となりは異世界【本編完結】

夕露

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トラブルだらけの学園祭

31.選手宣誓が●●過ぎる

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遠目で見ても眉間にシワを寄せているのが見えた波多くんは近くで見ると見なければよかったってぐらい厳つい顔をしていた。細かいしわが眉間に沢山見える。きっと波多くんは大学生ぐらいからもう眉間のシワが固定されていることだろう。可哀相に。

「おはよう波多くん、晴れたね」
「……晴れたな」
「……一応言っとくけど今日は1日快晴だって」
「……」
「……」

空を睨む波多くんが早く気持ちを切り替えられるようにと思って助言をしたら睨まれてしまった。人の親切を……。とはいえ今日これから波多くんは借り物競争に混合リレー、さらにはトライアスロンにまで出場するのだ。広い心でいよう。とりあえず波多くんに昨日の夜に仕入れた子猫が2匹顔を合わせて寝ている写真を見せてあげる。うわあ……波多くんの周りにお花が見える……。


「生徒の皆さん、間もなく学園祭一日目が始まります。各ブースに並んでください──」


波多くんで和んでいたらついに放送がかかった。波多くんは名残惜しそうにしていたけれど写真を見るのは止めて移動することにする。
今朝席を並べていて気がついたことだけど、波多くんと私は前後の席だ。お陰で猫について語れるし運動会で寂しい思いをすることはなさそうだけど、嬉しいかといわれたら微妙なところだ。なにせ波多くんは猫好きをあまり周りに知られたくないらしく、猫の話題をしても相槌しか打たないのだ。
つまり他の人が見れば、私が猫の可愛さについて語って波多くんが難しい顔で聞いている形だ。波多くんの口元の震えを見れば猫の可愛さに悶えそうになるのを堪えているのが分かるしその反応で会話は成り立っているんだけど、なんか嫌だ。私が波多くんに構ってほしい子みたいじゃないか。
だから本当はまだ話したりなかったけど大人しくして学園祭が始まるのを待つ。

放送の力は偉大だ。学園祭の説明が続く放送を数分聞いているあいだにも、グラウンドに散らばっていた生徒が素直に各ブースに戻って自分の席につき始めていく。皆学園祭となると本当に聞き分けいいな……。それにはちょっと恐怖すら感じるけど、何気に楽しみになってきている自分もいる。
なにせ皆がこんなに熱狂的にのめりこむ理由が今日分かるんだ。
忙しさと心労を増やしたくなくて今まで見ないようにしてきた風紀の護衛対象も全員ここで見れる。他校からわざわざ見にくるレベルの彼らの1人である桜先輩の信者の程度だって桜先輩の伝説の姿だって見れるんだ……!アー、タノシミダナ。

──そして遂にグラウンドを歩く人がいなくなる。

全員自分のブースに分かれて合図を待っていた。「始まる」「やっとだ」そんな囁き声も聞こえてきて、なんだかうずうずしてくる。

「校長先生より、挨拶があります」

朝礼台にのぼった校長先生は晴れ渡る空を背景に、晴れてよかったね楽しくけれど怪我せずに学園祭をしましょうねというお話をした。小学生の頃から覚えのある、校長先生からのお話ならではの空気に安心してしまっている自分がいる。それぐらい高校生活はおかしなことだらけで、変なことばかりだった。

「生徒会長、挨拶」

遠く離れた場所にある朝礼台に1人の男子が大股で向かっていく。あの歩き方は生徒会長、斉藤先輩だ。知り合いを見つけてあがるテンションは斉藤先輩の言葉で益々盛り上がる。



「それでは学園祭を始めます」



突然の開始宣言に、え、と思ったのは私だけかと思うぐらい、周りにいる人は特に反応することなく次を待っていた。
違う。皆子供みたいに緩みそうになる口元を必死におさえていた。
いつの間にか辺りはしんと静かになっていて、皆、斉藤先輩の話に集中している。

「本日は運動種目により順位を決します。すべての競技が終了し発表が終わり次第、明日の出店物のPRが始まりますので時間に遅れることがないよう各自確認をお願い致します。放送も随時流れますので聞き逃しがないようご注意ください。また、ミスコン投票は全員参加となっています。中庭にて行っていますので本日16時までに投票をお願いします。最後に……」

斉藤先輩とは思えない丁寧かつ落ち着いた声色にこれが仕事をする姿か……と尊敬を覚える前に鳥肌がたってしまった。ギャップが凄すぎて身体が拒否反応をだしてるね。
だけど話を区切った斉藤先輩が「あー」とマイクテストのように声を出して咳ばらいをした瞬間、空気が変わる。



「宣誓―っ!我々選手一同はーっ!青空高等学校学園祭を全力で挑みーっ!己のチームを優勝させるため力を奮うことをーっ!……ここに誓うっ!!」



マイクのせいか斉藤先輩が熱すぎるせいか、大きな声はグラウンド全体に響いてノリのいい人たちを鼓舞していく。ライブでも始まるんじゃないかと錯覚するほどの歓声が上がった。斉藤先輩は多くの人に慕われているらしく、いたるところからあがる歓声のなかには斉藤先輩を呼ぶ声もある。
口笛をふいて囃し立てる皆の顔を見ていると、戸惑う気持ちがワクワクしてくるんだから不思議だ。もしかしたら私って催眠商法にかかりやすいかもしれない。危ない危ない。
──学園祭が始まる。
続いて流れる放送は歓声に負けそうになりながらも最初の競技の案内をしていた。最初の競技は棒引き──そして2種目目は玉入れ。私だ!
同じ種目に出る子と一緒に出場者の控え場所に移動する。始まる学園祭に「頑張ろうね」とお互い興奮しながら歩いて数秒後、ふと気がつく。



斉藤先輩の選手宣誓、不穏過ぎじゃない?


 

 
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