となりは異世界【本編完結】

夕露

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散らばる不穏な種

23.ついてない日

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「それで?俺になんの用。思い知らせるってどうすんのかなー?」
「や、ちが」
「颯太(そうた)くん違うの!」

いままでリンチ紛いのことをしてた女の子が変装していた想い人だったら動揺するだろうなあ。
颯太くんの言葉をかき消すように続く否定の言葉に、颯太くんはつまらなさそうに親衛隊の方々を見下ろして欠伸をする。それだけの動作が凄く様になっていた。モデルさんってみんなこんな感じなんだろうか。横顔でもかっこいいって分かるし、あれだ、オーラってのがある。凄いなあ。
でも首から下は完全に女の子の制服で、全体見れば女装なんだよなあ。私がもし親衛隊の1人だったら「え?こいつなにやってんの?うわあ」ってドン引きするんだけどなあ。恋する女の子って凄い。

「いつにも増して五月蝿いなあー。俺五月蝿いの嫌いなんだよね。それで?なにが違う訳?突き飛ばしてうざいっつって集団で裏庭?それでぎゃんぎゃん喚いたあとはビンタですか。佐奈ちゃんも巻き込んでさ」
「っ!」
「っ!」

動揺する親衛隊の方々は辛辣な颯太くんの言葉に、顔を歪めたり泣いたり顔を背けたりしていたけれど、最後に私の名前を読んだ瞬間、思い切り私をゼット注目した。私も息を飲んだよ……。
私そろそろ教室に戻ってもいいかなあ?時間が、本当に危ないんだよなあ。

「それはっ!……颯太って気がつかなくて、それで、その」
「ふうん。あんたらってこうやって女の子苛めてまわってんだ。うける」
「颯太っ!」
「近づかないでくんない?本当に鬱陶しいんだよね。そうやって俺のファンの子苛めてまわって、なに?無関係な子まで絡んでさ。俺のため?頼んでないし、迷惑だって何回も言ってるよね」
「ひっ」
「泣いてんじゃん。大丈夫?」
「っ」

空気になって場を壊さないように気をつけながら教室に戻ろうとしたら、頭をわしづかみにされた。親衛隊の方々の視線が突き刺さるのを感じる。血の気がひくのが嫌でも分かった。颯太くんは動けないような力で頭を抑えてくるのに、器用なことに撫でてくる。

親衛隊の方々の前で、しかも過激派のような方々の目の前で……これがどんな影響を起こすのかこの人は分かっているんだろう。

顔を覗き込んできた颯太くんの顔の近さに目を見開いたら、さっき目の端で止まってた涙が頬を伝った。それを見た颯太くんは、笑ったのだ。それはそれは楽しそうに口元を吊り上げて笑ったのだ。

「ごめんね、佐奈ちゃん」
「ひ」
「あとお願いだからその魔女みたいな声やめてくんない」

物凄く小さな声で、笑いを堪えた顔でそんなことを言ってきたけれど、私だってしたくてしてるんじゃない。魔女みたいで悪かったな。声が出ないんです。

「颯太くん!」
「颯太……」
「五月蝿い。もう話しかけないでね。あと、牽制しあって関係ない女の子巻き添えにして苛めて勝った気になって?馴れ馴れしく絡んできたり彼女面してくるのも止めてね。ストーカー行為なんかぞっとするんで本当やめて」

聞けば聞くほど居心地が悪くなって、これからの風紀委員の仕事に一抹どころじゃない不安を覚えてしまう。これから剣(けん)くんは大変だろう。そしてとばっちりが少なからず私のほうにもくるんだろうよ。
だけど颯太くんはこのご時勢に、一応ファンの子達にそんなふうにボロボロに言っていいんだろうか。まあ話の内容を聞くに、大変なんだろうけどさ。
しん、と静かになった親衛隊の方々。すすり泣く声が聞こえる。ああ、なんで私ココにいるんだろう。


「じゃ、佐奈ちゃん。教室戻ろ「え!?いやいやごめんです!」


頃合いだと思ったのか、私の頭から手を離して優しい声色で話しかけてきた颯太くん。よくもまあこの状況で一緒に教室帰るって選択肢が出てくるな!
恐怖のあまり全力で颯太くんの言葉を遮ったあと一瞬嫌な間が合ったけど、予鈴の音が鳴り響いて我に返る。

私は走った。

いまある全ての力を使ってこの場から脱出した。全力で走った。親衛隊の方々が驚いて道を開けてくれたから、もう誰の声も聞かず走り抜けた──自由だ。
まだ鳴り止まない予鈴を聞きながら東(ひがし)先輩達にこれからの対策を聞くことを誓う。あとどうやったら風紀委員を辞められるのか真剣に考えた。
──階段をあがりきって一息つく。

もう教室だ……。もう安全だ……。

額に流れる汗を拭う。まだ授業さえ始まっていないのにこの疲労感。凄いな。
げっそりしながら廊下の角を曲がって、遠かった教室にようやく着いたのだと俯いていた顔を起こす──んん?
私の横を女の子が通り過ぎて行った。ん?同じクラスの子のような気がするけど、大丈夫かな?もうすぐSHR始まるよ?というか泣いてなかった?あれ?
不思議に思いながら前を向くと、気だるげに溜息を吐く外人がいた。


「なんですか。また貴女ですか」
「うんざりだ」
「はい?」


どうせまた告白されてたんだろう。
もう話す気にもならなくて、なんか後ろでブツブツ言ってる藤宮くんを無視して教室に入る。


「あんたどこ行って……お疲れ」
「ありがとう美加。私の癒しは美加だよ」
「お前ら席着けよー」
「うんざりだ」
「はいはい」


美加に抱きついたのとほぼ同じぐらいに海棠(かいどう)先生が教室に入ってくる。本当になんて間の悪い教師なんだろう。
席について溜息を吐く。

「なに?お前ランニングしてきたんかよ」
「はは。はっ」

思い出して鼻で笑ってしまった。もう言葉を返す気力もなくて机に突っ伏してしまう。
疲れた。本当に疲れた……。もう力尽きたよ……ん?
頭になにかぶつかって手元に落ちてくる。地味に痛い。またぶつかってきた。顔を起こしてみれば、なんと机に苺チョコが二粒転がっていた。波多くんを見れば視線をそらされる。もう既に口はなにかを食べているのかもぐもぐ動いている。
……波多くんと猫同盟のみならず苺チョコ同盟を組んでいてよかった。ありがとう、波多くん。


「はい、SHR中にお菓子食うなよ近藤ー。罰として荷物運びな」


ごくん、と苺チョコを丸呑みしてしまう。
今日はとことんついてない……。

 
 
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