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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)

EP172 夢の到達点 <☆・キャラ立ち絵あり>

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 この怒りは何だろう。自分でも分からない。
 この男は誰だろう。憎むべき敵か、忌むべき悪か。
 恥の多い人生だが、特筆すべきはやはりこの男だろう。
 奴さえ居なければ、奴さえ存在しなければ、楽園はすぐ傍なのに――。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 夕焼けが照らす煉瓦造りの道を、征夜とミサラは歩いていた。両手に景品を抱え、大量のコインの入った袋を背負っている。

「いやぁ~!ガッポリ稼いだねぇ!」

「私、ポーカーのルール初めて知りました!」

「僕もだよ!アッハッハ!」

 一日目の収支は、ハッキリ言って"大勝ち"だった。
 スロット、カード、ルーレット、その全てにおいて完全勝利したのだ。

「カジノ、明日も行こうか!」

「いえ、それはどうでしょうか・・・明日も勝てるとは限りませんし・・・。」

 テンションに自制心を溶かされた征夜と違い、ミサラはまともな感覚を保っている。今日勝ったからとは言え、明日も同じとは限らない。

「大丈夫だって!ツキが回ってるから!」

 征夜は少しずつ、発想がギャンブル中毒者に近付きつつあった。
 実を言うと彼の大勝は、店側が仕組んだものだ。明日からも来てもらえるように、店側が意図的に操作していた。
 それなのに征夜は、そんな事に全く気付いていない。

「明日はどれくらい勝てるかなぁ!」

 浮き足立った調子でスキップしながら、彼はギルドへと帰還した。

~~~~~~~~~~

 翌朝、征夜は今日もカジノに行く準備をしていた。
 昨晩の夕飯は外食で済ませ、ミサラの物は食べなかった。

「よぉし!今日も勝つぞぉ~!」

「少将・・・失礼ですが、お仲間さんを待たなくて良いのですか?」

「食事時にはギルドで待つよ!花たちも、きっとあそこに食べに来る!」

「は、はぁ・・・。」

 カジノに対する彼の執着に、ミサラは何も口出し出来なかった。明らかに、物事は悪い方向へ進んでいるが、止める勇気はない。

「食事は買ってあるから、早くカジノに行こう!ちゃんと並ばないと、良い台に座れないからね!」

「わ、分かりました・・・。」

 渋々頷いたミサラは、手に持った"真心弁当"をさりげなく隠した。本当は食べて欲しかったが、急いでいるなら仕方ないと思ったのだ。

 ドアノブを捻り、廊下へと転がり出た。
 そしていつものように、隣部屋のセレアに挨拶する。

コンコンコンッ

 一定のリズムでノックされた扉は、ゆっくりと解放された。そして中から、艶やかな笑みを浮かべたセレアが顔を出す。

「あっ♡お、おはようっ♡ミサラちゃっ♡」

 頬を赤らめ、吐息が途切れ途切れになっている。
 まるで何かによって、快感を齎されているかのようだ。

「おはようございます!セレアさん、今日は少将とカジノに行くのですが、一緒に行きませんか?」

「あっ、んっ♡い、いやっ♡イカなっ♡んんぅっ!!!♡♡♡はぁ・・・はぁっ・・・♡だ、ダメッ・・・抜いて・・・♡今、話してるかっ、んはぁっ!♡」

「???」

 セレアの体は小刻みに上下し、大胆に揺らされている。
 首より下の部分が見えないため、何が起こっているのか分からない。

「大丈夫ですか!?具合でも悪いのでしょうか!?」

 ミサラは心配そうに言うと、扉を開けようとした。しかしセレアは、それを必死に抑え込む。

「だ、ダメよっ!子供には・・・まだ早・・・あんっ♡」

「そ、そうですか・・・。」

 よく分からないが、開けなくて良いらしい。
 ミサラは何となく、開けてはいけない雰囲気というのを感じ取った。

「今日は・・・友達と・・・食堂で女子会するの・・・んんぁっ!♡その後は・・・3人でジムに・・・ひぃ"ぅッ!!!♡♡♡」

 ここで言う友達とは、要するに花の事である。
 シンは女子会に加わらず、一人で先にジムに行く。

「そうですか・・・それなら、カジノは少将と二人で行きます。」

「き、気を・・・付けてねぇっ!」

 セレアに見送られた二人は、ホテルから出て行った。
 征夜は今日の勝利を期待しながら、ミサラは今日の敗北を憂いながら、二人の足はカジノに向いている。



「やっと行ったか。」

 背後から声をかけたシンは、その勢いでセレアにキスをした。
 彼女の体はミサラと話す最中にも弄ばれ、犯され続けていた。
 首以外の全てを扉の奥に隠していたのは、自らの痴態を幼い少女に見せないためだ。

「ん・・・ちゅっ・・・♡ふはぁっ・・・はぁっ・・・!もう!友達と話してるときは、しないでって・・・///」

「裸のまま、こっちに尻を向けてるお前が悪いだろ。・・・それに、見られてるときの方が締まりが良かったぞ?」

 シンはセレアの乳首を弄りながら、悪戯っぽい笑顔を浮かべて彼女を茶化す。

「もう・・・バカッ・・・♡」

 熱い口付けを再び交わした二人は、そのままベッドへ倒れ込んだーー。

~~~~~~~~~~

 カジノが開店して三時間、時刻は正午を回った頃――。

「う~む・・・中々勝てぬなぁ・・・。」

 征夜のツキは、昨日とは正反対だった。
 ポーカーもスロットもルーレットも、小さな勝ちと大敗の連続である。

「少将・・・そろそろ止めませんか?お金も少なくなってきましたよね?」

 彼の財布は既に、重量が半分以下になっていた。
 止め時を完全に見失い、後戻りできなくなっている。

「・・・ミサラ、お金持ってる?」

「まだ、そこそこありますが・・・。」

「貸してくれっ!」

 断言できる。征夜は早くもギャンブル依存症になっていた。
 友人に金をせびり、修行をサボり、目的を見失う。その様子は、もはや擁護できる部分など微塵もない。

 彼は、あまりにも幼稚すぎたのだ。
 確かに、大志を抱いて冒険をしているが、やはり"忍耐の経験"が足りなさ過ぎた。

(あんなに修行頑張ったし、このぐらい良いよね!)

 この思考は、通常の社会人ではあり得ない。
 日々を職務に忙殺され、休みなど与えられないのが、日本を生きる社会人。悲しいが、それが現実なのだ。

 だが、彼にはその経験がない。小中高大、就職に至るまで、彼は努力を経ずに生きてきた。
 だからこそ多少の努力をしただけで、その反動を喰らうのだ。感覚としては、期末テスト後の中学生に近い。

「しゃ、借金・・・ですか?」

「大丈夫!そろそろ勝てるから!」

「花さん達との約束もありますし、一度ギルドに戻りませんか?そうすれば、きっと冷静に・・・。」

「あと少しだけ!あと少しだけだから!」

 聞く耳を一切持たないとは、正にこの事だろう。何を言っても、今の征夜には通じないのだ。
 彼の事を心配していたミサラだが、遂に折れた。いや、呆れ果てたと言っても過言ではない。

「分かりました・・・ホテルから財布を取ってきます・・・。」

「分かった!僕はここで待ってるよ!」

 ミサラに追加の金を要求した征夜は、再びギャンブルに興じ始めた。負けが込んでいるが、玉はまだまだある。

(補充のコインは来る!まだまだイケるさ!)

 そんな事を思いながら、征夜は再び金貨を取り出した。





 その時、背後から肩を叩かれた
 振り返るとそこには、一人の小柄な店員が立っている。白いワイシャツを身に纏い、灰色のズボンを履き、黒い蝶ネクタイを付けている。

「ちょっと来い。」

 敬語を使う事もなく、店員と思わしき男は囁く。

「すみません、今いい所なので・・・。」

「聞こえなかったのか?」

 肩に乗せられた手に込められた握力が、征夜の心を揺さぶる。透き通るような声が彼の魂に染み込んだ。
 どうしても着いて行くしかない事が、流石に理解出来る。

(店側の都合かな?もしかして、この台が故障してるとか?)
「分かりました。」

 渋々頷いた征夜は、そのまま男に着いて行った。

~~~~~~~~~~

「あの・・・どこまで行くんですか?」

「・・・。」

 店員はカジノを出て、大通りを横切り、路地裏を通り、未だに歩みを進めている。
 征夜の予想では店外で止まると思っていたので、予想以上の距離を歩かされている。

 薄暗く、虫とネズミが這いずり回る路地を抜けると、そこには小さな広場があった。
 袋小路になっており、四方を家屋に囲まれ、その奥は壁で塞がっている。

「そろそろ話してくれませんか?僕に、何の用が・・・?」

 征夜は男の後頭部を見つめ、オドオドとした口調で語り掛けた。
 ここまで来れば、ただの話し合いでない事は明白だ。喧嘩もしくはカツアゲか、それともマフィアに睨まれたか。どう考えても、まともな用件ではない。

「あの、聞こえてますか?」

 あまりにも無反応な男に対し、征夜は少し苛立って来た。
 この際、マフィアでも何でも良い。今の自分なら、誰がかかって来ても負けはしないのだ。それならば早く終わらせた方が楽だと、彼は思っていた。

 遂に苛立ちを隠せなくなった征夜は、男の肩を叩こうと手を伸ばした。これ以上無視されても困る上に、時間の無駄でしかないと思ったのだ。

「ちょっと!聞こえてますか!?」





「お前こそ、一体どういうつもりだ?」

「えっ?・・・ッッッッッ!!!!!?????」

 征夜が手を伸ばした直後、男の姿は突然消えた。
 その指先が触れたのは、彼が時の流れに置き忘れた僅かな残像であった。

「ど、どこにっ!?」

「後ろだ。」

「ハッ!うぉぶうぅッッッッッ!!!!!」

 何が起こったのか、全く分からなかった。
 側頭部に激痛が走り、右頬の肉が上下の歯の間に食い込む。
 衝撃により地面を離れた足が、その直後に壁へと激突した。

「ぐはぁッッッ!!!」

 背中から壁にめり込み、肋骨が肺に突き刺さった。
 喉から込み上げてきた血が、口の中を鉄の味で満たす。

(前に居たはず・・・全く・・・見えなかった・・・!)

 壁にめり込んだ征夜の体は、その場へ崩れ落ちる。四つん這いで姿勢を保つが、口から溢れ出した血が視界を赤く染める。

「情けないな。お前は半年間の修業で、一体何を学んでいた?まさかとは思うが、”受け身”の取り方を忘れたか?」

「えっ・・・あふっ・・・。」

 まともに会話が出来ない程、征夜の吐血は続く。咳き込みながら声を発するたびに、血が吐き出されて止まらない。

「ふざけるのも大概にしろ。私を甘く見るな。その程度の根性で、自分を許してもらえると思ったか?」

 煮えたぎる怒りが殺意の波動となって、全身に突き刺さる。
 その時察した。相対している存在は、明らかに”人間”ではない。人間を超えた何か、例えるなら"覇者"と呼ぶべき存在だろう。

「あ、あな・・・た・・・は・・・?」

「何を言っているのか分からないぞ。」

パチーンッ!

 男が指を鳴らすと、肺に突き刺さった骨が元の位置に戻った。口から吐いた血も、体の中へと巻き戻って行く。

「い、一体・・・僕に・・・何の用が・・・。」

「お前には”夢”があるだろ。」

「ゆ・・・め・・・?」

「もう忘れたのか?どうやら、思っていた以上に馬鹿らしい。」

 征夜には、男の言う事が分からなかった。
 夢とは何だろう。長い長い冒険の中で得た、かけがえのない夢。征夜はこの数週間で、その存在を忘れてしまっていた。



「僕は!この宇宙の誰よりも!強くなってやる!大切な人を・・・いや、より多くの人を救うために!!!強くなってやるからなぁぁっっっ!!!!」

 男の口から、征夜の声が飛び出す。
 その時になって初めて、彼は自らの持つ”野望”を取り戻した。

「笑わせてくれる。賭博に興じ、鍛錬を怠り、恋人を蔑ろにする。そんな男が”宇宙最強”を志すとは。」

「くっ・・・!」

「何だ?何が言いたい?申し開きが有るのか?」

「ある!名前も知らないアンタに!僕がここまでされる所以は無い!!!」

 征夜は咄嗟に刀を抜いた。目の前に居る男が憎いのではなく、言われたい放題の自分が嫌だった。
 目の前の男を倒せば、今の自分を否定できる。”昨日までの自分を認めたくない”からこそ、ここで戦うべきだと思った。

「私とやり合うのか。まぁ、それも良いだろう。」

 男は再び、指を大きく鳴らした。
 すると少しずつ、彼の格好が黒く染め上げられる。

「あ、アンタは・・・!」



 その男は、全身が黒衣に覆われていた。
 自分の存在が、まるで世界にとっては異物であるかのように、影の中に存在を隠している。
 乱雑に布を巻かれた顔には、憎しみが張り付いている。その怒りは、もはや微塵も隠されていない。

 その男は、彼が転生した日に出会った"あの男"だった――。

「久しぶりだなぁ・・・吹雪征夜!!!」

 男が刀を抜くと、究極の覇気が征夜を包み込んだ。
 心臓が圧迫され、足は震え、眼球が破裂しそうなほど痛い。耳は聞こえず、空気の味は分からない。

「あ・・・あ・・・。」
(息が・・・苦しい・・・!な、何が起こって・・・!)

「情けない声を出すな。お前は、出来る限りの”修業”をして来たのだろう?」

 小馬鹿にするような声を出しながら、男は刀を構える。
 空よりも蒼い透き通るような柄と、七色に光り輝く刀身。この世の財宝全てを束ねても敵わないほど、その刀は美しかった。

「ぼ・・・僕は・・・やれる事を・・・。」

 ”やった”とは、言えなかった。自分はこの数日間、一体何をやっていたのだろう。
 素振りは勿論、筋トレすらしていない。暴飲暴食と就寝、他にした事は賭博と入浴だけだ。

「”宇宙最強”に、なれるつもりなんだろ?その程度の貧弱な体で。」

「だ、だけど・・・宇宙最強は・・・。」

「方法が分からない?フワフワとした夢であり、本当に願っていたわけでは無いと?」

 図星を突かれた。確かに目指していたが、その具体的な方法までは考えていなかった。
 なにを以ってすれば、”最強”を名乗れるのだろう。資正を倒す事が”世界最強”の称号だと思っていた。
 しかし、蓋を開けてみれば”セレア”という例外が居た。これでは、最強などとは言えないだろう。

「そ、それは・・・それは・・・。」

「簡単な話だろう。”宇宙最強を倒した者”こそが、真なる宇宙最強である。」

「でも!そんな奴は何処にも居ない!宇宙のどこに行けば、そんな存在に会えると言うんだ!」

 征夜は咄嗟に叫んだ。自分は間違っていないと。
 論戦で打ち負かせれば、男の威圧感も収まるはず。そうすれば、彼にも勝機はある。

 この論議は、世に言う"悪魔の証明"という物である。
 "悪魔がいない"事を証明するのは難しいように、宇宙最強の存在を提示する事も難しい。

 この問いに反論出来る者は、誰一人としていない筈だ。この宇宙にいる誰もが、頭を悩ます難問だろう。



 いや、一人だけ居た。その問いの答えを知り、征夜の持論を即座に破り捨てる事の出来る男が――。

「なら、早くかかって来い。」

「・・・はい?」

 まるで挑発するかのように、男は人差し指で征夜を誘う。しかし彼には、その意味が分からなかった。

 "悪魔の証明"には、裏返せば別の意味がある。
 悪魔を連れて来さえすれば、"存在する"事を簡単に証明できるのだ――。

「まだ分からんのか?」

 男は呆れたような口調で挑発を続けながら、征夜にも分かる言葉で、より直球に語り掛けた。





「目の前に居るではないか。”宇宙最強”が・・・!」

ーーーーーーーーーーーーーーー


 今回の話は、なろう版と"180度"違います!
 話の大筋は同じなのですが、いよいよ"世界線の差"が顕在化して来ました!
 アルファ版を読了後に、なろう版もどうぞ!多分、すぐに変化に気付くはずです!

https://ncode.syosetu.com/n2382gz/185/
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