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「なー、今日からなんだろっ?あの毒花様が城に来るの!」


 騎士の詰所で剣の手入れをしていたヴォルフに、アードが興奮した様子で駆け寄ってきて声をかけた。

 あの舞踏会の数日後、正式にレオンとレフィーナの婚約は破棄された。そして、レフィーナは公爵家からも追い出され、城で侍女をする事になっている。

 本来ならばレフィーナのように貴族として相応しくない行いをし身分を剥奪された者は、この国の辺境にあるダンデルシア家へと送られて、厳しい環境で使用人として働かされるはずだった。現にヴォルフが城に来てからも、数人はそのような処罰を与えられるのを見ている。だが、何故かレフィーナはダンデルシア家送りではなく、城で侍女をするように申し渡されいた。


「いいなぁ、ヴォルフが案内なんだろー?」

「…別にやりたくてする訳じゃない」


 誰が好き好んで嫌いな女の案内を進んでやるものか、とヴォルフはため息をついた。レフィーナの案内はザックに命令された事だ。

 ヴォルフはレフィーナの事を思い出して、複雑そうな表情を浮かべる。
 母親とは違うのに、母親と同じような目をするから、つい重ねてしまう。重ねれば、母親から受けた暴力などを思い出して気持ち悪くなる。そうなれば、元からの悪い印象と相まってレフィーナの事が誰よりも嫌いになった。

 だから、正直ダンデルシア家送りになって、二度と姿を見ることがない方が、ヴォルフにとっては良かったのだ。


「ヴォルフは本当に女性に興味ないんだなー。顔いいのに勿体ない」

「…興味の前に、あいつが嫌いなだけだ」

「ふーん。じゃあさ、ヴォルフは誰か気になる子とかいるのか?」


 目をキラキラとさせるアードにヴォルフは、手入れの終わった剣を突きつけた。


「働け」

「あ、はい」


 ぎろりと金色の瞳に睨まれて、アードは両手を上げて素直にそう返した。それから、何やらぶつくさ言いながらも、仕事に戻っていく。

 ヴォルフは手入れの終わった剣を鞘に収めて、腰を上げた。もうそろそろレフィーナが到着するだろうから、外に出ておこうと思ったのだ。ヴォルフが鞘に収めた剣を腰に下げた所で、大きな音を立てて詰所の扉が開かれた。


「副騎士団長ー!れ、例のー!」


 真っ青な顔で現れた騎士の言葉にヴォルフの口から思わずため息がこぼれ落ちた。


「報告は短く、分かりやすくしろ」

「あ、すみません…。じゃなくて!」

「レフィーナ嬢が到着したんだろ」

「あ、そうです」

「俺が行くから、お前は持ち場に戻れ」


 恐らく「毒花」と呼ばれていたレフィーナを怖がっているであろう新人の騎士に、ヴォルフはそう指示を出すとレフィーナの元へと向かう。

 すぐに見えた亜麻色の髪に、ヴォルフの顔が歪む。そして、まだこちらに気付いていない様子のレフィーナに声をかけた。


「これはこれは、レフィーナ=アイフェルリア様」


 ようやくこちらに気づいたレフィーナが、ヴォルフの方へ顔を向けた。
 緋色の瞳と視線が絡まって、ヴォルフは自然と身構える。会うたびに嫌みな言葉と態度をしてくるのだから、今回も何か言うだろうと思ったのだ。

 しかし、そんなヴォルフの予想は見事に裏切られる事になる。


「ヴォルフ様。今は家名も名乗れないただのレフィーナでございます。身分も副騎士団長様の方が上ですので、その様に扱ってくださいませ」


 そう言ってあのレフィーナが、何の躊躇いもなく頭を下げたのだ。
 そんなレフィーナにヴォルフは思わず口を半開きにしてポカン、としてしまった。

 顔を見れば見下した目で見てきて、挨拶のように嫌みを言う。そんなレフィーナが、ヴォルフに向かって頭を下げたのだ。頭を上げたレフィーナの緋色の瞳と再び目があって、レフィーナはにっこりと笑みを浮かべた。


「門を通ってもよろしいでしょうか?」


 レフィーナの言葉にヴォルフははっとして、今度は疑うような視線を向けた。
 舞踏会で会うレフィーナと目の前のレフィーナ。まるで別人だ。


「………お前、本当にあのレフィーナ嬢か?まさか、偽物じゃないだろうな」

「あら、副騎士団長様は私ほどの令嬢が他にもいるとでも?このレフィーナ、そんな方は見たことありませんわ。だって、私が一番美しいですもの」


 ヴォルフの疑うかのような言葉に、目の前のレフィーナの雰囲気が変わる。そして、つんと顎を上げて自信満々に言われた言葉に、ヴォルフは嫌な物を見たというような表情を浮かべた。
 間違いなく、あのレフィーナだ。大方、猫をかぶって反省しているように見せようとしたのだろう。そんな風に考えて、ヴォルフは表情を歪ませたまま言葉を吐き出した。


「この、猫かぶりが」

「信じて頂けないようでしたので」

「ふんっ、せいぜい侍女長にイビられ、針のむしろのような場所で改心することだな」

「ご忠告痛み入ります」


 ヴォルフの言葉に怒る事もなく、レフィーナはペコリと頭を下げた。そして城内へと入っていくレフィーナに、ヴォルフはもやもやする気持ちを抱えながら後を追った。
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