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第三章 シャノン大海戦編

EP81 貸与

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「お待たせしました・・・。」

 注文から数分の後、花は震えながらお盆を運んで来た。
 その時、酒場にいた客はサムの魔法の支配から脱してはいたが、突如現れた男の迫力に圧され、跪き続けている。
 彼らの生存本能は”生物としての格が違う存在”に遭遇したことを悟ったのだ。

 つい先刻まで不遜な態度を取り続けていていたサムでさえも、初めて出会う自分よりも強大な存在に恐怖の念を抱き、放心していた。

「いただきます。」

 男は客たちの様子を気にする事無く眼前で手を合わせると、花が運んできた牛丼を食べ始めた。
 花は何も乗っていないお盆を腕に抱えたまま、男の方を見つめたまま立ち尽くしている。
 男は食べ始めてから数分後に花の方へ目をやると、威圧感を与えないように小さく優しい声で語りかけた。

「これを作ったのは君なんだろ?とても美味しいよ。
 そんな所に立っていないで、座ったらどうだい?」

 男はそう言うと、丸テーブルを挟んで自らの正面に置かれた椅子を指さした。

 男の顔はフードで覆われているため、表情を窺い知ることはできない。
 しかし、先程まで威圧感に満ちていた男から発せられた優しい声と言葉に、少しだけ安堵した花は指示された椅子へと腰かけた。

「エプロン姿、似合ってるよ。」

 花が腰かけたのを確認した男はそう言うと、器をテーブルに下ろした。
 花は出来る限り多く盛り付けたのだが、男はほんの数分で平らげたようだ。器には米粒一つ残っていなかった。

 男は出来る限り優しく声をかけたが、花も居合わせた他の者と同様に委縮してしまい、男に褒められても無言でコクンと首を振ることしか出来ない。

「見苦しい所を見せてしまってすまない。だが、他はともかく君にそこまで怖がられると傷付く。
 ただ、会話がしたいだけなんだ。嫌なら無理はしなくていいんだが・・・。」

 男の声からは大きな落胆と悲壮感が滲み出ている。しかしそこには、花への怒りなどは微塵も感じられない。
 花は男が自分に危害を加える気は無いと分かり、俯いたままではあるが会話に応じた。

「あ、あの・・・助けてくれてありがとうございます。」

 花は遠慮がちに感謝の言葉を述べた。
 目を合わせないで言うのは失礼かとも思ったが、男の方を見る勇気が花には無かった。

「礼には及ばない、と言いたいところだが一つだけ頼みがある。」

 男は花が声を発してくれたことが嬉しかったのか、声に覇気が戻った。
 しかし、花はそれとは逆に再び委縮してしまう。

「な、何でしょうか・・・それは、私にできる事でしょうか・・・。」

 花は直感で、目前の男に不可能で自分に可能な事など、殆ど無いと分かっていた。
 ”自分に可能な事”の中には昨日、シンに言われた接待の内容も含まれている事も分かっていた。

 しかし、それがどんな頼みであっても、花は従わなければならない。
 逆らおうにも、この町の住民総出で挑んでも、男に傷一つ付けられない事が分かっているからだ。
 花もそれを見ていることしか出来ないシンも、ある種の覚悟を決めた。

 だが、男が言う”頼み”とは意外な物だった。



「そこの少年を貸してくれないか?」

 男が指し示した先にいたのは、やはりサムだった。

~~~~~~~~~~

「ま、待ってくれ!サムは確かにクソガキだが、俺たちに必要なんだ!」

 シンは男の言葉に瞬時に反応して、立ち上がった。
 しかし、男は彼には目もくれずに続けた。

「出来るだけ早く返す。少なくとも海戦には間に合わせる。
 私が彼を更生させ、素晴らしい魔法使いにしてみせよう。
 彼には傷をつけないと約束する。この条件でどうかな?」

「分かりました。よろしくお願いします。」

 花は即答した。

「な、何勝手に決めてんだ!俺の意志は無視かよ!」

 当然だが、サムは花の返答に不服そうにしている。
 早くも両手に冷気を纏わせて、臨戦態勢に入っていた。

「決まりだな。承諾してくれて助かるよ。
 彼は私たちにとっても特別な存在だ。丁重に扱うと約束しよう。
 ・・・おい、床が痛むから冷気はやめろ。」

 男は優しい声で花に感謝の念を伝えると、振り返ることなくサムに忠告した。

「うるさいっ!!」

 サムはそう言うと、手先から太く鋭利な氷柱を伸ばし、男に向けて発射した。
 しかし、その巨大な凶器は男の背に刺さる遥か手前で溶け、雫は床に落ちる前に蒸発した。

「聞き分けの無い奴は嫌いだ。」

 男がサムの方へと振り向いたと思った次の瞬間、彼はすでに背後からサムの肩を掴んでいた。

「さっさと行くぞ、娘が待ってるんでな。」

 男がそう言うと黒衣に覆われた背中に巨大な黄金の翼が現れ、彼と彼に肩を掴まれたサムの体が浮き上がった。
 次の瞬間、二人は黄金色の輝きに包まれ、姿を消した。
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