となりは異世界【本編完結】

夕露

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散らばる不穏な種

24.うまく生きるコツその1息抜きは大切に

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「近藤、その書類ここに置いておいてくれるか?」
「はい」
「あとそこに重なってるの教室に……そ。それそれ」
「はい」
「紅茶飲むか?」
「はい。……はい?」
「ほら」
「あり、がとうございます」
「くっ、気にすんな」

喉を震わせて笑う海棠(かいどう)先生を見て、溜息を吐きそうになるのを誤魔化す。荷物運びは一度だけかと思いきや、放課後までこき使われて、いまはなにかの資料室で休憩?でお茶を飲んでいる。
あーあ、風紀室に行きたいのになあ。東先輩に色々話を聞きたいんだけどなあ。紅茶美味しい。

「これから風紀室に行くのか?」
「はい」
「最近は調子どうだ」
「……はい、いいです」
「紅茶好きなんだな」
「……?はい」
「数学は嫌いだな」
「え?はい。あー、はい」

またもや堪えるように笑う海棠先生の隣にある炊事場を使わせてもらってコップを洗う。この学校は炊事場がついているところが多い気がする。というか、資料室にあるのはなんでだろう。ここは先生方の休憩室なんだろうか。

「洗いましょうか?」
「ああ、頼む。ありがとう」

海棠先生も飲み終わったみたいだから、コップを受け取ってそのまま洗う。カチャカチャと音が響くだけの静かな部屋。風紀室とはえらい違いだ。
ああ、時計の音も聞こえる。部活動に励む声も聞こえてきた。

そうだ、折角だから他の食器も一緒に洗ってしまおう。

洗わずにシンクに並べらていた食器は結構な数だ。海棠先生はよく生徒に頼みごとをしてる。もしかしたらその御礼で今回みたいにお茶をご馳走しているのかもしれない。ん~そりゃ生徒に受けがいいわ。
洗い終わった食器を布巾の上に置いて手を拭く。あー、やりきった……って、そういや私はなにしてんだろう。まあいいか。


「それじゃ、もう運ぶものがなければ私風紀室に……」


振り返って聞いてみれば、海棠先生は腰をかけたまま寝ていた。いや、さっきまで話してたのにまさかだよ。目を閉じているだけ?だとしたらさっさと答えてほしいんだけどな。先生ーあなたに話しかけてるんですよー。
近くに行って顔の前に手を振ってみる。海棠先生の前髪が揺れるぐらい振ってみたけれど効果がなかった。

よし、帰ろう。

鞄を背負って資料室の扉を閉める。
さあ、五月蝿いあの場所へ向かうとしよう。




「こんにちはー近藤でー……以上です。また明日」
「ひっどいなあー佐奈ちゃん。俺と君の仲でしょ」
「ひ」
「ははっ!もうちょっと可愛い声出そうよっ!声ひっくいなあ!」
「おーおーあの王子と随分仲良くなったなー」

神谷(かみや)先輩の恐ろしい言葉に無言で首を振る。なのに、風紀室にいただけでも驚くのに颯太(そうた)くんは私の肩に腕をまわしてきて、いい加減なことを言ってくる。頭おかしいんじゃないか?
え?なに?「俺たち仲良しだよー」だって?あ、颯太くん頭おかしいわ。

ああ、私に腕力があれば、他人事どころか笑ってる剣くんに颯太くんを投げつけるのに……。

私の恨みの視線に気がついたのか、剣くんが立ち上がって近づいてくる。
そして颯太くんにデコピン食らわした。

「いってー。なんだよ剣ー」
「うっせーお前くっつき過ぎでしょー。そして近藤さんアンタ馬鹿でしょ」
「なんですかーそれ」
「はい」

颯太くんにデコピンしたあと悪態ついてきた剣くんは、目の前になにか突き出してきた。とても見覚えがある──携帯だ。そういえばリンチ事件?から携帯触った記憶ないな。剣くんに電話をかけたあと、落としてしまったんだろう。

「携帯しとけよー」
「ありがとう。忘れてたや」
「つか、画面に名前が出てたけどさー猫苺って誰?すっげ着信入ってたからアンタに用事あったんじゃね?」
「うわー気にしないでー。それにきっと凄くどうでもいいことだからあとで返事するや。ありがと」


猫苺とは波多(はた)くんのことだ。あー波多くんを猫苺って登録しておいてよかった。剣くんのことだからなんだか変な誤解をして喧嘩を売ってきそうだ。

しかしああは言ったものの気になる。

肩にあったままだった颯太くんの手をどかして距離をとったあと、携帯を見てみる。
猫の写真が何枚も送られてきていた。なんと波多くんの膝の上に乗っている。これは凄い。
必死に証拠写真を撮ったことだろう。ツーショットを撮りたいんだけど、あまり動きすぎると猫が逃げそうだというジレンマと戦って、結局、猫と口元までしか映らなかったんだ……という状況がありありと想像できる代物だ。ここが風紀室じゃなかったら爆笑しそうだ。

「なにニヤけてるんですかー?気持ち悪いんですけどー」
「えー?もしかして佐奈ちゃんの彼氏から着信ー?」
「え!そうなの!」
「違いますから。刀くん近い近い。ところで東先輩はまだ来られてないんですか?」
「あー。いまちょっと取り込んでるみたいなんだよ。どした」
「そうですか。神谷先輩、色々風紀のこと、というより世の中をうまく生きる方法を教えてください。切実です」
「ははっ!なんだそれ!コイツか!つか、コイツが原因だろっ!」
「ちょっ、大地(だいち)先輩コイツ呼ばわり止めてくださいよー。しかも俺が原因とかひどいいいがかりー」
「はい。颯太くんの周囲を見て身の危険を感じました」
「佐奈ちゃんひっでー!」
「本当お前小動物みたいだなー。偉いなーちゃんと危険を察知したかー」

笑う颯太くんを無視して、必死に神谷先輩に訴えると頭を撫でられる。あー癒されるー。ホストにいそうなルックスに加えて人を癒すこのカウンセラー力。神谷先輩こそモテそうなのになー。

「ご心配に及ばず。俺も結構モテてるしなー。でもま、そこはコイツと違って要領いいの。ちゃんと均衡保つように調整してるから」
「一生ついていきます。是非秘訣を教えてください」
「告白か!」

あの、神谷先輩。両手で頭をわしゃわしゃと撫でるのは構いませんが、直すのが大変だってことはご存知ですか?いやいやそんな野暮なことは言いません。秘訣を教えてくれるんですもの。なんでもしますよ。え?紅茶が飲みたい?喜んでいれますとも。


「……僕もちょっと対象の人に会ってくるー」
「いってらー」
「いってらー」


風紀室を出る刀くんを見送る剣くんと颯太くんの気だるそうな声。見れば二人ともソファにぐだーっと腰掛けていた。うう、そういえば二人ともなんとなく似てる……嫌なコンビだ。近寄らないでおこう。
暇潰しにからかわれるとか嫌すぎるから気持ち離れて紅茶を入れる。
あーいい香り。

「佐奈」

熱い紅茶の湯気と香りに癒されてぼーっとしていたら、神谷先輩が顔を覗き込んできた。

「まだ紅茶できてませんよー、って、飴ちゃん?」

内緒というように口元に人差し指をあてて目を細めた神谷先輩は、私の手にコロンと飴ちゃんを2つ転がした。レモン飴だ。
首を傾げる私に神谷先輩はニヤリと笑う。

「秘訣教えてほしいって言ったろ?まず一人でする心意気も大切だが周りの助けを望むこと。望めるための地盤作りをすることだな。コミュニケーション能力を磨けっての?でもまあ、とりあえず、これを刀に持っていってやれ。くっ、は、いい。いいから。一つはお前にやるから。とりあえず一つ刀に渡せ。それで慰めてやれ。アイツ落ち込んでるんだよ」

刀くんが落ち込んでる?そういや確かに風紀室をでるとき元気がなかったな。落ち込んでたんだ。
飴ちゃんを食べながら、ニヤニヤ笑う神谷先輩の顔を見上げる。


「じゃあ、行ってきます?」
「行ってら。あー面白いわー」


にこやかに手を振る神谷先輩の言っていることはよく分からないけれど、美味しい飴を貰ったことだし風紀室を出て刀くんを探してみる。まあまあ時間が経ってたはずだけど、刀くんは風紀室のすぐ近くにいた。歩いているのか止まっているのか分からない。

「刀くん?」
「……わっ!さ、佐奈ちゃん?」
「なんかごめんね」
「え?え?」

近くで声をかけたのにも関わらず気がついた様子がないから手を叩いてみれば、刀くんは飛び上がるほど驚いた。
そんなに考え込むほどなにか悩んでいることがあったのか……。ごめん刀くん。刀くんって悩むんだね。まったくそんな風に思わなかったよ。

「これ神谷先輩から。飴ちゃんだよ。元気出るよ」
「え?あり、がとう?」
「いえいえ」

両手で飴を受け取って首を傾げる刀くんを見て、あとなにか一つ足りていない気がして私も首を傾げてしまう。
ああそうだ慰めるんだった。でもどうすればいいんだろう──あ。


「え。え!っと」
「大丈夫大丈夫」


刀くんは慌てるけれど、頭を撫でる私の手をどかしはしなかった。
慰めるで思い出したのは悩んで不安でしょうがなかったとき、「大丈夫」と笑ってくれた美加の顔。凄く安心したなあ。

「大丈夫」
「……うん」

刀くんがにへらと笑って、背伸びする私に気がついたのか少し前かがみになる。非常に撫でやすい。

「佐奈ちゃん」
「はい。……?」

落ち着いた声に手が止まる。刀くんは緩々の表情だけど、口元はいつもみたいに開けていないで吊り上げて笑っている。
違いはそれだけなのに、なんだか雰囲気が違って少し戸惑ってしまう。


「かっわいいーなー」
「ぅあああ!やめ!いま思いっ切り鼻ぶつけたから!」
「可愛いなあー」
「だああああ!剣くん助けて!」


さっきの間はなんだったのか、いつかのようにとち狂った刀くんが抱きついてくる。突然だったし、突進してきたような感じだったから鼻にタックルかまされた。痛すぎて半泣きだ。


「なにやってんのアンタら」
「いやー本当に面白いわー」
「大地先輩なに企んでんだよー面白そうだから混ぜて」
「嫌。お前入るとややこしいからヤダ」
「あはは、賑やかだなあ」
「東、お疲れ。どうだった」
「面倒くさかったね」
「「「お疲れーっす」」」


誰も味方してくれない呑気な声を聞きながら、抱きついて離れない刀くんを慰めることはもう二度としないと心に決める。

というか、東先輩。
息抜きに一年の四苦八苦する姿を見に来たってどういう意味ですかね??





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