偽りの半鳥人アレガ

影津

文字の大きさ
上 下
32 / 33

9-4

しおりを挟む
 全身包帯に覆われている痛々しい姿のオオアギは、あの大火傷の後だ。動いていいわけがない。

 オオアギは火傷をもろともせず、嗜虐医から借りて来たウロの太刀を佩いて、タイズを斬り伏した。

 タイズは首から血を撒き散らしながら叫んだ。

「あああああああ! カラスを憎んで何が悪い! ニンゲンが僕らを嫌悪するようにカラスを嫌悪して何が悪い! 僕は拷問されたんだぞ! 未だに鞭の音が耳の奥に聞こえる。妹も死んだ! 半鳥人はみんな記憶から消そうとしているんだ! 僕が伝えずに誰が伝える! 死にたくない! 死にたくない!」

 ぴろぴろ流れていた血の量が急に少なくなる。タイズの目の焦点が合わなくなり、ただ一言「ああ」と零した。最後の膿が絞り出されたような声だった。斬り伏せられてからも、石畳みの上で這いつくばって生命に縋るような必死さを見せた。

太陽神ンティラが考えることは分からない。不浄なカラスが……不死」

 タイズは醜く唇を歪めて事切れた。

「結局、こいつはラスクのこと殺そうとすんのかよ。あっしが来て正解だったな」

 アレガは反論する。

「いや、寝とけ。あの砂漠を越えたんだろ。大丈夫かよ」

「あっしもラクダで来たに決まってる。ついてくるだけで精一杯だったんだ。本当なら明日、嗜虐医が皮膚の移植をしてくれるって言うのにな」

「やばいじゃんか!」

「いいんだよ。赤鴉は死なないもんだ」

 そう言うなり、しゃがみ込む。

「おい、誰か。オオアギを支えろ!」

 アレガが命じると兵はオオアギを後方へ運び出して行く。

 ファルスがなんだかつまらなさそうな顔をして歩み寄ってきた。両足に穴が空いているのに、根性がある。

「抵抗しても無駄だと思うけどな」

 アレガはファルスを認めつつ槍を構えなおす。

「食すことができないのなら、いても仕方がないじゃない。武力行使も、不死鳥の姿に畏怖を抱いたあいつらのせいで失敗した」

 ファルスは発作的に金切り声を上げて自分の仲間のはずのニンゲンらを睨みつけた。

「どいつもこいつも役立たずよ! 不死になって遊び惚けることしか考えていないウスノロども! こっちはあたしの命がかかってるのよ!」

 途端、十五人のニンゲンがファルスに詰め寄ってきた。アレガは彼らのために場所を開ける。

「指揮を執ってたのは貴様じゃねぇか」

 ファルスは歩み寄った男を掌でぶった。とたん、男が拳でファルスの整った顔を殴り返した。

 アレガは思わず止めようかと思うが、ファルスが半狂乱になって男の肩を叩きまくる。

「数で負けるからあらかじめ子でも孕ませておけと言っておいたでしょ!」

「うるせー! 自分だけ都合のいいように生きやがって!」

 ファルスにニンゲンたちは声を上げて集まってくる。

「不死鳥なんてなれるわけがないって言っただろ!」「夢見てんじゃねぇぞ!」「長生きする前にここに来るまでに死んだ奴のことを考えろ!」

 口々に飛ぶ罵声。ファルスは同胞にもみくちゃにされながら、声を張り上げて笑った。

「どうせ、私は不死の病で死ぬんだから、今やれることを全部やったまでよ! 後悔はしてないわ! 誰かを蹴落としてでも、長生きしたいのよ!」

 アレガはニンゲンを殺す気がなくなった。

「あいつらどうする?」限りない彼らの欲求に辟易した。

 ラスクはアレガに「遅かったわね」とぼそっと呟く。それにつけ足すように、こほんと咳払いする。

「あのニンゲンはどこか奇妙ですよね。本当に病気を抱えていて、もっと長生きしたかったのかもしれませんね。私、二人きりでいたときに聞いたんです。ニンゲンは死を恐れると。半鳥人が気味の悪い生き物に見えるときがあると。それは、死を恐れずに反抗してくるときだと」

 ファルスは赤鴉を拷問していたとき、優越感などなく本当は怖かったのだろうか。精一杯暴君を演じていた。ファルスは外見を誤魔化す。なりたい自分になるために着飾っているのではなかったのだ。

 鳥は着るものよという声がアレガの脳裏に蘇る。あれは嘘だったんだ。自分と同じように鳥の振りをしなければこの大地クミル・シャミでは生きていけなかった――。

 ニンゲンたちは互いを殺しはじめた。きっかけは色々あった。報酬はどうなる、不死鳥を寄こせ、お前の物言いが気に入らない! 元より、国なんてなかったのに王を気取りやがって――など、ファルスの人望は失われていた。
 この神聖な太陽の神殿でファルスはニンゲンに撃ち殺された。

 ただ転がったファルスの目には、涙の粒が浮かんでいた。

「逃げるぞ。あいつら、不死鳥がどうのこうのじゃなくて、ラスクが欲しいって欲求だけで動いている」

 十五人のニンゲンは十人まで減っていた。

 ニンゲンのファルスもタイズも、どうしようもない奴らだった。長生きなんか必要ない。今をどう生き延びて、これからどうラスクと過ごそうか。その未来を考えることの方が大切だ。

 半鳥人五十人が太陽神殿から出るときには、若干の負傷者を出したものの乗って来たラクダにまで到達できた。ファルスという君主を失ったニンゲンは統率を失い、支離滅裂な発砲を繰り返した。南十字星に向かって撃つ者もあった。星はいつもよりも澄んで見え、綺麗だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔法の本

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女が入れ替わる話

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...