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第4章 悠久を渡る「黒虚」の暇つぶし
71.答案提出、破
しおりを挟む【困惑する小動物】
『待って!』
通信を開始し、終了させる。相反する2つの役割を兼ね備えた、無機質なボタン。
触れた長い指が、押し込む直前で止まる。
『約束して。答えがわかったとしても、絶対に独断で「指名」を行わないで。
……ちゃんと、頼って』
フィーユちゃんの縋るような願い。
レインくんは視線を俯せて微笑し、
「約束する」
今度こそ、通信を切った。
理由はわからないけれど、通信機は僕の声を拾ってくれない。女性達との通話中、僕はずっとレインくんの表情を見上げていた。
だから分かった。レインくんが異端審問の一件について思い出したのは、フィーユちゃんが魔糸向鑑定術師という名詞を持ち出す前。舞台となったリーゲネス聖堂の名を、聞いた直後だったことが。
それ以降、面前の人物は、地方ギルドの一登録戦闘員、『狙撃手・4級』レイン・ミジャーレとしての仮面を背後に放り捨てたみたいだった。前進するのに邪魔だとばかりに。
テーブルに片肘をついて、目蓋を閉じた彼は、
「つれない真似をしてくれる」
溜息とともに、そう紡いだ。
軽やかな口調を残しながら、彼本来の低音で。
「オレと踊りたいなら、さっさと誘ってくれりゃ良かったのに。リーゲネス聖堂での一件について知っているのはオレだけ、4つ目のヒントの『意図』を理解できるのはオレだけ。待望のラストダンスにお付き合いできるのも、オレ一人だっていうのにさ」
『……ラストダンス?
まさか、わかったの? このゲームの、答えが』
「ええ、残念ながらね。
その証拠に、最後のヒントの内容を当てて見せましょうか。当たっていたら、出し惜しみせずにヒントを公開してくれると助かります」
その口振りは、ラウラがこの場にいて、僕等の会話に耳を傾けていることを確信しているみたいだ。ここには、僕と彼以外、誰もいない筈なのに。
やっぱり、僕のことを疑って……?
だとしたら間違いだ! 僕はラウラじゃない、僕を「指名」すれば敗北になる! くろは永久に戻ってこない!
何とかして止めないと。疑いを晴らさないと。
とにかく、アイデアを出す為の時間を稼ごう! そうだ、さっきフィーユちゃんと約束したばかりじゃないか、って……
だけど、僕が何一つ言えないうちに、
「ヒント5の内容は、こうですよね?
クロニア・アルテドットとフジカワケイは、1つの身体に共存する『同一人物』であるが、ゲーム中は別々に存在している。ゆえに、このゲームにおいては、彼等を『2人』としてカウントする。
……で。
その2人は『何か』を等しく分け合っている」
『え、』
にい、と。白く並びのいい歯を見せて不気味に笑う、ラウラの顔がくっきりと脳裏に浮かんだ。
それと同時に、
『……っ! 本当に、来た……』
これまでの伝達と同様、まるで自分で考えついたかのように、次の文面が浮上した。僕は大いに動揺しながら、レインくんにありのままを伝えた。
『ヒント、その5。
キミもご存知の通り、クロニア・アルテドットとフジカワケイは、本来同一人物だ。
だけど、仲良しこよしで半分こ~して、別々の身体を持っている今だけは、同一人物として数えるわけにはいかないでしょ?
と、いうわけで。
ゲーム中は「2人」とカウントする』
「……そうですか。流石に文面までは一致させられませんでしたね、するつもりもありませんでしたが」
何の感慨も抱いていない様子で、レインくんは言った。
この人は、本当に。
本当に、正解に辿り着いてしまったんだ。
だ、だけど! この最後のヒントだけは、明らかに成立しない! 状況的に有り得ない!
『状況が矛盾してる! このゲームに関わることを許されているのは、5人だけなんだよ!?
影陣営のラウラ! 光陣営の僕、レインくん、フィーユちゃん、ティアちゃん……そこにくろも加えたら、6人になってしまう! 僕が君達にゲームのことを打ち明けた段階で、影陣営側の勝利が宣言されていないと……』
「どうして、そうならなかったんだと思いますか?」
僕は硬直した。
刃物を突きつけられているみたいな感覚。ようやく馴染んできた作り物の身体の動作が、呼吸が、鈍る。体温が急速に低下していく。
思考しないと。思考、しないと……
『……僕等のうちの誰かが、ラウラだったから? 光陣営のうちの誰かが偽物で、本物はくろみたいにどこかに閉じ込められているとしたら? その人がゲームのことを知らなければ、カウントは5人になるよね?』
「もっと単純に考えてください。ルールとヒントから読み取れる理由があるでしょう?
アンタがさっき挙げた面子の中で、絶対に『人』としてカウントしちゃいけないと……ゲーム内における扱いについて、そう断言されている奴がいますよね?」
『え、…………ああっ!?』
ヒント、その2だ。
「ボクは『人間を辞める前から』性悪だった」とあるじゃないか……!
『ラウラは「神」と自称していた。僕の母国では、神様を、一柱、二柱って数える……少なくとも「人間を辞めている」んだから、人間と同列で数えたらいけないんだ!』
「ええ。ケラス教は唯一神信仰にもかかわらず、何故か、その教義に神様の数え方が明記されている。このゲームに関わっているのは、一柱の神と五人の人間なんです。それを踏まえた上で、このゲームのルールをもう一度振り返っていきましょうか。
ルール1。神はカルカを居住地とする一存在に変装しており、人間達はその変装を見破らなきゃいけない。ここで重要な点は『一存在』という呼称です、つまり神は、必ずしも人間に化けているわけじゃない。
その一方で、ルール2。神が自らの勝利の為に殺害しなければならない『標的』は『個人』、つまり人間だということがわかります」
ルール3は先程考え方をはっきりさせた、ゲームに関係できる人数についての記述。
「さて、ルール4です。
『指名』の為の台詞ですが、明確な違和感がありますよね?
『ゲームの答え、「固有名詞」の中に、みーつけた』っつー、ふざけた台詞なわけですが」
『違和感……ええと、「ゲームの答え」って台詞かな? ゲームのことは僕等5人以外の人に知られたら駄目……だからヒント5が呈示した内容から、候補者はくろ以外の4人に絞られて……あれ?』
「いや、ラウラを神とするなら、変装している相手もまた神なわけで……そもそも指名のチャンスは一度きりで、間違った相手を指名してしまうと即刻負けになるんですよ」
『そ、そっか、ごめん……!』
呆れながらも、ちゃんと間違いの理由を説明してくれる。優しいな、流石はくろが選んだ教師だ。
それ以外に引っかかる表現は「固有名詞」……
待てよ。固有名詞の「中に」?
『変だ……確かに変だよ!
前後の言葉で不自然さを減らしてはいるけど、どうして「固有名詞」そのものじゃなくて、固有名詞の「中に」なんて言い方をしなきゃいけないんだろう?』
レインくんは微笑んだ。
今度は、正解を言い当てられたみたいだけど……全然、嬉しそうじゃないな。
「恐らくはそれこそが……見破った影を『どう呼ぶか』こそが、このゲーム最大の肝であり、勝敗の分岐点だから、でしょうね」
『勝敗の分岐点?
でも、影を見破ってしまえば、僕等の……、
…………そんな。まさか、まさか、まさか……!』
滑稽だ。
僕は、ようやく気づいた。
最後のヒントを見抜かれたときに、ラウラが浮かべた微笑の理由……ラウラの微笑が、僕の脳裏にくっきりと浮かんだ理由。奇妙な指名文句に隠された、どす黒い悪意に。
「いいですか。たとえ影が何に化けているか突き止めたとしても、みーつけた、まで言い終える前に『標的』が死ねば、ゲームの勝利は影に渡っちまう。
ずっと考えていたんです。『黒虚』はどうやって『標的』を殺すつもりなのか。どうすれば傍観したまま、オレ達に『標的』を殺させることができるのか。呼び方たったひとつで『標的』を死に至らしめる、そんなことが可能なのか。
ケイさん。アンタはオレに警告しましたよね、オウゼでオレが目撃した存在について、絶対に触れてくれるなって。『アレ』こそが影であるならば……指名のタイミングで『標的』を消し去ることが、可能なんじゃないですか?」
レインくんは仲間との通信後、初めて僕を視界の中心に据えた。
僕は答えることができない。
……沈黙は、肯定の意だ。
「『アレ』はまさしく炎から伸びる『影』であり、クロニアにとっては身近過ぎるゆえに認識できない存在。リーゲネス聖堂の一件で異端とされた思考を、皮肉にも体現する存在」
『神は、複数存在する』
「最後のヒント……クロニアとフジカワケイが2つに分かれるときに『仲良しこよしで半分こ』した何か。ルール5の制限によって、ゲーム開始時点からクロニアに触れることができなかった『黒虚』が化けられるとしたら……もう、片割れの方しか選択肢がないんですよ。
当事者であるフジカワケイと、一度会ったことのあるオレにしか、絶対に辿り着ける筈のないクソみてえな解答だ。アンタに用意された身体の構造上、『指名《ラストダンス》』に付き合えるのはオレだけ。
……そうでしょう?」
僕をまるで疑っていない、憐憫の眼差し。
僕の中にいる影への、憎悪の眼差し。
「……ったく、ムカつくな。自称するだけある、うちの長兄を遥かに凌ぐ性悪だ。
流石は『黒虚』と言うべきか、厄介どころじゃない。一度誕生してしまえば、己の手を決して汚すことなく、幾千幾万を死に至らしめる……
最凶の魔導士、ですからね」
最初から、わかっていたじゃないか。
ラウラの本当の目的は、くろを同類にすること。神と呼ばれる次元まで、道連れにすることだって。
くろは最早、ただの『転生者』じゃない。
『彼女』に選ばれてしまったから。
人格を神格に昇格する為の、条件を満たしてしまったから。
くろが自らの炎に呑み込まれ、クロニアとしての自我を見失って……僕ではなく『彼女』の手を取ったそのとき、ラウラの目的は果たされる。
そのためには、僕が『統合』のときまで、くろの傍から離れていなければならない。阻止する方法を持つのは僕だけだ、僕を消し去ることができれば、くろは確実に神格に昇るだろう。
ラウラにとって、邪魔な存在……
このゲームの『標的』は、僕。
このゲームの『影』は、僕の中の『女神』だ。
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