そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

やんちゃな雪うさぎ

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 「エルとルルのことはよしとして、グルンドライスト様や陛下からアシェルナオの体調を心配する声があがっている。浄化を早くすませたいと願うアシェルナオの気持ちはありがたいが、無理してはいけないよ。明日の浄化はお休みにしよう」

 シーグフリードはアシェルナオの頭を撫でる手をとめて、その顔を覗き込む。

 「でも、今日のキュビエも、もっと早くに浄化できればよかったと思いました。僕は大丈夫です」

 「無理してアシェルナオが倒れてしまっては、元も子もないんだよ。陛下も、私たちも、アシェルナオばかりに負担をかけたくないんだ」

 シーグフリードの言葉に、

 「私もそう思います。たとえお体に不調を感じなくても、浄化をすることで精神は削られているのですよ」

 ブロームも頷く。

 「削られてません。元気です」

 アシェルナオはブンブンと首を振って兄と教師の説を否定した。

 「アシェルナオ、この前オルドジフ殿も言っておられただろう? 心を込めて歌うことがアシェルナオにとっての浄化の術だと。浄化を願う分心を込めて歌うから、心の力をたくさん使ってしまうんだ。大きな浄化のあとに長時間の眠りにつくのはそのためだよ」

 「……よくわかりません」

 浄化するのが遅くなることに納得できないアシェルナオは俯いた。が、すぐに顔をあげた。

 浄化を頑張っているのは、ヴァレリラルドが危険を顧みずに王太子自ら魔獣討伐に行っているからなのだ。

 ならば、浄化を頑張れない時は……・

 「兄様、ヴァルの討伐の状況に変わりはないんですよね?」

 「ああ。相変わらず湿原の足場の悪さに苦闘しているようだ」

 「僕、明日はそこに行きます」

 浄化を頑張れない時は、ヴァレリラルドのためになることがしたい。

 アシェルナオはシーグフリードに真っすぐな視線を向ける。

 「魔獣討伐の現場には行かせられない」

 だが、アシェルナオが本気で言っているからこそ、シーグフリードは厳しい口調で言った。

 「兄様、僕は行きます!」

 珍しくアシェルナオは大きな声を出して立ち上がる。

 「アシェルナオ?」

 「兄様が手配して下さらないのなら、精霊たちに連れて行ってもらいます。でも精霊たちは僕しか運べません。兄様、僕を1人で行かせるんですか? 手配をして護衛をつけて行かせてはくれないんですか?」

 大声を出して顔を真っ赤にするアシェルナオは、今世の家族に反抗するのは初めてだった。

 家族に反抗して大声を出すのは、以前の、晃成に言い返した時のことを思い出させて胸が痛んだ。

 以前のことを思い出して辛くて、気を遣って優しくしてくれる兄に歯向かっていることが辛くて、けれどもヴァレリラルドを助けたい思いが上回るアシェルナオは泣きそうな顔をしながらも怯まなかった。

 テュコは小さく息を吐くと、

 「……シーグフリード様、ナオ様はやんちゃな雪うさぎです。1人で無茶をさせるより護衛をつけて現地へのルートを手配したほうが得策です」

 反抗してでもヴァレリラルドのために何かをしたいというアシェルナオの思いに応えるべく、シーグフリードを説き伏せた。

 「テュコ」

 危険なことはさせられないと反対すると思っていたテュコが援護してくれたことに、アシェルナオの表情が綻ぶ。

 「ナオ様は言い出したら利きませんからね。それならば全力で護るだけです」

 仕方なくですよ、と苦笑するテュコ。

 「わかったよ。本当に、どうしてやんちゃなんだろうね」

 渋々、本当に渋々といった表情でシーグフリードは首を縦に振った。

 「ありがとう。兄様、大好き!」

 シーグフリードの首に両手を回すと、アシェルナオはその頬にチュッと唇をつける。

 「こんなに可愛かったら仕方ないだろう」
 
 アシェルナオのキスに、さすがのシーグフリードも顔がにやけるのを止められなかった。
 
 

 
 モンノルドル湿原は、シルヴマルク王国の北部にあるモクレール領に属している。

 平地に大きな川と、その流れにつながる何本もの支流に挟まれた広大な湿原は他の領にはない雄大かつ繊細な自然美を誇るが、堆積した泥炭地は軟弱で、表層に染み出す水も足場を悪くしていた。

 おまけにまだ昼になったばかりというのに、一帯を覆う霧が視界を悪くしている。

 今のところ出没する魔獣は強くはないが、この環境下で、湿原に無数ある窪地からいつ魔獣が現れるのかもわからない緊張感は、通常よりも疲労感を与えていた。

 「靴の中もびしょびしょ、霧で髪もびしょびしょ」

 うへぇ、と言いながら前方から来る小型のボアや中型のコカドリの群れを蹴っては斬り、蹴っては斬る。

 「雑に戦うな、ウル。他の者が足を取られるぞ」

 近くにいるヴァレリラルドの前にウルリクが蹴った魔獣が飛んできて、注意を促す。

 「俺の繊細な精神は限界なんだよ!」

 怒鳴るウルリクを、どうどう、と声で宥めながらベルトルドも次々に魔獣を倒していく。

 「食材だけは豊富なんだけどなぁ。そういえば腹減った」

 群れの最後の1頭を斬り捨てて、剣を鞘に収めながらウルリクが呟く。

 「第二隊、交代に参りました」

 背後から交代の班が到着し、

 「おーい、第一隊、休憩だぞー」

 ベルトルドが大声で周知する。

 「イクセルは?」

 交代の挨拶は第二隊の隊長であるイクセルがするはずだった。

 「はっ、休憩に入ってすぐにシーグフリード様から連絡が入り、どこかに出かけられました」

 ヴァレリラルドの問いかけに、イクセルの配下の騎士が姿勢を正して報告する。

 「シグから? 王城で何かあったのか? ナオに何かあったのか?」

 自分で発言しながら急速に不安が高まり、ヴァレリラルドは駆け足で天幕に戻った。

 「ラル、待て」

 「先行くなよ、ラル」

 主に置いて行かれまいと、ベルトルドとウルリクがその後を追った。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。

 
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