そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

け、結婚ですか? え? 結婚ですか?

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 中央統括神殿から公爵邸の自室に戻ってきたアシェルナオは、部屋着に着替えて一階のホールの長椅子に座っていた。

 日が暮れる前の薄い青紫の空を眺めているアシェルナオに、

 「お疲れでしょう?」

 学園での勤めを終えて帰ってきたブロームが、いつもよりおとなしい部屋の主に気遣う声をかける。

 「体が疲れているわけじゃないです」

 ふぅ、とため息を吐くアシェルナオは、普段の能天気さが隠れるだけで犯しがたい気品に包まれた麗人だった。

 「ナオ様、とっとと忘れてしまいましょう」

 「気持ちが落ち着くお茶をどうぞ」

 アイナとドリーンがテーブルの上にお茶のカップを置く。

 「では、お茶を召し上がりながらお聞きください。ここ数日、ナオ様が学園をお休みされている間の授業内容をまとめたものです。今の時期は、まだ学年が変わって間がないということで前の学年の復習の要素が多くなっています。新しい要素は少ないですが、前の分と合わせて学習をしておきましょう。専攻の精霊魔法科については問題ないでしょう」

 ブロームがテーブルの上に広げた教科書やノートを、精霊たちとふよりんが覗き込んでいる。

 ブロームにはっきりとした精霊の姿は見えないが、ふよりんとその周囲から精霊の気配がしていた。

 これだけ精霊に愛されて、精霊を使って魔法が使えるアシェルナオに精霊魔法の学習と鍛錬は必要なかった。

 「ありがとうございます。ブローム先生、スヴェンは学園に行っていますか?」

 「ええ。初日しか同行できていないとふてくされていましたよ」

 ふてくされたスヴェンの顔を思い出して笑みを浮かべるブロームを見て、アシェルナオも顔を綻ばせる。

 「次は一緒に行けるといいんだけど」

 一緒に行くと断言できないのは、行き先はぎりぎりまで知らせてもらえないからだった。もちろん、次の行き先もアシェルナオは知らない。

 「ええ。剣の腕はまだまだ足りないでしょうが、騎士として伸び盛りのいい顔をしていました。スヴェンには経験が重要になってきますね」

 「伸びなければ、ナオ様の側近としては認められません」

 側に控えるテュコが一刀両断にしたところで、扉がノックされた。

 アイナとドリーンが小さく扉を開けて訪問者を確認すると、

 「ナオ様、シーグフリード様がお見えです」

 扉を大きく開けてアシェルナオを見る。

 「兄様? どうかしましたか? ヴァルに何か?」

 アシェルナオは長椅子から立ち上がってシーグフリードを迎える。

 「ラルの状況に大きな変化はないよ。……エルとルルに会いに行って大変な思いをして寝込んだと聞いた。そのあとで2ヶ所の浄化もさせてしまってすまない」

 シーグフリードはアシェルナオをぎゅっと抱きしめると、背中を抱いて一緒に長椅子に座る。

 「エルとルルは、その……でも、兄様が来てくれて嬉しいです」

 忙しい身でありながら、わざわざ会いに来てくれたことが嬉しくて、アシェルナオはシーグフリードの腕に抱き着く。

 シーグフリードも、甘えてくるアシェルナオが可愛くて、抱き着かれている腕とは逆の手でその頭を撫でる。

 「衝撃的な現場を目撃して、さぞ動揺していると思う。実は、エルとルルは閨の相手と結婚したんだよ」

 さらりと告げるシーグフリードだが、アシェルナオもテュコもブロームも、アイナとドリーンも誰もさらりと聞き流せなかった。

 「け、結婚ですか? え? 結婚ですか?」

 「シーグフリード様、エルとルルはいつ結婚したのでしょう?」

 目を丸くするアシェルナオと、ほう、と冷ややかな視線を向けるテュコ。

 「エルとルルが第二騎士団の宿舎で暮すようになってすぐだ。だが神殿に行く暇がなかったということで、今日神殿で正式に婚姻の手続きをしてきたところだよ」

 「あ、あの、兄様、えと……お相手の人と結婚したのは、エルですか? ルルですか?」

 「エルとルルは第二騎士団の騎士、ゴルドと結婚したんだよ」

 「エルも? ルルも? 兄様、僕、理解できません」

 事情が呑み込めないアシェルナオは、わけがわからなすぎて涙目になっている。

 「王家や貴族は夫人を複数持つ人もいるということはわかるかい?」

 「歴代の王様は王妃のほかに側室を持っていたと習いました。でも、ベルっちはテンちゃんだけだし、ヴァルも……」

 初めてヴァレリラルドが側室を持ったら、という不安を感じて、アシェルナオの瞳が揺れる。

 「心配しなくても、ラルはアシェルナオ以外は娶らないよ」

 「……はい。じゃあ、エルが第一夫人でルルが第二夫人ですか? エルとルルが夫人……?」

 ますますわけがわからなくなるアシェルナオ。

 「貴族でなくても、まあ、エルとルルは一応貴族なんだが、そうでなくても双子の場合は第一でも第二でもなく対等な立場で同じ人と結婚できるんだよ」

 「双子だから同じ人と結婚できるんですね。わかりました」

 第一夫人、第二夫人というより、その理由の方がストンと納得できた。

 「だから、アシェルナオは先触れも出さずに新婚家庭の閨の扉を開けてしまった第二騎士団の団長ヤルナッハの失態に巻き込まれただけなんだよ。エルとルルのためにも忘れてあげてくれないかい? 忘れることはできなくても、エルとルルの前では忘れたふりをしてあげてほしい」

 見られた方もショックだからね、とシーグフリードに言われて、

 「僕、新婚家庭の閨にお邪魔してしまったんですね。ごめんなさいをしないといけないけど、エルとルルの前では忘れたふりをします。なかったことにします」

 アシェルナオは、とんでもないことをしてしまったのは自分だと気づいた。

 「ああ。いくら新婚でも、宿舎で鍵をかけていなかった方も悪いから、アシェルナオが気にすることはないんだけど、そうしてくれるとエルとルルも気が楽だろう」

 シーグフリードに頭を撫でられて、アシェルナオは、はいと笑顔で頷いた。

 アシェルナオのショックを和らげるためにエルとルルと閨の相手を結婚させるとは。これくらいの決断力と行動力がなければ王太子の側近の文官、つまり次期宰相候補にはなれないのだろう。

 テュコは感心した瞳で次期エルランデル公爵家の当主を見つめていた。


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 いつも、エール、いいね、ありがとうございます。
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