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月光に煌めく金のたてがみ-10年目の再会と約束-

act 5

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カツリと音がしてミズキは振り返る。
「今日はこないのかと思ってたけど…覗きに来たのか?」
音の主の姿を見て口元に小さな笑みを浮かべる。


誰もいないのでミズキは一人のんびりと湯浴みをしていたのだ。


浴槽の中から腕を差し出し傍に来た金糸の王のたてがみに触れる。

お湯で温まりほんのりと紅く染まった白い肌。

金糸の王は吸い込まれるようにベロリと胸元を舐めた。

「んっ」
小さな声が上がるが、ぺしゃりと頭を叩かれた。
「こら、俺は獣と交わるつもりはないぞ。それに…残念だがこの身体は10年も前から売約済みだ」
その言葉に
「グルル」
低い唸り声が毀れた。売約済みと言われたことに苛立ったのだ。
ミズキはそんな金糸の王の首を抱きしめ
「そう怒るな。この身体はお前の主のタマキのものなんだ。…と言っても10年も前の約束…あいつは忘れてるかもしれないけどな…」
告げるその声はどことなく寂しげだった。


10年前、初めてミズキが発情期を迎えたあの日、タマキは告げたのだ。
『10年経ったら俺がお前を必ずもらいに来る。お前が俺の嫁だ』

あの時の約束をミズキはずっと信じて待っていた。タマキが迎えに来ることを…。

どんなに嫌なことがあってもタマキが来るのだけをずっと待っていたのだ。


「グルゥ」
小さな声が零れる。ミズキのその身体を抱きしめるように王の尻尾がミズキの身体に巻き付いた。
王のその優しさがミズキは嬉しかった。
「そろそろ出よう。向こうで待っていてくれ」
ミズキは金糸の王から離れる。金糸の王は言われた通り風呂場から出て窓辺へと向かう。



部屋の中に見知らぬ姿を見つけ


「グルル」
と低い唸り声をあげればその声に気が付いた人物が振り返り金糸の王を見る。
「ヒロヤ国王から話は聞いていたけど、本当に君はその姿でこの場所に来ていたんだね」
キルズワーヌ王国の国王の名前が出てきて目の前の人物が誰なのかを理解する。
「君がどういうつもりでその姿であの子に逢いに来てるのかはわからないけれど、あの子の気持ちを踏みにじるようなことをするなら僕は父親として君を許さないよ」
目の前の人物がこの国の国王でミズキの父親だとはっきりと理解した金糸の王が
「…俺は…」
言葉を発しようとしたその時
「話し声がすると思ったら来てたのですか父上」
ミズキが出てきた。結局、国王が金糸の王の言葉を聞くことは叶わなかった。
「そうだよ。明後日、第二王妃の主催でタマキ王子の誕生日パーティを開催することになった。そこに君も出席するように」
国王の言葉に金糸の王が小さく唸りミズキの眉間に皺が寄る。
「あの人の主催のパーティに俺が出て行ったら困るでしょう?いくら王子の誕生日パーティだと言っても…」
ミズキの言わんことはわかるが
「キルズワーヌ王国の国王の命だ。あの女でもこればっかりは逆らえぬよ。逆らばこの国との交友にヒビが入るからね」
キルズワーヌ王国の国王からの命を無碍にすればこの国との友好にヒビが入るだけじゃなく自分の立場も悪くなるのはいくらあの女でもわかるだろうと国王が告げる。
「まぁ、そうなりますね…。あの方もそういうところはきっちりしてるので何かあればこの国の問題にも発展しますね…」
ミズキの言葉に金糸の王も
「グルゥ」
と小さく鳴く。
「もっとも、僕もヒロヤ国王も今回のタマキ王子の誕生の祝いにはミズキ、君を出席させる気でいたんだ。彼の…タマキ王子の覚悟も知りたかったしね」
国王の言葉に金糸の王は嫌そうな顔を見せ、ミズキは驚いた顔をする。
「どうしてですか?」
ミズキが静かに問えば
「タマキ王子も今年で20歳になる。彼はもう大人の仲間入りだ。結婚だって自由にできる歳になった。君は10年前のあの子との約束を信じて待ってるだろ?だから彼にはそれに返事をする義務がある。結局はちゃんと白黒つけろと息子が第一主義の父親のわがままなんだけどね」
苦笑気味に国王が答えた。その言葉を聞き金糸の王がギリリと奥歯を噛み締める。二人の国王が言っている意味は分かるし、理由もわかる。先延ばしにできない問題だということも…。
「あいつは…俺に逢う気はあるんでしょうか?」
ポツリとミズキが呟く。国王は少しだけ驚き金糸の王を見てからミズキを見て
「大丈夫だよミズキ。逢う気がなければこの国には来ないし、この子を君の所へ送りはしない。彼はそういう子だって君自身が一番分かってるだろ?」
優しく頭を撫でる。こくりとミズキは頷いた。この国に来てから彼は一度もミズキの前に姿を現していない。それが余計にミズキを不安にさせていた。そんなミズキの足に金糸の王が擦り寄る。心配するなと言わんばかりに…。それを見て国王も
「ほら、この子がそんな心配するなって言ってる。あの子はあの子で自分の中で葛藤してるとは思うんだけどね。この国に来たときの顔はそんな感じだったしね…」
金糸の王を見ていう。鋭い瞳で金糸の王が国王を睨みつける。余計なことを言うなと言わんばかりに…。
「タマキ王子の誕生の祝いが終わればこのふざけた茶番は終わりだ。あの女と息子の処分は決まってるし、王妃が極秘に帰国した。ただ、まだ君に逢わせることは叶わぬけどね」
ミズキが驚き顔を上げる。
「母上が戻られたのですか?」
ミズキの驚きの声に
「あぁ。先程ね。かなりご立腹だったよ。彼女も息子第一主義だからね。さて、長くい過ぎた戻ることにしよう。明後日、第一王子ミズキとして君に逢うことを楽しみにしてるよ」
答えると金糸の王に何かを耳打ちして帰っていった。



「…あいつは…ちゃんと俺に会ってくれるのだろうか…約束…叶えてくれるのかな…」

国王の背を見送った後でミズキ零した言葉はずっと胸の中にあった不安だった。


その言葉は金糸の王の胸に深く突き刺さったのだった。

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