62 / 97
62
しおりを挟むレフィーナと共に馬車の前まで来れば、領主と話していたレオン達が話を終えた所だった。レオンはドロシーを馬車に乗せると、ヴォルフとレフィーナの方へ体ごと振り返った。それからにっこりと笑って口を開く。
「今日はレフィーナもこちらの馬車に乗りなよ。あぁ、ヴォルフもね」
それだけ告げて、レオンは返事も待たず馬車へと乗り込んだ。残されたヴォルフとレフィーナは突然の命令に、顔を見合わせる。
「な、なんだろうね…」
「……さぁな。とりあえず、レオン殿下の命令に従うしかないだろう」
ヴォルフは一旦その場を離れ、荷物を馬車へと積み込む。それから護衛の騎士の一人に近づいて、声をかけた。
「悪いが、指揮を任せていいか?レオン殿下に同じ馬車に乗るように言われてな」
「分かりました。…馬はどうしますか?」
「それなら、私が乗っていきましょう」
話に割って入ってきた声に、ヴォルフはそちらに視線を移す。騎士の格好をしたその男は、昨日の計画でレオンを引き止める役割を担った諜報員の男だ。
「貴方が?」
「はい。この先にも少し用がありますので」
「…では、お願いします」
諜報員の男の申し出に、ヴォルフは頷いた。それから自分の馬を連れてきて、その男に預ける。
用が済んだヴォルフがレオン達の馬車に乗り込むと、レフィーナの隣が空いていたので、そこに腰を下ろす。因みに正面にはレオンが座っていた。
ヴォルフが乗り込んだ直後、馬車はゆったりと動き出した。
それから暫くの間、その場には沈黙が降りていた。そんな重い沈黙に耐えられなくなったのか、ドロシーがレオンに声を掛ける。
「……あの、レオン殿下…」
「何かな?ドロシー」
「えっと、その…」
「ん?」
優しい表情と声色のレオンに、ドロシーはちらりとヴォルフ達の方を見る。それから控えめに話を続けた。
「レオン殿下、レフィーナ様達が…その、困っています」
「あぁ、そうだったね。ねぇ、レフィーナ、私が何故、この馬車に乗るように言ったか分かるかな?」
「…いえ…」
ようやく、本題を話し始めたレオンに話を振られたレフィーナは、考える素振りを見せてから、ゆっくりと首を横に振った。ヴォルフもまた、そんなレフィーナを見ながら、理由を考えていた。
ヴォルフではなくレフィーナに話題を振ったという事は、この馬車に乗せた理由……レオンが不機嫌だった理由がレフィーナという事だろう。
レフィーナが原因で、それにヴォルフも関係している、という事だ。
レオンはレフィーナが首を横に振るのを見て、再び口を開いた。
「そう。……昨日の夜、母上から貰った手紙を読んだのだけれど…」
レオンの言葉に、ヴォルフはレナシリアから預かった手紙を思い出す。確か、昨日の事についての詳細が書かれていると、レナシリアは言っていた。
だが、レオンの様子からすると、それだけでは無かったようだ。レフィーナに関することで、レオンが怒る事。そして、レナシリアが知っている事。
そこまで考えて、ヴォルフははたと気付く。
一つ…レフィーナに対してレオンが不機嫌になる事がある。レナシリアが知っていて、レオンがまだ知らなかった事。
レオンが話を続ける。
「とても面白い事が書かれていてね」
「面白い事、ですか…?」
「そう。…レフィーナが令嬢の頃、社交界であのような態度を取っていた理由が…私と結婚したくなかったからだと書いてあったよ」
「え……」
にっこりとレフィーナに笑みを向けたレオンの言葉に、ヴォルフはやはりそれか、と心の中で呟く。
レフィーナがレオンとの婚約破棄の為に悪役を演じた事。それをレナシリアが告げたようだ。
ヴォルフがレフィーナの様子を伺うように、隣へと視線を移せば、レフィーナはかちんと固まっていた。
「…こんな事にも気づけなかった私を見ているのは、楽しかったかな?」
レオンの言葉に、レフィーナが否定するように首を横に振る。
レナシリアは楽しんでいただろうが、レフィーナはそんな性格ではない。だが、あんな演技をしてまで、自分との婚約を破棄したかったのだとレオンは思っているようだった。
笑みを浮かべながらも、その瞳だけは全く笑っておらず、レオンの静かな怒りが伝わる。
「…私との結婚が嫌なら、そう言ってくれれば良かった。…決められた婚約者だったから、婚約の取り止めは難しかったかもしれないけど…私は嫌がっている女性と、無理に結婚しようとは思わないよ」
レオンの言葉は真実だろう。心優しく穏やかだった当時のレオンならば、レフィーナが嫌がっていると知れば、無理に結婚を進めはしなかったとは思う。
…今は色々あったせいで…少々性格が歪んでしまったので分からないが。
ヴォルフがレフィーナを見れば、難しい表情を浮かべていた。
それもそうだろう。レフィーナの目的は婚約破棄だけでは無かったのだから。異世界にいる妹の為に神と交わした契約。レオンとの婚約破棄と、ドロシーとレオンの仲を取り持つ事。
しかし、その事を知っているのはレフィーナ本人と…ヴォルフだけだ。真実を知らないレオンは表面の事実だけしか受け止められない。
0
お気に入りに追加
2,625
あなたにおすすめの小説
虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ
あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。
その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。
敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。
言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
そして乙女ゲームは始まらなかった
お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。
一体私は何をしたらいいのでしょうか?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
完 さぁ、悪役令嬢のお役目の時間よ。
水鳥楓椛
恋愛
わたくし、エリザベート・ラ・ツェリーナは今日愛しの婚約者である王太子レオンハルト・フォン・アイゼンハーツに婚約破棄をされる。
なんでそんなことが分かるかって?
それはわたくしに前世の記憶があるから。
婚約破棄されるって分かっているならば逃げればいいって思うでしょう?
でも、わたくしは愛しの婚約者さまの役に立ちたい。
だから、どんなに惨めなめに遭うとしても、わたくしは彼の前に立つ。
さぁ、悪役令嬢のお役目の時間よ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる