そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第1部

それにしても軽い……

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 「ナオ様、今朝は食が進みませんか?」

 エンゲルブレクトが声をかける。

 「うん。昨日寝るのが遅くて、まだ体が起きてないみたい」

 「眠たくなりましたら馬車の中でお休みください。馬車といえば、私から提案があるんですが」

 エンゲルブレクトの言葉に、ついに来た、とばかりに梛央とヴァレリラルドの護衛、護衛騎士たちに緊張が走る。

 「なんですか、叔父上」

 ヴァレリラルドも警戒して言った。

 「昨日は公爵だけではなく、なぜか商業ギルドや海運ギルドの長まで来ていてな。しつこ……熱心に話を乞われて、帰りが夜になってしまった。そこで、ここからエンロートまでの街道に先日魔獣が出たという情報を得たんだ」

 「魔獣?」

 不安げな声を出す梛央。

 「馬車が襲われて負傷者が出たらしいです。魔獣は姿を消して、討伐依頼を冒険者ギルドに依頼したそうですが、討伐したという報告はまだだとか。そこで提案なのですが、ここからエンロートまでは護衛対象者、つまりナオ様、ヴァレリラルド、私は同じ馬車に乗り、護衛しやすい状況にしてはどうか、と思います」

 意外とまともな提案に、ピリついていた雰囲気が少し緩んだ。

 確かに護衛対象者がバラバラの馬車に乗っていては、魔獣と対峙したときに馬車への警護が手薄になる可能性がある。

 それならエンゲルブレクトの提案のように魔獣の報告のあったエンロートまでの街道では、護衛対象者をまとめた方がよかった。

 「ナオはどう思う?」

 ヴァレリラルドは梛央に伺いを立てる。

 魔獣という言葉はこの世界に来てから耳にしたことはあったが、実際に見たことがない梛央にはどのような危険なのかが今一つ実感できなかった。が、旅に護衛騎士を多数同伴させていてもなお警戒を強めていて、軽く考えていいような事態ではないことはわかった。

 ヴァレリラルドが断らずに梛央に意見を求めることからも、ヴァレリラルドもそうしたほうがいいと判断しているのだろう。

 「テュコとサリーとリングダールが一緒なら」

 そうしないといけないのなら従うが、この条件だけは死守したい梛央だった。

 「わかりました。私からの提案ですので、馬車の中はナオ様を含めたその3名とヴァレリラルド、ケイレブ、そして私ということにしましょう」

 にこやかなエンゲルブレクトに、梛央も了承の意味で頷いた。




 出発の時間になると、夏の離宮の馬車寄せで梛央はスヴァルド、グンネルをはじめとした夏の離宮の使用人たちに見送られていた。

 慣れているエンゲルブレクトとヴァレリラルドは軽く挨拶をして馬車に乗り込んでいたが、

 「お世話になりました」

 梛央は行程中の定番となった制服風の姿でぺこりと頭を下げる。

 「とんでもないことです。充分なおもてなしができませんでした。次回は頑張りますので、どうかまたお越しください」

 スヴァルドが深く頭を下げる。

 「今度は私たちにたくさんお世話をさせてくださいませ」

 グンネルもスヴァルドの少し後ろで頭を下げる。

 「うん。また来るね」

 梛央はもう一度小さく頭を下げると馬車に乗り込んだ。リングダールを持ったテュコ、サリアンがそれに続き、やがて馬車は動き出す。

 護衛の騎士や車列が見えなくなると、

 「とても綺麗でお可愛らしい、よいお方でしたね。ヴァレリラルド殿下より年上のようですが、いい伴侶様になられるでしょう」

 グンネルが言った。

 「ああ。将来が楽しみだ」

 スヴァルドも言い、それが実現することを祈っていた。




 馬車の窓側から順にリングダール、梛央、テュコ、サリアンが座り、その向かいのソファ席の窓側にヴァレリラルド、真ん中にエンゲルブレクト、扉側にケイレブ。

 大人6人が座れる広さがある馬車だが、そのうちの3名がまだ子供と言ってもいい者たちなので、ゆったりと座ることができていた。

 揺れを感じない車内は快適だったが、梛央はリングダールに凭れて窓から景色を見ていた。

 寝不足もあり、車内ではすぐに睡魔が訪れると思っていたが、梛央は変に緊張していた。

 『探していた人が梛央ちゃんみたいな綺麗な子でよかった』

 『ずっと求めていた愛し子がナオ様のようにお綺麗な方でよかった』

 初めて会った時のエンゲルブレクトの言葉が、あまりにあの男に似てるから。眼鏡をかけて、にこやかに笑っていてもどこか神経質そうな印象があの男に似てるから。

 向かい側に座るエンゲルブレクトの存在に、梛央は気を張っていた。

 エンゲルブレクトとは夜会で踊ったり、一緒に食事をしたり、カルムの市場を散策してきたのに、どうしてだろう。

 夜会や食事、市場は周囲が楽しかったり和やかな雰囲気だったからだろうか。今は馬車という閉ざされた空間にいるからだろうか。

 そうか、あの時も車の中だった。だから馬車の中にエンゲルブレクトと一緒にいることでこんなに緊張しているんだ。

 自分の中で理解した時には、梛央の意識は暗闇の中に落ちていた。




 「ナオ様、お昼の休憩の場所に着きましたよ。起きられますか?」

 結局グンネルの持たせてくれた軽食には手をつけないまま休憩地に着いてしまい、テュコは心配そうに声をかける。

 「ん……」

 マット代わりのリングダールから体を起こすと、すでに他の者は馬車を降りていて、梛央が来るのを待っていた。

 先にテュコが降りると、ヴァレリラルドが手を差し出す。

 馬車の中から梛央も手を伸ばしたが、その手はヴァレリラルドの手の横をすり抜けた。

 「ナオ!」

 崩れ落ちるように倒れる梛央にヴァレリラルドは手を伸ばしたが、控えていたサリアンが受け止めて抱き上げる。

 「ナオ様!」

 「クランツ、護衛騎士たちにナオ様用の天幕を張らせて寝台を作れ。フォルシウスはそこでナオ様を癒せ。テュコはアイナとドリーンに指示を」

 サリアンが指示を出すと、護衛騎士たちやテュコが一斉に動き出す。

 「ナオ、大丈夫?」

 サリアンの腕の中で瞳を閉じてぐったりしている梛央を見て、心配そうなヴァレリラルド。

 「フォルシウスがいるから、よくなりますよ。大丈夫」

 サリアンの言葉にヴァレリラルドはほっとする。

 「それにしても軽い……」

 愛し子というより本当に精霊なのかもしれないとサリアンが思うほど、梛央は軽かった。
 
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