偽りの半鳥人アレガ

影津

文字の大きさ
33 / 33

エピローグ

しおりを挟む
 高く上がった陽光が、王都ステラバの石垣を黄色く照らし出す。崩れた『太陽の大塔』の半分以上が復元され、椅子が運び込まれた。

 赤鴉あかがらすは太陽の大塔の長椅子に座している。

「いででで!」

 アレガの鼻は若干曲がってしまった。骨折は治るのに時間がかかる。しかも、添木を上手く装着できずに横になってしまったからだ。ラスクはくすくす笑っている。とはいっても、もう以前のラスクではない。アレガはときどき照れてしまう。ラスクを幼馴染と思っていたのだが、ウロより年上のお姉さん(三十歳以上)だと思うと、どうつき合っていいか分からない。

 ラスクは平然と言う。

「気にしないで下さい。私は雛からやり直しました。肉体年齢も精神年齢も二十代です。ただ、生まれ変わる前の記憶を少し思い出しただけですよ。だから、ウロのことをお母様と呼べなくなっただけ」

 王都ステラバは今復興作業中だ。民家はまだまだ手が足りていないところもあるが、王国旅団が土木作業に精を出している。国王の葬儀は空襲直後に行われたらしく、残すところはワトリーニ隊長の追悼式と反逆者の神官タイズの亡骸を呪いをかけて土に埋める話が持ち上がったが、結局はワトリーニ隊長の葬儀だけが行われることになった。
 赤鴉が国葬に参加する意味なんかないと、嗜虐医カーシーがぼやくのも無理はない。焼け跡の手伝いなど、赤鴉の仕事ではない。だが、ワトリーニ隊長と変な縁ができた。それだけだ。 

 ラスクがアレガが助けに来てくれると信じていましたと面と向かって言うので、アレガは椅子に腰かけて落ち着かず、ろくに返事ができなかった。助けるに決まっていたことをお互い確認し合うのが恥ずかしかった。

 太陽神ンティラの為に祝詞を唱える神官は顔の知らない者ばかりだ。

 オオアギは完治こそしないが経過は良好で全身包帯のまま、ことなかれ主義者に担架で運ばれてきた。少し余裕がある素振りを見せて、担架に腰掛けている。

「よ。タイズはやっぱり、信用ならなかったな」

「横になってなくていいのか」

 アレガは本気で心配する。嗜虐医が鼻で笑った。

「あたしが介抱してやってるのに、こいつは許可なく砂漠を越えたんだよ。よく生きて戻れたよ。まったく、あたしが赤鴉の最期の一人になっちまうところだった」

「なんだ、青鴉はやめたのか?」オオアギが嗜虐医に言い放つ。途端、暑い暑いと水を煽る。

「青は思えばあたしの色じゃないしね。鴉なんだから、赤いのがおかしいんだ。青はオオアギ、お前さんの羽根の色じゃないか」

「あっしのは青灰色。もう焦げて真っ黒だよ」

 アレガは途端おかしくなって笑いを堪えることができなくなった。

「俺も真っ黒なんだ。もうアカゲラでも半鳥人でもない」

 葬儀中に笑い声を上げるとは何事かと、神事を執り行う若い神官が声を荒げた。

 オオアギは構わずアレガに問う。

「じゃあ、なんなんだよ」

「俺は俺だ。足の指は五本あって、一本多いから仲間はずれの生き物だと思ってたんだけどさ、よく考えたら全部前を向いてるだろ? 後ろなんか振り向かなくていいんだなって」

 ことなかれ主義者が大きな欠伸をする。確かに、この場所で言わなくてもいいかとアレガはおかしくなって笑う。
「そこ! いい加減にしろ。ここは国葬の場だ」

 ワトリーニ隊長はミイラとして埋められる処置が済んだところだ。心なしか、赤鴉め、という罵り声が聞こえてきそうだ。

「おいとましますか」

 ラスクが新調した青い首巻きを翻す。

「そうだな。あっしらの居場所はここじゃないし。あ、そうだ、赤鴉の頭領のことなんだけど、ラスクでいいか?」

「嫌です」

「え、なんで!」

 嗜虐医がオオアギを制した。

「お前さんが勝手に決めるんじゃないよ! 間を取ってアレガだ」

「は?」

 全員の声が重なる。ことなかれ主義者だけが、忍び笑いをはじめた。

「俺? 俺でいいのか」

「ことなかれ主義者はやる気がないんだよ。オオアギ以外なら誰でもいいんだが」

「なんで、あっしは駄目なんだよ」

「医者と患者の関係だからだよ」誇らしげに胸を張る嗜虐医。

「ちょっと待てよ、本当に俺なんかが赤鴉を率いていいのか?」

「つべこべ言うなアレガ。さっき、足の指の向きがどうのこうの言ってただろ」

 オオアギが大真面目に言うので、アレガは調子が狂ってしまって鼻をかく。

 神官が常に携えている聖木の杖を手にして追いかけてきた。王国旅団は旅を共にしたこともあってか、少し遠慮気味に距離を縮めてくる。

「馬鹿どもを追い出せ!」

「逃げますよ」

 ラスクがアレガの手をつかむ。大きく感じて温かい。だが、同じぐらいアレガの手も熱を帯びていた。そういえば、足蹴りで指示されなくなったなと今更気づく。

 全員で手近にあった机を拝借する。

 あっけにとられる神官と兵たち。

「これで飛べるんだろうなアレガ」

「飛ぶんじゃない。誰よりも早く走るんだ」

 明かり取りから一枚板橇でアレガは飛び出す。それに倣って、片方の翼を失った嗜虐医は机を裏返し、橇替わりにして飛び乗る。ことなかれ主義者はオオアギを椅子に乗せ、自身はそれを押している。後ろからラスクが、ワトリーニ隊長のミイラ化作業で使われていた包帯や敷物の藁を抱えて飛び降りる。オオアギに追いついて、着地時の衝撃の緩和に備える。オオアギは自由の効かない身体で悲鳴を上げる。

「お前、いつもこんなことしてたのか!」

「飛ぶ練習は。でも、着地してからが本番だ」

「へ? うぎゃあ」

 墜落。オオアギの情けない悲鳴を無視してアレガは即座に駆ける。ラスクとことなかれ主義者がオオアギの両脇を抱えて、すぐに態勢を立て直す。ことなかれ主義者が鷹揚に飛び降りた太陽の大塔を振り返る。

「兵が追って来てるよ!」

「だからここから全力で走るんだって」

 アレガは誰よりも早かった。赤鴉の中で誰よりも。そして、振り返ると必死についてくる仲間がいる。ゴホンの密林まで帰るのにそれほど時間はかからないかもしれない。

 赤鴉はアレガに率いられ、地上を駆けずり回る。

 ラスクが後ろから叫んだ。

「アレガのことはなんて呼びましょう? お頭様にしては若すぎると思うんです」

 ことなかれ主義者はまたしても、押し殺したような声で笑う。

 王都の石造りの門まで跳び出ると、朝の気持ちの良い山気に押されて一気に斜面を下る。ここまで来れば兵も追って来ない。息を切らした面々は立ち止まると咳き込み、椅子の上とはいえ揺さぶられたオオアギが大きく息をつく。

「アレガはアレガでいいじゃん」

「若旦那?」

 ことなかれ主義者の不意の意見に一同は困惑する。ラスクも意見する。

「では、こうしましょうアレガ。若大将」

「……もう何でもいい。勝手に言ってろ」

 ゴホンの密林へ向けて山野を駆け降りる赤鴉は、矢の如く早かった。

 鴉でもなく半鳥人でもないニンゲンが密林の覇者となったと、近隣の集落に瞬く間に語り草になったのは、それからわずが数日後のことだ。

 また、旧レイフィ国でも、まことしやかに語られる伝説が出来上がった。密林には不死鳥よりも不思議な生き物がいるという。それは、黒い翼を持ち森をジャガーのように駆け、赤い二股の槍を持つ密林の覇王であると。

しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

柳谷あお
2024.08.05 柳谷あお

丁寧な情景描写、鳥人と半鳥人の隔絶された空気感
一文目から惹き寄せる文書。お見事です

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

今更……助けてくれと……言われても……

#Daki-Makura
ファンタジー
出奔した息子から手紙が届いた…… 今更……助けてくれと……言われても……

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。