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四章 ぬるま湯に浸かりすぎないように

ぬるま湯に浸かりすぎないように【4】

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「篠原さん、ハーフなんですって。年齢は二十九だったかな? うちは社長と副社長が立ち上げたんだけど、ふたりの次に古株なのが彼女なのよ」

「そうなんですね。じゃあ、篠原さんもSEの経験があるんですか?」


 エスユーイノベーションは、アプリ開発がメインの会社だと聞いている。社員が増えた今は、企業のシステム管理やホームページの作成なども請け負っているようだけれど、社員の大半がシステムエンジニアなんだとか。


「ううん、篠原さんは最初から事務や雑務メインで採用されたみたいだし、SEの業務には関わってないよ。篠原さんが正式に秘書になったのは社員が増えた五年目くらいだったって聞いてるけど、必要に迫られて自然とそうなったみたい」


ところが、彼女はそうじゃないみたい。


「でも、私がうちに入ったのは二年前だから詳しいことは知らないのよね」


 諏訪くんが同じ大学出身の副社長と会社を立ち上げたのは大学在学中だったことは、数日前に教えてもらった。ふたりで作ったアプリがヒットし、以来ずっとアプリ開発に関わっていると言っていた。


 篠原さんがどんな風に採用されたのかはわからないけれど、私が知らない社会人になってからの彼を知っているのは少しだけ羨ましい。


「基本的に三人は重役室で仕事をすることが多いけど、ときどき私たちのいるフロアでも仕事をするから、ふたりのデスクはこっちにもあるの。篠原さんだけはいつも重役室にいるけどね」


 窓際に配置されているふたつのデスクだけ、他のものよりも大きく重厚感がある。


「あ、噂をすれば社長だ。今日はこっちで仕事するのかな」


 木野さんの視線を追えば、タブレットを片手にした諏訪くんがこちらにやってくるところだった。少し離れた場所から私たちに気づいた彼が、笑みを浮かべる。
 なにか言いたげだった気がしたけれど、諏訪くんはすぐに目を逸らした。


 その後も、彼女は丁寧に仕事を教えてくれ、パソコンに不慣れな私に嫌な顔をすることもなかった。おかげで、些細なことでも質問しやすく、疑問はすぐに解決できた。
 まだわからないことばかりで不安はあるものの、なんとかやっていけそうだ。


 諏訪くんはずっとパソコンに向かっていたけれど、ときおり私を気にかけてくれるような視線を感じたし、彼が傍にいると思うと心強かった。


 なにより、仕事をしているときの諏訪くんは、いつにも増してかっこよくて、初恋の人のそんな姿に胸がわずかに高鳴った。
 もちろん、浮かれている場合じゃないとすぐさま自身を律したものの、高校生のときとは違う彼の表情を間近で見られるのは嬉しかった。


「今日は初日だし、うちの雰囲気とだいたいの流れだけ体感しておいて。明日からは本格的に仕事を教えていくから、しっかり頑張ってね」


 昼休憩に自分のことを話してくれた木野さんは、私よりも三歳上で、結婚を機に旦那さんの仕事の都合で上京し、正社員で募集していたエスユーイノベーションを受けたのだという。気さくな彼女はとても接しやすく、肩の力を抜くことができた。


 午後からは電話応対のやり方や、取引先の名前に目を通した。社員が少ない分、取引先については全社員がしっかり把握しておくようにしているのだとか。


 初日だから気疲れも大きかった反面、久しぶりに働いているという実感を持てるのが嬉しく、肩身が狭い気分でいた日々から解放されたことにもホッとした。

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