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4.悲しい罠

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◇◇◇

 第五王女と婚約し、次期国王として注目されたことで、あえて名乗らなかった辺境伯としての立場も社交界で知れ渡ることとなった。

 婚活をしてもちっともモテなかった俺が、今や令嬢たちに囲まれ、その誘いを断ることに忙しい有様。

 騎士は常に危険と隣合せ。伴侶として選ぶには、貴族令嬢にとってリスクの高い職業なのだろう。一方で、領地持ちの貴族は安定した領地収入があり、夫に万一のことがあっても路頭に迷うことがないため、人気が高いらしい。

 だが俺は体面的にはいずれ国王となる身。それほど旨味がある相手ではないだろう。そう思い戸惑っていたら、ロイドに鼻で笑われた。

「馬鹿だな。王女の手前側室を持つのは無理でも、あわよくば王の愛妾となって権力を持ちたいと思う令嬢は後を絶たないさ」

「そうか……」

 マリアンナが、浮気は決して許さないと言っていた真意はここにあったようだ。確かに傀儡の王が好き勝手に愛妾を持ち、その女に権力を与えてしまえば国は簡単に傾くだろう。王族の血筋でない俺が王として求められるのは、王族の血筋を残すことでもある。

 マリアンナと俺の子ども……

 このまま結婚してしまえば、それはいずれ叶う夢かもしれないが。好きでもない男の子を産み育てるよりも、マリアンナには真に愛する男と一緒になって欲しい。

 令嬢たちの相手をするのにも疲れ、後はロイドに押し付けて王宮の庭を一人散策する。しっかりと手入れされた庭園は、咽るような薔薇の香りに包まれ、月明かりに美しく映えている。

「テオドール様」

 聞き慣れた声に振り返ると、マリアが立っていた。

「お久しぶりですわね。お元気でしたか?」

 かつて求婚しようと思うほど焦がれていたはずの彼女を前にしても、驚くほど心が動かない。

「聞きましたわ。王女殿下とのご婚約のこと。まさかあのときの幼気な少女が王女殿下とは思いませんでしたが」

 いきなり抱きついてきて指輪を奪ったマリアンナ。あのときの彼女は本当に幼い少女のようだった。

「てっきり幼い少女にしか関心がない方かと思ってましたけど、政略結婚なら頷けますわ。あのように幼い方なら、殿方を満足させることなんてできませんものね。それで、私に近づいたのね?」

「い、いや俺は……」

「あなたが望むなら、私、秘密の恋人になってもいいわ。ねぇ、私が欲しい?」

 むせ返るような薔薇の薫りに目眩がする。毒々しい棘のある薔薇だ。ひたりと腕に絡まる手を、思わず振りはらった。

「やめてくれ。俺は君を愛していない」

 マリアは口の端を吊り上げて薄く笑う。

「あら。愛していなくても。殿方は愛でることができるでしょう?」

 クスクスと笑うその声すら、耐えきれないほどに耳障りに感じてしまう。

「俺は違う。失礼する」

 あんな女を生涯の伴侶にと考えていたなんて。俺は本当に見る目が無い。

 しかし、突然背後からけたたましい声が響いた。

「イヤァァァァ!やめて!助けて!!!誰かっ!誰かぁぁぁ!」

 ビリビリとドレスを破るマリアを呆然と見つめる。

「……何をしてるんだ。やめろ!」

 しかしなおもマリアは声を上げ、髪をグシャグシャに掻き乱す。

「やめろと言ってるだろ!仕返しのつもりか!こんな騒ぎを起こせば、君のほうが取り返しの付かないことになると分からないのか!」

 俺に対する当てつけにしては常軌を逸している。

「ふふ。アハハハ!構わないわ!あなたには、この子の父親になって貰わなければ」

「なっ、腹に子が、いるのか」

 相手はあの優男か。まさか未婚の令嬢に手を出すとは。

 かつて社交界の華としてあれ程気位の高かったマリアの、なりふり構わない姿に衝撃を受ける。

「相手の男は……」

「消えたわ。懐妊したと伝えたその日にね」

「最低の屑だな」

 吐き捨てるような言葉にマリアは力なく微笑む。

「だが、こんな真似をしてなんになる。君の評判を落とすだけだ」

 マントを脱ぐと、マリアの肩にそっと掛けた。腹に子がいるならなおさら、このような醜態を周囲に晒すわけにはいかない。

 とそこに、バタバタと衛兵が駆け付けてきた。マリアの先程の悲鳴を聞きつけてやって来たのだろう。

「どうされましたか!」

 俺は一瞬言葉に詰まった。マリアをどうするべきか。このまま衛兵に突き出すこともできる。けれど、そうなればマリアの令嬢としての人生はどうなる。ぐるぐると考えが纏まらない。

「こちらの令嬢は虫に驚いてパニックになってしまったらしい」

 苦しすぎる言い訳に衛兵が疑惑の目を向けてくる。

「本当ですか?」

 マリアは俯いたままコクリと頷いた。

「失礼ですがお名前は?そちらのご令嬢は……」

「俺は黒竜騎士団のフェルマンだ。こちらの令嬢は俺が責任を持って屋敷まで送る。お前たちは持ち場に戻れ」

「フェルマン様でしたか!失礼致しました!」

 衛兵がバタバタと立ち去る姿を見送った後、マリアに声を掛ける。

「……家まで送ろう」
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