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第二章 黄金の魔術師編

EP41 死臭

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「ちょっと清也、何の冗談?笑えないわよ!」

 花はそう言いつつ、少し笑っている。本気だとは微塵も思っていないのだろう。

「僕が会いに行かなければ、彼は殺されずに済んだんだ・・・。」

 清也は至って真面目な顔をして言う。しかし花には、その真意が分からない。

「その話は私の見た幻と何か関係があるの?」

「大ありだ・・・その幻は僕も見たんだ・・・。
 それは酔ったから見た幻影じゃない・・・。人狼が、姿を偽ったんだ!」

 衝撃的な結論だが、それなら辻褄が合う。
 二人の顔は段々と青ざめ、罪悪感と戦慄に支配される。

「人狼が、私に化けた・・・。そして、黄金の魔術師に協力させないように、先回りして殺した・・・。あぁっ!何てことなの・・・!」

「全て僕のせいだ!」

 打ち付けるようにして、顔面をテーブルに伏せる。後悔して遅いのは分かっている。それでも、後悔せずにはいられない。
 自分のミスによって、一人の命が奪われたのだ。そして何より、魔王勢力に先を越された可能性が高い。勇者としても、人としても、恥じるべき大失態である。

「清也、厳しいようだけど、今は悩んでる時じゃないわ!
 シンが無実だとしたら、明日の7時がタイムリミットなのよ!クヨクヨしてたら、本当に彼が犯人にされちゃうわ!」

「彼が何て言って、僕らと別れたか覚えてるかい?」

 清也は顔を伏せたまま静かに聞いた。その声には、確かな諦めの気配が漂っている。

「たしか、酒場で飲むって・・・。あっ!」

 花は気が付いた。それは、あまりにも彼にとって不利な真実。
 シンが清也たちと別れて向かった先は、他ならぬ”人狼と出会った場所”なのだーー。

「彼が一番、人狼の可能性が高いんだ・・・。
 机に積まれた金の延べ棒、あれだって強奪したのかもしれない・・・。」

「彼が犯人・・・。でも、私には彼が悪い人には思えないんだけど・・・。
 たしかに、初対面でナンパしてきたり、セクハラしてきたけど、殺人なんて出来る人じゃないと思う・・・。」

「僕も、そう信じたい・・・。だけど彼は、何かが変だ。僕たちに何かを隠している。
 それに、殺人が出来るかどうかは、本人の資質とは関係が無い。その時の状況によって、殺人に至る判断は起こり得る・・・。」

 清也の中には、シンに対する二つの疑念が湧いていた。

 一つ目は、これまでの不可思議な言動の数々。彼が自分たちに、何かを隠している事は明確だ。
 二つ目は、より根本的な問題。正確には、本能的な直感による疑念だろう。
 清也にはどうしても、彼を信用できなかった。秘密の有無に関わらず、あの男は心の奥が見えない。魂の根幹が、他とは全く違う気配を感じさせている。

 一言で言えば、不気味なのだ。陽気に振る舞っているし、実際に陽気な男なのだろう。
 しかし何故か、心の底から信用することが出来ない。本人でさえ分かっていないような部分で、シンは闇を抱えている気がするのだ。

「良い奴なんだと思いたいけど・・・時々、本当に笑っているのか、本当に怒っているのか、それすら分からない時がある・・・。
 行動の全てが、まるで感情の籠っていない気がするんだ。・・・を演じてるっていうか・・・。」

「私は、そんな風に感じないけどなぁ・・・。」

 この感覚は、どうやら清也だけが持つ物のようだ。花には全く共感出来ないらしい。

「この話は置いておこう。彼の持ってる秘密、そこが重要な気がするんだ・・・。」

 清也は即座に話題を切り替え、彼の持つ秘密の方に捜査のサーチライトを移した。
 ところが花は、清也の感じた違和感の意味を、延々と考えているようだ。

「まぁ確かに、人は見かけによらないからね・・・。馬鹿そうに見えて、実は頭がいいって事も・・・。能ある鷹は爪を隠すって言うし・・・。」

「・・・ちょっと待てよ・・・実は・・・頭が良い・・・?」




 清也の中に、これまでのシンとの旅の記憶や、部屋に入った時の様子。そして、転生時の事などが駆け巡る。
 違和感の点と点が、それぞれ一つの線で繋がった。そして彼の持つ、ある意味で分かりやすい”秘密の肖像”を完成させる。

 それにより、シンが強盗目的で彼を殺したという可能性は、彼の中で完全に消えたーー。

「そうか!そういうことか!どうして、もっと早くに気付かなかったんだ!」

 事件発生以来、初の笑みを清也は浮かべた。

「えぇと、どうしたの?」

「明日話すよ。その方が安全だからね、ここに居たらまた誰かに聞かれるかもしれない。」

「・・・分かったわ、あなたを信じて期待しとくわね!」

 清也に釣られて、花も少し笑顔になった。

「やっぱり、換気扇の中を調べる必要がある。それと、犯行を僕に見せた理由を、改めて考えないと・・・。」

 清也はすぐに元の調子に戻った。しかし先程に比べると、そこまで落ち込んでは居ないようだ。

「まぁ、まずはご飯を食べなきゃね。」

 花と清也はその後は食事を楽しみ、酒場を出た。

~~~~~~~~~~~

 ホテルに戻った清也は花を置いて、一人で換気扇を調べる事にした。

 109号室を開けると、さっき来た時には無かった道具や、カメラなどが置いたままになっており、捜査が行われた形跡があった。

「よし、ちゃんとやってるな。」

 清也は少し、上から目線の独り言を言った。

 部屋の左奥の天井にある正方形の穴に向けて、清也は勢いよく跳び上がり、穴の内側を掴んだ。

「おりゃっ!」

 掛け声と共に、換気扇の中へと全身を滑り込ませる。驚くほど簡単に、清也は中へと侵入できた。

 換気扇の内部は、酷い悪臭がした。
 保安官の言った通りならこの奥にファンがあり、そこにはーー。

「血液と肉片が絡み付いている・・・。」

 清也は口に出すことで、恐ろしさを和らげようとした。しかしどうやら、それは逆効果のようだ。
 震えで上下の歯がぶつかり合い、カチカチと音が鳴り始める。

 恐れを振り払うかのように、換気扇のダクトの中をすばやく匍匐前進した。
 悪臭は奥に進むにつれて、より強烈になっていく。

 30秒ほど進んで、やっとファンに辿り着いた。
 持って来たマッチに火をつけて、周囲を照らす。するとそこには、聞きしに勝る凄惨な光景が広がっていたーー。



 清也の視界は、どす黒い色のファンで埋め尽くされていた。
 より正確には、どす黒い血で塗り固められていた。

 ファンは動きを止め、肉片が羽と羽の間に巻き込まれ粉砕されており、原型を留めていない。
 その周りに、植物の繊維が原料と思われる紐が絡み付いていた。

「これは・・・結束紐、みたいだな・・・?」

 清也は不思議に思った。
 換気扇が事件に何らかの関係があることは間違いない。しかし、この紐に何の意味があるのか、それが分からなかった。

 清也がもっとよく見ようと手を少し進めると、手に奇妙な感触がある。

「な、何だ!?」

 清也は驚いて大声を出す。それは肉片のように柔らかくも、紐のように細長くもなかった。

 照らしてみると、それは丸みを帯びた四角くて薄い何かだった。
 清也には、暗くてそれが何か分からなかったので、ハンカチに包んで持ち帰ることにした。

 清也はファンに顔を向けたまま、後退しようとしたとき、この匂いに覚えがあることに気が付いた。

「この匂いは・・・あの異常に死臭のする血と全く同じだ・・・ということは、この血は元々、あの場所にあった物の血なのか・・・?」

 清也にはこの発見が、重大な事であるという確信があった。
 それと同時に、この換気扇がどこに繋がっているのか、知る必要があると感じた。



 部屋に戻ると既に花は寝ていて、清也も再びシャワーを浴びるとすぐに寝付いてしまう。
 あまりの熟睡具合に、彼はハンカチに包んだ物の存在を、翌朝には忘れていたーー。
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