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一生つき通す嘘
しおりを挟む浴室から脱衣所へ戻り、棚に置いてあったドライヤーを使って髪の毛を乾かす。
洗面台の鏡に映る自分の素顔を見て、ドライヤーを投げつけたい衝動に駆られる。
自分は何をしているのか。
知らない男に身体を好きにされ、膣内に射精までされて1人残され、そして今ドライヤーで髪の毛を乾かしている。
何事もなかったかのような顔で優に迎えに来てもらうのだと思うと、璃子は自分が嫌になった。
優は何度も深酒をするなと忠告してくれていた。そのたびに曖昧に返事をし、そしてまた深酒をして迎えに来てもらう。
優の言う通りだった。今まさに痛い目を見ている。
こんなはずではなかった。久し振りに再会した友達と楽しくお話し、楽しく食事をし、楽しくお酒を……。
「ううっ……、うううっ……、ごめんなさい、ごめんなさいすぐる……、ごめんなさい……」
璃子は立っていられなくなり、その場に倒れ込んだ。
もう1度顔を洗い、トイレに行ってウォシュレットのビデで念入りに膣を洗浄し、やっとベッドルームへ戻る。
脱ぎ散らかされた自分のスーツやブラウスなどを集めて身に着けて行く。
着古したヨレヨレのショーツ、セットではない安物のブラジャー。以前優にこんなダサい下着を見たら強姦魔だってヤる気をなくすと思うよと冗談を言うと、そういう問題じゃないと怒られたのを思い出す。
確かにそういう問題じゃなかった、璃子は何度後悔しても後悔し切れないほどの、とてつもない傷を心に負った。
服を着終え、スマホをバッグに仕舞って部屋の玄関へ向かう。靴を履き、外へ出ようとドアノブを捻る前にはっとする。
(そう言えば財布の中身は大丈夫なんだろうか!?)
その場ですぐに財布を取り出して中身を確認する。ある程度入っているのが確認出来た。
友達と飲んだ後の会計をどうしたか覚えていないので、男が札を抜いたかどうかまでは分からない。
しかし状況的に盗るのであれば現金全てを抜き去るだろう。免許証やクレジットカードなどを確認した所で、もしかしたら自宅の住所を知られた可能性に思い当たる。
(ヤられただけでなく今後も男の影に怯えないといけないんだろうか……)
改めて玄関のドアノブを捻り廊下へ出る。誰の気配も感じられない廊下。左右見回してエレベーターを見つけ、1階のボタンを押す。
エントランスへと着き、髪の毛で顔を隠して早足で外へ出る。こんな所を知り合いに見られたら大変な事になる。
すでに夫へは嘘を付いてしまった。もう隠し通すしかない。
しかし住所を知られた可能性がある以上、黙っておくと優の身にも危害が及ぶ可能性がある。
結婚指輪をしているのだから、男は璃子が既婚者である事を分かった上で強姦したのだろう。
夫がいるのだから、これ以上は手を出さないはず。
そう思いたいけれど……。
ラブホを出てしばらく歩いた先にコンビニが見えた。一度通り過ぎ、路地を入ってぐるりと回り、元の通りへと戻る。ラブホからは反対方向からコンビニに入る。
コンビニの店内を見回し、男性客がいないのを確認する。万が一にでも強姦魔と鉢合わせするを避けたい。
幸い男性客はいなかった。店員に男性はいるものの、強姦をした後に近くのコンビニでバイトをするとは考えにくい。
いや、でも……。
璃子は考えて考えて、考え過ぎているのかそれでも考えが足りないのか判断が出来なくなっていた。
(これ以上は耐えられないっ! 早く優に迎えに来てもらおう……)
Google Mapで現在地を確認。友達と飲んでいた居酒屋からそう離れていない。
自宅からも車で15分、いや時間帯的に10分程度で来れるだろう。もう時刻は午前2時を過ぎようとしている。
LINEを起動して現在地を送信。すぐに電話を掛ける。
『もしもし、用意出来た?』
「ごめんなさい、ちょっと遅くなっちゃって。二日酔いにならないようにウコンの入った飲み物が欲しくてコンビニを探してたの。
今LINEで現在地を送ったからそこに来てもらえる?」
『コンビニなんて帰りにいくらでもあるだろうに。まだまだ酔いが醒めてないみたいだね。
LINE確認してすぐに行くよ』
「……、うん、お願いします」
こんな時間なのに寝ずに待っていてくれた夫。それも迎えに来てくれると言う。
それなのに自分は……。璃子は罪悪感と嫌悪感と孤独感がない交ぜになった暗い感情に胸を占領され、優に早く来てほしいという気持ちと来てほしくないという気持ちがせめぎ合う。
これから先、どんな顔をして夫の隣にいればいいのか。
隣にいてもいいのか。
今までの2人で作って来た思い出とこれから描いていく未来。
その全てが色を失って行くようで……。
(ダメだ、優のいない生活なんて考えられないっ! この嘘は一生つき通す。これからは嘘を一切つかない!!)
1人そんな覚悟を決めて、ウコン入りの飲み物を買うと優へ言ったのを思い出す。これを嘘にしてはならない。
そう思い、適当に手に取りレジへ向かう。対応してくれた店員が自分の顔をまじまじと見た気がする。背後で商品整理をしている女性が小さく呟いた気がする。
そんな被害妄想を抑えつつ、会計を済ませてすぐに蓋を開け、一気に胃へと流し込む。
店内のゴミ箱へ捨てると同時にスマホが鳴った。
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