悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

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 とりあえず一旦冷静になろうと、ヴォルフは深く息を吐き出した。それから剣を収めて眼の前を飛んでいる妖精をじっと見つめる。よく見ればその顔には見覚えがあった。


「…アレ、ル…?」


 以前レフィーナが裏稼業の者に追われていた時に知らせてくれた男の名前を呟く。


「覚えていてくれて嬉しいのだ!」


 あの時、裏路地をレフィーナの元まで迷いなく行けたのも、気配なく消えたのも…妖精だったから。現実味のない事だが、納得は出来る。アレルとこの妖精は同じだ。まずはその事をなんとか自分の中で消化する。


「混乱してしまうのは仕方ないとは思うのだが、神の話を伝えたいから聞くのだ」

「神…」


 妖精の次は神。次から次へと理解を超える情報が入ってきて、さすがのヴォルフも混乱してきた。
 アレルはそんなヴォルフが落ち着くのを待つかのように、羽を動かしながら目の前を飛んでいる。
 …余計に混乱しそうだが、こうして実際に目の前に妖精という存在がいる以上、受け入れるしか無いだろう。そう考えて、ヴォルフはなんとか現状を受け入れた。とはいえ、受け入れただけで、話とやらを信じるかどうかは別問題だが。


「…それで、神様とやらの話っていうのは…?」

「レフィーナに関することなのだ」

「…レフィーナ…?」


 レフィーナの名前が出て、ヴォルフは眉を寄せた。レフィーナの名前が出たことで、これは夢ではないとはっきりと現実を突きつけられる。そういえば、アレルが初めてヴォルフの前に現れた時、レフィーナが関わっていた。

 ヴォルフは一気に冷静さを取り戻すと、アレルに視線を向けた。
 レフィーナにはまだ隠している事があるし、時々浮かべる憂いを帯びた表情の意味を知ることが出来るのでは、とヴォルフはなぜだか直感した。

 話を聞く体制になったヴォルフにアレルがほっとしたような表情を浮かべる。


「…まずは、神と世界の話から始めるのだ…」


 そう言ってアレルは話し始めた。

 この世界を創造した女神の一つの間違いによって、一人の人間の女が悲しい結末を辿ってしまったこと。そして、それが原因でこの世界は崩壊しかけて、それを隣り合う世界の神が阻止したこと。その女と女神の魂を人の体に封印して、長い年月を掛けて神が浄化してきたこと。
 その魂を持つ者がドロシーであり、浄化の為に癒やしと浄化の魂を持つ人間が側に必要だったこと。しかし、浄化の魂を持つ者がこの世界にはおらず、隣り合う世界で見つけ、それが、レフィーナ…いや、雪乃だったこと。

 そこまで話すと、アレルはそっと目を伏せた。


「…雪乃には妹が居たのだ。たった一人の家族で、雪乃が愛した妹…。そんな妹はある日、命に関わるほどの大きな怪我をしたのだ。……此処から先は実際に見てもらった方が信じられると思う。だから、少しだけ、ヴォルフの意識に干渉するのだ」


 アレルの胸元から眩しいほどの光があふれて、ヴォルフは咄嗟とっさに目を強くつむった。それから、少しして目を開けば、見たこともないようなものが溢れた部屋に立っていて、ヴォルフは動揺する。
 とりあえず、ここがどこなのか確認するように視線を巡らしたヴォルフは、ある場所で視線を止めた。

 そこには包帯を巻いた少女がベッドに力なく横たわっていて、そんな少女の手を握り唇を噛みしめる一人の女性が居た。


「どうして…っ」


 聞いた者が辛くなるような悲痛な声が静かに女性からこぼれ落ちる。混乱しながらヴォルフは慎重に女性に近づいた。黒髪の女性の近くまで来たヴォルフは、ふとレフィーナを思い出した。それと同時にアレルの言葉を思い出す。

 ―――妹はある日大きな怪我をしたのだ。

 その言葉を思い出して、ヴォルフはようやく状況を把握した。おそらくここはレフィーナの…雪乃の世界であり、雪乃の過去なのだ。となれば、ベッドで眠っているのは妹で、この女性が雪乃なのだろう。それを証明するかのように、隣にいるヴォルフに雪乃は全く気付いていない。


「私はどうなってもいいから、お願いしますっ!神様、ソラを助けて…っ!」

 
 妹の手を握りしめながら、雪乃が懇願するような声色でそう言った。その様子に、ヴォルフの心が痛む。
 そんな時、不意に顔を伏せる雪乃の前にアレルが現れた。


「ならば、取引をするのだ。天石 雪乃」

「えっ」


 雪乃は涙に濡れた瞳を瞬かせながら顔を上げ、目の前に突如現れたアレルの存在に驚いた表情を浮かべた。その様子から、雪乃のいるこの世界にも妖精は実在していないのだと分かる。


「な、に」

「我はアレル。異世界より神に遣わせられて、ここにきたのだ」

「神…?ソラ…ソラを助けてくれるの…!?」

「まずは落ち着いて話をきくのだ」


 神、という言葉に雪乃はすがるように、アレルを見つめる。そんな雪乃を今のヴォルフは見ているしか無くて、唇を噛みしめる。雪乃がレフィーナであるなら、ヴォルフの想い人だ。そんな人がこんなにも辛そうで、しかし、過去であるから何も出来ないのが悔しく感じる。
 そんなヴォルフに構うこと無く、場面は進んでいった。
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