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35:過去の軋轢

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 水曜日。
 いつも通り社長室へ向かっている途中、上條かみじょう課長に声を掛けられた。
 昨日の名誉顧問との会食について伝えたいとの事だったので、二人で社長室へ入った。

「名誉顧問は納得の上で退社される事となった。
 昨日幸坂こうさか君と会って話をしたと聞いたよ。
 鷲田わしださんとの橋渡しをしてくれたんだって?」

「はい。
 顧問は息子さんの事を踏まえて、営業部長として僕に営業とは何かを教えてやれって言って下さいました」

 昨日の会食の中でその話題になったようだ。
 会社から完全に籍が抜けるタイミングで、少しでも会社が良く回るよう気を遣って下さってありがたいと思っている。

「それについて、社長が幸坂君を警戒しててね。
 いや、名誉顧問の息が掛かった幸坂君を、と言うべきか」

 んん? 一体それはどういう意味だろうか。

「名誉顧問がまだ取締役会長だった頃、当時の工場長と組んでね。
 社長の海外出張中に新規事業を進めて銀行から金を引っ張ろうとしていた事があったんだ」

 当時の工場長、という事は今の川北かわきたさんの前の人って事か。
 会長と工場長が組んで新規事業の計画……、新しい工場を建てるとかか?

「そこに顧問の息子、当時の営業部長もいたんだ。
 実は社長が顧問の息子を追い出した一番の原因は、この三人が推し進めた新規事業なんだけどね」

 上條課長が仰るには、社長がいない間に当時の会長と営業部長と工場長が組んで勝手に新規事業を立ち上げようとしたが、銀行から融資を受ける直前のタイミングで出張から戻って来た社長がストップを掛けたらしい。

 何でもその新規事業というのが、製造業であるうちの会社とはあまり縁のないカフェ・レストラン事業だったそうな。
 飲食業の企業からセントラルキッチンで使う機械の製造を任される事もあるという理由で、以前から定款に飲食業に関する文言が組み込まれているので問題はないのだが、飲食業の経営など社長の頭には全くなかった。

 石橋いしばし社長のモットーは、ピンポイント営業。
 うちの製品というのは必要のない人にとっては全くいらない商品だ。
 汎用品ではない機械に取り付ける特別な部品を作っているのだから当たり前で、『弊社の商品はこれです』と客先に提示出来るような商品などない。

 客先のニーズを受けた上で一から作り上げるものだが、客先からその作り上げた物を交換部品として定期的に購入してもらえるという強みがある。
 世界でうちしか作れない部品だからだ。
 開発に時間は掛かるし、失敗する事もある。
 しかし先に客先から開発費として金を受け取っており、なおかつ一度作ってしまえばオーダーが来れば同じ物を作るだけ。
 そしてうちしか作れないから利益を十分に乗せる事が出来る。

 さらにうちの技術力を知ってくれた客先がまた違うニーズを持ち込まれる事もあるし、客先の協力会社へうちの口コミが広まる事もある。
 うちの商品を必要とされる業界にピンポイントで食い込んでいくというのが社長の理想とする営業スタイルだ。

 対して、カフェ・レストラン事業は基本的に薄利多売という営業スタイル。
 回転率やリピート率に大きく依存し、こちらが提示した商品を顧客が選んで金を払うという流れになる。
 そして何より、うちには飲食業に関するノウハウが全くない。

「これは知らない事にしておいてほしいんだけど、店長候補として連れて来られたのが名誉顧問の息子の愛人だったらしいんだ。
 会社の私物化も甚だしいだろう?
 そんな事業を進めるにあたって、名誉顧問は金を貸せと銀行を呼び付けた訳なんだけど、その保証は社長がしている訳だ。
 誰だって怒るよ」

 根保証という制度により、銀行からの借入金に対する保証は代表者個人がする。
 例え当時の会長が銀行と契約して借入をしたとしても、根保証がある限り会社の連帯保証人は社長であるという事だ。
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