375 / 492
第4部
やんちゃな雪うさぎ
しおりを挟む
「エルとルルのことはよしとして、グルンドライスト様や陛下からアシェルナオの体調を心配する声があがっている。浄化を早くすませたいと願うアシェルナオの気持ちはありがたいが、無理してはいけないよ。明日の浄化はお休みにしよう」
シーグフリードはアシェルナオの頭を撫でる手をとめて、その顔を覗き込む。
「でも、今日のキュビエも、もっと早くに浄化できればよかったと思いました。僕は大丈夫です」
「無理してアシェルナオが倒れてしまっては、元も子もないんだよ。陛下も、私たちも、アシェルナオばかりに負担をかけたくないんだ」
シーグフリードの言葉に、
「私もそう思います。たとえお体に不調を感じなくても、浄化をすることで精神は削られているのですよ」
ブロームも頷く。
「削られてません。元気です」
アシェルナオはブンブンと首を振って兄と教師の説を否定した。
「アシェルナオ、この前オルドジフ殿も言っておられただろう? 心を込めて歌うことがアシェルナオにとっての浄化の術だと。浄化を願う分心を込めて歌うから、心の力をたくさん使ってしまうんだ。大きな浄化のあとに長時間の眠りにつくのはそのためだよ」
「……よくわかりません」
浄化するのが遅くなることに納得できないアシェルナオは俯いた。が、すぐに顔をあげた。
浄化を頑張っているのは、ヴァレリラルドが危険を顧みずに王太子自ら魔獣討伐に行っているからなのだ。
ならば、浄化を頑張れない時は……・
「兄様、ヴァルの討伐の状況に変わりはないんですよね?」
「ああ。相変わらず湿原の足場の悪さに苦闘しているようだ」
「僕、明日はそこに行きます」
浄化を頑張れない時は、ヴァレリラルドのためになることがしたい。
アシェルナオはシーグフリードに真っすぐな視線を向ける。
「魔獣討伐の現場には行かせられない」
だが、アシェルナオが本気で言っているからこそ、シーグフリードは厳しい口調で言った。
「兄様、僕は行きます!」
珍しくアシェルナオは大きな声を出して立ち上がる。
「アシェルナオ?」
「兄様が手配して下さらないのなら、精霊たちに連れて行ってもらいます。でも精霊たちは僕しか運べません。兄様、僕を1人で行かせるんですか? 手配をして護衛をつけて行かせてはくれないんですか?」
大声を出して顔を真っ赤にするアシェルナオは、今世の家族に反抗するのは初めてだった。
家族に反抗して大声を出すのは、以前の、晃成に言い返した時のことを思い出させて胸が痛んだ。
以前のことを思い出して辛くて、気を遣って優しくしてくれる兄に歯向かっていることが辛くて、けれどもヴァレリラルドを助けたい思いが上回るアシェルナオは泣きそうな顔をしながらも怯まなかった。
テュコは小さく息を吐くと、
「……シーグフリード様、ナオ様はやんちゃな雪うさぎです。1人で無茶をさせるより護衛をつけて現地へのルートを手配したほうが得策です」
反抗してでもヴァレリラルドのために何かをしたいというアシェルナオの思いに応えるべく、シーグフリードを説き伏せた。
「テュコ」
危険なことはさせられないと反対すると思っていたテュコが援護してくれたことに、アシェルナオの表情が綻ぶ。
「ナオ様は言い出したら利きませんからね。それならば全力で護るだけです」
仕方なくですよ、と苦笑するテュコ。
「わかったよ。本当に、どうしてやんちゃなんだろうね」
渋々、本当に渋々といった表情でシーグフリードは首を縦に振った。
「ありがとう。兄様、大好き!」
シーグフリードの首に両手を回すと、アシェルナオはその頬にチュッと唇をつける。
「こんなに可愛かったら仕方ないだろう」
アシェルナオのキスに、さすがのシーグフリードも顔がにやけるのを止められなかった。
モンノルドル湿原は、シルヴマルク王国の北部にあるモクレール領に属している。
平地に大きな川と、その流れにつながる何本もの支流に挟まれた広大な湿原は他の領にはない雄大かつ繊細な自然美を誇るが、堆積した泥炭地は軟弱で、表層に染み出す水も足場を悪くしていた。
おまけにまだ昼になったばかりというのに、一帯を覆う霧が視界を悪くしている。
今のところ出没する魔獣は強くはないが、この環境下で、湿原に無数ある窪地からいつ魔獣が現れるのかもわからない緊張感は、通常よりも疲労感を与えていた。
「靴の中もびしょびしょ、霧で髪もびしょびしょ」
うへぇ、と言いながら前方から来る小型のボアや中型のコカドリの群れを蹴っては斬り、蹴っては斬る。
「雑に戦うな、ウル。他の者が足を取られるぞ」
近くにいるヴァレリラルドの前にウルリクが蹴った魔獣が飛んできて、注意を促す。
「俺の繊細な精神は限界なんだよ!」
怒鳴るウルリクを、どうどう、と声で宥めながらベルトルドも次々に魔獣を倒していく。
「食材だけは豊富なんだけどなぁ。そういえば腹減った」
群れの最後の1頭を斬り捨てて、剣を鞘に収めながらウルリクが呟く。
「第二隊、交代に参りました」
背後から交代の班が到着し、
「おーい、第一隊、休憩だぞー」
ベルトルドが大声で周知する。
「イクセルは?」
交代の挨拶は第二隊の隊長であるイクセルがするはずだった。
「はっ、休憩に入ってすぐにシーグフリード様から連絡が入り、どこかに出かけられました」
ヴァレリラルドの問いかけに、イクセルの配下の騎士が姿勢を正して報告する。
「シグから? 王城で何かあったのか? ナオに何かあったのか?」
自分で発言しながら急速に不安が高まり、ヴァレリラルドは駆け足で天幕に戻った。
「ラル、待て」
「先行くなよ、ラル」
主に置いて行かれまいと、ベルトルドとウルリクがその後を追った。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
シーグフリードはアシェルナオの頭を撫でる手をとめて、その顔を覗き込む。
「でも、今日のキュビエも、もっと早くに浄化できればよかったと思いました。僕は大丈夫です」
「無理してアシェルナオが倒れてしまっては、元も子もないんだよ。陛下も、私たちも、アシェルナオばかりに負担をかけたくないんだ」
シーグフリードの言葉に、
「私もそう思います。たとえお体に不調を感じなくても、浄化をすることで精神は削られているのですよ」
ブロームも頷く。
「削られてません。元気です」
アシェルナオはブンブンと首を振って兄と教師の説を否定した。
「アシェルナオ、この前オルドジフ殿も言っておられただろう? 心を込めて歌うことがアシェルナオにとっての浄化の術だと。浄化を願う分心を込めて歌うから、心の力をたくさん使ってしまうんだ。大きな浄化のあとに長時間の眠りにつくのはそのためだよ」
「……よくわかりません」
浄化するのが遅くなることに納得できないアシェルナオは俯いた。が、すぐに顔をあげた。
浄化を頑張っているのは、ヴァレリラルドが危険を顧みずに王太子自ら魔獣討伐に行っているからなのだ。
ならば、浄化を頑張れない時は……・
「兄様、ヴァルの討伐の状況に変わりはないんですよね?」
「ああ。相変わらず湿原の足場の悪さに苦闘しているようだ」
「僕、明日はそこに行きます」
浄化を頑張れない時は、ヴァレリラルドのためになることがしたい。
アシェルナオはシーグフリードに真っすぐな視線を向ける。
「魔獣討伐の現場には行かせられない」
だが、アシェルナオが本気で言っているからこそ、シーグフリードは厳しい口調で言った。
「兄様、僕は行きます!」
珍しくアシェルナオは大きな声を出して立ち上がる。
「アシェルナオ?」
「兄様が手配して下さらないのなら、精霊たちに連れて行ってもらいます。でも精霊たちは僕しか運べません。兄様、僕を1人で行かせるんですか? 手配をして護衛をつけて行かせてはくれないんですか?」
大声を出して顔を真っ赤にするアシェルナオは、今世の家族に反抗するのは初めてだった。
家族に反抗して大声を出すのは、以前の、晃成に言い返した時のことを思い出させて胸が痛んだ。
以前のことを思い出して辛くて、気を遣って優しくしてくれる兄に歯向かっていることが辛くて、けれどもヴァレリラルドを助けたい思いが上回るアシェルナオは泣きそうな顔をしながらも怯まなかった。
テュコは小さく息を吐くと、
「……シーグフリード様、ナオ様はやんちゃな雪うさぎです。1人で無茶をさせるより護衛をつけて現地へのルートを手配したほうが得策です」
反抗してでもヴァレリラルドのために何かをしたいというアシェルナオの思いに応えるべく、シーグフリードを説き伏せた。
「テュコ」
危険なことはさせられないと反対すると思っていたテュコが援護してくれたことに、アシェルナオの表情が綻ぶ。
「ナオ様は言い出したら利きませんからね。それならば全力で護るだけです」
仕方なくですよ、と苦笑するテュコ。
「わかったよ。本当に、どうしてやんちゃなんだろうね」
渋々、本当に渋々といった表情でシーグフリードは首を縦に振った。
「ありがとう。兄様、大好き!」
シーグフリードの首に両手を回すと、アシェルナオはその頬にチュッと唇をつける。
「こんなに可愛かったら仕方ないだろう」
アシェルナオのキスに、さすがのシーグフリードも顔がにやけるのを止められなかった。
モンノルドル湿原は、シルヴマルク王国の北部にあるモクレール領に属している。
平地に大きな川と、その流れにつながる何本もの支流に挟まれた広大な湿原は他の領にはない雄大かつ繊細な自然美を誇るが、堆積した泥炭地は軟弱で、表層に染み出す水も足場を悪くしていた。
おまけにまだ昼になったばかりというのに、一帯を覆う霧が視界を悪くしている。
今のところ出没する魔獣は強くはないが、この環境下で、湿原に無数ある窪地からいつ魔獣が現れるのかもわからない緊張感は、通常よりも疲労感を与えていた。
「靴の中もびしょびしょ、霧で髪もびしょびしょ」
うへぇ、と言いながら前方から来る小型のボアや中型のコカドリの群れを蹴っては斬り、蹴っては斬る。
「雑に戦うな、ウル。他の者が足を取られるぞ」
近くにいるヴァレリラルドの前にウルリクが蹴った魔獣が飛んできて、注意を促す。
「俺の繊細な精神は限界なんだよ!」
怒鳴るウルリクを、どうどう、と声で宥めながらベルトルドも次々に魔獣を倒していく。
「食材だけは豊富なんだけどなぁ。そういえば腹減った」
群れの最後の1頭を斬り捨てて、剣を鞘に収めながらウルリクが呟く。
「第二隊、交代に参りました」
背後から交代の班が到着し、
「おーい、第一隊、休憩だぞー」
ベルトルドが大声で周知する。
「イクセルは?」
交代の挨拶は第二隊の隊長であるイクセルがするはずだった。
「はっ、休憩に入ってすぐにシーグフリード様から連絡が入り、どこかに出かけられました」
ヴァレリラルドの問いかけに、イクセルの配下の騎士が姿勢を正して報告する。
「シグから? 王城で何かあったのか? ナオに何かあったのか?」
自分で発言しながら急速に不安が高まり、ヴァレリラルドは駆け足で天幕に戻った。
「ラル、待て」
「先行くなよ、ラル」
主に置いて行かれまいと、ベルトルドとウルリクがその後を追った。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
174
あなたにおすすめの小説
使用人と家族たちが過大評価しすぎて神認定されていた。
ふわりんしず。
BL
ちょっと勘とタイミングがいい主人公と
主人公を崇拝する使用人(人外)達の物語り
狂いに狂ったダンスを踊ろう。
▲▲▲
なんでも許せる方向けの物語り
人外(悪魔)たちが登場予定。モブ殺害あり、人間を悪魔に変える表現あり。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
だって、君は210日のポラリス
大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺
モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。
一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、
突然人生の岐路に立たされた。
――立春から210日、夏休みの終わる頃。
それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて――
📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。
15,000字程度の予定です。
この僕が、いろんな人に詰め寄られまくって困ってます!〜まだ無自覚編〜
小屋瀬
BL
〜まだ無自覚編〜のあらすじ
アニメ・漫画ヲタクの主人公、薄井 凌(うすい りょう)と、幼なじみの金持ち息子の悠斗(ゆうと)、ストーカー気質の天才少年の遊佐(ゆさ)。そしていつもだるーんとしてる担任の幸崎(さいざき)teacher。
主にこれらのメンバーで構成される相関図激ヤバ案件のBL物語。
他にも天才遊佐の事が好きな科学者だったり、悠斗Loveの悠斗の実の兄だったりと個性豊かな人達が出てくるよ☆
〜自覚編〜 のあらすじ(書く予定)
アニメ・漫画をこよなく愛し、スポーツ万能、頭も良い、ヲタク男子&陽キャな主人公、薄井 凌(うすい りょう)には、とある悩みがある。
それは、何人かの同性の人たちに好意を寄せられていることに気づいてしまったからである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
【超重要】
☆まず、主人公が各キャラからの好意を自覚するまでの間、結構な文字数がかかると思います。(まぁ、「自覚する前」ということを踏まえて呼んでくだせぇ)
また、自覚した後、今まで通りの頻度で物語を書くかどうかは気分次第です。(だって書くの疲れるんだもん)
ですので、それでもいいよって方や、気長に待つよって方、どうぞどうぞ、読んでってくだせぇな!
(まぁ「長編」設定してますもん。)
・女性キャラが出てくることがありますが、主人公との恋愛には発展しません。
・突然そういうシーンが出てくることがあります。ご了承ください。
・気分にもよりますが、3日に1回は新しい話を更新します(3日以内に投稿されない場合もあります。まぁ、そこは善処します。(その時はまた近況ボード等でお知らせすると思います。))。
僕、天使に転生したようです!
神代天音
BL
トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。
天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる