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02:勢い

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「あー、もうちょい稼げたか」

 逃げるのを早まったか? いや、そんな事はない。
 俺は最高のタイミングで逃げ切った。これ以上を望めば身を滅ぼす。

「あーダメだ、全く眠くならない」

 座ってパソコンに向き合っているからだな。
 パソコンをシャットダウンして布団で横になる。
 あー、せめて1Kのこの部屋から引っ越しくらいはしようかな。
 駅前のマンションって賃貸で月いくら払えば住めるんだろうか。
 スマホ片手に検索。そして時折身を起こして酒を飲む。
 目を閉じては車の値段を検索、グラスに酒を注いであおる。
 そんな事を繰り返しているうちに、知らぬ間に寝入っていた。

「はっ! 寝過ごした!!」

 ズキズキと痛む頭を押さえつつ何とか支度を済ませて外へ飛び出る。

「ヘイタクシー!!」

 会社まで五千円程度の距離か。今日だけだ、こんな事をするのは今日だけと言い聞かせつつ途中で買った水をグビグビと飲み干す。
 始業一分前にタイムカードを切り、すでに始まっている朝礼に参加。
 間に合ったが間に合わなかった。何で始業前に朝礼が始めるんだろうか。
 俺が株主になった暁には朝礼の開始時間を九時以降にするよう通達しよう、なんて事を考えつつ朝礼終了。
 自分のデスクへ戻り、パソコンを立ち上げていると経理課のドアがノックされる。

「どうぞー」

 ノックの主は専務。あれ? 専務に何か用事があったような……。
 何だっただろうか、やはり俺は酒を飲める体質じゃないんだな。
 深酒は止めておこう。
 専務が来客用に置いてあるソファーに座り、その向かい側に俺の上司である経理課長が座った。

「ねぇ上條かみじょう君。僕の持ってる株についてまた相談なんだけどさ」

 あ、それだ! 株の話だったわ。

「誰か個人になら額面の五百円で売れるって言ってたよね?」

「ええ。会社で買い取るとなると非常に複雑でアレなんですが、相手が血縁関係のない個人であれば全株を一株あたり五百円で売る事が出来る、はずです」

 上司の返事が歯切れが悪いのは仕方がない。
 税務上こう決まっています。というカッチリとした指針がなく、税務官によって解釈やその時の状況によって対応がまちまちになってしまうからだ。

「とは言っても非上場のうちみたいな会社の株、誰が買うんだって話だけどさ。
 どうだい幸坂こうさか君、君買わないかい? ハッハッハッ!」

「あ、買います!」

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