そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

文字の大きさ
19 / 492
第1部

齢50過ぎの元騎士団長の、あー……

しおりを挟む
  翌日。

 すっきりと目が覚めた梛央は、寝間着からゆったりした白いシャツブラウスと七分丈のトラウザーズに長靴下、ショートブーツという服装に着替えさせられていた。

 サミュエルからの報告をもとに準備された服はぴらぴらが多めで可愛らしかったが、着心地は快適なので梛央はアイナとドリーンの良くお似合いです、の言葉とともに甘んじて受け入れる。

 愛し子のイメージを壊すのも申し訳ないし、別の服を用意して、とわがままを言える性格でもない。むしろドレスでないだけましだと梛央は割り切っていた。

 朝食は部屋にある食卓に用意されていたが、4、5人がゆったり座れる大きさがあり、今更ながらに自分に与えられた部屋の広さに梛央は驚く。

 朝食は昨日と同じパン粥に温野菜とポーチドエッグとハム。それにフルーツが添えてあった。あまりたくさんは食べられないと思っていた梛央は、ほどほどの量に安心する。

 「いただきます」

 梛央は手を合わせると、すぐにスプーンを持ってパン粥をすくう。

 また「あーん」で食べさせられるのを阻止するためだ。

 「ナオ様の体調に合わせて少しずつ食事の内容を変えていきますが、不足があったら言ってくださいね」

 テュコはそう言いながら紅茶を淹れている。

 「量はこれで十分だよ。一人で食べるのは寂しいからできれば一緒に食べてほしいんだけど、だめ?」

 「ナオ様のお願いは何でもかなえてさしあげたいのですが、この王国の貴族の慣習ですから」

 「僕もそれに則らないとだめ?」

 「ナオ様はともかく、私たちはそうです。そうでなければシモン殿に嫌味を言われますから」

 「シモンて、昨日の……」

 昨日のことで梛央はシモンに強烈な苦手意識を感じていた。

 「王太子殿下の侍従を務める方ですので身元はしっかりしているのです。逆にしっかりしすぎているがゆえの極端な身分至上主義というか、上位貴族出身のプライドがそうさせるというか。おそらく昨日の暴挙でしばらくの間は王太子殿下の侍従からははずされるでしょうが、もし復帰してきても梛央様は無視していただいて結構ですよ。私がかわりに睨んでおきます」

 胸を張るテュコ。

 「私も後ろでツーンとしておきますわ」

 「私もです」

 アイナとドリーンの追随に梛央は思わず笑ってしまう。

 「でもシモンは上位貴族出身なんでしょう? テュコの立場が悪くならない?」

 「ご心配は無用です。私もそれなりの家の生まれですし、なにより愛し子様の侍従という大役を陛下より拝命しております。これ以上の強い立場がありましょうか」

 さらに胸をはるテュコ。

 「頼もしいね、テュコは。テュコが来てくれて本当によかった。僕はこの王国の慣習がどんなものかわからないから、いろいろ教えてくれる?」

 「もちろんです。ではこの時間で手短にはなりますが大まかにこの国のことについて話させてもらいますね。食事をお召しになりながらお聞きください。手が動いていないと、あーん、ですよ」

 にっこり笑うテュコ。

 可愛い顔に可愛い笑顔だがテュコは本当に『あーん』する気満々なのだ。

 この12歳、こわっ。

 梛央はそう思いながらパン粥を口に運ぶ。

 「この国はシルヴマルク王国といいます。建国から千年を超える歴史のある国で、建国より遥かに昔からこの地は精霊の加護を受けています。おかげでこの国は気候と肥沃な土地に恵まれています。現在の国王はベルンハルド・イルヴァ・シルヴマルク陛下。昨日お会いになったヴァレリラルド王太子殿下の御父上です」

 金髪碧眼の、いかにも王子様と言ったヴァレリラルドの端正な容姿を思い出しながら梛央はパン粥を咀嚼する。

 テュコもこわいが、ヴァレリラルドもこわい。日本人の感覚なら中学入学前くらいに見えるというのにまだ8歳らしい。

 梛央はヴァレリラルドが自分の身長を越える日ができるだけ先の未来になるといいなと思いながら次のパン粥を口に運んだ。

 次はフォークに持ちかえてオレンジを刺す。

 はむっ、とオレンジを口に運ぶと、甘い果汁が口に広がり、梛央は気を取り直してテュコに話の続きを促した。

 「王国民は加護を授けてくれる精霊を信仰しており、王国各地に精霊教会が点在しています。王国民は6歳になると精霊教会に行き、洗礼と加護の祝福を受けることが定められていますが、精霊信仰の象徴は精霊の泉です。精霊の泉から清浄な水と気が湧き、精霊が生まれ、それが国中にいきわたり、国は平穏であり続ける。昔からそう言われています」

 「精霊は信仰の象徴なだけ? 本当にいる?」

 「いますよ。実際に見える者はごくわずかですが。目には見えなくても精霊の加護のおかげで魔法が使えるので精霊の存在を疑う者はこの王国にはいません。王国にとって重要な意味を持つ精霊の泉と、それを取り囲む聖域の森の管理を行っているのは王国、すなわち国王陛下です。その拠点となっているのがここ、シアンハウスです。当主は王弟エンゲルブレクト殿下。殿下は聖域の森に隣接する領地ヘルクヴィストの領主でもあらせられますので、シアンハウスに常駐しているわけではありません。ヘルクヴィスト城とシアンハウスは転移陣で結ばれていますので行き来にさほど時間はかからないのですが、それでも早急に対応できるようにと、家令のサミュエル殿がいざという時の臨時指揮官を務めることになっています」

 「指揮官?」

 首をかしげる梛央。

 「ここには聖域の森に不審なことが起きていないか、不審者が侵入していないかを警らするシアンハウス騎士団が常駐しています。シアンハウスに約40名、シアンハウスと聖域の森を挟んで対面する地に支城があり、そこに約15名が詰めています。サミュエル殿は今ではシアンハウスの家令ですが、退役されるまでは第一騎士団の騎士団長を務めておられました。王太子殿下の護衛のケイレブは以前の部下だそうです。今でもサミュエル殿の剣技は現役騎士に劣ることはありません」

 「サミュエルすごいね。今いくつくらいなんだろう」

 「年齢は存じませんが、少なくとも50歳は越しているかと。この世界はある程度の年齢に達すると、以後の加齢はゆるやかなので見た目だけでは年齢がわからないところがあるんです」

 「へぇ? じゃあ寿命も長い?」

 「120歳まで生きる者も少なくありません」

 「そういうところが異世界って感じだね」

 でも、齢50過ぎの元騎士団長、今ではスマート家令のサミュエルが、自分に「あーん」したげだった様子を思い出して、梛央は口の中がちょっとだけ酸っぱくなった気がした。

 口直しのオレンジに手を伸ばす梛央に、

 「オレンジはお気に召しましたか? パン粥がまだ残ってますよ?」

 あーん、の危機が訪れる。

 「ちゃんと食べるよ」

 慌ててフォークを置いてパン粥のスプーンを持つ。

 「ナオ様、オレンジでも『あーん』はできますよ」

 「お野菜とハムも残っておりますよ。ナオ様、がんばって」

 アイナとドリーンに応援され、梛央はそれに応えるようにせっせと食事を進める。

 傍から見るとからかっているようなテュコだが、ところどころで心に傷を負っている様子を見せる梛央に食事をしっかり摂らせて、体から元気になってほしいという思いからだった。

 体が元気ならきっと心も元気になれる。メイドたちもそれがわかっているから梛央を応援しているのだ。

 梛央だけがそれと知らずに、なんでこんなに必死に食べているんだろうと疑問に思いながらも朝食をたいらげていった。
 
しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

使用人と家族たちが過大評価しすぎて神認定されていた。

ふわりんしず。
BL
ちょっと勘とタイミングがいい主人公と 主人公を崇拝する使用人(人外)達の物語り 狂いに狂ったダンスを踊ろう。 ▲▲▲ なんでも許せる方向けの物語り 人外(悪魔)たちが登場予定。モブ殺害あり、人間を悪魔に変える表現あり。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

イケメンな先輩に猫のようだと可愛がられています。

ゆう
BL
八代秋(10月12日) 高校一年生 15歳 美術部 真面目な方 感情が乏しい 普通 独特な絵 短い癖っ毛の黒髪に黒目 七星礼矢(1月1日) 高校三年生 17歳 帰宅部 チャラい イケメン 広く浅く 主人公に対してストーカー気質 サラサラの黒髪に黒目

処理中です...