マインドファイターズ

2キセイセ

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最終章

最終話 マインド・ファイターズ

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「…はぁ」

 結局。無理なものは無理なんだ。
 どれだけ頑張っても、どれだけ抗っても、どれだけ強い意志を持とうが…結局、絶対的な力というのには為す術もなく蹂躙されてしまうのがオチだった。

「来ちゃったんだ。」

 俺の目前、そこには俺の姉であるカトリンがいた。彼女の死から、何ヶ月かたっている。なのにも関わらず鮮明に彼女の姿を覚えている自分がいた。

 死後の世界というものに来てしまったのだろうか。
 本当に死んでしまった…そうならばあまりにも虚しい人生じゃないか。何もなさなかった人生は。

「なんであの不意打ちは…躱されたんだろう。」

「多分…《服従の証》を発動したけど、効果がなかったから、自分にビビっていない、なにか作戦があるって思われたんだと思う。それで、《次元の眼》で警戒した…っていう感じかな?」

 それを聞いた時、少し諦めたような気分になった。

「…タクシェンは強すぎる。現代の神…なのか?」

「違う。ただの人間だよ。」

 彼女との、永遠の時間を俺は過ごそうとしていた。それで良かったんだ。また…みんなに会いたい。そう思いながら、夕焼けを映し出した半透明な彼女を見た。
 彼女と、自分。あの時の村で。

 記憶が戻ったあと、太陽に祈った。どうかあの頃に戻してください。と。最も太陽が照らす夏の日に、まるで過去に戻ったかのような光景が映し出され、思わず見とれてしまう。
 しかし……。



「アルスはまだ息があるよ。」

「…冗談はよしてくれよ、希望はもう捨てさせてくれ。俺が死んだならもう諦めるしかないんだ。」

「本当に…諦めるの?ミシェルさんから聞いたんでしょ?みんなを助ける方法を」

 恐怖、絶望、絶対的な力。それらを全てとっぱらった時。俺は諦めるという選択は…。田舎の村、そこには暖かい風が吹いた。
 血と生臭い匂いはそれによって流れて、俺の鼻に決意を抱かせる。

「絶対に…諦めたくない。本当は足掻いて、足掻いてみんな助けてやりたいよ!!でも…それがもう不可能だから。」

 そんな選択、取りたくなかった。口先では言っていたとしても本音はどうやっても変えられないようだ。そして、カトリンに一つカトリンに聞いた。

「息がある…ってどういうことだ。」

「簡単な話だよ。前に読んだユーグワの書籍に、"心物の所有者が死ぬと、その人に親しい関係にある人に心物の所有者が変わるって"…《避役の長棒》は元々、私の物だったんだ。」

「…てことは!?」

 俺が食い気味になり、気づいたことを彼女に示した。
 俺は、まだ生きている。…それを聞いた時、曇りがかっていた太陽を直接見るための穴が空いたようだ。

「そういう事。記憶が無いんだから、気づきようがないよね。これでもアピールした方なんだよ?《避役の長棒》で作った寝道具で寝た時に、私、夢に出てきたでしょ?」

「あったなぁ…そんな事も。」

「何達観してんのさ。そこはビックリしてよ!!ドリームピィーアとかロマンチックなストーリーじゃん!」

 いつもと変わらない様子の彼女を見て、安心して少し微笑んだ。彼女の使う言葉はこうやって現れても変わらないらしい。

 こんな時にも、空と海と大地と君は変化なく、俺の前に現れていた。

「ヘヘッ…久しぶりにこんな癖の強い言い方を聞いて、なんか笑えてきたよ」

「こんな状況なのにね。フフッ。」

 そうやって、あの頃のような温かい空気に身を委ねていた。堕落したように、責任から全て逃げ出したい気持ちもいっぱいだった。…しかし、それも限界が来たようだ。

「…ごめんね、行かなきゃ。」

 俺の前で、カトリンは寂しいことを言う。そんなこと言わないでくれ。一生、そばに居てくれ。記憶も戻って、やっと、会えたんだから。もう少しだけ…。

「…世の中の都合上、再会できるだけ奇跡だと思う。だから、そんな顔しないで、アルス。」

 くしゃっとした顔で、アルスはカトリンを見つめていた。
 タクシェンに、こんな化け物相手に、立ち向かう勇気も強さもない俺には、彼女が居ないと言うだけで心細くなってしまう。ましてや、及ばない強さですら、心物がなくなり大差をつけられてしまうでは無いか。

 それでも、立ち向かわなきゃ、みんな救えない。

「…もう、アルスも大人になったね。…誕生日、おめでとう。」

 大人、という言葉に俺は引っかかってしまった。18歳、大人では無いかもしれないが…責任逃れはできない年齢であることは明らかだ。

「大人になるために…責任は果たすつもりだ。絶望を乗り越えて生きていかなきゃ大人にはなれないから。」

「なら、きっと立派な人に成長するよ。」

「?」

「ずっと、絶望的な状況でも、身体を痛めていたとしても、立ち向かった。心だけで、立ち向かってきたんでしょ?」

「まぁ、そうと言えばそうなのかな?」

 その照れ隠しは小っ恥ずかしいものであった。

「人の体を動かすのは、脳だけど、その脳を動かすのは心だよ。みんな心が原動力になっている。
 英雄もスポーツ選手も、チェスの選手であろうと、それを強くなりたいという心で動いている。
 だから、タクシェンに心が奪われようと、私達は抵抗する。大丈夫、全ての原動力なんて、1番強いに決まってる!」

「私…達?」

 そう聞いた俺は、カトリンの周りに目線を向けてみた。
 そこには、ナットやコル、レイにマーベイン、スノなどの今までタクシェンに殺された人々の顔が見えてきたような気がしていた。

「みんな、タクシェンに抗うためにここに来た。…心だけで。……なんて言い換えよう?」

 最後の最後まで…カトリンは…。と、少しだけ、ほんの少しだけの呆れの感情が入り交じりながら、それが1番だと思う大きい感情があった。そして、その問いに対して、俺は答えを出していた。









「"マインド・ファイターズ"…とか?」

「…うん、いいね、それ!」

 自分まで、彼女に付き合う事になった。そんな日常に戻れたらな、と思う。俺の出した答えに無邪気な笑顔を浮かべる彼女を見てしがみつきたくなってしまう。彼女の透明度は徐々に上がっていく。

「…最後に一つだけ。」

 そう宣言して、彼女は俺の前に1歩近ずいた。
 寂しさが俺の心を支配する、孤独になる訳でもないし、彼女のいない世界が俺の心を満たされないということは無い。

 いつも通りの日常に戻るだけだ。それなのに、溢れ出た彼女だけの人恋しい気持ちは…いつしか目から外に流れ出た。

「アルス、幸せになってね。」














 誰も、あの日に戻れないことはわかっている。痛く苦しく、誰にも触れられたくないような記憶。先程の白昼夢を見て決意した。
 俺は今日、それの決着をつける。

 いつしか、カトリンの声は聞こえなくなった。消え去る彼女を引き止めたくて伸ばした手が、何も掴めずに待っている。
 あの頃とは違う、廃墟の並んだ村に、血の赤が染み付いた草原に、全てを奪った大悪党に目を向けた。

 静寂が空間を支配する中、俺は目を覚ました。その理由も、何もかも心の奥底に眠る無意識がわかっていた。

 夏の高温が、そこら辺の空気を陽炎にしてもう二度と会うことの無い、彼女の影を見せていた。いや、無理に見ていた。
 その陽炎が消えた時。俺は…。

 ヨロォ…….....。
 大の字に寝て、仰向けになっていたアルスは、ゆっくりと時間をかけて立ち上がった。雄叫びを上げて、己の覚悟を筋肉に変えていた。

「…行くぞ、タクシェン。」

「........なぜ、貴様は立っている?」

 出血多量、内蔵まで届いている傷が多数あり、骨も何本も折れているであろう。アルスにダラダラと流れる血、その狂気はタクシェンに冷や汗をかかせた。

 タンッ。ダッダッダ!
 アルスは途方もない試練に向けて、走り出した。
 なぜなら、それはもう達成されそうであったからだ。
 《避役の長棒》はもう無い、彼は予備用の凶刃を手に持ち、タクシェンに向かった。

「ちょこまかと…死ね!アルス!」

 タクシェンはそう言って、眉間に皺を寄せながら、アルスの前に《心の混沌》を突き出した。
 奴の指先はアルスに向けられて、何かが飛び出そうだった。
 タクシェンの指先の照準を心臓に定めた直後!

 グサッ!!

「……!?」

 タクシェンの左腕が突然、振り落ちた。
 彼は左手の手のひらを苦しそうに抑えていた。赤い液体が、漏れ出ていることが確認できる。…つまり、《避役の長棒》がタクシェンの左手を突き刺すように、突起を作っていた。

「カトリン…!」

「く…図に乗るなよ。餓鬼が!」

 ガシッ!
 しかし、タクシェンは左手を強く抑え、《心の混沌》が突起を作り続けることを止めた。すぐさま《避役の長棒》を支配してアルスの元に襲いかかる。

 ブンっ!
 ラリアットのように、一瞬にしてアルスの顔面を《心の混沌》でつかもうとした。アルスも咄嗟に身を引いただけで、何も出来ずに、心が奪われてしまうその瞬間。

 ジャキン!
 アルスを守るように、タクシェンの左手が弾かれた。そこには小さな斬撃の跡があった。そして、彼は前屈みになっていた。

「マーベインさん!」

「最後まで邪魔しおって!!」

 しかし、邪魔されたとはいえタクシェンはタクシェンであった。すぐさま次の攻撃をしようと、アルスを睨んだ。
目から、初めて見下ろされる感覚を味わっていた。腹立たしい、その面を今すぐ黙らせてやる……。

 しかし、その時、タクシェンの視界に異常が生じた。
 グルグルと高速で周りの景色が変わっていく。アルスが右に行ったと思えば、一周してまたアルスの顔が見える。
 …フラっ。すこし、酔ってしまう。

「コル…なのか?」

 タクシェンの頭上で、《次元の眼》は回っていた。

 千鳥足のタクシェンが、目の前にいるのに現在自分を見失っている状況。そして、左腕の負傷。それから《守護者の刃》は自分の味方。
 今までの思い出と友情が、全て俺の力となって、世界を救おうとしている。

 その時、1歩を踏み出すのは簡単だった。まるで背中を押されるようだった。カトリンが、マーベインが、コルが。
 ナイフを片手に握り、刺さる感触を得るために向かった。

 そして…。

「終わりだ、タクシェン!」

 そう言って、初めて奴に攻撃できる距離まで接近して、《守護者の刃》にも引っかからず、攻撃も飛んでこず。
 奴に刃が届きそうであった…。が。

「なら、殺してやる!!」

 タクシェンは怒号を上げて、《心の混沌》を俺の走る先に伸ばそうとした。そしてそれは、俺が飛び出した道に置かれた。道ずれ…だと!?
 だが!それでも行かなくては、俺の因果に決着をつけれない!
 こいつだけは、ここで、刺し違えても殺す!

 と、思っていたが…!

 バンっ!
 突如、タクシェンの左腕が俺の前からどいた。ハンマーで叩かれたような音がその時に聞こえた。
 《遅れる衝撃》がこの時に発動したとは、互いに驚いていた。

「ナット!!」

 全ての障害が無くなり、直線距離も少なく、これ以上の邪魔もない。手汗と共に、もう一度、しっかりとナイフを右手に握り、上から下まで振り下ろす。


 グサッ!
 剣先が奴の胸に入り込む、そして俺はそれを深く押し込んだ。全体重をかけて、手を前に出して深く深くへと。
 その度、肉が絡まり簡単には動かなくなったナイフを動かした。

「うおおおおお!!」

 ダンっ!
 そして、前に飛び出した体を止めるため、足の裏で踏ん張った。体全体、足のつま先から手を指先まで、全てを使い自分自身を回そうとする。

 ズサァァァ!!
 ナイフの全てが入り込んだ胸元から、腰と足と肘を使いながら回転の力を生み出し、心臓に向けて一文字にタクシェンを斬った。

「…うラァ!」

 腰から外に出たナイフの軽さに驚いた。そして、引っ掛かりがないナイフに操られるように、アルスはその遠心力に体を引っ張られる。そして、フラッとした直後…。バタッ。アルスはその場に倒れ込んだ。

「……ハァ。ハァ、ハァ。」

 もう息が続かない。このまま動けない。
 だが、もう。いいだろう、誰か…。来てくれ……。
 そうだ、みんなは?
 みんなはこれで助かったのか。…ほんの少しだけの希望だ。もしかすると、

 "タクシェンは心の具現化である、心物を奪っている。奪われた直後の人、その奪った心物の所有者に最も近い人はまだ生きている。
 だから、その時にタクシェンを殺せば、タクシェンが奪った心物、一つ一つの最も近い人である本人が適用され、心の具現化が戻り、心が戻るということになるのでは無いか"。
 そう考えていた。

「……」

 目が虚ろになる。もう…ダメだ。意識を保てない。



























「……ルス!アルス!」
「起きろバカ!絶対死ぬんじゃねえぞ!」

 むにゃむにゃとなりながら、アルスは仲間たちの声を認識できずにまだ少しだけ寝たいようだ。そして、寝言のようにそれを伝えた。

「…もうちょっと、だけ」

「…」「…」

「「起きたァ!!!」」

 8月16日。あの決戦から丁度1日後の真昼間だった。突如として、病院の一室から男女1人づつの叫び声が聞こえたという。いつものように、ここら辺でよく聞こえるうるさい叫び声。どんちゃん騒ぎをしているいつもなら、街の人から迷惑だと言われても仕方ないが…。

 今日は少し違うらしい。

「…あっ!そうだ!タクシェンは!?みんな…は?」

 アルスは目を覚まし、ベッドで寝ていた。そして、体を起こして近くにいた2人に状況を聞いた。…その2人が、ナットとコルなのだが。

「ボスも、スノさんも、俺もコルも、助かったぜ。なんなら、兵士の人々も半分ぐらいの人が助かったよ。ミシェルが治療して回ったんだってさ。そして、アルスのその傷もな。」

 目の前にいたナットが、今の状況を説明してくれた。
 そしてアルスは、先ほどナットに言われた傷のことに関して気になった。腕や腹、脚。鏡を使い背中などを見た。

 跡は少々あるが、傷がほとんど治っており、痛みもあまり感じていなかった。そうしている時に、コルはこう言っていた。

「ほんと死にかけだったんだよ!たまったまミシェルさんが来てくれたおかげで、生還できたんだよ。」

「そうなのか…。で!タクシェンは!?」

 一時、安堵したアルスは思い出したかのように、宿敵の行方を2人に尋ねた。それはもう、不安と期待が渦巻いた表情で。

「…コル、こっちのカーテン開けてくれ。」

「はーいっ。驚くんじゃないよ?」

 2人はそう言って、ベッドで座っているアルスの代わりに、窓の太陽を見せるようにひらりと、カーテンを開ける。
 そうすれば…。

「ありがとう!!」「英雄が見えたぞ!!」
「よっ!世界の救世主!」

 アルスを見た人達は、そう叫んでいた。
 少し恥ずかしいが、悪い気はしない。むしろ…気分がいい。
 …俺はこれが見たかったんだな。
 活気づいた街…花紙が舞っている。ヒラヒラと降る色は、少し目が痛くなるほどに眩しい光景だった。

 そこに、目の前にはいつもと変わらない、2人の仲間がいる。
 何ヶ月もの生活と戦いを通して、彼らには安心感を覚えていた。戦友であり、親友である彼らがいてくれたのが、何よりも嬉しかった。

「そうか…終わったんだな。」

 アルスは、跡の残った傷を見たり、今までの古傷を見ていると、思わずそう呟いてしまった。
 はぁ…。と1つため息を漏らし、肩をなでおろした。
 しかし、その時だった。

 コンコン!

「失礼するぞ。」

 ギィィ…。その音とともに、開いたドアから来客が来たようだ。
 そこには、片腕だけとなったレイさんがそこにいた。
 不便そうにドアを開けていた。そして不安定に歩いてこちらに来た。

「やっと起きたか。行くぞ、祝福のパレードにな。」

「は、はい!」

 そう言って、レイは手招きをしていた。
 クールなレイさん…は、ナットが絶対にぶっ壊す。毎日見ていた恒例のコントは今日も行われていたようだ。

「ドアの近くの椅子、あれまだ生温かいんだぜ?」

「言うな!ナット!」

 ナットとレイの掛け合い。それが、本当に久しぶりで、見慣れたはずなのに新鮮で…。
 クールとかボスの威厳を示したいレイさんの演技を、ナットが即座に機転を効かせて威厳を無くす、そして、あいつはへへっと笑うんだ。
 ああ、帰ってこれたんだな。感無量。それを体験した。

「行こっか、アルス。」

 そして、それを他にいる人と一緒に見て、笑いながらみんなでやっと、仕事を開始するんだ。
 それが、日常。それが、俺にとって大切な守りたいものだ。

 コルは座っている俺に手を差し伸べた。そしてそれを、俺がギュッと握り返したら、彼女は俺を引っ張ってくれた。
 非力な彼女の力じゃ、ほとんど変わらないけど、前にやって貰った時は勇気を貰った。

 俺は、全てを背負ってこう答えた。

「ああ、行こう!」









 俺が外に出ると、前には花道ができていた。花吹雪に、色々な装飾。俺の事を待っていた音楽隊に、待っていた騎士団。兵士達も待たせてしまったようだ。

 王様乗るような空席の馬車を、白馬が2頭で引いている。運転手はここで降りた。どうやら、交代するようだ。
 運転手が運転席に案内した人は、白髪の子供のような…。

「アルス。早く上に乗ってください。」

 …あれに乗るの?スノ副隊長…いや、事実上の兵士団のトップが運転する馬車に、最前列が王様のパレードの最後尾に。
 だめだ、胃が痛い。

「ちょっと緊張します。」

「世界を救った人が今更弱音ですか、あれより怖いものなんてあります?」

「…ないな!」

「そうですね、なら行きましょうか!」

 そう、俺に微笑みかけたスノが俺を馬車の中から、さし招く。
 もちろんそれに乗り、俺は超高級な馬車に乗ってしまった。
 ああ、やべぇー!手汗とかなんか色々な汗が止まらない、黄金が多いって!壊したら弁償代…。怖い。
自分の興奮を抑えられないまま、そのまま

「いいなぁー、アルス。黒と金の将軍ご達者のやつじゃねえか。俺も馬車に乗りてぇなぁー、スーノーさぁーん?」

 そう言って、ナットが俺が乗っている馬車に近ずき、運転席のスノに威圧をかける。ポンポンポン、と、だんだんと近づくナットをコルが背中を掴んで止めた。

「ああ、ナット達も乗れますよ。レイさんとコルちゃんのだけ依頼したんですけどね。」

「やっぱ辛辣!!一緒に戦った仲じゃん!!」

「ふふっ…。冗談ですよ。本当は乗れない。」

「タチわりいよ!?冗談の!」

 その流れを見下ろすように見届けて、少し緊張がほぐれた時、馬車は走り出した。揺れる体に、聞こえる歓声。それが俺の体ごと流れるように動く。

 そして、前にある2つの馬車にそれぞれ、ナットとコルは乗った。結構急いで乗っていた。ちなみに、レイさんは、別の兵士と一緒に王様を乗せて、1番先頭にいるとスノから聞いた。

 しばらく乗っていると、見慣れた顔が見えてきた。コプラだ。
 彼は、目を輝かせながら兵士と一緒に来ていた。
 前よりも少し…いや結構身長が伸びている。成長期とは恐ろしいものだ。そして、あいつもここの道に来ていたんだな。と、俺は思った。

「おーーい!!コプラァーー!!英雄になったぞぉー!!」

 そして、彼を見かけた瞬間、ナットは馬車から上半身を飛び出して手を大きく振っていた。それも、少し馬車から転げ落ちそうになるほどだ。

 対して、コルは小さく微笑みかけ、手を振った。
 …ショタはコルのどタイプ…いや性癖と言うべきか、だから彼女は少し顔を赤く染めている…と、思ったのだが、コルにとってコプラは成長しすぎたらしい。

 それから、コプラは俺に目を向ける。
 俺も、それに応えて彼と目を合わせた。そして、こう言った。

「かっけぇだろ?」

「うん!」

 手を思いっきり前に出し、彼に対してグッドサインを送った。
 彼も負けじとグッドサインを送り返す。ぴょんぴょん跳ねて、自己アピールしているところが可愛い。まだ15歳の子供だしな。俺が、コプラの所を通り過ぎたあと、ほんの少し、微かにコプラと兵士の話し声が聞こえた。

「ごめん、兵士さん。あの時は嫌い、なんて言って。」

「いいんだよ。私も、あの時に君を納得させれなかったんだから。こちらこそ謝るべきだ。……で、今はどうなんだい?」

「…兵士、かっこいい!」

 そう言っていたコプラを見て…彼がなにか憧れるものがある事に親心が芽生えそうになった。
 …そして、またしばらく進むと、大きな声が聞こえた。

「アルス!俺は!もう一度、やり直す!!だから、見ていてくれ!!」

 この歓声を全てかき消すほどには大きな声だった。彼は…黒いコートを身にまとった、はねた黒い髪の毛が特徴の青年だった。
 そして、この声はどこかで聞いたことがある。

「お前!ミシェルか!?」

「ああ!!本当にありがとう!!」

 それだけを伝えたかったのか、そう言った直後にミシェルは兵士達に大人しくついて行った。兵士達も彼をゆっくりと、移動させた。

 それが正しいとミシェルに言うのは、意見が主観であるから言えない、が…。彼自身の選んだ選択が、誰にも迷惑をかけずに生きていてくれるならば、俺はもうミシェルに干渉することは無いだろう。




「アルス。パレードが終わったぞ。」

 とうとう疲れきって、声援で耳が痛くなってきた頃だ。
 やっと祝福のパレードが終わったと、レイから報告をいただいた。何時間やっていたんだ。もう夜になっているじゃないか。

 確かに…パレード中に晩飯食ったわ。
 この国の全体を回るんだから、このぐらいかかってもおかしくはないか。

 そして、終わりにカタァース王様から、言葉もらった。

「えー、アルス殿。この度はこの国が滅んでしまう危機から、世界の危機から救っていただき、誠に感謝いたします。貴方が厄災を止めた事は、これからも末永く末代までに残る伝説となるでしょう。そして、その伝説をここに記します。」

 と言って、何やら感謝状を渡された。
 分厚い紙になっており、紙なはずなのに非常に重い。だから腕に力を入れすぎてしまっていた。
 そして、それでは別にカタァースとしての言葉もあった。

「…いや本っ当にありがとう。マジで怖かったよ。国民みんなほんっと恐怖のどん底でさ、明日死ぬかもなんて考えててさ。本当にこの国を救ってくれてありがとう!」

「はい!」

 俺はそう大きな声を出した。
 そして、ナット、コル、レイ、俺の4人で近くにある山の頂上まで昇った。理由は単純だ、今日の流星群を見たいからだ。
 1年で1回の流星群。綺麗で、儚い。一瞬だけ光る。あの流星群は人みたいだ。

 一つだけの流星なんて目立たず、ひっそりとその光を無くしてしまう。だけど…それが群となれば様々な光が交差し合い、美しいひとつの流星群を作れてしまう。
 その結果が、願いが叶うなんて大層な噂ができるぐらい、綺麗な光景となっている。

「来年も…また見ような。」

 そう、俺はつぶやく。考えることもできなかった未来の話を。

 [完]












 ――――エピローグ――――
『拝啓。マーベインさん。ラーラ。聞こえていますか?アルスです。

 あれから、3年後。色々なことが起こった。…でも、世界はみんなのおかげで平和になっている。だから色々なことっていうのは平和な世界の話だ。
 様々な事とは言っても、3年前の事柄に比べれば全然大したことじゃない。

 みんな、あれから様々な職業についているよ。


 まずはレイさん。予想はしているかもしれないが、あの人は4番隊に戻ったよ。マーベインさんにとっては嬉しい報告なんじゃないか?
 腐れ切った王国が嫌なだけで、今のカタァースさんが王をやっている王国は好きなんだって。

 確か…4番隊は"スノさんが繰り上がりで隊長になり"、一応新入りのレイさんが、副隊長の候補に挙がっている…みたいな状況だ。

 スノさん曰く、いつものレイさんが、兵士団に戻ってきてくれた。らしい。普段通りに仕事できているのが、何よりだ。



 次は、さっきも少し話したがスノ。
 彼女は隊長になった。けれども、前までのような、マーベインさんの後を追いかけるようなことをやめて、彼とは別体制で集団で犯罪者を潰すように動いているらしい。
 これから、どんどん治安が良くなってくると信じれるから、毎日不安を感じなくていいのが最高だ。


 次は、ミシェル。
 あいつはあの後、捕まって刑務所に戻ってった。
 自分の仮面を外し、何も装わずに生きているよ。その後も兵士の同行があるが、医者として活動している。最近では凄腕医師とか言われていて、何百人もの命を救っているらしい。

 …人の命を天秤をかけるのは良くないし、俺の個人的なことだが、あいつは恨まれてる分、感謝されて欲しいと思っている。


 そして、コプラ。
 あの子はすっごい。
 あの後、なんか俺に憧れたらしくて、「世界を救った英雄みたいになる!」なんて言ってひたすらに、兵士見習いとして努力してるよ。今じゃ《呪縛の鎖》は手足のように操っている。もうすぐ、兵団の入団試験があるらしいから、応援してやってくれ。

 そんで、コル。
 あいつは小さい規模の店を開いていた。昔、店を開いた経験が生きて、初っ端から商売繁盛しているらしい。
 …だけど、あいつは、ほとんどの場合ドジを踏む。店の場合だと、お釣りを間違えて多く渡したり、逆に少なく渡したり。そのせいで売上が合わないんだとか。
 昔よりも、声が大きくなった。いらっしゃいませという元気な声が目覚ましになるぐらいだ。

 …聞いて驚くなよ。ナットはな…。
 花屋になった。な、めちゃくちゃだよほんと。
 どうやら、近くのひまわり畑でしばらく働いた後、自分で店を開いている。
 その店はほんっと面白い。なんたって値札に値段と花言葉が書いているんだぜ。なんならパワーストーンも売ってるし、それにも石言葉が書いてるし…。ロマンチストだよ、あいつは。

 あと…これも意外だが、あいつは小説を書いてるんだってさ。自由人だからなー。とうとう自分でロマンを書いたよ。


 最後に一応、俺は…。
 建築家をやっている…と言っても、俺は一生遊んで暮らせるほどの大金を3年前に貰っているから、建築家になったのはタンダス村を復興させるためなんだが…。その大金ですら、故郷の復興に役立てている。

…意外と俺、建築家のセンスあるんだぜ?やっぱ《避役の長棒》を使ってたからかな。今はもう無いんだけどさ。
 何はともあれ、復興のために始めた建築家だが、意外とハマって、故郷を復興させたあとも続けようと思っている。

 
こんな風に、みんなそれぞれの道を歩み始めている。けれども、いつまでたっても俺達は戦友だし、その俺達にマーベインとラーラも含まれている。
 だから、どうか安心してゆっくり休んでんでくれ』

俺は手紙を書き終えて、すぐさま寝ようとした。
タン、タン。とゆっくり歩き、自室のベッドの上に眠る。ナットとコルはもう寝ていることだな。


普通の木の家、白いベッドの上、近くには樽。
少し離れて火の消した暖炉がある。窓からくる月の薄明かりが目に優しい光を届けるところで、彼、アルスは今を包み込むように目を閉じた。
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