そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第3部

終宴

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 やがてダンスを終えて、拍手喝采を浴びながらアシェルナオとヴァレリラルドが戻ってきた。

 「アシェルナオ、兄弟ともどもダンスに付き合ってくれてありがとう。アネシュカ、行くぞ」

 他人行儀にアシェルナオに告げ、アネシュカを伴って王座に戻るヴァレリラルドを、ウルリクとベルトルドが追いかける。

 少し寂し気に見送るアシェルナオを、

 「楽しかったかい? アシェルナオ」

 オリヴェルが椅子から立ち上がり、ハグをして迎える。

 「殿下とのダンス、素敵だったわ」

 パウラも立ち上がり、相思相愛の2人のダンスを祝福する。

 「楽しかったです、父様。ありがとう、母様」

 デビュタントでヴァレリラルドと思い出のダンスができただけでもよかったのだと思いなおして、アシェルナオは微笑んだ。




 王太子殿下とアシェルナオの素晴らしいダンスを見届けると、

 「確か、メイエはエルランデル公爵家のご子息と懇意にしているのだったね」

 以前から、王太子のダンスの相手をつとめたエルランデル公爵家の次男と懇意にしていると聞かされていたポートリエ伯爵は、確認するように息子のメイエの顔を見る。

 「ええ、はい……」

 実際は懇意にしたいという願望が先走った話をしただけだったのだが、後に引けずにメイエは頷く。

 「さすがポートリエ伯爵家の嫡男だわ、メイエ。王太子殿下の覚えもめでたい公爵家の次男と懇意にしているなんて。さあ、殿下がお近くにいらっしゃるうちに挨拶に行きますわよ」

 伯爵夫人は、ほほほほ、と笑いながらメイエの背中を押してエルランデル公爵家の休憩場所に向かって行った。

 「あの、母上……」

 メイエは母である伯爵夫人を振り向くが、背中を押される力が強く、あっという間にエルランデル公爵家の休憩場所に着いてしまった。

 仕方ない、と腹を括ったメイエは、

 「やあ、アシェルナオ」

 声高にアシェルナオを呼んだ。

 名を呼ばれたアシェルナオは、緊張したメイエと、ポートリエ伯爵夫妻を見つめる。

 「お友達かい? アシェルナオ」

 シーグフリードが尋ねる。

 懇意にしておりますとも。

 意気揚々としたポートリエ伯爵夫妻に、アシェルナオは困った顔で首をかしげる。

 「アシェルナオ」

 呼びかけて、スヴェンが挨拶に訪れた。その後ろにはケイレブとサリアンもいた。

 「スヴェン! ケイレブとサリアンもこんばんは」

 困惑の表情から一転して笑顔になるアシェルナオに、スヴェンはいたたまれない様子のメイエを見つけた。

 「メイエ。またアシェルナオを強引に誘おうとしたのか? アシェルナオにきっぱり断られていただろう?」

 「強引? 断られた? うちのメイエとエルランデル公爵のご子息は懇意の仲ではないのか?」

 「ないです」

 きっぱりとスヴェンが言うと、

 「君、うちのアシェルナオを強引に誘おうとするのはやめてくれないか? アシェルナオは断ったのだろう? なんなら親御さんとお話をしようか?」

 オリヴェルは笑顔でポートリエ伯爵の前に進み出る。

 「いいえ、何やら行き違いがあったようで。では、今宵はこれで」

 これ以上話をするとオリヴェルに好印象を持ってもらえないと判断したポートリエ伯爵は、夫人と息子を引き連れて立ち去っていく。

 「すっごい注目の的だったな。殿下と踊るとか、すごすぎ」

 「へへ」

 メイエたちを見送りながらスヴェンに言われて、アシェルナオはあやふやな笑みでごまかす。

 「17年の時を経て現実のものになるとは」

 「あの頃を思い出すと胸が熱くなります」

 カルムでのヴァレリラルドの告白を見守っていたケイレブとサリアンは、長い年月を経た2人の絆と愛情の深さに感激せずにいられなかった。

 「アシェルナオ」

 「こんばんは」

 「アシェルナオ」

 クラースやハルネス、トシュテンも親同伴で集まって来て、エルランデル公爵家のスペースは一気ににぎやかになった。

 「みんな、すごく素敵な服だね」

 「アシェルナオこそ」

 「デビュタント、緊張したけど楽しいね」

 くすくすっ、とハルネスが笑いかけてきて、アシェルナオも笑いながら頷く。
 
 その夜、アシェルナオは約束通りオリヴェルとシーグフリードともダンスをして、楽しいデビュタントを過ごした。
 
 



 
 「おはようございます、エンゲルブレクト殿下」

 ヘルクヴィストの領城では、ワゴンを押した侍従のハハトがエンゲルブレクトの部屋に入室してきた。

 「おはよう、ハハト」

 すでに起きて着替えを済ませていたエンゲルブレクトは、ワゴンの上に乗っている新聞を手に取った。

 「ああ、デビュタントが行われたのだったな」

 新聞には一面にデビュタントを迎えた者たちの写真が載っていて、エンゲルブレクトはそれを見て毎年の恒例行事を思い出したようだった。

 「殿下も王族の一員なのですから、もう少し王族の公務に興味を持たれてもよろしいのでは?」

 「私は人の多いところは苦手だ」

 「存じておりますが、ヴァレリラルド殿下の婚約式には出席なさいますでしょう?」

 ハハトは内ポケットから招待状を取り出すと、エンゲルブレクトに差し出す。
 
 「来週の水の日だったな。まさかヴァレリラルドが婚約するとは。あいつのナオ様への思いもそれだけのものだったのだな」

 呟きながらエンゲルブレクトは不承不承封筒を受け取る。

 ヴァレリラルドが婚約式を執り行うということは、自分も結婚について本腰をいれて考えるということで、ベルンハルドと約束をした今でさえエンゲルブレクトは少しもそんな気持ちにはなれなかった。

 最悪、言われるままに結婚したとしても、形式だけにするつもりだった。

 誰とも同じ部屋で過ごしたくはないし、誰かと並び立つことなどしたくなかった。

 エンゲルブレクトが唯一結婚を望んだのは後にも先にも梛央しかいなかった。

 「そういえば、ヴァレリラルド殿下の婚約者は王立学園の生徒ではないかという噂が立っているようです」

 「ほう。どこの家の者だ?」

 エンゲルブレクトの瞳に執着の色が浮かんだ気がして、

 「名前までは……。ただの噂でしょう」

 ハハトは咄嗟に明言を避けた。

 「王城に行く用事があったな。たまには母校を覗いてみるか」

 急に思い立ったようにハハトに告げるエンゲルブレクトは、珍しく楽し気だった。

 対照的にハハトの表情には暗い陰が落ちていた。
 
 
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