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第9部 シンデレラボーイは、この『やりまクリスマス』を祝福する義務がある!

エピローグ この愚か者に女神さまの祝福を!

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 クリスマス会開始からちょうど1時間。

 場の盛り上がりは「天上など知らん! ひゃっはーっ!」とばかり、ドンドン勢いを増すばかりだ。

 ステージの上では、司会進行のよこたんと、有志で募ったバンドチームが、ギターやらドラムやらをかき鳴らし「盛り上がってるかぁ、おまえらぁっ!?」と、自分に酔った言葉を口にしては、周りの生徒がバカみたいに反応する。

 そんな異様な熱気から身体を冷ますように、俺は体育館の外へと移動し、適当な場所で腰を下ろした。

 誰もいない自分だけの空間に、思わず「ほぅっ……」と、ため息をこぼしてしまう。

 そしてゆっくりとお月さまを見上げながら思い返されるのは、今しがた見たクリスマス会の様子であった。

 制服姿のままの奴らや、私服でセンスを競う奴ら、完全にネタに走っている運動部もいれば、版権モノの着ぐるみや、動物姿をしたコスプレイヤー、カップルでイチャイチャする者、果てはこっそりクリスマス会を抜け出して彼女に告白する者など、俺の予想に反して、クリスマス会は大いに賑わいをみせていた。

 あの2A男子たちですら、楽しそうにしている光景を思い出して、思わず1人「ふふっ……」と口角を緩ませていると、



「――ねぇ知ってる? 思いだし笑いって、ムッツリスケベがすることなんだって」



 背後から豆●バに声をかけられた。



「……残念だったな。俺はムッツリスケベじゃない、誇り高きオープンスケベだ」
「いや胸を張って言うことじゃないわよ、ソレ。というか、誇り高きオープンスケベって、何よ……?」



 からかうような口調で「よっと」と俺の隣に腰を下ろしたのは、もちろん豆●バ。

 ……なんかではなく、肩まで大胆に出したブラックドレスに身を包んだ、我らが女神さま、古羊芽衣その人であった。

 芽衣は気持ちよさそうに夜風に身を預けながら、猫のように目を細めた。



「もう体育館の中の熱気が凄くて凄くて……夜風が気持ちいいわ」
「そう言えばおまえ、いつの間によこたんとあんな歌とダンスの練習をしてたんだよ?」
「ふふんっ! 驚いたでしょ~?」



 芽衣は素の口調で「ドッキリ大成功ぉ~」とおどけながら、その深い薔薇色に艶めく唇で、にぃっ! と笑ってみせた。

 その子どもっぽい仕草とは裏腹に、アンバランスな大人の色気に、不覚にも心臓が高鳴ってしまう。

 あまりにも心臓が五月蠅いので、もしかしたら芽衣に聞かれるんじゃないか? なんて考えていると、


 ――コテン。


 と、芽衣の剥き出しの肩が、俺の肩に控えめにぶつかった。



「ほんと大変だったんだから。クリスマス会の準備をしながら、軽音部のみんなと打ち合わせしたり、家で洋子とダンスの練習をしたり……。でもまぁ、士狼の驚いた顔も見えたし、よしとしておきましょうかねぇ」



 上機嫌に唇を動かしながら、ゆったりと俺に体重を預けてくる女神さま。

 その剥き出しの肩から、ジンワリと広がってくる熱に、自然と顏が熱くなる。

 そんな俺の顔を見て、また芽衣が面白そうにクスクスと笑う。

 それが妙にくすぐったくて。

 でも嫌じゃなくて。

 ……ずっとこんな時間が続けばいいな、と本気で思ってしまう。



「ねぇ士狼……アタシが前に言ったこと、覚えてる?」
「前に言ったこと?」
「キス、してみないって話」



 バクンッ! と、一際強く心臓が跳ねた。



「アレさ……まだ有効だったり、する?」
「め、芽衣……おまえ……」



 心臓が痛いくらい高鳴る。

 何故か芽衣は、不安気な顔に懇願するような瞳で、言葉と共に潤む吐息で、俺の肌を優しくくすぐった。

 気がつくと、俺は芽衣と向き合うように見つめ合っていた。

 胸が騒ぐ。

 今しがた言葉をつむいだ彼女の唇が、視界に入った。

 薔薇の花を彷彿とさせるソレは、見ただけでその柔らかさを察せられるほど瑞々みずみずしく、美しく、上品さが漂うが故に、蠱惑的こわくてきだった。



「ねぇ、士狼……?」



 キス、しよ?

 その紅玉のような瞳が、無言で語りかけてくる。

 バクバクと、お互いの心臓の音だけが聞こえてくる、不思議な時間。

 頭上の上では、順調に巡航している水星と、夜空を彩る星々だけが、俺たちを見つめている。

 誰も、俺たちを止めるモノなんて居なかった。



「しろぅ……」



 今まで聞いたことが無い、芽衣の甘えた声音に、俺の矮小わいしょうな脳みそが、一瞬で許容限界を迎える。

 もう理性なんて鎖は、とっくの昔に外れていた。



「芽衣……」



 俺の言葉を受け、芽衣がゆっくりと瞳を閉じる。

 もう2人の間に言葉は必要なかった。

 俺は溢れ出る本能に身を任せ、ゆっくりと顏を近づけ――



「――あのぅ? そろそろいいかなぁ?」



 ……うん、シロウ知ってた。

 うすうす『こうなるんじゃないかなぁ?』って、覚悟はしてた。

 だって神様はスケベに厳しいんだもん♪

 俺はゆっくりと天をあおぎながら、背後に振り返ることなく、いつの間にか俺たちの後ろに控えていた『とある少女』の名前を呼んだ。



「……よこたんや? 師匠のちょっとした疑問なんだけどね? いつから居たのかな?」
「いつから居たと思う?」



 う~ん、まさか合コンでお約束の『何歳だと思う?』の派生形奥義を繰り出してくるとは……。

 腕をあげたな、我が弟子よっ! 

 その不気味なまでの上機嫌な声音に、突発的に尋常ならざる冷や汗が噴き出てくる。

 それはどうやら芽衣も同じだったらしく、カチカチッ!? と小刻みに歯を鳴らしながら、自分の半身にむけて言葉をつむぎだした。



「よ、洋子、なんでここに? 司会進行はどうしたの……?」
「ソレなら一時的に猿野くんに代わって貰ったから、大丈夫だよ。そろそろメインイベントのプレゼント交換だから、2人を探しにここまで来たんだけど……お邪魔だったかな?」



 蠱惑的に呟く、爆乳わん

 その口調は絶対に『お邪魔』だなんて思っていないソレだった。



「そう言えば『その件』について、まだ詳しく聞いてなかったよねぇ」
「そ、『その件』とは、どんな件でしょうか?」
「ふふっ、分かってるクセにぃ~♪」



 コロコロと上品に笑いながら、背後からスルッと俺の肩に手を置いてくる爆乳わん

 何故かその瞬間、俺の脳裏に大蛇が腕に絡みつくイメージが浮かび上がった。

 あっ、俺、終わった。

 終わったわ、俺。



「さ、さぁて! 休憩終わり! そろそろお仕事に戻ろうかな!」
「あっ!? 待て芽衣! 俺を置いて行くな! お願い100円あげるからぁ!?」
「ふふふっ……♪ どこ行くの、ししょー? ししょーはボクと『お喋り』するんだよぉ?」



 ダーメ♪ と言わんばかりに、耳元でとろけるような可愛い甘い声が聞こえてくる。

 が、ソレに反して俺の肩がメキメキ♪ と可愛くない音を立てる。

 ちょっ、よこたん!?

 アナタ、なんでそんな急に握力が上昇したの?

 ピンチになると戦闘力が上がる系のヒロインなの?

 いやいや、ピンチは俺だよ?

 スタスタと会場の中へと消えて行く、メイ・コヒツジ。

 うん、清々しいまでの手のひら返しだったね。

 あの甘い雰囲気が嘘だったかのようだ。

 というかアレは全部俺も妄想で、現実の俺は実はベッドの上で気を失っていて、目が覚めると、そこは荒廃こうはいした世界だった的な――



「はい、現実逃避おしまい♪ それじゃ詳しく話して貰おっか? ……あの『キス未遂事件』について、ね?」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 嘘だと言ってよバーニィィィィぃぃぃぃぃっ!?」



 俺の魂の叫びは、クリスマス会を楽しむ生徒たちの喧騒と共に、儚く消えた。

 あぁ……長い夜になりそうだ。

 俺は言語中枢がぶっこわれた脳で、ゆっくりと夜空を見上げた。

 そこには満天の星空と、まるで俺をおちょくるように「にししっ!」と笑う、お月さまの姿があった。
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