうと思ってるのか?
 僅か45しか齢を重ねていないお前が、その3億倍の時を数えた俺を殺せると、本気で思ったのか?」

 花はジロリと、男の方に眼球を向けると逆に困惑した声を上げた。本当に、男が何をやっているのか分からないようだ。

 権力による増長とは恐ろしい物で、男は目の前の怪人物との間に広がる圧倒的な実力差を、完璧に見誤ってしまった。
 彼にとって必要不可欠であったサムとは違い、”生存する事に意味を持たない男"の運命は、絶対的な力を持った存在の前で確定した。

「何故、そうも死に急ぐのか・・・。まぁ良い、お前が死んでも1から作ればいいのだからな。
 このホテルと違って、組織全員を置き替える訳には行かないが、お前だけならどうにでもなる。」

 そう言うと、花は男の方へと体を向けて立ち上がった。
 その輪郭は蜃気楼のように歪んで行き、黒衣を身に纏った男へと変わった。

「命乞いをしないのか?まぁそもそも、彼女の事を”馬鹿な女”と呼んだ時点で、お前の破滅は決まっているが。」

 黒衣の男は開いた口が塞がらない愚者を見下ろしながら、腰に差した刀を抜いた。
 七色に光り輝く刀身が大気を震わせ、神の威光を指し示す。

 黒衣の男は高らかに笑いながら、腰を抜かした不敬者へと歩み寄って行った。
 そして、恐怖で動けなくなっている男を見下ろしながら、刀を振りかぶる――。

<<<万重之鏖殺まんえのおうさつ>>>
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:175

王子様から逃げられない!

BL / 完結 24h.ポイント:411pt お気に入り:351

傲慢令嬢、冷徹悪魔にいつの間にか愛されて縛られてました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:135

いじめられっ子はクラス転移でざまぁを開始する。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:56

【完結】姉の婚約者を奪った私は悪女と呼ばれています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,173

婚約解消とそれで得たもの

恋愛 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:61

エロ妄想が激し過ぎるよ城神麗奈さん!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:27

処理中です...