そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

どうして? 本当に? 来てくれた? 

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 イグナスが強引にアシェルナオを引っ張って展示室に入ると、テュコたちはその後を追いかけた。

 だが、サロンに数人の私兵が無言で押し入って来て、テュコたちを展示室内部に入れないように体でバリケードを作った。

 「どけ。たかが領主の三男ごときがナオ様を連れまわすなど言語道断」

 テュコたち護衛騎士と、ジスランを筆頭に領騎士たちもヴィンケル家の私兵と向き合う。

 「私どもはヴィンケル侯爵に私的に雇われている兵士です。ここはヴィンケル侯爵家の家宝が展示されている展示保管庫。誰も入れてはならぬと厳命されています」

 「侯爵の私兵だから領騎士の命令にも従えないというのか」

 「中に入るのを許せば、私どもは重い罰を受けます」

 「あなたたちの立場もわかります。ですがヴィンケル侯爵からの罰よりも、王太子殿下の婚約者でありエルランデル公爵家次男であり、精霊の愛し子様への不敬罪の方が重いんですよ」

 フォルシウスが言葉を選んで説得するが、内心では苛立ちを覚えていた。

 「故郷に私の稼ぎで暮している家族がいるのです」

 「私も同じです。重い税を課してベアールの領民から疎まれているヴィンケル侯爵を守る我らは、さらにベアール領民から嫌悪される存在。我らの家族もそうです。領内に家族をおいておくことができないため、故郷でベアールからの仕送りを頼りに生活しています」

 「家族を守るためなら、我らはヴィンケル侯爵の命令を遵守します」

 私兵たちも領主一族が領民に悪政を敷いていることは重々知っているが、報酬と引き換えにヴィンケル侯爵家に仕えているのだ。

 不敬罪なら自分たちへの罰で済むかもしれない。だがヴィンケル侯爵の命令に背けばさらに手ひどい罰を受けるに違いなかった。故郷に置いてきた家族にも累が及ぶ可能性もあった。

 私兵たちは覚悟を決めた目で見返す

 対立する私兵と護衛騎士たちの押し問答を横目に、キナクは展示室の中をじっと見ていた。

 イグナスは奥のほうにアシェルナオを連れ込んだようで、2人の姿は入り口からでは見えない。

 だからこそテュコたちは苛立ちを隠せないでいるのだ。

 展示室の内部を探っていたキナクは眉間に皺を寄せて腰の剣に手を伸ばす。

 「まだだ」

 それに気づいたアダルベルトがキナクの横に来て制止した。

 だが、他の者には聞こえないささやかな音をキナクの耳が捉え、キナクは剣の柄に手をかけたまま私兵たちに向けて足を進める。

 私兵が報酬のためにヴィンケル侯爵の命令に従うのなら、キナクは命と引き換えにでもアシェルナオを護ると決めたのだ。

 だが、その肩に手をかけ、剥がすように後ろに追いやる者がいた。

 体勢を立て直しながらキナクが忌々し気にその者に顔を向ける。

 「あ……」

 だが、キナクは一瞬ポカンとした顔をした。

 その者は護衛騎士も、領騎士もヴィンケル侯爵の私兵たちも有無を言わさずに払いのけて展示室に踏み込む。

 その者が誰に止められることもなく展示室に踏み込んだ直後に何かが割れる音、イグナスの耳障りな喚き声が入り口にも届いた。

 同時に怒りに満ちた唸り声がして、動きを止めていた者たちも展示室の中に踏み込んだ。

 


 薄れる意識の中で、ふよりんの怒りに震える唸り声が遠くに聞こえた。

 ふよりん、怒っちゃだめだよ……。

 ふよりんは、かっこよくてやさしい、リンちゃんの子供なんだから……。

 領主の三男がふよりんのことを狂暴だと決めつけるようなこと、しちゃだめ……。

 「ナオ!」

 ふよりんを案じていたアシェルナオに、突然近くで自分を呼ぶ声が聞こえた。

 悪意に竦みあがり、絶望の淵に突き落とされた心がその声に一気に浮上する。

 どうして? 本当に? 来てくれた? 

 胸が熱くなり、心が求めるままにアシェルナオも大好きな人の名前を呼んだ。

 が、それは声にならずに消えて行った。




 本当なら昨晩のうちに帰還する予定だった。

 だが思ったよりも長引いた後処理がようやく終わったのは夜更けだった。

 仕方なくもう一晩モンノルドルで過ごし、朝になって帰還したヴァレリラルドがベルンハルドに帰還の挨拶を済ませて執務室に向かうと、ちょうど出発しようとするシーグフリードとイクセルたちに遭遇した。

 ヴァレリラルドと顔を合わせたシーグフリードは珍しく動揺しているように見えた。思えばベルンハルドとローセボームも妙に落ち着かない様子だったことに気づいたヴァレリラルドは、

 「なにがあった? ナオが関係しているのか?」

 怖いくらい張り詰めた表情でシーグフリードを問い詰めた。

 「アシェルナオのことになると嗅覚が働くな」

 シーグフリードは感心と呆れの混じった顔でため息を吐く。

 「いいから言え」

 「アシェルナオが最後の浄化のために訪問しているベアール領の領主に脱税の容疑がある。今からベアールの領城に治安省と統括騎士団とともに向かうんだが、同行している我が家の騎士からの連絡で、アシェルナオがよくない状況のようだ」

 それを聞くが早いか、帰還してすぐだというのにヴァレリラルドは真っ先に商人ギルドに向かい、ベアール領都の商人ギルドに転移すると愛馬を疾走させて誰よりも先に領城に駆けつけたのだ。

 領城の玄関ホールに入ると、家令らしき人物が待ち受けていた。

 おそらくシーグフリードたちを待っていたのだろうその人物は、前触れもなく突然訪れた王太子に一瞬目を見開いただけで平然と臣下の礼を執ると、サロンへの道筋を教えてくれたのだった。

 教えただけで同行しなかったのは、シーグフリードたちを待つ意味もあるだろうが、おそらく駆けつけたいだろうヴァレリラルドの邪魔をしないための配慮に違いなかった。

 目的のサロンに着くと、テュコら護衛騎士たちと領騎士たちが上半分がガラス張りになった奥の部屋への入り口で、行く手を塞ぐ兵士たちと攻防を繰り広げていた。

 テュコたちの様子を見ただけでアシェルナオが奥の部屋にいることを察したヴァレリラルドは音もなく駆けよると、護衛騎士の肩に手をかけて後ろに投げ捨てる。

 護衛騎士、領騎士、私兵。誰が味方で誰が敵なのかは関係なかった。中にいるアシェルナオをその目にするまでは誰にも邪魔されるつもりはなかった。

 入り口にいる者を皆薙ぎ払ってヴァレリラルドは展示室に足を踏み入れる。

 展示室らしいその部屋の奥で何かが割れる音がして、妙に癇に障る男の声がした。

 「愛し子様何を! ああ、うちの家宝の壺になんてことを!」

 ヴァレリラルドが駆けつけると、アシェルナオは床に倒れていた。

 破片が散らばる横で艶やかな黒髪を床に広げ、手足を丸めて倒れている姿に、ヴァレリラルドは心が凍りついた。

 「ナオ!」

 アシェルナオを抱き起こすが、その瞳はうっすらと開いているものの苦しい呼吸の中で意識が朦朧としているようだった。

 左手には破片が握られていて、そこから血が流れているのを見ると、何より涙を流し続けるアシェルナオを見ると、ヴァレリラルドの凍った心は憤怒の灼熱に変わった。

 ヴァレリラルドがアシェルナオを抱き上げると、同じく憤怒の鬼と化したふよりんが巨大化し、展示品をなぎ倒しながら若い男を前足で踏みつける。

 「ひぃぃぃ、助けてくれーっ!」

 足の裏で男を踏みしめながら、ふよりんは激しい怒りのままに低いうなり声を上げ続けた。

 「ナオ様!」

 「殿下!」

 駆けつけたテュコたちは、ヴァレリラルドに横抱きに抱きかかえられたアシェルナオの悲惨な様子を見て息を飲む。

 「フォル、ナオが怪我をしている。テュコ、ふよりんの足の下に男がいる。なんとかしてくれ」

 ヴァレリラルドはそう言うと、フォルシウスを伴ってサロンに向かった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 感想、エール、いいね、ありがとうございます。

 ナオちゃんにようやく救いの手が差し伸べられました。

 ふよりん大激怒です!

 次回からベアールの後処理と4部の締めに入ります。
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