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04:話術

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「と言う訳なんですが、どうですかね?」

 社長室のソファー、俺の向かい側に社長と専務が。
 俺の隣には課長が座っている。

「確かにご隠居の株と田沼たぬま君の株の引き取り手があるのは助かるんだが……。
 本当にそれだけの金が用意出来るのか?」

 鋭い眼光を放つ初老の男性。
 社長って怖いんだよね、ジムで身体鍛えてるからガタイが良くて余計に怖い。
 専務は良いもん食べてんだろうなぁってのがよく分かる丸々太った体型で、人当たりが良い。
 だから専務の冗談に乗ってしまったと言っても過言ではない。
 いやあれはやはり自業自得で、などと後悔していても仕方がない。
 社長の問い掛けに答えなくては。

「用意出来ます。
 出来ますが、ご隠居というのは……?」

「あぁ、……名誉顧問の事だ」

 名誉顧問とは前社長の事だ。
 俺が入社するよりもずっと前に勇退し、今は名誉顧問として社内に席を残しておられるが、滅多に出社されない。
 出社されないが、席が残っているので毎月顧問料を払わないといけない。
 それを揶揄して社長はご隠居と影で呼んでいる、という感じだろうか。

「社長を退任させて代表取締役会長にし、代表権を剥奪させてただの取締役に降格させ、そして役員会からも追い出した。
 ここまで十五年かかった。
 後はご隠居の持ち株をどのような形で処理すべきか考えていたら、まさか一社員である幸坂君が引き取ってくれるとは」

 はぁ……と長い溜息を吐く社長。
 何だか前社長に苦労させられた感が漂ってるな。
 じゃなくて、何で名誉顧問の株まで俺が?

「いいかね幸坂君。
 うちみたいな中小規模の会社の株なんてな、誰も買いたがらん。
 私や田沼専務の持っている株を誰かに売りたいとしても、買い手がない。
 金があろうとなかろうと関係なく、な。
 うちの会社が世界で注目されているような特許や特別な技術でも持っていれば別だが、そうでもない。
 上場企業との長く続く取引実績がある製造業だという点は評価されるだろうが、だからといって企業に株を売るのは抵抗がある。
 M&Aの後、社員が以前と同じ条件で働き続けられるかどうか分からんからな」

 M&A、企業の吸収もしくは合併。
 会社が別の会社を買うという事。

「もちろん株主と経営者が変わったからといって、社員の生活が変わるとは限らない。
 社員の扱いに関しては事前の協議でしっかり話し合った上で書面に明記される。
 ただ、何事にも抜け道というもんがあるらしく、上手く潜り抜けて社員を全員クビにして資産を全て売却して現金化する、なんてケースがない訳ではない」

 映画やドラマでありそうな話だな。
 ハゲタカファンドってヤツだったか。
 ……ファンドってどういう意味だったっけか。

「今まで会社に尽くしてきてくれた社員がそのような扱いをされるかもしれないと思うと、株を手放すタイミングや相手に慎重になるってものだ」

 はぁ、経営者って自分が株を手放した後の事までしっかり考えてるんだなぁ。
 この社長、怖いけどやっぱり社員想いの良い人なんだな。この社長になら安心してついて行けるな。

「そこに幸坂君が名乗りを上げてくれた訳だ。
 君は会社内部の人間であり、社員全員をよく知っている人物。
 君なら信用出来る」

 信用出来る……?
 社長が俺を、信頼してくれている?
 胸のあたりがじんわりと温かくなったのを感じた。
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