となりは異世界【本編完結】

夕露

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散らばる不穏な種

13.悲劇はひっそりと開幕した

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「もう俺、嫌なんです」
「はあ」
「普通に生きたいんです」
「はあ」

目の前でさめざめと泣く美女を前に私は冷え切ったお茶を飲みながら思う。
いつから私は人生相談受ける人になったんだっけ……。あはは。もういいけど、うん。


『晴れて風紀委員になった近藤さんに最初のお仕事だよ』


今朝、にこやかな笑顔でそう言った東(ひがし)先輩が桜(おう)先輩を風紀室に連れてきたのがそもそもの始まりだった。
東先輩曰く、去年の学園祭の惨状を肌で感じてもらうため本人を呼んだとか言っていたけれど、多分桜先輩の愚痴を聞くのが面倒で私に投げたんじゃないだろうか。よく相談という名の愚痴を聞かされてるって言ってたし。くそう、絶対そうだ。

桜先輩も桜先輩だ。私のほかにも折本くんたちがいたのに、私を見て『あ、昨日の……』なんて余計なことを言ったから私に矛先が向かったんだ。折本くんたちは今の私の状態を見て心底ターゲットにされなくてよかったみたいな顔してたまにこっちを見てくる。くそう。


「俺、今年は、絶対女装コンテスト、出ません」
「無理だろ。周りがぜってー出させるな」
「でしょうね」
「嫌、です……っ!」


わ、と顔を手で覆った彼女。あ、違う違う。桜先輩に生暖かい笑みが浮かぶ。涙声で若干興奮してるせいか高くなってる声が無駄に色っぽい。俯いたはずみで肩からすべりおちる髪まで色っぽい。

「泣いてもしょうがないと思いますが……」
「分かって、ます。でも。っ」

涙で濡れた目が悲しそうに歪みながら私を見上げる。お陰で私まで手で顔を覆いたくなった。なんでこんなに世の中は理不尽なんだ。美女にしか見えません、桜先輩。
それにしてもなんてウジウジして面倒くさい人なんだろう。美加あたりが見たら心底嫌そうな顔をして踵をかえすはずだ。私もそうしたいなあ。

「本音が漏れてる漏れてる、近藤さん」
「え。あ、す、すみません」
「それでー俺たちもう帰っていいですかー?なんか近藤だけで仕事がまわりそうなんで俺クラスに戻りたいんですけど」
「剣くんそれはひどいよ。まったく仕事になんないからとりあえず代わって」
「僕も戻りたいなー」
「皆、俺のことなんかどうでもいいんですね……っ」
「いやー今年は賑やかでいいなあ」
「ぞっとするな」

呑気な東先輩を見て、神谷先輩は頬をひきつらせる。東先輩は笑顔のまま騒がしい私たちを見て言った。

「じゃ、とりあえずお知らせかな。来週月曜日にはもう学園際についてのアンケートや組み分けなどが行われるからそのつもりでいて。俺たち風紀委員は文化祭では組み分けされた場所での手伝いもするけど、基本的にはボディガードとか取締りや調整に向かうことになるよ。
なので俺たち、特に1年はボディガードする人たちについて知っていかないといけない。それで具体的に何をすればいいのかもね。親衛隊とかの扱いもそうだけどすることいっぱいだから頑張ってね」

思わず折本くんたちと顔を見合わせる。なにがなんだか分からない。ぼやけた内容ばかりで不安だけが煽られるんだけど、これは狙ってるんだろうか。

「あーこればっかはしてみねーと分からないんだよ。口で説明しても結局分かんねえから。しながら覚えたほうがいい」
「そうそう」
「なにせ現実離れしてる。ボディーガードだぜ?」
「ボディーガードは説明しやすいから便宜上使ってるだけだけどね。正確には情報収集に提供にコントロールかな」
「なんか東先輩が言うと怖いんですけどー」
「なんか似合ってるよねー」
「ははは」

東先輩はイメージでいうと魔王様で、すっごく怖い。みんな思うものは同じで安心したよ。東先輩を怖いと言った剣くんの言葉に思わず「ねー」と言ってしまえば、こちらも同意見だったのか刀くんが笑った。なにがウケたのか東先輩も笑った。うん、やっぱり笑ってるのに怖い。東先輩って腹黒とかそういう言葉がすごく似合うもんね。笑顔が胡散臭いというかなんというか。


「いつまでふざけてられるか楽しみだよ」


東先輩の目は笑ってなかった。
……怖い。

「あ、あの」
「なに?紫苑」
「俺、ボディーガードには近藤さんについてもらいたいです」
「え」

思わぬ言葉に桜先輩を凝視すれば、困った顔が横に向いて、それから視線だけが上目遣いに私を見た。彼女は自分を鏡で見たことがあるんだろうか。

「お前が自分から女を近づけるなんて……春か?」
「ち、違います!」
「こんな女なんか眼中にありません」
「えっ!?え!?俺そんなこと言ってません」
「……剣くん。いまのはひどすぎると思う。確かに桜先輩のほうが女らしすぎるけど」
「そ、そんなこと!近藤さんのほうが可愛いです!」
「剣くんの言葉よりなんかきました」
「え!」

とんでもない美女に可愛いといわれても素直に喜べない。そういうところも可愛くないですよーだ。あはは、駄目だ。美加に会いたい。心のオアシスで癒されたい。

「俺、お、女の子にこうやって普通に接してもらったの、初めてで……。だから」
「どんだけ世界が狭いんですか。私の対応で感動するなら友達の美加に会ってください。美加の反応を見ればきっと世界が広がりますよ」
「どんな世界が広がるんだよっ」

神谷先輩がソファにのけぞって笑う。いや、だって桜先輩だったらどんな世界も開けそう。主にマゾっぽい方向で。

「まあいいよ。近藤さんには桜についてもらおうかな」
「え。決定ですか」
「い、嫌なんですか」
「あーいやーそういう訳では……ただ、面倒くさいなあと思いまして」
「ブッ!もっと隠せよ!」
「佐奈ちゃん素直すぎだよー!」

思わず言ってしまったせいでまたもや泣いてしまった桜先輩。なんだか謝るよりも先に溜息が出た。前途多難だ。折本くんたちの笑い声が妬ましい。

「折本くんたちには他の人たちについてもらうから他人事じゃないからね。はい、今から顔見せに行くよ」
「げ」
「えー佐奈ちゃんは?」
「桜専用になったから親睦でも深めといて。神谷行くよ」
「はいはい」
「それじゃまた放課後に」

東先輩はそういい残して風紀室のドアを閉めた。一気に静かになった空間に頬を濡らした美女と疲れきった私だけが残される。窓から聞こえる朝練に勤しむ声がどこか遠くで聞こえた。

「……えっと、私たちも出ますか」
「え。あ、は、はい」

親睦を深めといてと言われたけれど特に話すこともないし、お互い落ち着くためも解散したほうがいいだろう。うんきっとそう。とりあえずクラスに戻りたいからという訳じゃない。
開いていた窓を閉めに窓際に近づく。

風紀室は校舎の一階の隅にある。元々違う場所にあったそうだけどここに変わったらしい。理由は静かでいいからとか東先輩が言ってた気がする。人が寄り付かない場所だからいいんだと。
外から声が聞こえた。



「またですか。朝早くからそんなことで呼ばないでください」
「そんな……ひどいよ、藤宮くん」



ま、た、で、す、か。

絶望して顔を覆った。
始まったばかりの高校生活で私は何度藤宮くんの告白現場に居合わせただろうか。これから一体どうなるんだろう。もう止めてくれ。立地が悪かったんだよね。藤宮くんが現れるのは人気が少ないところだね。分かった。分かったよ!ここが角だったのも悪かったんだ。風紀委員の特殊な噂ばかりが目立ってここに風紀室があるっていうのは広まってないみたいだから、知らなかったんだね。誰もいないと思ったんだよね。くそう。
でもね、居合わせてしまう人だっているんだよ。私以外にもきっと!それを考えるべきだと思う。学校なんて絶対誰か人いるから!考えて!お願い!

──感情が昂っていた。

いつもなら、今回の例でいくと私は物音立てずに窓を閉める。だけど今回音を立ててしまった。バンッ、という大きな音じゃない。だけど告白という緊張感溢れた場所では響いてしまう音を立ててしまった。


「近藤さん?大丈夫ですか?」
「は、はい。なんとも……ん?」


小心者の私はすぐさま窓から身を隠してしまった。勿論、桜先輩が不思議に思って声をかけてくる。どうしたものか……。まあ適当に流そうと思って桜先輩を見て思考が停止する。
桜先輩は窓を背にあるソファから身体をひねらせて、両手を猫のようにソファにのせている。なんだこの人可愛すぎる。制服のズボンが見えないもんだから完璧だ。
内心苦笑いを浮かべながら誤魔化そうとしたとき、窓から影が伸びてきた。人だ。

う、わ……。

この風紀室の窓下には植木がある。その植木越しにその人、藤宮くんは立っているみたいだ。きっと音の発生源を確かめに来たんだ。怖いよ。
恐る恐る様子を伺ってみる。幸い私の位置には私を隠す衝立があったし、藤宮くんは私に気がつかなかったみたいだ。ラッキー。これでようやく藤宮くんの顔を拝め…………お、おおおおおおおお。
感動して心の中で声をあげる。

これは、何度も告白される訳だ。

黒髪ショートの彼は風まで味方につけているのかサラサラな髪を絶妙な具合で風に靡かせていた。すっごく絵になる人だ。鼻が高く涼しげな目元、外人にも見える顔つきにピッタリの長身は細マッチョ。凄いなあ。
感動と納得を覚えて頷いていると、視界の端に藤宮くんに気がついた桜先輩が私から藤宮くんに視線を移すのが見えた。


「お、お?」


思わず声を出してしまう。桜先輩の視線が藤宮くんに映った瞬間、そういえばずっと無表情だった藤宮くんの目が大きく見開かれた。藤宮くんの手が口元を覆う。

「おっとー」

誇張する気はないけれど、藤宮くんの顔は真っ赤だった。おっとっとっとっとー。
藤宮くんはなにを思ったか前に進んで窓に手を伸ばした。さっきは鍵まで閉められなかったから窓は簡単に開く。ビクリと身体を震わせた桜先輩、もとい彼女を見て藤宮くんはどう思ったことだろう。

「名前を、教えて貰えませんか?」
「な、名前?」
「ええ。お願いします」
「紫苑、です」
「紫苑……。綺麗な、名前ですね」
「そ、そんな。あ……ありがとうございます」

これは一体なんのちゃば──どういうことだろう。今にも噴出しそうになる口元を抑えてひたすら気配を消すことに努める。桜先輩、名前褒められて嬉しいのか知らないけれど頬染めるな。


「僕は明人(あきと)と言います。……っ!それじゃあ」


藤宮くんが名前を名乗った瞬間、桜先輩は「明人さん?」と微笑んで首を傾げた。誰が彼を責められよう。藤宮くんは更に顔を赤くしてどこかに走り去った。

「どうしたんでしょうか……」
「えっと、そうですね。とりあえず私は神谷先輩に同感です」
「え!?な、なにがですか!ま、待って!!」

桜先輩が慌てる気配がしたけど気に留めることさえできなかった。
少し前に神谷先輩が桜先輩に惚れてしまった奴らに心の底から同情したって言っていたけれど、その通りだった。できれば傷が深くなかったらいいんだけどなあー。




 
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