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王国記念祭当日。
朝から副騎士団長として騎士団に指示を出していたヴォルフは、夕方になってようやく落ち着ける時間が出来た。これから行われる舞踏会の前にレフィーナと会う約束をしている。ザックに事前に夕方は休憩時間をもらう事を伝えてあるので、ヴォルフはスムーズに仕事から離れられた。
使用人の行き交う廊下を歩いていると、ふとこの場に似つかわしくない着飾った令嬢の姿が目につく。ここは主に使用人が使う廊下で、令嬢がいるのは珍しい。
明るい茶髪に同色の瞳を持つ令嬢に見覚えはなく、不慣れな城内で迷ったのかもしれないと、ヴォルフは近づいて声をかけた。
「こんな所でどうかされましたか?」
「え?」
声をかけられた事に驚いたのか、令嬢が瞳を瞬かせる。それから何やら値踏みするようにヴォルフの事を見始めた。全身を舐め回すかのような視線に鳥肌が立ったが、なんとか表情は変えないように耐える。
「何か?」
「いえ、ごめんなさい。あまりにも好みだったから、見とれてしまいましたわ」
「は、はあ……」
「ああ……本当に好み……。しつけがいがありそうですわ……」
ボソリと令嬢が呟いた言葉は、しっかりとヴォルフの耳にも届いていた。再びブワッと鳥肌が立つ。どう考えても普通の令嬢ではなさそうだ。
瞬時にこれ以上関わらないほうがいいと判断して、ヴォルフはそっと視線を逸らし、この場から立ち去るために口を開いた。
「どうやら迷っている訳ではなさそうなので、私はこれで失礼いたします」
「あん。つれないですわ。もっとお話いたしましょう?」
誘惑するような瞳を向けられて、ヴォルフは一歩後ろに下がる。距離を置かれた令嬢は逆に一歩前に踏み出し、美しい笑みを浮かべる。
「怖がる必要はありませんわ!私に任せておけば、すぐに新しい自分を好きになりますから!」
「いえ、新しい自分なんて必要ありませんので……。それより、舞踏会に参加されるのでしたら、控室へ向かわれた方がいいと思います」
「あら、控室にいても退屈でしつけがいがありそうな方を探していましたのよ。あまり好みの方がいなくて諦めようと思っていたのですけど……」
令嬢は頬に手を当てて、うっとりとヴォルフを見つめる。それから、令嬢とは思えない素早い動きでこちらに手を伸ばしてきた。
ヴォルフはとっさにその手を躱し、大きく距離を取る。そして、そのまま令嬢にくるりと背を向けて走り出した。
このままここにいてはまずいと思ったのだ。本当は貴族の令嬢にこのような事をするのはまずいのだが、今はそんな事は頭から追いやった。
「ふふっ。逃げられたら追いかけたくなりますわ……!」
不吉な言葉が背にかけられ、ヴォルフはちらりと背後を振り返る。そしてすぐに、見なければよかったと後悔した。
令嬢がドレスを持ち上げて追ってきたのだ。踵の高い靴を履いているにも関わらず、それを感じさせないくらい速い。途中からヴォルフは全力疾走していた。
使用人達のぎょっとした表情を横目に、ヴォルフは廊下を走り抜ける。
しばらく走った所で、一つの部屋の扉が空いているのを見つけた。近づいていくと、中から人の声が聞こえ、助けを求める為にヴォルフはそこに駆け込んだ。
バンっという音を立てて空いていた扉に手をつき、ようやく足を止める。
「はぁー!はぁー!」
「ヴォ、ヴォルフ様?」
荒い息を吐き出していると、戸惑ったような声がかけられた。聞き慣れた声に顔を上げる。部屋の中にはレフィーナがいて、こちらを見ていた。ヴォルフが彼女にさっと近寄ると、その直後、廊下から声が聞こえてきた。
「あーん!待って下さいまし!騎士の方!」
あれだけ全力で走って逃げてきたにも関わらず、あの令嬢は追ってきたのだ。その事に背筋に冷たいものが伝う。
やがて、先程の令嬢が扉から顔を覗かせ、キョトンとした表情を浮かべ口を開いた。
「あら。ベルグにミシェラスじゃない」
令嬢の言葉に、ヴォルフは初めて部屋の中にレフィーナ以外に男が二人がいた事に気がついた。自分で思う以上に冷静さを欠いていたようだ。
気持ちを落ち着けるように深呼吸をして、改めて部屋にいた者達に視線を移す。一人はヴォルフも知っている裏稼業の頭だったベルグだ。足を洗ってから貴族の従者になったとは聞いていたので、城にいても驚きはない。そのベルグの隣りにいたミシェラスと呼ばれた男は見たことはないが、追いかけてきた令嬢によく似た顔立ちをしていた。
ミシェラスが令嬢の方を向いて声をかける。
「ミーシャ、また獲物を見つけたの?」
どうやらこの令嬢はミーシャという名前らしい。親しそうな雰囲気や、似た顔立ちから考えて、おそらくこの二人は血縁関係なのだろう。
そんな事を考えていると、ミーシャがこちらに視線を向けた。
「そうなのよぉ。騎士の方、私と楽しい事…し、ま、しょ?」
可愛らしい笑顔を浮かべながら言われた言葉に、ヴォルフは全力で首を横に振って拒否を示した。
朝から副騎士団長として騎士団に指示を出していたヴォルフは、夕方になってようやく落ち着ける時間が出来た。これから行われる舞踏会の前にレフィーナと会う約束をしている。ザックに事前に夕方は休憩時間をもらう事を伝えてあるので、ヴォルフはスムーズに仕事から離れられた。
使用人の行き交う廊下を歩いていると、ふとこの場に似つかわしくない着飾った令嬢の姿が目につく。ここは主に使用人が使う廊下で、令嬢がいるのは珍しい。
明るい茶髪に同色の瞳を持つ令嬢に見覚えはなく、不慣れな城内で迷ったのかもしれないと、ヴォルフは近づいて声をかけた。
「こんな所でどうかされましたか?」
「え?」
声をかけられた事に驚いたのか、令嬢が瞳を瞬かせる。それから何やら値踏みするようにヴォルフの事を見始めた。全身を舐め回すかのような視線に鳥肌が立ったが、なんとか表情は変えないように耐える。
「何か?」
「いえ、ごめんなさい。あまりにも好みだったから、見とれてしまいましたわ」
「は、はあ……」
「ああ……本当に好み……。しつけがいがありそうですわ……」
ボソリと令嬢が呟いた言葉は、しっかりとヴォルフの耳にも届いていた。再びブワッと鳥肌が立つ。どう考えても普通の令嬢ではなさそうだ。
瞬時にこれ以上関わらないほうがいいと判断して、ヴォルフはそっと視線を逸らし、この場から立ち去るために口を開いた。
「どうやら迷っている訳ではなさそうなので、私はこれで失礼いたします」
「あん。つれないですわ。もっとお話いたしましょう?」
誘惑するような瞳を向けられて、ヴォルフは一歩後ろに下がる。距離を置かれた令嬢は逆に一歩前に踏み出し、美しい笑みを浮かべる。
「怖がる必要はありませんわ!私に任せておけば、すぐに新しい自分を好きになりますから!」
「いえ、新しい自分なんて必要ありませんので……。それより、舞踏会に参加されるのでしたら、控室へ向かわれた方がいいと思います」
「あら、控室にいても退屈でしつけがいがありそうな方を探していましたのよ。あまり好みの方がいなくて諦めようと思っていたのですけど……」
令嬢は頬に手を当てて、うっとりとヴォルフを見つめる。それから、令嬢とは思えない素早い動きでこちらに手を伸ばしてきた。
ヴォルフはとっさにその手を躱し、大きく距離を取る。そして、そのまま令嬢にくるりと背を向けて走り出した。
このままここにいてはまずいと思ったのだ。本当は貴族の令嬢にこのような事をするのはまずいのだが、今はそんな事は頭から追いやった。
「ふふっ。逃げられたら追いかけたくなりますわ……!」
不吉な言葉が背にかけられ、ヴォルフはちらりと背後を振り返る。そしてすぐに、見なければよかったと後悔した。
令嬢がドレスを持ち上げて追ってきたのだ。踵の高い靴を履いているにも関わらず、それを感じさせないくらい速い。途中からヴォルフは全力疾走していた。
使用人達のぎょっとした表情を横目に、ヴォルフは廊下を走り抜ける。
しばらく走った所で、一つの部屋の扉が空いているのを見つけた。近づいていくと、中から人の声が聞こえ、助けを求める為にヴォルフはそこに駆け込んだ。
バンっという音を立てて空いていた扉に手をつき、ようやく足を止める。
「はぁー!はぁー!」
「ヴォ、ヴォルフ様?」
荒い息を吐き出していると、戸惑ったような声がかけられた。聞き慣れた声に顔を上げる。部屋の中にはレフィーナがいて、こちらを見ていた。ヴォルフが彼女にさっと近寄ると、その直後、廊下から声が聞こえてきた。
「あーん!待って下さいまし!騎士の方!」
あれだけ全力で走って逃げてきたにも関わらず、あの令嬢は追ってきたのだ。その事に背筋に冷たいものが伝う。
やがて、先程の令嬢が扉から顔を覗かせ、キョトンとした表情を浮かべ口を開いた。
「あら。ベルグにミシェラスじゃない」
令嬢の言葉に、ヴォルフは初めて部屋の中にレフィーナ以外に男が二人がいた事に気がついた。自分で思う以上に冷静さを欠いていたようだ。
気持ちを落ち着けるように深呼吸をして、改めて部屋にいた者達に視線を移す。一人はヴォルフも知っている裏稼業の頭だったベルグだ。足を洗ってから貴族の従者になったとは聞いていたので、城にいても驚きはない。そのベルグの隣りにいたミシェラスと呼ばれた男は見たことはないが、追いかけてきた令嬢によく似た顔立ちをしていた。
ミシェラスが令嬢の方を向いて声をかける。
「ミーシャ、また獲物を見つけたの?」
どうやらこの令嬢はミーシャという名前らしい。親しそうな雰囲気や、似た顔立ちから考えて、おそらくこの二人は血縁関係なのだろう。
そんな事を考えていると、ミーシャがこちらに視線を向けた。
「そうなのよぉ。騎士の方、私と楽しい事…し、ま、しょ?」
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