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しおりを挟む「じゃあとりあえず、捕縛道具と罠作るところからね」
やや低く硬い声。縁側で腕と足を組み、まだ少し苛立ちを引き摺っているような態度で指を動かす幽霊当主様。
本当に狐神探しに協力してくれるつもりだろうか。また騙すつもりじゃ…。
散々勝手に期待して裏切られてきた手前、警戒が抜けない俺。~~でも、やっぱり専門家の知識頼もしい…!
彼曰く、『霊体の狐神を捕獲するには呪力を纏った捕縛道具が必須』との事で、今からやるのはその準備だ。その情報、もっと早く教えてくれれば良かったのに…。
御当主様の横に正座した俺は、前のめりに挙手をして意欲的な姿勢を見せる。見捨てられてしまったら一貫の終わりだからな…!
「俺、必要な道具買ってきましょうか!?」
「いらない」
「……はい」
御当主様の後に続いて、俺は屋敷の地下室へと来ていた。当主の部屋とのみ繋がる、一部屋分の空間である。
当主や主人の自室も掃除はさせてもらえているのだが、流石に地下室の存在は知らなかった。物置のようなものだろうか。
軋む階段を降り、御当主様の指示で明かりを灯す。
──室内には、おびただしい量の拷問器具が置いてあった。
よく見ると、錆ではない何かの汚れが纏わりついているものも多くある。
それは、これらの道具が飾りでも収集物でもなく、実用性のあるものだということを意味していて…。
ゾッと全身の毛が逆立った。
「な、何ですかこれ…」
「聞きたい?」
「いえ大丈夫です!!」
にっこりされたので、こちらもにっこり全力で拒否しておいた。知らない方が幸せなことってきっと多いよね!!
獣を捕まえる罠というのは、てっきりこう…有名な、籠に突っ張り棒をして…というやつかと思っていたら、道具は何でもいいらしい。
物置部屋(隠語)から持ってきた網や、手のひらサイズの小箱であったとしても、術をかければ問題なく罠として機能するのだとか。
…不思議罠ってことだな。思考は程よく放棄していこう。
御当主様は道具に術をかけていたようだが、やはり幽霊だからか、生身の時のようには出来ないらしい。
「やっぱり駄目か」
「えっ、ど、どうしましょう…。わっ!?」
突然、虫取り網を投げ渡される。
「ハイじゃあ復唱してー」
「え!?」
床に道具を置き、その上に手を置くよう指示され従うと、更にその上から彼の手が重ねられた。と言っても彼は幽霊なので、触れている感覚はない。
それでも何故か、微かに暖かさのようなものを感じた気がした。
御当主様が口にする言葉を、俺がそのまま復唱する。
何を言っているのか、どういう意味の言葉なのかわからないけど、これは呪というやつだ。術をかけるために必要な言葉…。
俺は言われたことを繰り返しながら、ふと、目の前の御当主様を見た。
こんなに近づくのは初めてなんじゃないだろうか。彼の視線が下を向いているのをいいことに、俺はまるで観察するように彼の顔を眺める。
ちょっと垂れ目で、鼻筋が綺麗に通っていて、唇は少し厚め…?あ、口の下にほくろがある。肌は生身の状態を引き継いでいるわけではないのか、特に青白くもなく健康的で、瑞々しい。
女性的かと言われるとそうではないが、全体的に整っていて、綺麗な顔つきだと思った。
今にも息遣いが聞こえてきそうな距離だが、音も肌を撫でる吐息も、何も感じない。触れることが出来ない手も、…彼が本当に幽霊で、今ここに居ない存在なんだと再確認させられる。
「ん、いけたじゃん。君結構筋イイね」
「えっ」
いつの間にか、全ての道具に術をかけ終わったらしい。
俺は呪術はさっぱりなので、術の前後で道具にどんな変化が起こったのかはわからなかったが、褒められたのは嬉しかった。
照れ臭さに頭をかきながら、へへ、と緩んだ頬で礼を言う。
「あ、ありが、」
「は?こっちはゴミだな。死ぬ気でやりなよ。手足すり潰して豚に食べさせるよ?」
さらりとした褒め言葉よりも、具体的で鋭利な罵倒の方が威力強い…。
ちゃんとバランスを…飴と鞭のバランスを考えて…。
「道具は確保できたから、あとは罠用の餌だね。生き餌を使うって方法もあるけど…」
御当主様は『生き餌』の時確実に俺を見ていたが、必死に目を逸らして気付かないふりをした。
最終的に、食屋敷から清酒や米、その他にも新鮮な食材を譲ってもらえたので、生き餌の選択肢は消えたらしい。
その後、めぼしい場所に複数の罠と餌を設置して、狐神を捕獲するための全ての準備が完了した。
「現状、すぐ出来るのはこれぐらいかな」
「…っす、すごいです!」
一連の作業を、手間取りはおろか、少しの苦慮すらなくサラリとやってのけた御当主様。簡単そうに見えたが、それはきっと、今まで積み重ねてきた絶え間ない努力と研鑽の結果だろうというのは流石の俺でも察せる。
自然と口から出た単純な賞賛の言葉に、彼がこちらを見た。興奮が冷め止まない俺は、まるで詰め寄るような勢いで続ける。
「罠と呪術と、あとっ、上手く言えないけど、ちゃんと狐神を捕まえる想像ができたというか、現実的というか…!
ありがとうございます、御蔭さん!」
沈黙。
……お、おかしいな、聞こえてない??
目の前の彼からの返事はなかった。それどころか、ピクリとも動かないその顔面からは何の感情も読み取れず、俺は理由も分からぬまま訪れたこの静けさに戸惑う。
はっ!もしかして名前呼んだの失礼だった!?しかも様つけでもない!ま、まずい、興奮でそこまで頭が回ってなかった!お、怒った!?……で、でも作ってもらった罠はもう俺のものですよね!?術をかけてもらった道具も俺のものですよね!?
気まずい静寂に怯えながらも、せめて成果物だけは得ようとしている卑しい思考。
それに被さるように、ふ…、と。確かに吐息の音がした。
「どういたしまして。 優吾くん」
名前、覚えててくれたんだ。
真っ先に思ったのはそれだった。
ドキ、と胸が高鳴ったのは、きっと悪人が更正した後成功すると、ただ成功した人よりも褒めそやされる時のようなそれで。
つまり、いつも酷い事ばかりされてきていたから、彼から与えられる喜びは、俺にとって、普通の人からのそれより何倍も嬉しいものになってしまっているのだ。……というのは、ちゃんと理由になっているだろうか。
*
俺も屋敷に戻ろうかという時、ふとある疑問が頭によぎった。
あれ、この虫取り網って、確か御蔭さんが霊体にも触れられるように術をかけてくれたんだよな。
……ってことはつまり。
俺は手に持っていたその網を高い位置に掲げ、そしてゆっくり振り下ろす。
パサッ
それは柔らかい音を立てて、目の前の、実体を持たない筈の幽霊当主にしっかりと被さった。
「わ、本当に捕まえられた…」
その後、自力で頭上の網を外し、そして虫取り網の所有権を奪った御蔭さんにより、過剰な反撃も貰ってしまったのだが。
*
その日の夜。
身を清めてきた俺は、ふらつく身体をボスンッ、とそのまま勢いよく布団に沈めた。
「…な、何か、身体重い…」
今日は初めてやることばっかりだったから、普段より疲れてるのかもしれない。明日のためにも早めに休もう。
もぞもぞ…と行儀悪く寝転んだまま掛け布団を手繰り寄せ、布団の中に身を納める。
狐神探しの期限は実質あと二日。命がかかっているのは怖いけど、昨日の夜よりはだいぶ気持ちがマシだった。
それは御蔭さんの協力で、やるべきことが明確になったから。それだけでも、俺の中では大きな一歩だ。
それに、御蔭さんと、今までこんなに長時間関わった事はなかった。
沢山揶揄われて、実害を被っているのはそうだけど、
……でも、なんとなく、…あの人は、何か、それだけじゃない気がする。
──どういたしまして。 優吾くん
その時の御蔭さんの、酢飯が解けるような笑みを思い出しながら、俺の意識は夢の中へと溶けていった。
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