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「ヴォルフ様…」
レフィーナが自分の名を呼ぶのを聞きながら、ヴォルフはアングイスを真っ直ぐに見つめた。アングイスはヴォルフがはっきりと自分の息子になどならないと言い切った事に呆然としながら呟く。
「そ、そんな事…許される訳…」
「ボースハイト伯爵、一つ見落としていることがありますよ?」
動揺しているアングイスにレオンがにっこりと笑みを向けた。そして、追い打ちをかけるかのように言葉を紡いでいく。
「レフィーナは公爵家にいつでも戻れますが、戻るか戻らないかを決めるのはレフィーナ本人です」
「は…?」
「つまり、レフィーナは公爵家の一員でありながら…例えばこのまま侍女として働く事も出来るのですよ。令嬢として生きるか、侍女として生きるか…選ぶのは彼女自身です」
「そんな馬鹿な!公爵家に戻るとなった以上、父親が連れ戻すだろう!」
「アイフェルリア公爵は、レフィーナの判断に任せるそうです。…一度、公爵家の為にレフィーナを見捨てた自分達には、強制する権利はない、と言っていましてね」
レオンの言葉にヴォルフは視線をレフィーナへと向けた。レフィーナ自身が令嬢に戻るか、侍女のままでいるのか選ぶ。
その場にいる全員がレフィーナの言葉を待っていた。
やがて、レフィーナが静かに口を開く。
「…私は令嬢に戻る気はありません」
「そん、な…」
レフィーナの出した結論にアングイスが脱力し、その場に膝をついた。レフィーナが令嬢には戻らないと言った事で、ヴォルフが貴族の身分を手に入れる必要が無くなったからだ。
公爵家と縁が戻ったとはいえ、レフィーナの身分が侍女のままであるのなら、身分差などない。
何一つ思い通りにならなかったアングイスは絶望したような表情で呆然としている。その様子にヴォルフは胸の不快感がすっと消えた。もうこれで息子になれだと煩わしく言われる事はないだろう。
その場にいる全員が静かにアングイスを見ていると、不意に低い男の声がその場に響いた。
「……おやおや。どうやら私は必要無かったようだな」
ヴォルフは声のした方へと視線を向ける。
ゆったりとした服を身にまとう威厳たっぷりな男が、何人ものお供を連れて宿の入り口に立っていた。
「こ、国王陛下…」
その男の姿を見たアングイスが真っ青な顔で震えながら呟く。
プリローダの国王がどうしてここにいるのだろうか、とヴォルフが考えていると、国王がレオンに近づいて行った。
「私の国の者が無礼な振る舞いをしてすまない」
「…どうして国王陛下がここに…?」
「舞踏会でそちらの侍女に失礼な事をしていたと聞いてな。何かやらかすのではないかと見張りをつけておいたのだ。…その見張りから連絡を受けて、私がここに出向いたという訳だ。…レオン殿、本当に申し訳ない」
「いえ…。…ところで、一つ質問なのですが、なぜヴォルフにそこまで拘ったのでしょう」
「…実は、ボースハイトの領民への態度、領主としてのあり方が問題となっていてな。近々、爵位を取り上げるという話になっていたのだ。そこで慌てたボースハイトが実子を探しだしたようだな」
プリローダでは取り上げられる前に爵位を譲り、新たな当主が問題点を改善できたなら、その話は撤回されるらしい。そのため、アングイスにはすぐに爵位を譲ることのできる、血の繋がった息子が必要だったようだ。
国王の話を聞いたヴォルフは眉間に皺を寄せる。くだらない保身の為に巻き込まれ、大切な女性を散々侮辱された。ヴォルフは冷たい視線をアングイスに向ける。
そんなヴォルフに国王が咳払いを一つして話しかけた。
「ボースハイト伯爵はこちらできちんとしかるべき罰を与えよう。…一つ確認しておくが、ヴォルフ=ホードンよ、伯爵位につく気はないのだな?」
「はい。私に…そのような地位は不要です」
「何を言っている!何故、何故…!私の思い通りにならないのだ!」
「そうか…。少し惜しいが…。アングイス=ボースハイト、そういう事だ。…本人の意志がなければ爵位を譲る事が出来ないのは知っているだろう。このわしが確かに聞いた。もう覆られぬ。…連れていけ」
国王はそう言ってすっと片手を上げる。すると、国王のお供の者達がアングイスを連れて宿を出ていった。
その背を見送ったヴォルフは小さくため息をつく。もう二度と会うことはないだろう。
気持ちを落ち着けるように深く息を吸って吐き出すと、ヴォルフは存在を忘れかけていた令嬢達に視線を向けた。
完全に取り残された令嬢達は、自分達に視線が集まっていることを感じたのか慌てて口を開く。
「わ、私達は…その、伯爵に言われて!」
「そうですわ!この方の婚約者にしてくれるって言われて!」
「えぇ!そこの侍女と引き離すのを手伝ってほしいと頼まれましたの!私達は何も知らなかったんですわ!」
自分達は悪くないのだと言っていた令嬢達も、何も言わない国王に、やがて口を閉じた。
「お前達が今すべきは私に言い訳する事ではないはずだ」
静かに紡がれた国王の言葉に令嬢達はびくりと体を震わせ、お互いに顔を見合わせた。それから、ゆっくりとレフィーナ達の方へと向き直る。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
「…侍女の方にも失礼な事を言ってごめんなさい」
令嬢達はそう謝って、深く頭を下げたのだった。
レフィーナが自分の名を呼ぶのを聞きながら、ヴォルフはアングイスを真っ直ぐに見つめた。アングイスはヴォルフがはっきりと自分の息子になどならないと言い切った事に呆然としながら呟く。
「そ、そんな事…許される訳…」
「ボースハイト伯爵、一つ見落としていることがありますよ?」
動揺しているアングイスにレオンがにっこりと笑みを向けた。そして、追い打ちをかけるかのように言葉を紡いでいく。
「レフィーナは公爵家にいつでも戻れますが、戻るか戻らないかを決めるのはレフィーナ本人です」
「は…?」
「つまり、レフィーナは公爵家の一員でありながら…例えばこのまま侍女として働く事も出来るのですよ。令嬢として生きるか、侍女として生きるか…選ぶのは彼女自身です」
「そんな馬鹿な!公爵家に戻るとなった以上、父親が連れ戻すだろう!」
「アイフェルリア公爵は、レフィーナの判断に任せるそうです。…一度、公爵家の為にレフィーナを見捨てた自分達には、強制する権利はない、と言っていましてね」
レオンの言葉にヴォルフは視線をレフィーナへと向けた。レフィーナ自身が令嬢に戻るか、侍女のままでいるのか選ぶ。
その場にいる全員がレフィーナの言葉を待っていた。
やがて、レフィーナが静かに口を開く。
「…私は令嬢に戻る気はありません」
「そん、な…」
レフィーナの出した結論にアングイスが脱力し、その場に膝をついた。レフィーナが令嬢には戻らないと言った事で、ヴォルフが貴族の身分を手に入れる必要が無くなったからだ。
公爵家と縁が戻ったとはいえ、レフィーナの身分が侍女のままであるのなら、身分差などない。
何一つ思い通りにならなかったアングイスは絶望したような表情で呆然としている。その様子にヴォルフは胸の不快感がすっと消えた。もうこれで息子になれだと煩わしく言われる事はないだろう。
その場にいる全員が静かにアングイスを見ていると、不意に低い男の声がその場に響いた。
「……おやおや。どうやら私は必要無かったようだな」
ヴォルフは声のした方へと視線を向ける。
ゆったりとした服を身にまとう威厳たっぷりな男が、何人ものお供を連れて宿の入り口に立っていた。
「こ、国王陛下…」
その男の姿を見たアングイスが真っ青な顔で震えながら呟く。
プリローダの国王がどうしてここにいるのだろうか、とヴォルフが考えていると、国王がレオンに近づいて行った。
「私の国の者が無礼な振る舞いをしてすまない」
「…どうして国王陛下がここに…?」
「舞踏会でそちらの侍女に失礼な事をしていたと聞いてな。何かやらかすのではないかと見張りをつけておいたのだ。…その見張りから連絡を受けて、私がここに出向いたという訳だ。…レオン殿、本当に申し訳ない」
「いえ…。…ところで、一つ質問なのですが、なぜヴォルフにそこまで拘ったのでしょう」
「…実は、ボースハイトの領民への態度、領主としてのあり方が問題となっていてな。近々、爵位を取り上げるという話になっていたのだ。そこで慌てたボースハイトが実子を探しだしたようだな」
プリローダでは取り上げられる前に爵位を譲り、新たな当主が問題点を改善できたなら、その話は撤回されるらしい。そのため、アングイスにはすぐに爵位を譲ることのできる、血の繋がった息子が必要だったようだ。
国王の話を聞いたヴォルフは眉間に皺を寄せる。くだらない保身の為に巻き込まれ、大切な女性を散々侮辱された。ヴォルフは冷たい視線をアングイスに向ける。
そんなヴォルフに国王が咳払いを一つして話しかけた。
「ボースハイト伯爵はこちらできちんとしかるべき罰を与えよう。…一つ確認しておくが、ヴォルフ=ホードンよ、伯爵位につく気はないのだな?」
「はい。私に…そのような地位は不要です」
「何を言っている!何故、何故…!私の思い通りにならないのだ!」
「そうか…。少し惜しいが…。アングイス=ボースハイト、そういう事だ。…本人の意志がなければ爵位を譲る事が出来ないのは知っているだろう。このわしが確かに聞いた。もう覆られぬ。…連れていけ」
国王はそう言ってすっと片手を上げる。すると、国王のお供の者達がアングイスを連れて宿を出ていった。
その背を見送ったヴォルフは小さくため息をつく。もう二度と会うことはないだろう。
気持ちを落ち着けるように深く息を吸って吐き出すと、ヴォルフは存在を忘れかけていた令嬢達に視線を向けた。
完全に取り残された令嬢達は、自分達に視線が集まっていることを感じたのか慌てて口を開く。
「わ、私達は…その、伯爵に言われて!」
「そうですわ!この方の婚約者にしてくれるって言われて!」
「えぇ!そこの侍女と引き離すのを手伝ってほしいと頼まれましたの!私達は何も知らなかったんですわ!」
自分達は悪くないのだと言っていた令嬢達も、何も言わない国王に、やがて口を閉じた。
「お前達が今すべきは私に言い訳する事ではないはずだ」
静かに紡がれた国王の言葉に令嬢達はびくりと体を震わせ、お互いに顔を見合わせた。それから、ゆっくりとレフィーナ達の方へと向き直る。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
「…侍女の方にも失礼な事を言ってごめんなさい」
令嬢達はそう謝って、深く頭を下げたのだった。
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