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 開店してからは、彼のことを観察する余裕なんて一切なかった。妙に女性客が多いのである。

 シルくん目当てのお客さんなんだろうな、というのが一目で分かる。女性客の大半が、彼を見てきゃあきゃあと色めき立っていた。もしかしたら、既に店長が宣伝していたのかもしれない。そして、彼の目論見通り、シルくんは客を呼び込む店員になったわけだ。来るのは女性客ばかりだけど、元より女性客が多い店だから問題ないだろう。

 シルくんもシルくんで、自分目当ての客が多い、というのが分かっているのか、サービス精神旺盛に仕事をしていた。一応、線引きはしているようで、馴れ馴れしい接客をしているわけではないけれど……客に対して、可愛いだとか綺麗だとか、口説き文句に片足突っ込んでいるような褒めをしているその横顔は、ソルヴェード様そっくりだ。

 妙に増えたお客をさばき、シルくんに仕事を教えていたら、あっという間にシフトが終わる、夕方になってしまった。休憩時間が取れないくらいの忙しさだったが、ずっとあれこれ考えながら働いていたからか、時間があっという間にすぎてしまって、上がりのときになって、ようやく休憩を取っていないことを思い出したくらいだ。

 半端な時間になってしまったが、ようやく客足が落ち着き、上がりの時間になったことで、わたしたちは賄いを食べることができるようになり、二階の休憩スペースで二人そろって食事を取ることになった。
 今日はわたしが作った、あまりものの食材と合わせたパスタをいい感じに味付けした、雑パスタである。忙しい日の賄いなんて、こんなものだ。暇な日とかは、店長が店のメニューの中から何でも作ってくれるけど。
 美味しく食べられればいいのだ、と言わんばかりの雑パスタではあったが、シルくんが食べているところを見ると、なんだかちゃんとした料理に見えてくるから不思議である。

 ……やっぱり、食べる所作、綺麗だよなあ。
 崩そうとしているけれど、ふとした瞬間に出る所作が綺麗なのが隠しきれていない。きっちりとマナーを叩きこまれた人間の食べ方である。……わたしは前世の記憶があるから、平民らしい食べ方、余裕なんだけど。
 仮にシルくんがソルヴェード様ではなく、ちゃんと平民だったとしても、結構しっかりとした教育をされた坊ちゃんなんじゃないだろうか。育ちの良さがにじみ出ている。

 ――そんなことを考えていたからだろうか。

「あ、ソルヴェード様、食べ終わったらわたしが自分の分とまとめて片付けますので、そのままで大丈夫ですよ」

 口を滑らせたのは。
 仕事の最中は、絶対に言わなかったのに。忙しさから解放されて、ようやくたどり着いた休憩で気が緩んだからだろうか。

 びしり、と、二人きりの休憩室の空気が、これ以上ないくらいに凍り付いた。
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