夫からの着信で目覚めたのは、ラブホのベッドの上だった【R18】

なつのさんち

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すり減っていく心

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『着いたよ、駐車場にいる』

 LINEの新着通知に表示されたその文字を確認し、既読にするより早く外へ出る。
 すぐるの乗る車を見つけてすぐに助手席のドアを開けて乗り込みすぐに閉める。
 優の顔を見ると、少し驚いたような表情を浮かべていた。しかしそれも視界が滲んでいる為にはっきりとは見えなかった。
 部屋着のパーカーにジャージ。優はすでに入浴を済ませているようで髪の毛がセットされていない。

「お帰り、何かあったの?」

「えっ!? う、ううん! 楽しかったよ?」

「そう……? それは良かった」

 短い会話の後、優は車を出した。今日は金曜日、いや日付はすでに変わっているので正確には土曜日だが、璃子りこも優も共に仕事をしていた。
 欠伸をしながら運転する優に、璃子はごめんね、ありがとうと声を掛ける。大丈夫、璃子も疲れているんだから寝てていいよと気遣い合う仲の良い夫婦。
 そんな日常のやり取りすら璃子には心地良く、そして居心地が悪い。

 10分足らずでマンションの駐車場に着いた。車から降りて部屋へ向かう。
 いつものように優は手を出すが、璃子はその手に気付かず手を握らない。そんな璃子の肩を抱いて優が歩き出す。
 璃子は足が鉛のように重たくなったような錯覚を感じていた。


「シャワーは浴びたんだったね、もう寝る?」

 部屋に着き、靴を脱ぎながら優が璃子に問い掛ける。
 家に着いた安堵感から璃子は返事が出来ず、玄関に座り込みそうになりながらも靴を脱ぎ、フラフラと寝室へ向かった。
 そんな璃子に肩を貸し、優は寝室の扉を開けて電気を点けて璃子をベッドへ座らせる。

「さぁ脱いで、スーツに皺が出来るよ?」

「脱げるっ! 自分で脱げるからっ!!」

 顔も覚えていない男に服を剥がれた直後に愛する夫にその身を晒す事など出来ない。
 璃子は自らの身体を隠すように掻き抱く。

「そう……? 分かった。じゃあ僕は歯磨きして来るね、先に寝てていいから」

 バタンと閉められた扉を眺め、璃子は頭を抱えた。こんな調子で昨日までのように振る舞えるのであろか。
 今は疲れているから、酔いが残っているからと優は気遣ってくれているが、いずれは璃子の事を疑うのではないか。
 望んだ事ではなかったとはいえ、一夜の不貞が愛する夫の手で曝かれるのではないかという恐怖。

 1人になった途端にカタカタと手が震え出す。その震える手をもう一方の手でバシンッと叩き付け、鋭く息を吐いて璃子は服を脱ぎ出す。
 スーツをハンガーに掛けてクローゼットに仕舞う。
 ブラウス・ストッキング、そしてヨレヨレの着古した上下セットになっていないブラジャーとショーツを脱ぐ。もうこれは処分しよう。夫の目に触れないように、袋に入れてテープで封をして捨てよう。
 今はとりあえずバッグの底へと押し込む事で隠した。二度と夫の目に付かないように……。
 洋服ダンスから下着とパジャマを取り出して素早く着込む。今夜はこれ以上夫の優しさに触れたくない。
 電気を消してベッドへ潜り込む。夫と共に寝るダブルサイズのベッドの端の端に身をやり、夫に背を向ける形で目を閉じる。
 寝れる訳がない。しかし、横になって身を縮こめておかなければ耐えられない。しばらくして優が寝室に戻って来てもそのままの体勢で目を閉じて寝たフリを続け、そしていつの間にか眠りについていた。


 翌朝、目覚めるとすでに優の姿はなく、時計を確認すると午前11時を回っていた。
 2人共土日は仕事が休み。ゆっくり過ごす事が多いが、さすがに寝過ぎだ。
 共働きなのだから休日にまとめて済まさなければならない家事がある。しかし、璃子はどうしてもベッドから起き上がる気になれなかった。
 バタン。寝室の扉が開かれる。ドクンと心臓が大きく跳ねる。入って来たのは優以外あり得ない。
 それでも、昨日自分の身体を貪った相手が来たのではないかというとてつもない不安を覚える。扉を背にして寝ている璃子には確認のしようがない。
 ぴとっ……、ひんやりとした手が璃子の額に触れる。璃子は無意識に優の匂いを求め、手の持ち主の方向へと寝返りを打つ。



「璃子?」

 夫の声に安堵し、心がじんわりと暖かくなる。良かった……、零れそうになる涙をギュッと目を閉じる事で抑える。

「熱はなさそうだし、やっぱり二日酔いかな?」

 少し意地悪な雰囲気のある声。ほらやっぱりね、そう何度言われた事か。
 気まずさと罪悪感から璃子は寝たフリを続けてしまう。

「洗濯物も干したし、掃除機もかけたし、後は買い物くらいなぁ。 
 スーパーから帰ったらまた声を掛けてみるとするとしよう」

 わざとらしい独り言を残し、優はそっと寝室を出て行った。そのまましばらく誰もいない寝室で寝たフリを続けていたが、今自宅には自分1人なのだと思うと急に恐怖心が沸き起こり、璃子は慌てて飛び起きて優の後を追った。

「優!?」

 優はすでに外出してしまったようで、玄関の鍵が掛けられていた。取り残された淋しさで気が狂いそうになる。
 璃子は寝室に戻りスマホを握り締めるが、電話を掛けて優に何と言えばいいのか分からず、そのままトボトボと歩きリビングのソファーに沈み込むように腰を下ろした。


「あれ? 起きたんだ。ただいま」

 あれからどれくらい時間が経ったのか、璃子には分からなかった。自分が寝ていたのか起きていたのかすら、優の声を聞くまで分からなかった。
 優はダイニングテーブルに買い物袋を下ろし、何かを話している。ぼんやりとした頭は優の声を右から左へと聞き流す。じっとしたまま動けないでいる璃子。

「璃子? 昨日から何か変だけど」

 声色が少し変わった。気遣っているのか、疑っているのか……。
 今の璃子にはどちらとも判断が付けられない。
 無反応な璃子の隣に座り、優が璃子の顔を覗き込む。そしてため息をついた。

 その瞬間、全てが終わってしまうと直感的にそう思った璃子。
 ぎこちなく、ゆっくりとした動作で優へと顔を向ける。


「璃子、落ち着いて。落ち着いてこれを見て欲しい」

(見て欲しい、もの……?)

 璃子の思考が追いつく前に、優はリモコンを操作してテレビの電源を点けた。
 ポケットからスマホを取り出し操作する。情報番組が映し出された後にすぐに画面が切り替わる。Chromecastの画面から再度優のスマホ画面に切り替わり、動画再生のアプリが起動する。
 優がスマホの操作を終えてソファーへ置き、璃子の手を握った。


 そして動画の再生が始まる……。





『ねぇ、何してるのぉ~?♡ スマホ触ってないで早くしてよっ♡』

 全裸の自分。仰向けで寝ており、スマホで撮影している人物に向けて話しているようだ。
 あまりの映像に声も出ず固まる璃子。

『待ちきれないのぉ、お♡ね♡が♡いぃ♪』

 甘ったるく何かをお願いしている姿。目尻が垂れて口角は上がっている。顔は赤く上気しており、事の最中である事が窺い知れる。
 映像を見つめ璃子がビクリと肩を震わせると、優がギュッと手を握り締めて来た。

『あぁ~んっ♡ それぇ~、それが欲しいのぉ♡ もう欲しくて欲しくて濡れ濡れなのぉ♡ 焦らさないで♡
 は♡や♡くぅ~♪♡♡♡』


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