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 わたしが平民に変装して働いているカフェは、王都の中でも端っこの方にある、知る人ぞ知る場所にある。前世で言う、隠れ家風、っていうやつだろうか。集合住宅が並ぶ通りの奥まった場所にあるので、ふらっと見つける、という可能性は非常に低い。
 客が極端に少ない、っていうわけでもないけれど、貴族の客は絶対にこないな、という場所にあるので、わたしは絶対にばれないように、と、ここを選んで働かせてもらっていたのだが――同じようなことを考える人がいたらしい。

 確かに、隠れて働く、となったら、ここまで条件のいい場所は、そうそうないだろう。ソルヴェート様――いや、シルくんは店長にスカウトされてやってきた、とは言ったけれど、この条件の良さで決めたに違いない。

 そう、思っていたんだけど……。

「リノ先輩、こっち掃除終わらせました!」

「ああ、うん、はい。ええと……じゃあ、こっちの準備の仕方、教え……ます」

 わたしは敬語を忘れそうになりながらも、もごもごと返事をした。平民でいるときのわたしは敬語を使わない設定だから、どうにも忘れそうになって困る。万が一、本当にシルくんがソルヴェード様だったときに、ため口で話していたことが知れ渡ったら非常にまずい。そのくらいで不敬罪にするような人でないことは分かっているが、我が家は既に家が傾いている状態。これ以上、なにも起きないでほしいのだ。

 でも、この人が、ソルヴェード様なのか、ちょっと疑い始めている。
 顔も声もそっくりで、変装らしい変装もできていないけど――妙に掃除の手際がいいのだ。仕事をする手つきに危なっかしさはなくて、何か指示しても、嫌がる素振りは一切なく、にこやかに仕事をしている。

 王族なら、こんなこと、できなさそう、と思ってしまうのだ。
 わたしの国の王族は、ふんぞりかえって偉そうにして、贅沢三昧、というわけではないが、いくら国民のために働いている、とはいえ、飲食店業務や掃除はやったことがないだろう。それなのに、妙な慣れを感じている。

 ……やっぱり人違い、なのかな。こんなにそっくりな人、いる?

 あんまりじろじろ見るのも失礼かな、と思って、わたしは、なるべく彼の方を見ないように意識しながら、開店準備を教えていく。

「ここのグラスは昨日のラストに洗ったものだから、もしここにグラスがあったら向こうの棚に持って行って――」

「これですね?」

 わたしのすぐ隣にあった、カゴに入ったグラスをカゴごと彼が持ち上げた瞬間――ふわっと、馴染みのある香りがただよった。

 ……これ、今の社交界で流行ってる、男性用の香水の匂いだ。
 最近出席した舞踏会で、ダンスを踊った相手の男性のほとんどがこの匂いだった。平民相手にも売っている店の香水だから、別に平民がつけていてもおかしくはないけど……結構な値段のものだから、普段使いするとは考えにくい。平民だったら、量の少ない、比較的手を出しやすいものを買うだろうし、何かの記念日とか、特別な日に使うはず。

「ここの棚ですかー?」

 いつの間にか、シルくんはわたしから離れ、食器棚の前まで行っていた。その様子は、ちょっとお金のある平民、くらいに見える。

「うん、そう、そこ――です」

 妙なちぐはぐ感に襲われながらも、わたしは返事をした。
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